学園長の思い付きその一
父さんが帰ってきた次の日。
学園で授業を受けている時だった。
『あー生徒諸君、聞こえてるか?学園長の天王寺だ』
突然スピーカーから学園長の声が聞こえてきたのだ。
一体何事かと教室はざわめきに包まれる。
だが、それが聞こえるはずもない学園長は話を続けた。
『突然だが、今週の金曜日に野球大会
することにしたから』
学園長の言葉を聞いて教室に静寂が広がり--
「「「ハァァァァ!?」」」
絶叫が一瞬にして教室を包み込んだ。
「野球大会ねェ……」
母さんが学校で配布されたプリントを見てそう呟く。
父さんも隣で興味深そうにプリントを見ていた。
二人が見ているプリントは、あの放送の後
急遽作られた野球大会に関するプリントだ。
……事務の方々はさぞ苦労したことだろうな。
因みにプリントの内容は--
学園長の思い付き行事シリーズ!
今回は野球大会編をするぞ!
参加するしないは自由だが、優勝したクラスには
一年間学食無料パスをプレゼントだ!
一般参加も大歓迎だからドンドン参加してくれよな!
※一般参加の方は当日グラウンドにお越しになり、
参加手続きを行ってください。
このプリントを見た瞬間、殺意が沸いた
私はおかしくないだろう。
何だ?このふざけた文章は……
馬鹿にしてるとしか思えん。
「一般参加も大歓迎か……出てみるか?」
「当然ッ!ガキ共に格の違いって奴を
思い知らせてやるぜ!」
「アハハ……あんまりやり過ぎんでな?」
「ソイツは無理な話だぜ」
「頼むから自重してくれ……」
やはり母さんたちも参加するのか……
分かっていたことだが、一波乱起きそうだな。
朱鷺乃たちが部屋に戻り、時雨も用事で出掛けた後、
俺は昔の舎弟に電話をかけていた。
野球するには人数が要るからな。
『難波です』
「おう、俺だ。いきなりで悪ィンだが、今週の金曜日に
デッドラインの奴ら全員を召集してくれ。
場所は、天王寺学園のグラウンドだ」
『……抗争ですね?』
若干喜びが混じった声で難波は聞いてくる。
ったく……もう良い年だってのにコイツは……
「違ェよ。野球だよ野球」
『野球……?』
「娘の通ってる学園で野球大会があってな。
一般参加も大歓迎らしいから野球でもと
思ったンだが……野球は嫌いか?」
『いえ、むしろ好きですが……まさか野球で召集される
とは思いもしませんでした』
「この歳になって血みどろの殴り合いなンざ
しやしねェさ。……場合によっては
それもあり得るがな」
俺は今の生活に満足してる。
だから、自分から暴れてこの生活を
壊したいとは思わない。
だが、今の生活が脅かされるってンなら話は別だ。
その時は例え国が相手だとしても大暴れしてやるさ。
「まぁ、そンなわけだから召集頼むぜ」
『分かりました。では、金曜日に』
その言葉を最後に電話は切れる。
その直後電話が鳴った。
「はい、もしも『よぉよぉ水臭くさいじゃないかっ!』
……吉辰か。相変わらず声がデケェな」
大きな声に顔を顰める。この声の主の名前は黒扇吉辰。
日本で有数の極道一家、黒扇組の組長であり、
俺の幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
コイツ、昔から声デケェンだよな……
「で?いきなり電話してきて何が水臭いってンだよ」
『惚けないでくれよ!学園で野球大会を
やるらしいじゃないか!何で俺に声かけないんだ?』
「今声かけようとしてたンだよ。
つか何でお前がその事知ってンだ?」
『うちの娘とその旦那が通っててな。
教えてくれたんだよ』
「娘と旦那?おい、それって--」
『うちのそよぎは学生結婚してるぞ。
因みに今年で二歳になる娘も居る。
この子がまた可愛いくてなぁ!』
突然始まった孫自慢に適当に相づちを打つ。
前も似たようなことがあったからよく分かるンだが、
こうなったらコイツはしばらくは語り続ける。
当然俺の言葉なンざ耳に入ることはない。
だから、この状態になったら適当に相づちを打って
済ませることにしてる。
「にしても学生結婚なァ……よくお前が許したな?」
『最初は娘は誰にもやらん!何て考えてたんだけどな?
婿殿に会った瞬間、そんな考え無くなったよ』
「そんなに良い男なのか?」
『あぁ、今時珍しいぐらい仲間のために命賭けられる
気持ちの良い奴だ。
人殺しみたいな面してるのと口数が少ないのが
欠点ではあるんだがな』
「ほぉ~らしくないぐらいに褒めるじゃねェか。
で?名前はなンてンだ?」
『名前は訓覇瑛仁。金曜日に紹介してやるよ』
「まぁ、期待しないでおく」
『そんなこと言うなよぉ~期待してくれよぉ~』
「気持ち悪ィ喋り方すンな!」
その後俺たちは昔のように馬鹿話に花を咲かせた。