第二十九話 精霊の生まれる場所
(1)
暗闇に円陣が出現すると、優司達が飛び出した。
「わっ? わあ───ッ!!」
途端に、優司は重力に従い落下を始めた。マリアが超高速移動で追い付き、優司を掴んだ。
「ふう…。ごめんね、うっかりしてたわ」
「す、すまん」
地上はすぐ近くだった。マリアは徐々に高度を落とした。
高度を落としながら、何度となく来ているこの場所にいつもと違う感覚を覚えた。
「え? ここって…?」
追いついたアレシアも目を丸くしていた。
「中央管制棟の目の前だわ。ジャンプ禁止区域じゃない」
その横のセレナが優司に近づいて笑みを浮かべた。
「さすがね、優司。手間が省けたわ」
考えてみれば、強襲するのにいちいちルールを守る必要もなかった。精霊達は観念に捕われ過ぎていた。
一行は地上に降り立った。
「ほわー…」
優司は辺りを見回した。夢で見た景色にひどく似ていたが、実際に肌で感じると、なんとも不思議な場所だった。建築物は直線と計算されつくしたような美しいカーブで構成され、周囲は淡く光り輝いている。さながら未来都市かシュアリアリズムのアートな建築物の雰囲気だった。
一行は緩やかにカーブした斜面を持つ巨大なピラミッド型の施設、セントラルへと続く通りを進み始めた。
前方のゲートが開くと、大勢の警護隊がやってきた。
セレナはホルスターから銃を取り出した。
「優司、覚悟して。突っ切るわよ!」
「あ、ああ!」
警護隊の後衛が、光の矢を放った。優司はアレシアの背後で、イージスの防御下に入った。セレナは矢の軌跡を見切り、ムダのない動きでそれらをかわしていく。マリアが矢を避けるのは造作もないことだった。
「一気に片付けるわ!」
アレシアの目がグリーンに輝くと、イージスから無数の雷撃の矢が飛び出した。その軌跡はするどく、弓兵が気付く頃には矢は目の前だった。電撃にやられた弓兵はバタバタと倒れた。
「あのコ達…死んじゃったのか?」
優司は不安げにアレシアに問いかけた。
「最悪エレメンタルシェルに当たればそうなるけど…。ライトニングアローも基本的には光の属性だから、致命傷にはならないはずよ」
「そうか…良かった」
その間に、マリアとセレナは突っ込んで警護隊の前衛と当たった。
「アレシア! こっちへ!」
瞬く間に数人の剣士を倒したマリアの呼びかけに、アレシアは頷いた。
「さあ優司、わたし達も行きましょう。放っておくとあのコたち、全員倒しちゃう」
「ああ!」
アレシア達はマリアと合流した。彼女達は最小限の犠牲にとどめることにしていた。往路を切り開くと、一行はゲートをくぐった。
入口の扉はロックされていた。その扉の前に、優司が立った。
「どうやりゃいいんだ…?」
優司は扉に腕をかざした。
(開け…!)
優司が念じると、腕の幾何学的な模様が輝いた。優司は腕が熱くなるのを感じた。だがすぐには扉は開かなかった。
(くそ、開けよ、このやろう…!)
しばらくうんうん唸っていると、突然ロックが解除され、扉は開いた。
「やった…!」
優司はようやく扉を開ける時の要領が分かった。それは普通に扉を開けるというよりは、その仕組みを理解し、ロックのかかった部分に干渉する、という感覚だった。
「基本的にはそういうことか…」
優司は仕組みを理解すれば応用が利くだろうと考えた。
「急ぎましょう!」
アレシアが叫んだ。
優司がもたもたしているうちに、入り口前の警備隊はマリアとセレナによって結局全て倒されてしまった。
..*
一行は通路を小走りで進んでいた。精霊達は優司のペースに合わせていた。
「これからどうするんだ?」
優司の問いに、アレシアが答える。
「セントラルは地下に七つの層があって、一番下の層にデュナミスの中枢殻があるわ。そこに辿り着ければデュナミスに直接干渉できると思うわ。…でも、わたしは三つ目の層までしか行ったことないから、その下がどうなってるかはわからない」
「わたしも知らない。っていうか、全然知らなかった…」
天然なマリアに、セレナが続いた。
「マリアは置いといて。各層は異なる空間位相を持ってるから、直接のジャンプはできないわ。各層の転送装置をハッキングしてブレーンポイントを特定しないと」
「トランスポータの周辺はたぶん警備が厚いわね…」
アレシアが続いた。それはともかく、彼女の胸はエンゲージシェルのプロテクターからこぼれそうなほどにぷるんぷるんと上下に揺れている。もしこぼれたらプロテクターに再び納めるのは至難の技だろう。
そんなアレシアの言葉を受け、マリアが言葉を返した。
「守護隊を倒すのは目的じゃないわ。ブレーンポイントを取得したら、トランスポータは使わずジャンプしましょう」
通路の前方に大きなゲートがあった。ゲートは閉じられていた。
「やり方が分かれば…開けよ!」
優司は数秒も立たずにロックを解除した。ゲートが開いた途端、無数の光の矢が飛んできた。
「うわわ!」
マリアが優司を引っ張り、アレシアの後ろに回った。
「危っぶねえ…だがこりゃまずいな」
優司は手をかざし、ゲートを半分だけ閉じた。
「いいアイデアだわ!」
セレナがゲートの背後についた。アレシアとマリアもゲートに隠れた。
「わたしが突っ込む。アレシアとセレナは援護を」
アレシアが頷いた。
「わかったわ。合図したら、上に逃げて!」
「オーケー!」
マリアはウイングを開いた。そして、タイミングを図って飛び出した。
「はあああ───ッ!」
マリアは小さくロールしながら矢の嵐をかいくぐり、前方に斬り込んだ。警備隊の攻撃はマリアに集中した。
「マリア…」
優司はハラハラしながらマリアを見守った。彼はマリアが危険になると、自分も身をよじっている。その度に「ひっ! うわっ! なんとっ!」と奇声を上げるのだった。
危なっかしいマリアの隙を、セレナが魔神銃でカバーした。
「やるじゃん、セレナ!」
優司の声援に、セレナはウィンクして答えた。
アレシアの目がグリーンに光った。
(今よ、マリア…!)
マリアは上昇し、警備隊の頭上を飛んだ。警備隊の意識はマリアに行っていた。
「行け───ッ!」
アレシアの雷撃の矢が警備隊を襲った。
さらにセレナの圧縮魔弾が天井を狙い、ブラストで天井を崩した。
警備隊の大半が傷つき、態勢が大きく乱れた。
「突っ込むわよ!」
セレナが先陣を切って走り出した。アレシアと優司が続いた。
(すげえ…こいつらバッチリ息が合ってる…!)
しんがりを走る優司は感動しながら二人の背中を見ていた。
マリアが残りの警備隊を退け、一行は再び合流して先へと進んだ。
「あれだわ!」
マリアの見る前方の床に、色の違う大きな円があった。第二層に向かうトランスポータだった。
「優司、出番よ!」
「よし…」
優司の目の縁が光り出し、優司はトランスポータの仕組みを理解した。
「……」
優司は険しい表情でしばらく固まった。そして振り向いた。
「あの…ブレーンポイントって、何?」
精霊達はずっこけた。
「できるかどうかわからないけど…」
アレシアが優司の肩に手を置き、目を閉じた。
「な…なんだ…?」
優司は自分の中にアレシアの意識を感じた。
(入れたわ! …なるほど…優司の見ているものはこんななんだ…)
優司の頭の中に、アレシアの声が響いた。優司は頭の中がなんだかくすぐったかった。
(これ! これよ!)
アレシアの意識が指し示すものを、優司も見た。
「なるほど…」
優司達の見ているものは、実際の視覚に映るものとは異なっていた。一つの物があらゆる面、あらゆる分析方法で解析された、多重映像だった。優司はそれらの膨大な情報を読み解く方法を、一つ一つ学んでいるところだった。
「よし、下の層に行こう…」
優司は円陣を作った。その先に見える映像から、警備隊の手の薄い場所を決めた。
一行は円陣に飛びこんだ。
(2)
一行が第二層を進んでいると、前方に警備隊が現れた。
しかし今までと少し様子が違うようだった。前方で輝く円陣が生じた。
「…危ない!」
マリアは優司にタックルして横に飛んだ。その直後、円陣から太い光線が放たれた。光線は後方数十メートルの壁に当たると、大爆発を起こした。
アレシアの表情が険しくなった。
「あ、アークエンジェルズだわ!」
「アークエンジェルズ? …大天使?」
いぶかる優司に、セレナが答えた。
「わたし達の一つ上の階級の精霊。階級が一つ上がると、およそ百倍の能力差があると言うわ」
「な、なんじゃそりゃ!?」
そう言ってる間に、第二波が飛んできた。アレシアがイージスでそれを弾いたが、飛散した光線が周囲の壁を焼いた。一行は激しい光と、熱を帯びた爆煙と、けたたましい音と衝撃波に包まれた。まるで銃弾飛び交う戦場の真っただ中のような状況に、優司は驚愕した。
「おわー!」
攻撃が止んだところで、マリアは前方を凝視した。
「二、三人はいるわね…」
「こうなったら…」
セレナはアレシアを見た。アレシアは頷いた。
アレシアは目を閉じ、意識を集中した。そして目を開くと、瞳がグリーンに輝き、体から金色のオーラを発し始めた。残る精霊達も同調し、オーラを発し始めた。
アレシアが声を上げる。
「一気に行くわよ」
「ええ!!」
二人の精霊が声を揃えると、三人は物凄い勢いで飛び出した。
「オレはなんとかあいつらの厄介にならないようにしないと…」
優司は隠れるものがないか探した。だが、通路は整然としており、遮るものは何もなかった。
「この壁でも…!」
優司が手をかざし、念じた。その時、優司は気づいていなかったが、優司の瞳は悪魔のように赤く光っていた。
壁がバコン、ボコンと大きな金属音を出しながら浮かび上がって来た。
「行ける…!」
壁は数十センチの厚さがあった。それは想定外の厚さ、重さで優司は自分でそんなものが動かせることにビビッた。
「マジ…?」
とにかく隠れるものが出来たので、優司はそこに隠れた。
アークエンジェルズの力はやはり凄まじく、マリア達は思ったよりも苦戦した。周囲に居た警備隊のエンジェルズ達は、戦いに巻き込まれ倒れていった。
「やああ───ッ!」
マリアはアークエンジェルズの両腕を切り落とした。残りのアークエンジェルズもセレナの魔神銃、アレシアの槍によって同様に倒された。
「お願い…しばらくそのままでいて…」
マリアはアークエンジェルズの回復が早くないことを祈った。
「終わったな…!」
優司が走り込んできた。
「…?!」
セレナは優司が走って来た方向の壁が物凄いことになっていることに目を疑った。
「あれ…あなたがやったの?」
「え? ああ、なんかできちゃったな。すげえな、プロトコルの力って」
(いやー…?)
セレナは首を傾げた。
「そんなことより、急ぎましょう。アークエンジェルズは回復が早いわ」
マリアの言葉に、一行は先を急いだ。
幸いにも、そのすぐ傍にトランスポータはあった。
優司はトランスポータの解析に取り掛かった。
セレナとマリアは、後方を警戒した。
「う…」
その間で、アレシアは少し目まいを感じ、壁にもたれかかった。
(これって…?)
周りを見ると、誰も自分に気づいていなかった。アレシアは少し落ち着くと、気を取り直して優司のほうへ歩いた。
「よし、わかったぞ」
優司が第三層へ続く円陣を作った。
「行こう!」
一行は円陣に飛びこんだ。
(3)
第三層は今までよりも道が入り組んでいた。だがアレシアのプロビデンスによって、コースは大方分かっていた。しかし、やはりその先にはアークエンジェルズを含む警備隊が待ち構えていた。
セレナはアレシアを見た。
「行くしかないわ。アレシアお願い!」
アレシアは再びパックイージスを使った。
優司は彼女達の後方で、分岐路の影に隠れた。
第三層のアークエンジェルズは数が増えていた。
「多勢に無勢だわ…!」
マリアはしょっぱい顔をした。
「泣きごと言わない! 覚悟してきたんでしょ!」
だがそういうセレナの顔にも余裕がなかった。
「……」
アレシアの動きは鈍っていた。彼女の額には大量の脂汗が滲んでいた。
アークエンジェルズを二体ほど退けた。
ついさっき暗い顔をしていたマリアの顔は明るかった。
「行けるわ!」
セレナも頷いた。
「このまま押しましょう!」
だが、パックイージスはいきなり解除されてしまった。
マリア達が振り向くと、アレシアが立て膝を付き、肩で大きく息をしていた。
「アレシア! どうしたの?!」
「ご、ごめんなさい…」
「このままじゃまずいわ…とりあえずここから退避しましょう!」
セレナは圧縮魔弾を撃ちまくった。
「炸裂! …業火!」
天井が崩れ、周囲が燃えた。
一行は追手を振り切り、別ルートを探した。
..*
「…取り敢えず追っ手は撒いたわね」
セレナは後方を確認した。
アレシアはなんとか自分で走れていたが、青い顔をしていた。
マリアがアレシアの身を案じた。
「アレシア、大丈夫? どこか休める場所が必要だわ…」
速度を落とし、歩きながら見回すと、通路の両側に扉がいくつかあった。
「この辺りは研究施設が多いわね…」
セレナは扉のプレートを読んでいた。それは英語の様にも見えたが、たとえ英語だとしても優司には理解できなかった。
通路を真っ直ぐ進むと、その先にゲートがあった。ゲートを開けると、通路は通常のものよりもかなり狭くなった。そこを十数メートル進むと、急に視界が開けた。
天井は七、八メートルほどあり、壁には特徴的な六角形のハニカム構造の窪みがびっしりと並んでいた。その表面はガラス、あるいはアクリルのような透明カバーで覆われたカプセルになっており、ところどころ例外はあったが、液体で満たされた中は淡い光で照らされていた。室内は低いモーターのような音が響き、時折りどこからか水中を空気の泡が浮かぶ時のボコボコという音していた。カプセルは片側に五十基ほどあり、天井には大きな可動式のアームが備え付けられていた。奥に別のゲートがあった。
「ここは一体…?」
優司は注意深く辺りを見回した。
「こ、ここは…ハイヴ…」
セレナは険しい顔をした。
優司は人影を見たような気がした。カプセルの中が気になり、近づいた。
「優司、見ないで!」
マリアが優司に走り寄った。
「なんだ…?」
優司の見たカプセルの中は液体で満たされており、液体の中に裸の女の子が浮かんでいた。女の子には、へその部分に細いチューブが数本、ツイストしながら繋がれていた。
マリアは優司にしがみついた。
「な、なんだよ…」
彼女は震える声で答えた。
「だめ…」
しかし優司の好奇心は止まらず、引き留めるマリアを連れながら隣のカプセルを覗いた。
「?!」
そのカプセルでは、ソフトボールほどの大きさの白い球体が浮いており、今まさに初期段階の形成過程が始まっていた。球体の周りにピンク色の肉のようなものがまとわりつくのに合わせ、その外部に金属質の光沢のあるものが現れ、人間の骨格のように組み上げられた。肉の塊はどんどん大きくなり、骨格を覆い始めた。同時に球体のすぐ下のボールのような肉塊から管が伸び始め、骨格の内外を覆っていった。そして、そのボールのような肉塊が心臓のように脈動を始めた。
そのさらに隣では、同じような人型の肉を皮膚が覆っている最中だった。指の先に爪が形成され、顔には唇が形成され、髪の毛と、睫毛、眉毛が生え始めた。そして胸が膨らむと、その先端にピンク色の突起を形成した。
さらにその隣は、最初に見たような普通の女の子だった。女の子は突然目を開けると、優司に微笑みかけるかのように口を開け、何か語りかけているようだった。
「な、なんだよこれ…」
優司は後ずさりした。
「……」
マリアは優司の服を握りしめた。
優司はマリアを見た。
「このコ達は、おまえ達と一緒…?」
セレナが近付いた。
「そう、ここがわたし達が造られた場所…精霊工場」
セレナはゆっくりと歩を進めながら、優司が見た順にカプセルを見ていく。
「選ばれた少女の魂を殻に封じ…魂の資質に応じた肉体を形成し…精霊を作り出してるの」
セレナは目を開けた精霊の前で止まった。精霊は親を求める小さな子供のように、セレナに手を伸ばし、笑いかけた。セレナはカプセルに手を当てた。
「殻はわたし達を封じ込めると同時に、守ってくれてもいる…」
少し体調を取り戻したアレシアが、自分の胸の辺りを押さえながら続いた。
「肉体は再生できるけど、魂の入った中枢殻が破壊されたら、もう二度と再生はできないわ…」
「……」
優司は険しい顔をしていた。それは拒絶ではなく、精霊の本当の姿と、彼女達が心に秘めている苦悩、あるいは悲しみのような重苦しいものを感じ取ったからだった。
優司にしがみついていたマリアが顔を上げた。その顔は、寂しげだった。
「優司…わたし達の存在はあなた達の言う天使と少し似ているけど、本当は全然違うわ…」
彼女が言うまでもなく、優司はここへ来る前にそのことには感付いていた。彼はマリアの肩にそっと手を置いた。
「でも人間達を守ってるんだろ?」
「うん。そしてデュナミスも本来は地球を維持するためのシステム…」
「でもそいつは地球が守れれば人間はどうなってもいいって思ってるんだろ」
マリアは視線を反らした。
「ええ…結果的には」
「でもおかしいよな。末端のおまえ達がこんなに頑張って人間守ってるのに、なんでそいつは人間を軽視してんだ?」
「そ、それは…」
マリアは言葉に詰まった。他の精霊達を見ても、反応は同じだった。
優司はマリアを立たせると、肩をポンと叩いた。
「やっぱりそいつの話、聞いてみないとな」
「…うん…」
マリアは頷いた。
優司達は歩き始めた。
..*
ハイヴを抜けても、しばらくは狭い通路が続いていた。
マリアは後方のアレシアを気遣った。
「アレシア、体はどう?」
「ええまだ…パックイージスは消耗が激しくて…」
アレシアは自分の体の限界を感じていた。
彼女達の活動エネルギーの源、アイテールは外界から取り込まれた後彼女達の体を循環し、肉体や各シェルの回復、攻撃、飛行など、あらゆることに使われる。だが外界から取り込むことができる量には、それぞれ限界がある。戦いが長引いたりダメージを受けたりして激しく消耗すると、動くことすらままならなくなってしまう。通常はそんなことにならないために、自分達に合った武器を使い消耗を抑える。だが、アレシアのパックイージスは、彼女のアイテールの補充能力をはるかに超えるエネルギーを消費するのだった。
アレシアはふと、以前ここへ来た時のドクター、ソフィアの言葉を思い出した。やはりエレメンタルシェル、そして体の入れ替えが必要なのか…。だが今となってはもう遅い。
アレシアを見ていたセレナが呟いた。
「要はアイテールの補給ができればいいのよね」
マリアはセレナを見た。
「何か考えがあるの、セレナ?」
「以前グラディスが言ってた…。優司はアイテールの泉だって…」
アレシアが頷いた。
「ええ、確かそんなこと言ってたわね…」
セレナは優司の腕を掴み、アレシアを指差した。
「優司、アレシアとえ、エッチしなさい!」
「ええっ?!」
一同は目を剥いた。
アレシアは顔を赤くしながら困った顔をした。
「…っていうか、ムリよ! わたし達にはそんな機能は…」
「え、そうなの? ついてると思ったけど…」
優司の視線はアレシアの下半身に向かっていた。視線を感じたアレシアは体をもじもじさせた。
セレナがジト目で優司を見る。
「…って、なんでそんなの知ってるの? 優司」
「あ、いやーははは、た、ただなんとなくね。オレ予想」
優司は慌てて視線をほうぼうに向けた。
「た、確かに…形はある程度あるけど、性機能はないのよ」
そう言いいながら、マリアはクローディアの言葉を思い出していた。
「…でも、おっぱいとかはか、感じるんだろ?」
マリアは優司の視線にいやらしいものを感じた。
「表面的には形はあって、その…感覚もあるわ。それはわたし達のこころが形成しているの。でも自分の…奥のほうなんて、誰も詳しく知らないもの…」
最後のほうはぼそぼそと独り言のようになっていた。彼女の言葉の裏を返せば、「奥のほう」について詳しい知識があれば、性機能を持つ精霊もいるかも知れないとも言える。だが、少なくとも三人の精霊にはその知識はないようだ。
セレナは額に指を当て、何か思案した。
「あと出来るとしたら…キス、かな」
「え? …キスでできるの?」
アレシアは頬を赤く染めた。
「優司がその力をあげたいって思えば、いけるはず。効率は悪いと思うけど」
優司は少し考えた。
「やってみるしかないか…」
優司はアレシアに近づいた。意識するアレシアは彼をまともに見ることができなかった。
「アレシア、オレのほう見て…」
アレシアはおずおずと優司を見た。二人は見つめ合った。
そして残りの二人は、優司達を見守った。
「優司…」
アレシアは顔を寄せた優司の鼻息を感じると、余計に緊張した。一方の優司もまるでこれが初めてのようなガチガチの表情でアレシアの少し厚めの唇を注視した。そして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……」
「……」
優司は一方から飛んでくる痛い視線がどうしても気になった。そちらを見ると、二人の目は嫉妬と怨念が入り混じり、今にも怪光線を発射しそうな勢いだった。
「あ、あの…君ら後ろ向いててくんない?」
セレナは拳を振り上げた。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょッ! …まあ、後ろ向いてるから、早く!」
セレナは唸るマリアの頭を掴んで、ムリヤリ後ろを向かせた。そして自分も後ろを向いた。
「ほんじゃ改めて…」
優司はアレシアと正対すると、彼女の肩を掴んだ。アレシアは緊張していた。
(気持ちを込めないと…)
優司は彼女をじっと見つめた。そして息を整えると、告白を始めた。
「アレシア…聞いてくれ。オレ、最初は君のこと綺麗だなとかグラマラスなお姉さんだなとか見た目のほうばっか意識してたけど、そのうち君の心の優しさとか清らかさとかが見えるようになって、実際ほんとかわいくてしょうがないんだ。…それこそオレのツボだ。だから今言う。その顔も体も関係ない。オレは君の心が好きなんだ」
アレシアは胸が熱くなった。この人は、ひょっとしたら真剣に自分のことが好きでいてくれるのかも知れないと思った。彼女も、うまく言い表せなかった自分の気持ちにはっきりと気づき、優司のことを心から思った。
「優司…」
二人の顔が近付き、鼻が当たると、お互いを求めあった。それは今まで何度か交わしたキスよりも深く、濃厚だった。唇が歪み、粘膜を接触し合い、唾液を交換し、舌を絡め合うと、二人の頭の中はその心地良い感覚に支配されていった。
(優司…あなたが好き…好き…好き!)
アレシアは熱い思いをこらえきれず、涙を流した。
(アレシア…君の想いが伝わるよ…。オレの力を君に捧げたい…!)
優司は可能な限り、舌と唇でアレシアを愛した。アレシアはとろけるような熱いキスに身をよじった。
「……」
結局二人の行為をしっかりと見ていたマリアとセレナは、あまりの激しさ、あまりのいやらしさにショックで倒れそうになっていた。だが二人のキスはある意味美しく、感動的だった。二人はアレシアに感情移入してなんとか耐えることにした。そんなわけで、二人とも口はチューの形になったまま、むにゅむにゅと動いていた。
ふと気付くと、アレシアの体は金色に輝いていた。
「な、なんだ…?」
二人は驚いて、キスをやめた。
アレシアは力がみなぎっているのを感じた。体中が充実感で弾けそうだった。戦闘で受けた傷は瞬く間に癒え、エンゲージシェルまでもが新品のように艶やかな光沢を放っていた。
「すごい…キスだけでこんなに回復するなんて…行けるわ!」
「はいーはいはいはい。離れて離れて」
マリアが二人に割って入った。
セレナも続いた。
「アレシア、一回貸しだからね!」
「…はいはい」
アレシアはジト汗をかいた。
..*
一行は別ルートを通り、第三層のトランスポータに向かった。再び警備隊が迫って来たが、アレシアのパックイージスは一層高い威力を発揮し、三人の精霊の連携によってアークエンジェルズ達を退けた。
一行は第四層に向かった。