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第二十七話 覚醒(めざめ)

(1)


 暗黒の静寂の中、優司は裸で、やはり裸のマリアを抱きしめていた。お互いに視線を合わせず、話もしなかった。暗いはずのその場所で、二人はなぜかはっきりと姿が見えていた。

 二人はしばらくそのままだったが、やがて無表情のマリアが口を開いた。

「行きたい所を思い浮かべて…」

 優司はマリアに従い、虚ろな目で暗闇を見つめた。すると、暗闇に見たこともないような人工的な建造物の外観が浮かんだ。

 彼女は続ける。

「手をかざして、意識を集中して…」

 優司は言われるままに右手を横に伸ばし、手を開いた。指に力を込め意識を集中すると、脊髄から頭にかけて軽い電撃のような衝撃が走り、頭の中の熱い何かが腕を伝い、かざした手の方へ移動した。それに合わせ、腕の血管が浮き出た。だがそれは電子機器のプリント基板にみられるような、あるいはナスカの地上絵のような何本もの直線が並んだ幾何学的な模様で、浮き出た筋は七色の光を放った。

「!?」

 優司は体の異常に不安を覚えたが、自分ではそれを止めることができなかった。

 手の先端が熱を帯びると、そこから光が現れた。その光は強さを増しながら大きく広がり、優司の手を離れると前方で円盤状に広がった。円盤はオカルト的な文字や記号が書かれた何層かの円陣となり、それぞれの層がゆっくりと回転している。

 円陣の中心の層を先頭に、各層が前方へ移動すると、それに合わせて空間がぐにゃりと歪んだ。そして、歪んだ空間の先端が円形の窓のように広がり、そこから先ほど優司が思い浮かべた人工的な建造物が見えた。

「これは…?」


 いつのまにか、マリアはどこにもいなかった。

「マリア…マリアーッ…!」

 優司はマリアを探した。だがそこには、円陣と優司しかいなかった。彼は円陣を見た。

「まさか、この先に…?」

 突然、円陣は不安定にぐにゃぐにゃと歪んだ。優司は思わずそこに飛びこんだ。

 その中は見た目よりも広く、周囲は流れ星のような光が物凄いスピードで流れていた。優司は前方に落下するように、広い空間の中を突き進んだ。後ろを振り向くと、空間は何もなく、まるで暗闇が襲ってくるようだった。

「ま、まずい…!」

 優司は焦ったが、動く速度を制御することもできず、ただ流れに任せるしかなかった。

 やがて円形の窓が近付き、彼はその先の世界へ飛び出した。


 優司は空中に浮いていた。暑くもなく、寒くもない。肌には何も感じず、音も聞こえない。そこは宇宙に浮かんだ銀河が渦を巻いているような景色で、眼下には暗闇に燦然と輝く、幾何学的な曲線で構成された真っ白な美しい都市が広がっていた。まるで宇宙に浮かぶスペースコロニーのようだった。だが、木や水といった自然のものは一切見られなかった。

「ここはなんなんだ…?」

 体の自由は全く利かなかった。優司はもがいた。

「くそ…動け…!」

 やがて体が動くようになった。が、同時に下へと落下し始めた。それは、普通に重力の法則にしたがい自由落下するような感覚だった。優司は身の危険を感じた。

「う、うわ…うわああ───ッ…!」

 優司は暗闇へと吸い込まれていった。


「…あああっ!」

 優司は自分が叫んでいる声を聞き、カッと目を開いた。そこはベッドの上だった。辺りは薄暗かったが、その天井は見慣れた自分の部屋であることが分かった。そして、自分は汗びっしょりで、荒い息をしていることにも気づいた。

 優司はゆっくりと起き上がった。頭がクラクラする。彼は額を押さえた。

「夢…か?」

 だが、それは今まで見たことのない、そして相変わらずリアルな夢だった。優司は急に、精霊達との出会いや出来事が全て夢で、自分は一人なんじゃないかと不安になった。

 時計を見るとまだ二時を回った頃だった。優司はそろりと部屋を出て、隣の部屋のドアを開けた。部屋は暗かったが、三人の姉妹達の無邪気な寝息が聞こえた。

(ああ、良かった…!)

 優司はホッとした。

 あんな夢を見たのは、昼間マリアの涙を見たからだろうか。

 優司はマリアの顔が見たかったが、顔を見たら自分が何をするか分からないこと、そしてそれに気づいた他の精霊達にぬっ殺される予感がしたのでやめた。

 優司は忍び足で部屋に戻ると、カーテンと窓を開けた。空は雲に覆われほとんど真っ暗で、辺りは夏虫の鳴く音だけが聞こえていた。雨が降ったのか、少し蒸していた。

(でも、天使も眠るんだな)

 ベッドに腰掛け、そう思うと何か不思議な気分だった。昼間の出来事といい、普通の女の子と全く同じように笑い、泣き、眠り、えっちな刺激に感じる。でも戦う時は信じられないくらいのパワーを出す。そのギャップには違和感を感じる。キリスト教などの宗教的な世界はよく分からないが、彼女達は自分が認識していた天使のイメージではなかった。むしろ、普通の女の子が特殊なスーツでパワーアップする戦隊もののようなイメージだ。そう考えると、彼女達が戻る先っていうのは案外この地上のどこか、あるいは地球のすぐ近く、例えば月とか火星とかで、彼女達は科学力で武装した正義の味方のような存在だったりするんじゃないかとさえ思えてきた。さっき夢で見たスペースコロニーのような場所が、ひょっとしたら彼女達の戻る場所なのかも知れない。

 だがそうだとして、なんで自分がその彼女達の基地を夢で見ることができるのか、そんなバカなことがあるか、と混乱してきた。

「あーよく分かんね!」

 優司は頭を掻きむしった。


 面倒な考えをやめて、もう一回寝なおそうと思った。だが、それにはこのもやもやしたものをどこかにやって、高ぶった神経を落ち着かせる必要があった。

 薄暗い部屋の中で、優司はしばらく自分の手を見つめていた。

 ぼーっとしていると、少し落ち着いてきた。

「…なんだっけ? 行きたい所を思い浮かべて…」

 優司は目をつぶり、夢で見た景色を思い浮かべた。それは鮮明に思い出せた。頭の中で、血管が脈を打つような感覚が感じられた。

 優司はゆっくりと目を開けた。思い浮かべた映像は、薄暗い部屋に上重ね(オーバーレイ)するかのように残像として残っていた。その時、優司は気づいていなかったが、彼の黒目の縁は七色に輝いていた。

「手をかざして…」

 優司はその映像のほうに手を伸ばし、それを手の中に引き寄せるイメージを思い浮かべた。

 すると首の後ろ辺りから頭にかけて軽い電撃のような衝撃が走り、それが腕へと伝っていった。腕の血管が何本もの直線が並ぶように浮き出て、七色の光を放った。まるでさっき見た夢と同じだった。いや、それよりも比べモノにならないほどリアルだった。どこからともなく、ハウリングのような耳障りな甲高い音が響いた。場所は特定できないが、自分の頭の中か、あるいは自分の腕のようだった。

「…ま、マジかよ!?」

 手の中が熱くなり、低いハム音を伴いながら光を放ち出した。優司はそれを消そうと腕を振り払ったが、もう止めることはできなくなっていた。部屋の中のものが、腕を振りかざす度にまるで吹き出した風で飛ばされるようにざわざわと動いた。

 そうこうしているうちに、光は強さを増し、大きくなっていた。

「や、やべえ!」

 優司は爆発するんじゃないかと思い、慌てて掃き出し窓からバルコニーに飛び出した。腕を手摺の外に突き出すと、腕は焼けるように熱くなっていた。夢で見たものよりも恐ろしかった。


「う…うあ…うあああ───ッ!!」


 光は優司の腕の中の熱いものとともに彼の手を離れ、前方に幾層かの円盤からなる大きな円陣を作りだした。そして各層の円盤が前方に移動すると、空間が歪んだ。


「はあっ、はあっ、はぁっ……」

 腕の幾何学的なパターンは輝きを失い、やがてパターンも消えた。優司はとりあえず助かった、と思った。だが、空間を歪ませた円陣はそこに佇んでいた。その先には、別の世界が垣間見えた。それはとても自分が作り出したものとは思えなかった。

「なんなんだよ、これは…?」


..*


「……」

 その光景を、少し離れた人家の屋根から見つめる二つの影があった。雲が切れ、影は月明かりに照らされた。

 ウェーブのかかった紫色の長い髪を持つ美しい女性は、険しい表情で口を開いた。

「やはりあの人間は危険か…殺すしかないな」

 その隣にいる、深い緑色のショートヘアで中性的な美しさを備える女性は驚いた顔をした。

「ぐ、グラディス、デュナミスは彼を組み込むと言っていたはずだ」

「ブレンダ。その指令コマンドは既に取り消されている」

 紫色の髪の女性、グラディスは視線だけを隣に移し、言った。

「今は抹殺(プランB)が優先される。それに」

グラディスは視線を前方に戻した。

「いずれにしろ、あの人間にとっては同じ結果だ」

 彼女の視線は、一人の若者を冷たく見据えていた。

 緑色の髪の女性、ブレンダは視線を落とした。

「そうだけど…。ぼくには彼のような善良な人間を手にかける気にはなれないよ」

 グラディスは一歩前に歩み出た。

「ならばだまって見ていろ」

 グラディスは軽やかに跳躍すると、宙に舞い上がった。


 大きな放物線を描き下降を始めたグラディスは、右手から大鎌を出現させ、それを両手で持つと、体を反りかえらせて振り上げた。

 その視線の先には、バルコニーに佇む優司がいた。

 優司が気配を感じた頃には、女性らしき人影は落下により十分に加速度を付け、ものすごい勢いで自分に迫って来るところだった。大鎌の刃の曲線が、月明かりで鈍く光った。

「はああああ───ッ!!」

 大鎌が降り降ろされた。

「ウワーッ!」

 優司は腕で顔をかばった。もちろんそんな挙動リアクションは何の役にも立たない。

 だが、ガツッと鈍い音を立て、攻撃は止まった。


「?!」

 優司がおそるおそる前方を見ると、そこにはイージスを構えたアレシアが浮かんでいた。

「優司ッ!」

 すぐ横でマリアの声がしたかと思うと、優司はバルコニーから空へと連れ去られた。

「マリア!?」

「話しは後。逃げるわよ」

「待てッ!」

 大鎌を携えたグラディスはマリアを追う。だが、銃声が響いてグラディスの動きは妨げられた。

「青い髪の…セレナか」

 バルコニーの端で、セレナが神銃しんがんから硝煙をなびかせていた。


 優司を連れたマリアの姿はもうほとんど見えなくなっていた。

 アレシアは眉をひそめていた。

「グラディスさん…。監視者のあなたがなぜ優司を狙うの?」

「プロビデンスの眼を持つ精霊。貴様も気づいたからここにいるのだろう。あの人間はアイテールの泉を解放し、今プロトコルをも獲得した。つまりクラヴィスとして覚醒した。デュナミスにとっては脅威でしかない」

「だからって殺すと言うの? わたし達は精霊よ! 人間を守るのが役目じゃない!」

 アレシアは感情的になっていた。対してグラディスは冷徹だった。

「それは貴様らの役目だ。我々はデュナミスの命に従うのが役目だ」

 セレナがグラディスに銃口を向けたまま口を挟んだ。

「つまり、お互い役目を果たすためには戦わないといけないということ?」

「そんなのおかしいわ。彼を救う方法はないの?!」

 アレシアの問いに、グラディスは間髪いれずに答えた。

「ないな。せいぜい、奴をデュナミスに組み込むくらいだ。未来永劫、役に立つ」

 アレシアは悲しげな表情を強めた。デュナミスに組み込むというのは、優司の持つ「機能」だけをデュナミスが獲得吸収するということだからだ。優司の持つ能力、アイテールの泉は、大量のエネルギーを必要とするデュナミスの能力をさらに引き上げることができる。消耗を考えなければ、エネルギーの供給量は裕に二倍にはなるだろう。そして、魔王が最も欲していたデュナミスにアクセスし、制御に介入するプロトコルの力は、デュナミスが封じてしまえば危険にさらされることはなくなる。

「それって…優司はどっちにしても助からないじゃない!」

「長話が過ぎた。行かせてもらう」

 グラディスはアレシアの言葉には耳を貸さず、消える様な加速でマリアが逃げた方へ飛び去った。

 セレナとアレシアもグラディスを追った。


 グラディスは広い河川敷を持つ川の上空で止まった。

「気が消えた…どこかに隠れたな」

 グラディスはセレスシャル・ヘイローの光のリングを広げた。

 そこへ二人の精霊が追い付いた。

「グラディスさん!」

 グラディスは顔を後ろに向け、精霊達を見た。

 セレナはグラディスと距離を取りながら、回り込んだ。

 アレシアは望みの薄い交渉をした。

「もうやめて。でないとわたし達、あなたと戦わなければならなくなる」

 グラディスはフッと笑い、すぐに無表情になった。

「心配はいらない。貴様らと戦ったところで、ただの時間潰しにしかならない」

 グラディスは大鎌を握りしめた。そして、前方のセレナを睨んだ。

「どけ。どかねば、斬る」

 グラディスからは氷のような殺気が出ていた。だが、クールな心はセレナも負けずに持っていた。セレナは斜に構え、グラディスを見た。

「やってみて」

 グラディスは顔に薄らと笑みを浮かべると、セレナに突っ込んだ。セレナは射線にアレシアが入らない位置に移動すると、グラディスを狙った。グラディスは高速移動で弾をかわし、セレナとの距離を詰めた。それはマリアほどではなかったが、いずれにせよ弾は当たらなかった。

「ふんっ!」

 大鎌は下から上へとするどい軌跡を見せ、セレナを襲った。しかしセレナにはその動きは見切れていた。大鎌はセレナを掠めた。

 グラディスは顔色一つ変えなかった。

「少しはやるようだな。だがそれでは避け切ることはできん」

 グラディスは大鎌をやや小さくすると、顔の前に構えた。

「我が刃よ、風となりて彼のものを斬り裂け…」

 呟くように何かを唱えると、大鎌は白く光り、甲高い音を発した。

「はあっ!」

 グラディスは再びセレナに接近した。大鎌が水平にするどく振られた。動きを見切ったセレナがそれを避けるのは造作もないことだった。彼女は十分な距離で、後方に避けた。大鎌はまたしても空を切った。

 …はずだったが、セレナの腹部のシルキーシェルは裂けた。

「つあっ?!」

 セレナは焼けるような痛みを感じた。途端、シルキーシェルの裂け目から血が噴き出した。

「な…ぜだ…?」

 シルキーシェルは裂け目を圧迫止血した。幸い、出血ほど傷は深くなかった。

 グラディスは余裕の笑みを浮かべた。

「教えてやる。この大鎌は大気中の分子に衝撃を加え、動かすことができる。つまり、鎌の刃から爆風を飛ばしているということだ。その爆風は刃のように薄く、結果として空気の刃を周囲に飛ばすことになる」

「要は…その鎌の軌跡に近づかなければいいということか。…大したことないな」

 セレナは苦し紛れに笑いを浮かべた。

「それができればな!」

 グラディスは再び突進した。

 セレナは防戦一方となった。


「セレナ!」

 アレシアは弓を引き、機会を窺った。

(いまだッ)

 矢を放つその瞬間、横腹に衝撃を受け、矢は大きくそれた。

「はうっ?!」

 横腹のシルキーシェルは大きく裂け、血が噴き出した。激痛が彼女を襲った。

 振り向くと、そこには双刀の槍(ツインブレイズ)を携えたブレンダがいた。彼女は少しバツが悪そうな顔をしていた。

「すまないね…」


..*


 精霊達の戦闘が行われているところから数百メートル離れた河川敷の茂みに、マリアと優司が息をひそめていた。優司が戦闘の様子を窺うことはできなかったが、マリアの険しい表情、そして自分を抱きしめる腕の力のこもりようから、状況が芳しくないことは感じることができた。

(今ここを動いたら、優司の居場所がわかってしまう…)

 マリアは胸の痛む思いがしていた。アークエンジェルズ級の能力を持つ二人の監視者と三人の最下級精霊エンジェルズの力の差は歴然としている。本来ならば、どこまでも逃げるのがこの場合の唯一の有効な選択だということは分かっていた。だがこのまま二人を放っておいたら、二人は倒されてしまう。マリアは二人を見捨てることはどうしてもできなかった。

 彼女は優司を見た。

「優司、わたし…行ってくる」

 優司は頷いた。

「ああ、やっつけて来い」

 マリアは河原の堤防を越えると大きく迂回し、闘いの場へ向かった。


..*


「くっ…!」

 アレシアは防戦一方となっていた。ブレンダの槍の攻撃は激しく、アレシアは何度も防御態勢を崩されかけた。彼女の体には幾筋もの傷が滲んでいた。

「さすがに、イージスの守りは固いね」

 ブレンダは苦笑いを浮かべた。正面から力押しで行った所でそれを崩すことは難しいことは分かっている。移動して撹乱しながら隙を突くか、鞭で相手の動きを封じれば容易に仕留めることができるであろうことも予想できていた。だが、彼女はそうはしなかった。このままだらだらと相手を足止めして、ただ時間を潰し、状況が自分の望む方向に展開することを願った。ブレンダは、魔界の城で共に戦ったマリアがやって来ることを信じていた。


 一方、セレナは限界に近付いていた。グラディスの振動波は刃の軌跡だけでなく、飛び道具のように飛ばされ、セレナの間合いであっても攻撃を加えてきた。彼女の手脚には深い傷が刻まれていた。回復に力を使う暇はない。彼女の動きは次第に鈍り、さらに傷を負う、という死のスパイラルにはまっていた。

 グラディスがマリア達の追跡をやめ、戦っているのには意味があった。彼女はここしばらくの監視により、三人の精霊が強い友情で結ばれていることに気づいていた。こうして仲間を痛めつけていれば、やがて助けにやって来る。彼女達に回復が著しく不可能な状態までダメージを与え、逃げ場を失った優司をあとでゆっくり追跡すればいい、と考えていた。

「やはり風の刃(ウィンドカッター)だけでは致命傷にはならないか…」

 グラディスは呟くと、大鎌を再び最大デスサイズに戻した。飛び道具を使わなくても、セレナは次の攻撃を避け切れないことを悟っていた。

「悪いが止めを刺す時が来た」

(腕の一本でも切り落とせば、もう抵抗はできなくなる…)


「セレナ…!」

 グラディスの言葉はアレシアにも聞こえた。そして、恐ろしい結果が訪れることも理解した。自分はどうなっても、セレナを守らなければならない、そう考えた。


「はああ───ッ!」

 グラディスはセレナとの間合いを詰め、大鎌を振り上げた。

「セレナ、逃げて───っ!」

 アレシアはグラディスに突進した。だが、とても間に合う距離ではなかった。

 ブレンダも追うが、アレシアに手を出すことはなかった。

「くっ…!」

 避けられないと悟ったセレナは覚悟を決めたかのように目を閉じた。

(セレナ、なぜ諦めるの…?!)

 アレシアは力の限り突進した。イージスが届きさえすれば…!

 大鎌の刃はセレナに達しようとしていた。しかしセレナが無抵抗ということは、グラディスの計算には入っていなかった。このままではセレナは本当に致命傷を受ける。だが、グラディスの振り降ろされた鎌の勢いは、もう止めることはできなかった。


「だめぇ──────ッ!」


 アレシアの眼が緑色に光った。セレナの上方に光の楯が現れ、鎌は弾かれた。

「何っ…?」

 その反動でグラディスは大きく仰け反った。


(セレナ、聞こえる?)

 セレナは頭の中の声に気づいた。

「あ、アレシア?」

 セレナはアレシアを見た。アレシアは全身から金色の光を放ち、それがオーラのように上方へとゆっくり移動していた。彼女の口は動いていなかったが、セレナは声を聞くことができた。

(わたしの意識に同調して)

「ど、どうやれば…?」

(この交信波チャンネル指示書プロトコルを受け入れて)

「指示書…」

 セレナは目を閉じると、アレシアの心の声に身を委ねた。頭の中で、アレシアの意識が入り込んでいくのを感じた。それはアレシアの暖かく優しい思いにも感じられた。

(アレシア…あなたを受け入れるわ)

 セレナの全身が、青く輝いた。

「こ、これはまさか…」

 グラディスは息を飲んだ。その続きを、ブレンダが引き継いだ。

「発動した…全方位広域防御パックイージスが」

 ブレンダは、驚きながらも安堵していた。

 セレナはグラディスを見た。そこには諦めはなく、余裕すら見て取れた。グラディスは嘗められた気がした。

「くそ…!」

 グラディスはするどく回転し、大鎌を水平に振った。

 しかし大鎌はまたしても光の楯で弾かれた。

「ムダよ…」

 セレナはグラディスを憐れむように見た。


「凄い…。アレシア、少し手合わせしようじゃないか」

 ブレンダは双刀の槍(ツインブレイズ)を構え、アレシアに向かった。アレシアも槍を出し、ブレンダの攻撃を受けた。始めは防戦の構えを取ったアレシアは、次第にブレンダの技を見切り、互角に張りあった。

(分かる…全て見えるわ。これはセレナの力…!)

 アレシアは自分で驚いていた。

 ブレンダは嬉しかった。

「わかるかい。そうだよ…。君の本当の力は、精霊を束ねる力…。全ての状況を把握し、能力を共有し、持てる戦力の中で最適な行動を行える。でもそれは、君達がお互いに信頼し合ってるからできることなんだ」

「な、なんでそんなことを教えてくれるの…?」

 ブレンダは不思議な顔をするアレシアを見て、笑みを浮かべた。

「フフ。それはね、あそこの怖い姉さんに諦めてもらうためさ」

 その時、アレシアはマリアが近付いてくることを感じた。


(マリア…!)

「え?」

 マリアは、前方にいるはずのアレシアの声を頭の中で聞き、空中で止まった。

(わたしの意識に同調して。このチャンネルのプロトコルを受け入れて)

「え、ど、どういうこと? わかんないよ…」

 マリアは困った顔をした。

(うふふ…。マリア、わたしが好き?)

「え? うん、好きだよ?」

(じゃあ、わたしを想って。わたしがあなたのすぐ傍にいると思って)

「…分かったわ」

 マリアは目を閉じ、アレシアの優しげな顔を思い浮かべた。マリアはアレシアに抱かれるような感覚を覚えた。その包容力を感じると、マリアはにこやかな笑みを浮かべ、アレシアに体を預けた。すると、頭の中でアレシアと繋がっていくのを感じた。

 マリアの体は、オレンジ色に輝いた。そして、セレナの聡明な感覚も感じられた。

(セレナ! あなたも無事ね!)

(ええ。マリア、あなたの力を感じるわ)


 一層輝きを強くしたセレナは、目の前のグラディスを見据えた。

「もうあなたはなにもできない」

「くっ!」

 グラディスは再び大鎌を小さくし、風の刃を飛ばした。だがセレナは視界から突然消えた。

「!?」

「遅いわ。どこを狙っているの?」

 セレナはグラディスの背後に回り、グラディスの後頭部に魔銃を突きつけた。

「これ、圧縮魔弾が入ってるの。光の属性を持つ精霊に魔弾が食い込んだらどうなるか…わかるわよね?」

 グラディスは身を翻し、距離を置いた。彼女の顔にはまったく余裕がなかった。

 セレナの後ろには、ブレンダ、アレシアがいる。

 そこに、マリアも加わった。


 グラディスはブレンダを睨んだ。

「ブレンダ、貴様…!」

 ブレンダは少し困った顔をした。

「グラディス、こうなったらもうぼくらがどうにかできることではないよ。彼女達の合わさった能力は完璧すぎる。これに対抗するには、数で攻めるしかない」

「……」

 グラディスは反論できなかった。それは、グラディスが肌で感じていた。彼女は視線を落とした。

 ブレンダは続けた。

「グラディス。この子達は素敵な子達だよ。パックイージスを発動するには、よほどの信頼関係がなければできない」

 グラディスは唇を噛んだ。

「ぼくは彼女達に敬意を表している。そしてぼくはグラディス、君が好きだ。何事にも一途な君がね。だから君にも傷ついて欲しくない」

 グラディスは目を閉じた。彼女としても長年築き上げてきたブレンダとの友情を壊したくはなかった。

「それにもとはと言えば、君こそ人々を助ける立場の…」

「言うな!」

 グラディスはブレンダの言葉を遮った。それは他人には話したくないことのようだった。

 彼女は大鎌を消した。

「…わかった。貴様に免じて、当面あの人間にも手は出さないことにしよう」

 グラディスの負けず嫌いの言葉を聞き、ブレンダはクスッと笑った。

 マリアはスッと前に出た。

「あの男の子は、優司っていうんだよ。彼とっても素敵なの。グラディスさんも話をすれば、きっといい人だって分かるよ!」

 グラディスはマリアをちらりと見たが、すぐに視線を反らした。

「ふん…興味はない」

 そういって後ろを向いた。

「わたしは行く」

 グラディスは円陣を出すと、どこかへ消えて行った。


..*


 三人の光が止まり、辺りは暗くなった。雲の切れ間から、月明かりが周囲を弱く照らしていた。

 グラディスを見送ったブレンダは、三人の方に振り返った。

「まあ、ひとまずはなんとかなったね。でも、優司君の能力は、放ってはおかれないだろうね。我々以外の監視者が狙いに来るかも知れない」

「……」

 三人はこの先の優司の身を案じた。

 そんな三人の気を紛らすためか、あるいは全く知る由もないのか、ブレンダは陽気に話す。

「あの姉さんも、悪い人じゃないんだよ。ただ、ちょっとおカタイとこがあってね。一途なんだよね。何と言っても…おっと、これは口止めされてたっけ」

 結果として、三人はブレンダの言葉で緊張がほぐれた。

「そういえばアレシア、だったっけ。君はもうぼくと同じくらいの槍の達人だよ」

「そ、そんなこと…」

 アレシアはブレンダの過ぎた言葉に恐縮した。

「そうでなかったとしても、君は素晴らしい能力に目覚めたからね。君は強くなったよ」

 アレシアは頷いた。自身でもその能力に驚いていた。

「はい、ありがとうございます!」

 アレシアの元気な返事に、ブレンダは満足したようだった。

「それじゃ、そろそろ行くよ。グラディスを慰めてあげないと。…機会があったらまた会うかも知れないね」

「ブレンダさん、ありがとうございました」

「ありがとう、ブレンダさん」

 三人の精霊は、口々に礼を言った。

 ブレンダはニッコリ笑うと、その場を飛び去った。その先に円陣が出現し、ほどなくして消えた。


「おーい…!」

 眼下の河川敷で、優司が手を振っていた。

 優司は先ほどの戦闘で、輝く三人を見つけ近づいていたのだ。


 三人は河川敷に降り立った。

「もう、だめじゃない! ちゃんと隠れてないと…」

 マリアは頬をぷいと膨らませた。

「んなこと言ったって…。でもなんかすごかったじゃん、君ら」

 三人は顔を見合わせ、はにかんだ笑みを浮かべた。

 セレナは優司を見た。

「そういえば優司も…」

「ん? そういやそうだな…。これは一体なんなんだ?」

 優司は手を見つめた。

 アレシアは一瞬目を伏せ、そして優司を見た。

「優司、それは後で話しましょう」

「ああ…そうだな。あーやべえ! もうすぐ朝じゃん。オレ寝たら起きられっかなー」

「そしたら起こしてあげるわ。濃厚キッスで!」

 マリアが抱きついた。優司はすっぱい顔をした。

「いやー、それだけは勘弁して!」

 マリアは唇を突き出して、チューの口を作り、優司の顔に迫る。

「なんでよー。こんなカワイイ娘がキスしてあげようってのに。あなた男じゃないわ」

「いやおまえだから遠慮してんだよ!」

 クスッと笑ったアレシアが、いたずらな表情をして言った。

「じゃあ、誰が一番いい?」

「え? えーとそれは…」

 マリアはひしと優司にしがみついた。

「嫌ぁー! わたし以外なんて聞きたくなーいぃ!」


 四人は別れが近いことをしばし忘れ、笑い合った。

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