第三十話 都市精霊
(1)
第四層の戦いは一層激しいものとなった。アークエンジェルズ達の数は増え、突っ切る以前に近づくことすら難しくなっていた。しかも、層を降りる毎にフロアの面積は減少しているようで、警備隊の守りは厚く、退くこともままならなかった。
アークエンジェルズの攻撃はとどまることを知らなかった。彼女達は膨大なエネルギーの放出を伴い、通路を破壊したが、その力は一向に衰えることはなかった。対してアレシアの消耗は激しかった。彼女はチームに力を与えるだけでなく、チームの防御をも引き受けていた。遠隔防御が可能となった彼女は、時にアークエンジェルズの光のビームや光のカッターの攻撃から二人の精霊を守った。それにより、彼女のエネルギーは一層消耗した。
マリアとセレナはアレシアの体を思いながら、なんとか進路を切り開いた。だが迂闊に先行し過ぎると前方を押さえられた時に囲まれる可能性がある。彼女達は、迂回してやみくもに消耗していく作戦を捨て、敵勢力の最も強いところ、即ち最短ルートを一点突破し、その復活の前に下の層を目指す手段を取っていた。だがそれは諸刃の剣であった。
第五層に繋がるトランスポータまでは、それほど距離はなかった。だが、ここでの戦いはやはり厳しいものだった。
アレシアは肩で息をしていた。彼女の意識は薄れかけていた。何度もその場に倒れそうになったが、自分が倒れれば、前に出て戦っているマリアやセレナが危険にさらされる。彼女は気力を振り絞った。
しかし、その気力をも使い果たしてしまった。視界がぼやけ始め、彼女の動きは止まった。
(だめ、もう持たない…)
彼女の体では、優司の力を保持できる量には限界があった。限界を越えて力を受けることも可能かも知れないが、もしそれをすれば、魔界の悪魔達のように体に大きな負荷をかけ、肉体的にも精神的にも不可逆的な異常を引き起こすだろう。そうなればどのみち長くはもたない。アレシアはより堅実な手段を取るためか、無意識のうちにそれを制限していた。
ついに、パックイージスは再び解除されてしまった。アレシアは立っているのもやっとで、なんとかそこに踏ん張っていた。
マリアに与えられたセレナの聡明な判断力、そしてアレシアの防御力は失われた。二人のアークエンジェルズは同時に襲いかかり、マリアは光の輪に捕えられた。マリアは物凄い加速で壁に叩きつけられた。
「ぐふっ…!」
アークエンジェルズの手が輝き、円陣が現れた。円陣からマリアをめがけ、ず太い光のレーザーが発せられた。
「マリア…だめ───ッ!」
アレシアはマリアの前に遠隔防御を張った。だが、防御は最後まで続かず、マリアは大きなダメージを負った。
「ごめん、マ…リア…」
アレシアはがくりと膝を突いた。
マリアはダメージを受けた自分のことよりも、アレシアを案じた。
「あ、アレシア…無理しないで!」
攻撃が止む隙を見て、セレナは魔銃でマリアの拘束を解いた。だが、彼女もマリアを救出するだけの余裕はなかった。彼女は精霊達の攻撃を集中的に浴びていた。
「く…!」
セレナの攻撃は、ほとんど神銃に頼っていた。彼女は魔銃を見た。
(魔銃の威力は精霊達には大きすぎる…。圧縮の逆で威力を薄めることはできないか…)
彼女はこの期に及んでも、精霊達に与える被害は最小限にとどめることを考えていた。
(薄める…? 分散させれば、広範囲にダメージを与えることもできるし、威力も小さくなる…!)
「できるか…!」
セレナは警備隊に向け、魔銃を撃った。それは通常弾だった。そして彼女は叫んだ。
「散れ!」
魔弾は無数の塵のように細かく分散し、警備隊の体に降り注いだ。食い込んだ魔弾は精霊達の体を焼いた。
「ぐああああっ!」
警備隊の一団は苦しみ出した。
「今だわ!」
マリアは態勢を整えると、レイスウォードから光の刃を飛ばした。光の刃は広く広がると、天井に当たった。その威力は凄まじく、天井は轟音を伴って崩落した。瓦礫がアークエンジェルズ達を直撃し、辺りは土煙に包まれた。
混乱に乗じ、マリア、セレナは後退した。途中、動かないアレシアを拾い、優司の元まで戻った。彼は壁でバリケードを作っていた。
「大丈夫か? アレシア」
優司の問いかけに、アレシアは頷いた。
「ええ、わたしはなんとか…。ありがとう、マリア、セレナ」
「お互いさまよ!」
マリアはウインクした。アレシアは弱々しく笑った。
端で見ていたセレナが、マリアに話しかけた。
「…ところでマリア、あの技どうやったの?」
「あなたみたいな飛び道具が欲しいって前々から思って、できないか考えてたの。パックイージスでヒントが掴めたわ。あなただって新技使ったじゃない」
「まあね、応用よ。ブラック・スティンガーとでも名付けようかしら…」
セレナの目がキュピーンと光った。
彼女はさも当然かのようにすまして言ったが、彼女自身あんなにうまく行くとは思っていなかった。これもパックイージスのいい影響なのかと考えていた。
アレシアには、二人がパックイージスを使っていなくても輝いているように見えた。
(すごい…。このコ達、いまだに進化してるんだわ。それに比べてわたしは…)
アレシアはマリアが光線を受け、片方だけ痛々しく焼けただれた頬を見た。
「ごめん…。みんなすごい頑張ってるのに、わたしは…」
アレシアはうなだれた。
マリアがそんなアレシアの肩に手を添える。
「いいのよアレシア。…わたし達こそ謝りたいわ。あなたにはかなり負担かかってるの、わかる」
アレシアはマリアを見た。
「アレシア、また回復を…」
前方を窺っていた優司は振り返った。
「せ、セレナ! そんな余裕ねえだろ!」
うずたかく積まれた瓦礫が、アークエンジェルズの攻撃によって吹き飛んだ。土煙の中から、アークエンジェルズ達の影が立ち上がるのが見えた。
マリアも前方を凝視した。
「来るわ…!」
「ここは逃げるしかない!」
「ここまで来て…後もう少しだったのに…」
アレシアは自分の不甲斐なさを悔んだ。
アークエンジェルズ達の前方に、にわかに円陣が現れた。
「はああああッ!」
女性の叫ぶ声とともに、大きな光の軌跡が描かれ、その周辺の床が崩れた。アークエンジェルズ達を含む警備隊はその崩落に巻き込まれ、一メートルほど下のケーブルスペースに堕ちた。
「な…何、今の?」
マリアは状況がよく掴めなかった。
「震えよ雷槌!」
するどい光の閃光が天井に達すると、天井が雷撃による爆発と共に広範囲に崩れ落ち、床に埋まった警備隊の上に降りかかった。辺りはめちゃめちゃになり、土煙がもうもうと立ち込めた。
「い、今の声…そしてあの技は…?!」
土煙の中から二つの人影が現れた。
「ぐ、グラディスさん、ブレンダさん…!」
「やあ、数日ぶりだね、君達」
ブレンダはさわやかなスマイルを浮かべた。
「鍵の人間、優司とかいったか…その腕、プロトコルを使っているのか」
グラディスは美しくもクールな視線で優司を見た。
セレナが優司の前に立った。
「なぜあなた達が?」
警戒するセレナを見て、グラディスはフッとため息をつき、紫色の豊かな髪をかき上げた。
「なに、我らは少々あまのじゃくでね」
「この提案、実はグラディスからなんだよ」
ブレンダはいたずらな顔を浮かべ、耳打ちするようなそぶりで一行に話した。
「ぶ、ブレンダ、言うなそれを…!」
グラディスは赤い顔をする。ブレンダは軽快に笑った。
「ははは…。精霊達の中には、デュナミスの計画を受け入れられない者もいるんだよ。頑張れば、きっとみんなが助けてくれる」
呆然とする優司達を見ながら、グラディスも頷いた。
「我らもデュナミスの強引なやり方には納得していない」
彼女はセレナを見た。
「我らは、貴様らに…こんな無謀な戦いを敢えてしているおまえ達に懸けてみたい…たとえこの身が果てようとも、それが我らの生き様を示すことになる」
グラディスの真剣なまなざしに、セレナも静かに頷いた。
アレシアは思わぬ援軍に胸が熱くなっていた。そして、自然と体が前に出ていた。
「あ、ありがとうございます!」
ブレンダは感心したように言う。
「さすが、元聖職者は言うことが違うね!」
「ぶ、ブレンダ…! それを言うな!」
「むぐ!」
グラディスはブレンダの口を塞ぐと、頬を赤くして顔を背けてしまった。
一同はあっけに取られていた。思えば、自分達の魂がかつて人間だった頃何をしていたかなんてことは考えたこともなかった。それに触れることすら、忌むべきこととして、敢えて近づくことはなかった。だが、グラディスは自分の歩んできた道を把握し、それを貫こうとしているようにも感じられた。同時に、彼女達監視者にも心があることに改めて気付かされた。
..*
「アレシア、今のうちに回復を」
セレナの再度の提案に、アレシアは頷いた。
「うん…」
アレシアと優司は見つめ合った。
「…え、何? 何これ?」
ブレンダは二人の顔を交互に見た。
セレナが顔を赤らめながら説明する。
「優司とのキスで、彼の中のアイテールをわたし達でも受けることができるんです」
「き、キス…?」
グラディスは軽く頷くと、笑みを浮かべた。
「わたし達は時間を稼ごう。いくぞブレンダ!」
「え?あ! う、うん…」
ブレンダは続きが見たいかのように残念そうな顔をしながら、グラディスに続いた。
雰囲気を作り始めた二人を見ていることができず、マリアとセレナはそそくさと瓦礫の影に隠れた。
優司はアレシアの前髪を優しくかき上げた。
「アレシア…少しでも君の辛さを和らげてあげたい」
アレシアは優司に身を委ねた。そしてほてった声で彼を求めた。
「優司…わたしを癒して…わたしの中にあなたの愛をいっぱい注いで!」
二人は再び熱い粘膜を密着させた。以前よりも少し余裕ができたのか、そのキスはお互いの気持ちを探り合いながら、断続的に何度も続けられた。二人はその遊びのような行為が楽しいのか、時折り笑いながら、どうすればもっと深く愛し合えるのかを探って行った。二人の気持ちは同調し、気持ちは昂ぶっていった。
瓦礫に隠れていた二人は、結局その光景をしっかと見つめていた。
「はん、優司ぃ…」
マリアは指を自分の唇に押し付け、甘噛みをするようにはむはむと動かした。だが、そんなことでは煮えたぎる嫉妬の心は抑えることができなかった。
「むぐあああ、優司いぃぃぃ!」
マリアは瓦礫に頭をガンガンと打ちつけた。
隣のセレナはエスカレートするマリアの行動に声も出せずただビビった。
「ん…はあぁ…」
十分に愛し合い、アレシアは恍惚の表情を浮かべた。愛を注ぎこまれた彼女は優司に腰を抱かれ、体を仰け反らせた。彼女の体が金色に輝き、背中からは光の翼のようなものが見えた。その姿は羽化したばかりの蝶、あるいは天使のように美しかった。
ぶちん。
頭の中でマリアの何かが切れた。セレナの顔が引きつった。
「はえあえあ…」
マリアは視点が定まらなくなり、フラフラと歩き出した。
セレナは頭を抱え、悲鳴を上げた。
「わーッ、マリアが壊れた!」
マリアは優司と抱き合うアレシアを押しのけると、優司の頭を掴んで強引に引き寄せた。
「うわっ?マリア…む!」
マリアは優司の唇を奪った。
「ん…はむっ…ん…」
抑えきれなくなった感情を全てぶつけるように、マリアは激しく不器用に優司を求めた。そんな彼女がかわいくて、優司は彼女を優しく愛した。だいぶ技術が向上した優司のキスは、彼女を虜にした。
「はん、ゆ、うじ…もっとぉ…!」
マリアは顔を赤らめ、とろんとした目で優司を見つめた。
(マリア、おまえ…しょうがないやつだな!)
優司は自分の舌を彼女の中に入れ、彼女の舌に絡めた。
「ん?! あ…むあっ!…はん…」
マリアはその感触がたまらず気持ちよかった。自分がどんどんえっちになるのを感じたが、その気持ちに抗うことなく従った。
(もっと、もっといっぱい気持ちよくして…!)
舌で、唇で、お互いを愛撫した。マリアは心の中が満たされ、体が熱くなっていくのを感じた。
(ああ、優司が入ってくる…!)
マリアの体が輝き出した。アレシア同様に、マリアの傷は完全に回復した。
ひとしきり行為が終わると、二人は見つめ合った。マリアの頬はまだ赤かった。
「優司…ごめん。無理矢理…」
「いや、謝る必要はねえよ。オレも気持ち良かったし…おまえの唇はマシュマロみたいだったよ」
「…えっち」
二人は笑った。
(結局、優司はみんなが好きなのね…)
横で見ていたアレシアは少し残念だったが、嬉しくもあった。自分達は平等に優司に愛されているのだと思った。
(こ、今度はわたしが壊れよう…っていうかもう絶対壊れる!)
セレナは顔を赤くしながらぷるぷると震え、血走ったジト目で幸せそうな三人を眺めていた。
「うおおおお、キタあ───ッ!」
マリアは全身に気を漲らせていた。
「ちょっと行ってくる!」
「え? あ、マリア!」
アレシアの心配をよそにマリアは戦線に飛びこみ、アークエンジェルズ達を力技でぶっ飛ばした。端で見ていたグラディスとブレンダはあっけにとられた。見事にKOされたアークエンジェルズ達は、その場に伸びてしまった。
そんなハプニングもあり、警備隊はあらかた動きを止めた。
一行は一か所に集結した。
マリアはまだ興奮冷めやらず、バレエでもするかのようにくるくると踊っている。
そんな彼女を見て、ブレンダは驚愕していた。
「い、一体どうしたんだい? 彼女は…?」
「いやー、アレシアに乗じてオレと…」
ブレンダは優司をまじまじと見つめた。
「ふーん…そんなに優司君ってすごいんだ…」
彼女は頬を紅潮させながら、唇に中指を当て、物欲しげな顔で優司を見つめた。
「ぶっ、ブレンダ貴様…?」
グラディスは冷や汗を垂らした。
(2)
一行は第五層に辿り着いた。通路は入り組んでいたが、第四層同様、どこに行っても警備隊が追いかけてきた。
監視者という心強い援軍を得たにも関わらず、一行の動きは鈍くなっていた。戦いそのものは以前よりも勢いを増していたが、警備隊の守りの層は厚く、魔界でのドロ沼の戦闘を思い起こさせた。
マリアは近場の精霊を倒しながら、前方を見て憂慮した。
「まずいわ、アークエンジェルズの数が増えてる…」
「上の層の精霊達も加勢してきてるみたい」
彼女のすぐ近くで優司を守るアレシアも状況を分析していた。
「多勢に無勢だな。やはりやつらを殺すしかあるまい…」
グラディスの冷徹な言葉が聞こえた。
「! そ、それだけは…」
クールなセレナも、それにはうろたえた。
背後に精霊の集団が現れた。一行は大方敵を倒して来たはずだったが、その一団は統制が取れ、手強く見えた。
ブレンダがその軍勢を見据える。
「回復したにしては…早すぎる。新手か?!」
前方には、アークエンジェルズを大量に有する鉄壁の警備隊が陣形を整えつつあった。警備隊はいつでもマリア達に襲いかかれる準備を進めていた。
優司は前後の強大な敵に少々ビビッていた。
「まずいぞ。挟まれた」
マリアは、背後の軍勢の先頭に立つリーダーらしき精霊を凝視すると、顔色を変えた。
「ってあれは!」
セレナも続いた。
「し、守護隊長…!?」
それは、優司の守護を決める際に編成された守護隊を統率していた精霊士官だった。彼女は特に高い能力があるというわけではなかったが、こと戦闘においては百戦錬磨といった風で、その自信と威厳が彼女を強く見せていた。
精霊士官は、後ろの精霊達をその場に留めると、一歩一歩前に歩み出た。
「あなた達…久しぶりね。その人間がクラヴィス…和田優司君?」
マリアは優司を庇うように立った。
「そ、そうよ! わたし達は何があっても彼を守り抜くわ!」
「そう。それは立派ね…」
精霊士官は右手に一振りの日本刀を出現させた。一同に緊張が走った。
「はああっ!」
精霊士官は、飛び上がると剣から三日月形の巨大な光の刃を飛ばした。光の刃はマリア達の頭上を掠めると、前方の警備隊をなぎ倒した。警備隊は混乱した。
「?!」
十数人の守護隊の面々が前方に移動し、マリア達を庇うように武器を構えた。
精霊士官は、開いた口がふさがらないマリア達にさらに歩み寄った。
「我々もデュナミスのやり方には納得できないのでな…。わたしはグレイス。隊長なんて、呼ばないでくれよ。君らはわたし以上の能力を持っている、素晴らしい精霊だ」
「味方なんですね!」
マリアの問いに、精霊士官グレイスは軽く笑みを浮かべた。
「少なくとも、向こうは我々を敵と見なしただろうね」
警備隊がこちらに移動を開始した。
「行こう。近接戦闘になれば、アークエンジェルズの強大な力は同士討ちを恐れ使えなくなる」
その戦い方は、この人数だからこそできる戦法であった。尤もマリア達も捨て身の戦法として選択してきてはいたが…。
一同は守備隊に交じり、走り始めた。
精霊達の力がぶつかり、交錯した。
グレイスの剣さばきには目を見張るものがあった。周囲の敵精霊を瞬く間に斬り倒すと、警護隊はひるんだ。
「敵を倒すことが目的ではない! ここを切り抜けることを考えろ!」
よく訓練された守護隊は、心強い隊長の声に応えた。
アレシアはグレイスの動きを目で追っていた。
(凄いわ。隊長…グレイスの的確な指示が守護隊の連携力を強めている…。わたしもいつか、この人のように大勢の味方を率いてパックイージスを使えるようになりたい…)
そこへセレナの声が届いた。
「アレシア、パックイージスを! アークエンジェルズを倒すわよ!」
「ええ!」
それからしばらくして、警護隊の激しい攻撃はほとんど途絶えた。
優司達の行く先に、円形の印が見えた。
「六層へ続くトランスポータだ!」
優司は解析を始めた。
「こ、これは…?!」
眉をひそめる優司の肩越しに、マリアがひょいと顔を覗かせた。
「どうしたの優司?」
「ブレーンポイントが、どんどん変わって行く…」
そこへグラディスが近づいてきた。
「ここから先は防御層だからな。精霊の行き来は簡単にはできないぞ。無理矢理固定するしかない」
「固定…? どうやるんだ?」
「下の層全体が球体で回転していると考えろ。その動きを止めるんだ」
「…わかった」
優司の目の縁が七色の光を放つと、優司は下の層のビジョンを思い浮かべた。その周囲に、高速に動く空間位相の境界のイメージが浮かんだ。
(止めてみせる!)
「ぐおおおおおお!」
トランスポータが目まぐるしく色を変えながら光り出し、周囲にスパークを飛び散らせた。
マリアは不安な表情を浮かべた。
「優司…! な、何が起こってるの?」
「わかんねーッ! だけど…!」
優司の腕のパターンは次第に彼の肩にまで現れていた。やがてトランスポータは煙を出し、空間が引き裂かれるような衝撃音を数度伴って発光を止めた。だが優司はまだそれと格闘していた。
「止まった!けど…手が離せない! アレシア、頼む!」
「わかったわ。優司、ちょっとだけ我慢して…!」
「ほう。本当に止めるとは…驚いた」
グラディスは意外そうな顔をして感心していた。
アレシアは優司の意識に入り込み、トランスポータが持つブレーンポイントを確認した。
アレシアが円陣を作ると、一行は飛び込んだ。
アレシアは円陣を前に、振り向いた。精霊士官、グレイスがそこに立っていた。彼女は動く気配がなかった。
「グレイスさん?!」
「我々はここで食い止める。…武運を」
アレシアはグレイスの決意を理解した。そして、深く頷いた。
「グレイスさん…ありがとう!」
アレシアは飛び込んだ。最後に優司が飛び込むと、円陣は消えた。トランスポータは煙を出しながら、また光を放ち出した。
グレイスはトランスポータを眺めた。
「頼むぞ…この手勢ではそう長くはもたん」
身をひるがえすと、警戒態勢を取る守護隊に気合を入れた。
「いくぞ! やつらに回復の隙を与えるな!」
(3)
第六層の通路は、壁面、床、天井が暗い緑色の色調になっていた。その壁や床は石とも金属とも思えない艶やかな素材でできており、非常に強固で、ちょっとやそっとの攻撃では破壊できそうにはなかった。
優司が通路に立ちはだかるゲートのロックを解除した。巨大なゲートがゆっくりと開いた。
「…!」
その先には、四メートルはあろうかという二つの大きな人影と、二十名ほどの精霊の一団がいた。精霊は警備隊とは異なる戦闘殻に身を包んでおり、少なくともエンジェルズとは思えぬ強大な気を発していた。
「いやはや、ここまで来るとは…見上げたものだな」
その先頭に、一回り小さな人影がいた。僧侶のような白い服装をした、見事なブロンドの長い髪の少女だった。
「あなたは…ルチア!?」
アレシアが険しい顔をした。
「アレシア、また会ったな。残念だよ。そなたほどの能力の精霊が、ここで終わってしまうとは…。わたしはそなたを買っていたのだがね」
セレナが一同に呟いた。
「親衛隊長のルチア・オーレリアス…ということは、あれはデュナミス直属の親衛隊。全員アークエンジェルズよ」
一同は息を飲んだ。
ルチアは手を差し出し、アレシアに語りかけた。
「今からでも遅くはない。こちらに来ないか?」
「仲間を裏切るくらいなら、ここで死ぬわ!」
ルチアの手が下がると、彼女は首を振った。
「フッ。そんな体だから、いつまでも感情に流されるのだ。…よかろう。クラヴィス共々、ここで果てるが良い」
ルチアが両手を上げると、前方に無数の円陣が現れた。円陣が輝くと、それらからず太い光のレーザーが一斉に優司達に向かって放たれた。
「くっ…!」
アレシアはイージスを最大に展開した。強大なエネルギーに吹き飛ばされそうになりながらも、アレシアはそれに耐えた。だが、彼女のアイテールは一気に消耗してしまった。
(…まずいわ。このままではパックイージスも長くはもたない…)
「ほう。耐えたか。まあ、今のはわたしのあいさつ代わりだ。ひとつ、プリンシパリティズ様方にもご協力いただきましょう」
背後にいた二人の大きな影が動き出した。その者達は白いローブを身にまとい、全身は淡く光り輝いていた。二人のプリンシパリティズがそれぞれ右手を前方に差し出すと、それぞれに大きな円陣が生じた。円陣に書かれた文字や記号が光出すと、その中央が激しく光り始めた。
精霊達は、魔界での魔王とアウリエルとの戦闘を思い出した。
アレシアの顔に焦りが浮かんだ。彼女は嘆くような言葉を発した。
「ムリだわ。あんなのまともにくらったら、イージスでも防ぎ切れない…!」
隠れる場所はなかった。壁を壊し、バリケードを作ることもできないだろう。
円陣の光は、通路全体を覆い尽くすほどの強烈なエネルギーとなって、前方に照射された。強力な光と熱線で、前方をまともに見ることはできないほどだった。
「これは…少々激しすぎますな」
ルチアは円陣のバリアーを張り、親衛隊全員の身を守った。
照射はしばらくの間続いた。
あまりの高いエネルギーに、強固な通路も至る所ぐにゃぐにゃに歪んでいた。
だが、優司達のいる床の周囲だけは、放射状に元のなめらかな状態を保っていた。
「…なんだと?」
ルチアは目を疑った。
優司達の前方には、虹色に輝く大きな球体が回転していた。
それを見たルチアは思わず叫んだ。
「セブンシールズ…絶対防御?!」
「さすがはデュナミス直属の親衛隊長。物知りだな」
優司達の背後に、新たに大きな人影が現れた。
「アウリエル様!?」
一同は声を揃え、驚嘆した。
「あ、アウリエル様…あなた様がなぜここに?!」
ルチアはひどく狼狽した。
「この一大事に、わたしには声がかからなかったのでな。様子を見に来た」
「ですが第六層に降りられるはずは…?」
アウリエルはちらりと視線を落とし、優司を見た。
「ああ、第五層のトランスポータは誰かが破壊してしまったようだが…。それに、上はかなり混乱しているようだぞ?」
「ば、ばかな…?!」
アウリエルの言うとおり、上位の階層では、デュナミスに従う者、抗う者が入り乱れていた。優司を含む、たった三人の魔王を倒したという精霊の善戦により、デュナミスの決定に疑問を持つ者達は、別の可能性を見出したのだった。これを憂慮し、情報は制限され、デュナミスへの帰還は予め厳しく制限されていたはずだったが、戦いの様子は逐一地上で働く精霊達に空間位相間通信で広域送信されていた。それこそがルチアやデュナミスが恐れていた、彼女達の存在の影響だった。
一同に笑みが浮かんだ。
ルチアは気を取り直した。
「く…だが問題ない。デュナミス・トレシアは必ず全ての精霊を屈服させる。我々は反逆者アウリエル諸共、この混乱の首謀者をここで断罪する!」
彼女の合図により、親衛隊が襲いかかって来た。
アウリエルは光の球を発し、そこから無数の光の矢を放った。親衛隊の陣形は大きく乱れたが、さすがにそう簡単にはやられることはなかった。
「貴様達は行け。ここはわたしが引き留める」
アウリエルは優司達に言った。
「第七層には他の精霊はいない。…だが油断するな。デュナミスは貴様達を苦しめるだろう」
相手側のプリンシパリティズの光の輪が飛んできた。アウリエルは一同を囲うように淡い光のバリアを張り、それを防いだ。
「さあ、行くのだ」
そう言うと、小さな円陣を出現させた。
「その先は、第七層へのトランスポータの前に辿り着く」
「わかった。恩に着ます、偉い天使様!」
優司はそう言うと円陣に飛び込んだ。
「あ、待って優司! 一人で行っちゃだめ!」
マリア、セレナも続いた。
「アウリエル様…ご武運を!」
アレシアも一言言うと、円陣に飛び込んだ。
「グラディス!」
ブレンダの声に、グラディスは頷いた。
「アウリエル様、我らもお供します!」
「…わかった」
円陣は消えた。すぐに敵方のプリンシパリティズの光のレーザーが飛んできた。光のバリアは消失したが、セブンシールズが代わりを務めた。
攻撃が止むと、アウリエルは首を少し傾けた。
「痒いな。魔王の攻撃はこんなものではなかったぞ」
彼らは前に進み始めた。
..*
「トランスポータだ…これが最後か…」
優司は床の光る円に近づいた。
「やっぱりさっきと同じだ…。止めるしかない」
優司は再び、目に見えない巨大な階層と戦った。いつのまにか、彼は顔にも幾何学的な模様が浮かび上がっていた。
「よ…よし、止まったぞ! アレシア!」
「ええ…優司、あなた大丈夫?」
アレシアは疲労感の滲みでる優司の身を案じた。
「へへ、ここまで来てだめです、なんて言えるかよ!」
「わかったわ…」
アレシアは優司の意識から、第七層へのブレーンポイントを得た。
「さあ、行きましょう!」
アレシアの作った円陣に、三人の精霊と優司は飛び込んだ。
..*
「おっとっと…」
優司は円陣に飛び込んだ勢いが余ってつんのめった。
優司はマリアの腰にしがみついた。
「もう、しっかりしてよ優司」
「すまんすまん。まあ、たまにはいいだろ?」
「えー? やだもう、こんな時に…!」
マリアは赤い顔をした。
しかし、実際には優司はかなり消耗していた。それはアイテールが消耗しているのではなく、彼自身の能力に肉体が追い付いていないのだった。優司のアイテールの泉は、彼の内部から湧き起こるのではなく、現代の科学では目には見えない、観測もできない宇宙に満ちる膨大なエネルギーが、彼の体を通じて流れ込むことで実現されている。そのためアイテールが尽きることはないが、優司と言う、宇宙から見れば極めてちっぽけな肉体では、それを全て受け切ることなど到底できなかった。本来はセーブしなければ、堤防やダムが決壊するように優司自身が崩壊してしまう。だが優司は一連の戦いで、自分のキャパシティを越えたエネルギーの放出をしていた。
そのアオリが、今彼の体に変調をきたしていた。しかし周囲はもとより、彼自身そのことに気づいていなかった。
「しかし…ここは今までとだいぶ違うな」
優司は周囲を見回す。
第七層は、壁全体に金属質のパイプが張り巡らされており、それらが有機的な曲線を描いていた。今までの広い通路に比べれば、そこは狭く、少々息苦しさを感じた。
通路の一方は行き止まりで、ちょっとしたホールになっていた。本来は、そこにトランスポータが着くのだろう。
セレナはもう一方の先をみた。その先は暗くカーブしており、見通せなかった。
「この先ね…」
アレシアが頷いた。
「気を付けて行きましょう」
一行がしばらく進むと、低く規則的な唸り音が響いてきた。
そして、通路の奥に光が見えた。どうやら部屋か何かのようだった。
その部屋は天井が少し高く、ドームのように半球状になっていた。広さは学校の実験室ほどだろうか。周囲にはやはり無数のパイプが走っているが、部屋の奥には、半透明のカプセルが置かれていた。そのカプセルの周囲は蝋か何かがかかったように、つるんとしたプラスチックのようなもので固められ、そこからさまざまな太さのパイプが周囲に伸びていた。
『ここにわたし以外の存在が来るのは久しぶりだな。だが…土足で踏み荒らされるのは少々気分が悪い』
突然、部屋の周囲から、男性の声が響いてきた。あるいは、各自の頭の中に直接響いていた。
「だ、誰だ!」
優司が叫んだ。
カプセルの前方に、もやもやとした光る物体が現れた。一同は警戒した。
やがて物体は人の形となった。外見は声とは裏腹に、無垢の少女のようだった。銀色に輝く長い髪は、床に達してもなお余るほど長かった。衣服は身につけていないが、胸の膨らみはほとんどないに等しく、性的な特徴は見られなかった。つまり、その存在は男性でも女性でもなかった。
少女は無表情で優司達を見た。
優司は一歩前に出た。
「おまえがデュナミスなのか?」
少女は薄らと笑いを浮かべたまま、さきほどと同様の方法で声を届けた。
『この姿は、単に貴様らがわたしを認識しやすいようにした、偶像…ただの記号だ』
優司はその少女を見据えた。
「オレはおまえに話があって来た」
『ああ、だいぶわたしのからだを痛めつけてくれたようだな…まあ、修理代はサービスしておこう』
少女は言葉に合わせ、ゼスチャーをする。声の音源は位置が掴めないが、確かに話し相手としては、その少女が対象となっていた。
「要件だけ聞きたい。おまえは何者だ? 神か?」
『おいおい…わたしがそんなだいそれた存在であるわけがなかろう。わたしは、上位の存在から一つの権限を与えられた、いわば代行者だ』
「権限? 権限ってなんだ?」
『人間にそれを話す必要などないが…まあいい。貴様は普通とは違うからな…。わたしの権限は、地球の営みを維持するために、あらゆる手段を使えるということだ』
優司は聞きたかったことの本題に移り出した。
「おまえ達…いやおまえは、人間をどう思っているんだ?」
『人間か…。厄介な生き物だ。欲を出さずおとなしく生きていれば地球のあらゆる存在と共存できるものを、気に入らないものは壊し、滅ぼし、全てを奪い、環境を汚し、生態系を乱し、自らも殺し合う。人間こそ、神気取りじゃないか』
少女の顔は、心なしか少し物憂げに見えた。
優司も視線を落とした。
「それは、確かにそうかも知れない…。でも、それは一部の人間だけだ!」
『そうかな? その一部の人間の行為、具体的に言えば貴様らの指導者達の行いにより、貴様らは幸福を享受しているのではないか?』
「む…」
優司は答えに詰まった。
少女は、ゆっくりとカプセルの前を歩き始めた。
『今日ここにきたのは、プリンキパータス・オッピード、完全なる統治についてのことだろう? それは、わたしが地球の環境を制御するために地球上の人間を少々間引いて、地球の営みを正常化する計画だ。何かを生かすために、何かを殺す。これは植物以外の生命においては必要なことだろう?』
「……」
優司、そして精霊達は黙ったまま、少女の行方を追っている。精霊達について言えば、周囲に満ちるデュナミスの強大な気を前にして、金縛りがあったかのように強烈なプレッシャーを感じているのだった。
『幸か不幸か、貴様ら人間は大量殺戮する術を、中途半端に自ら封じてしまった。まあ今更殺し合うのも馬鹿らしいと思ったのだろう。しかしそれは、人間達が自身で個体数を制御する術を封じてしまったということでもある。実際人口は今でも増え続けているだろう? だからわたしがその代わりをしようというだけのことだ』
デュナミスの言う理屈はいちいち尤もであったが、優司は違和感を感じていた。だがそれがはっきりしなかった。優司は、その言葉を探していた。
少女は時折り止まり、カプセルを不思議そうに見たり、触ったりしながら、時折り冷たい視線を優司達に向ける。
彼女の行動とはあまり関連がなく、デュナミスは言葉を続けた。
『なに、奇蹟はすぐに終わる。人間を半数ほど減らして、残りが愚かな行為を繰り返さぬよう、文明の火を奪う程度のことだ。人間は五千年ほど昔の平穏な暮らしを続けることができる』
優司と精霊達は驚愕した。
「半分だって?! じゃあ、三十億以上の人間を殺すっていうのか?!」
『結果としてはそういうことだ。敬虔な宗教信者は神の国に行くことができる。わたしは保証せぬがな。残った魂は、わたしが救おう』
優司は驚きながらも、追求を続ける。
「救うってどういうことだ? 蘇るのか?」
『少し違うな。使える魂を再利用する。そこにいる精霊達の様にな。使えないものは、解体してエネルギーに戻す。昔からやっていることだ』
優司は振り返り、精霊達を見た。彼女達は視線を反らし、悲しげな顔をした。
優司は床を見つめた。
「わからない…どうしてあんたらみたいな天使がそんな恐ろしいことができるのか、オレにはわからない…」
優司は目を伏せ、首を振った。
『それも違うな。精霊達から何も聞いていないのか…? まあ、わざわざ人間に伝えることでもないから無理もないが。我々は天使ではない。システムだ。作られた時から、このように機能することを命じられている』
「誰に命じられてるんだよ!」
デュナミスはすぐに返答しなかった。
『…それを貴様が知る必要はない。どうやらおしゃべりが過ぎたようだ…』
少女は、カプセルの前に戻った。そして目を閉じると、淡く光り出した。彼女の脚の輪郭が曖昧になり、先端から光となって消え始めた。
優司はさらに近づいた。
「待てよ、人間の間違った行いは確かにどうしようもない。だけど、それと大量の命を奪っていいこととは別問題だろう? そんなのはただの恐怖政治だ!」
少女は目を開き、優司を見据えた。
『……』
「きっと誰かが間違いに気づくはずだ。きっとみんながなんとかするはずだ。もちろん、他人任せになんかしない。オレがなんとかしてみせる。それまで人間を信じることはできないのか?!」
『フッ。笑わせる。そう言ったものは、みな触れ者として貴様らの社会から抹殺されてきたのだろう? 貴様に何ができるというのだ』
少女は口元に虚ろな笑みを浮かべた。
優司は拳を握りしめた。顔には悔しさ、悲しさが浮かんでいた。彼の背中を見守る精霊達には、彼にかける言葉がなかった。
「ああ、そうだよな…もう絶望的だよ。でも、少しずつでも広めていきたい。ああそうだ。オレに関わる人に影響を与えて…。お互いに影響を与え合って、いつか全世界に響き渡らせて見せる!」
『志は悪くはない。だが、少々時間がないようだ…』
そこまで言うと、少女の体は消えていった。
優司は少女を追うように、数歩進んだ。
「おい待て! まだ話は…!」
少女が放っていた光は消えた。
いずこからともなく、デュナミスの声が響いた。
『話は既についた。計画は予定通り進める。…だがまずは小うるさい精霊達をだまらせなければな…』
ずっと聞こえていた低い唸り音が、次第に大きくなっていく。その音に交じった低周波は圧力となって、優司達の体に不快な感覚を与え始めた。彼は焦った。
「ちくしょう、もうこいつをぶっ潰すしかない!」
優司は振り返り、精霊達を見た。
「こいつはどうやったら倒せるんだ?」
「え? 分かんないよ…」
マリアは困った顔をした。アレシアがフォローした。
「デュナミスも精霊よ。どこかに中枢殻があるはず。それを破壊すれば…」
「それはどこにあるんだ?」
セレナが推理する。
「ここは第七層。この近くにあるはず…」
圧力は次第に大きくなり、お互いの会話は極めて聞き取りにくくなった。
「スキャ…して探せな…のか?」
セレナは優司に近づいた。
「え、何、なん…言っ…の…?」
圧力は頭痛のように頭の中で響き始めた。
それは、デュナミスの内外にいる全ての精霊の身に起きていた。敵も味方も立っていられなくなり、みな頭を押さえ始めた。
マリア達も頭を押さえ、膝をついた。
優司は歯を食いしばった。耳を塞いでも強力な音圧は体全体を締めつけた。
「くそっ、なんなんだこれは…!」
頭が割れるように痛み、優司は両膝をついて悶えた。
突然、頭の中で強烈な音圧の甲高い音が響き、精霊達は何も考えられなくなった。その甲高い音も聞こえなくなると、彼女達のこころは未知なる力に圧迫されていった。
「ああ…やっと、収まった…」
優司は立ち上がった。まだ頭がくらくらする。
「!?」
だが彼の足元では、三人の精霊達が倒れたまま、カッと目を見開いていた。