喫茶店『デッドライン』
「ここが宮堂さんのお家デスカ?」
「あぁ、母が経営しているんだ。
出される料理とコーヒーの味は保証するよ」
私と吉村明香(1ーBらしい)は
喫茶店『デッドライン』の前に来ていた。
これから中に入るわけだが……
果たして彼女は、あの光景に耐えられるだろうか?
「吉村、ここに入る前に覚悟を決めておけよ」
「えっと、何でデスカ?」
「後で分かる……」
深い溜め息をつく私を見て、吉村は首を傾げた。
「では、開けるぞ?」
吉村が頷いたことを確認して、喫茶店の
扉を開けた瞬間--
「「「いらっしゃいませぇぇぇぇ!!」」」
「キャッ!?」
野太い声が私達を迎えてくれた。
声に驚いた吉村は、私の後ろに隠れてしまう。
だから覚悟を決めておけと言ったんだ。
……デッドラインの評判が悪い一番の原因が、
この無駄に気合いが入った挨拶だ。
この挨拶のおかげで何人の客が
逃げてしまったことか……
「お嬢じゃありやせんかっ!
今日もお勤めご苦労様でした!」
「……私をお嬢と呼ぶは止めてくれと
いつも言っているだろう?」
「いえ、お嬢はお嬢ですから」
私のことをお嬢と呼ぶこの男は小田島勝。
母さんの舎弟で、デッドラインの元幹部だ。
何故か母さんの舎弟達は揃って
私のことをお嬢と呼んでくる。
それに彼らに対して、敬語を使うことを
許してくれない。
……何故だろうか?
「おや?後ろの嬢ちゃんはご友人ですかい?」
「まぁ、そんな物だ。
実は彼女が怪我をしていてな。
誰か、救急箱を持って来てくれないか?」
「分かりやしたっ!すぐに--」
「その必要はないわよぉ」
一際野太いが奥から聞こえ、
髭面の巨漢がこちらに歩み寄ってきた。
「お帰りなさい朱鷺乃ちゃん」
「は、一さん……」
救急箱を持ってきたこの人は兎角一。
母さんの親友で、デッドラインの元副総長だ。
良い人ではあるんだが、オカマだ。
もう一度言おう、オカマだ。
女性らしさを欠片も感じさせない顔で、
女言葉を喋る度に鳥肌が立ってしまう。
この人は苦手だ……
「あらん可愛い子♪始めまして兎角一よ」
「よ、吉村明香デス……」
吉村が私の後ろから顔を出して、頭を下げる。
完全に怯えているな。
「怯えなくても大丈夫よ。
さ、手当てしましょ」
一さんが、私の後ろに隠れている
吉村の手を引いて奥に戻っていく。
吉村は奥へと消えていくまでの間、
捨てられた子犬のような目で
私を見つめ続けていた。
……何故だろう?とても胸が痛い。
まぁ、一さんなら問題はないだろう。
性格はまともだしな。
「……ところで母さんは何処に居る?」
母さんの姿が見えないことに
気がついた私は、小田島に訪ねた。
「あーそれなんですが……部屋に籠って
出てこないんでさ」
「え?」
小田島の言葉に私は驚く。
母さんは口や態度はとても悪いが、
仕事は真面目にこなす。
その母さんが部屋に籠って出てこないだと?
一体どうしたんだ?
「朝泣いて帰ってきたと思ったら、
そのまま部屋に籠っちまいやして。
……喧嘩でもしたんですかい?」
「いや、そんなことは……あ」
そう言えば今日の朝、母さんに向かって
大っ嫌いと言ったんだったな。
だが、まさかアレだけで部屋に籠っているのか?
「……取り敢えず様子を見てくる。
吉村のことは頼むぞ」
「へいっ任せてくだせぇ!」
吉村のことを小田島に任せ、部屋へと向かった。
全く、世話が焼ける母親だ……
一方その頃、明香は--
「美味しいデス~♪」
「気に入ってくれて嬉しいわぁ!どんどん食べてね♪」
一の作った料理を堪能していた。