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第二十六話 さよならを言う前に

(1)


 アレシアの空間位相間通信ブレーントランスミッションによる、自分達がこれからどうすべきかの問い合わせ結果が帰って来た。想定の範囲内ではあったが、それは一週間以上も前に送った通信だった。空間位相通信はメールのようなもので即時性はなく着信保証もないため、本来重要な問い合わせや通知については、直接戻るか空間移動に特化した通信員メッセンジャーを介することになっていた。その内容は、漸次ぜんじ撤収、という短くあいまいな内容だった。だがいずれにせよ、精霊達がほどなく引き揚げるということには変わりなかった。

 三人の精霊は相談の末、三日後に撤収することを決めた。しかし突然優司と別れるのは、今となっては彼女達にはとても耐えられることではなかった。彼女達は何か思い出になることがしたい、と考えた。


 ある日曜の朝、精霊達は優司にことの次第を告げた。

「そうか…やっぱり行くんだな」

 優司は少し寂しげな表情をした。それをみたアレシアの顔も曇った。

「そんな顔しないで」

「わかってるけどさ。でも、これでも精一杯普通に振舞ってるんだぜ」

「う、うぇ、優司ぃ…!」

 マリアは優司に抱きつき、子供のようにビーと泣いた。

「もう、マリア…!」

 そう言ったセレナは唇を噛みしめた。彼女の顔も、今にも泣きそうだった。


..*


 優司は自分の部屋の椅子に一人座り、手を膝の上に乗せ、硬い表情になっていた。

 彼は先ほどの精霊達のことを思い出していた。

 泣くマリア、黙るセレナの横で、アレシアが口を開いた。

「…それでね、今日一日、一人ひとりお別れを言うことになったの」

「ええ…? またまだるっこしいことを…」

「いいの! ちょっとくらい、わたし達のワガママ聞いてよ」

 セレナは真剣な顔をしていた。

「…ああ、わかったよ」

 優司は頷いた。アレシアはニコッと笑った。

「順番が決まったら優司の部屋に行くから、あなたは部屋で待っててくれる?」

 優司にひっついたままのマリアを、セレナはジト目で見た。

「マリア、抜け駆けしないでね」

「優司ぃ~…!」

 マリアはセレナとアレシアに引きずられていった。


「な、なんか緊張するなぁ…」

 優司は妙にドキドキしていた。

 突然、コンコンとノックが響いた。優司はびくっとした。

 ドアが開くと、セレナが顔を出した。

「いい?」

「なんだ、セレナか…」

「じゃんけんで、負けた…」

 セレナは部屋に入ると優司のベッドに浅く腰掛け、黙った。二人は正対したまま俯き、しばらく沈黙が続いた。その間、微妙な緊張感が漂っていた。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「あ、あの…」

 セレナがふいに口を開いた。

「うん?」

「わたし、こないだから成長したかな…」

「え? あー、えーと…」

 改めて見ると、正直胸は…あいかわらず残念な感じだ。だが全体にくびれが出てきたというか丸味が出てきたというか、女性っぽい雰囲気になってきたような気がする。そう、女の子が中学に上がったくらいから急に大人っぽくなるような…。

 優司は思った旨をほぼそのまま伝えた。

「む、胸だってちょっとは…」

 セレナは立ち上がると、コスプレのような上着とスカートをセレスシャルヘイローに収納し、絹衣殻シルキーシェルだけになった。体に密着した薄いそれは、セレナの体つき、あばら骨の段付き、おへその辺りの窪み、女の子の大事な部分のスリット、そして、胸の小さな突起までがくっきりと覗えた。優司は一瞬、ハッと息を飲んだ。やはり、セレナの体つきは以前よりも色気が感じられた。

 だが彼女が気にしている胸に関しては、正直なんとも言えなかった。というよりも、前回のサンプルがないため、比較のしようがなかった。

「い、いやー、やっぱあんま変わってないんじゃ…」

「じゃあ、…さ、触ってみてよ…」

 セレナは胸を突き出した。


 隣の部屋で、アレシアは目を閉じ、プロビデンスを使っていた。一つのビジョンに優司とセレナが見えていた。

(なっ、セレナ、あのコ…!)

 赤面しながらもセレナの大胆な行動に、嫉妬した。自分が先に行っておくべきだと思った。


 見られていることに気づく由もないセレナは優司に迫った。優司は躊躇していた。

「ほら、早く…!」


(ちょっと、やめなさいよ! …ゆ、優司も…)


 優司の右手がおずおずとセレナの左胸に触れた。セレナはびくっと反応した。

 優司の手の圧力は次第に強まり、彼女の膨らみ全体が彼の手に覆われた。

 彼の指が滑らかなシルキーシェルの上を滑り始めた。セレナはざわざわした感覚に、頭が真っ白になっていく。恥ずかしくて、指の行方を見ていることができなかった。

 彼の指は、胸の付け根に沿って滑っていく。

「ん…はん…」

 そして掌が彼女の膨らみをゆっくりと撫で上げていく。

「ふ、ふあ…!」

「へ、変な声出すなよ、まじめに調べてんだから!」

「だ、だって…」

 セレナはもう片方の胸が寂しかった。それで、なんとなくもう片方を突き出した。それに気づいてくれたのか、優司は彼女の右側も対称的に検査した。両の胸が彼の手に包まれると、セレナの感覚はより一層敏感になり、それに意識を集中させていった。

(あー…あー…なんかすごく気持ちいいよぉ…)

 彼女は優司の手で自分の胸が侵略されていくのを感じ、いつしか全てを彼に委ね、ただその感覚に酔いしれた。


(離れろおのれら~!)

 アレシアは部屋で檻の中のクマのようにウロウロと動きまわった。マリアの姿はなかったが、もしマリアがいれば、プロビデンスなど使うはずはなかった。…少なくともこの部屋では。


(うん…小さいってのもなかなかエロいな…)

 優司はセレナの胸の感触を楽しんでいた。シルキーシェルの表面はとても柔らかく、滑らかだった。もちろんそれは、その下にあるものが柔らかく滑らかでなければそうはならない。

 なだらかな丘全体を掴み、大きさを確かめるように回す。少し固いが、膨らみは優司の手に追従する。物足りなくはあるものの、それはなんとか「女」であることを感じられる容量を有していた。

 「いつの間にか」優司の指の間に彼女の膨らみの先の小さくかわいらしい突起が挟まっていた。それは彼の指の節の位置にあった。そして「いつの間にか」彼の指に力が入ってしまった。突起はシルキーシェルの滑らかな素材により、つるんと逃げて行く。セレナは避けるように大きく反応した。


「ひあっ! いやあん!」

 彼女の声は予想外に大きかった。


「あ、ごごご、ごめん…!」

 優司は手を離した。

 セレナは胸を押さえ、真っ赤になりながら、ちょっと怒ったような顔で優司を見た。


「…で、どうだったの?」

「…正直よくわからん」

「! あ、あんだけ触っといてそれはないでしょー!!」

 セレナは涙目で優司を何度もはたくが、その手に力はこもっていない。優司は腕の辺りでそれを受けた。

「ははは…。でも、セレナは凄く魅力的になったよ。大人の雰囲気が出てきたっつーか。もう、大人の女性の入り口に立ったって言ってもいいんじゃない?」

 優司は相変わらず曖昧な表現をしたのだが…。

「…ほんと?」

 セレナはいつになく可愛げのある表情になっていた。彼女は優司の曖昧なニュアンスは聞き捨てていた。

「うむ。この調子で精進したまえ」

「うん。じゃ、もう行く」

 セレナは満足げな顔で頷くと、立ち上がってドアに向かった。

「え?! こんなんでいいの? もっとちゃんとあいさつとかしないの?」

 彼女は立ち止ると、半分だけ優司に体を向けた。そして、肩越しに優司を見た。

「そういうの、まだニガテだから…」

「ああ…ま、セレナらしいかもな」

(さっきのがなかったら、やっぱこれだけかい!)

 セレナはドアを開け廊下に出ると、振り向いた。

「それじゃ。ありがと」

「べっつに、オレは楽しませてもらっただけだし…」

「…ばか」

 ドアはパタンと閉められた。そのしぐさが、優司にはとても女の子っぽく見えた。


..*


「はあ、はあ…疲れた」

 アレシアは部屋で相当悶絶していた。

 そこへ、セレナがドアを開け中に入って来た。アレシアは一瞬でにこやかなスマイルをした。

「あ、セ、セレナ、おかえり~。…どうだった?」

「…別に」

 セレナは涼しい顔だった。

「ず、ずいぶん長かったじゃない」

 アレシアは引きつった笑みを浮かべた。セレナは顔を赤らめた。胸の先端に優司がいたずらする感覚を思い出した。

「な、なによ。別に変なことなんか…してないよ」

「あ、そう。そうだよね。わたし達が人間なんかと…」

 だいぶキャラが変わっているアレシアを見て、セレナは怪訝な表情をした。

「何気にしてんの?」

「別っつに~。あ、次わたしか!」

 アレシアは逃げるようにして部屋を出た。


(絶っっ対に負けられないわ!)

 廊下に出たアレシアは、握る拳に力を込めた。


(2)


 ドアをノックする音がし、アレシアが優司の部屋に入ってきた。

 アレシアは動きが妙に硬かった。彼女はローテーブルの脇にぺたんと正座する。そこは、優司の座る机の椅子にかなり近かった。

(あ、アレシア…いきなり近いな)

 だが、彼女はそのまま固まってしまった。頭から湯気を出しそうな勢いで顔を赤らめ、どぎまぎしている。優司は不思議に思った。

「アレシア、こないだの戦闘でのケガとかどう?」

「え? う、うん、大丈夫。なんかバッチリ回復力ついたみたい」

 アレシアの硬い表情は一気にほぐれた。

「へえ、良かったね」

「優司のおかげかも…」

 彼女は優司を熱い眼差しで見つめた。

「オレ、なんかしたっけ?」

「だって、脚ケガしてた時。優司と話したら急に治っちゃったもん」

「そんなこともあったね…」

「あの時どうやったんだっけ…?」

 アレシアは優司ににじり寄って行く。優司はごくりとつばを飲み込んだ。彼女は、椅子に座る優司の横から、優司の腰を抱きかかえた。

「大体こんな感じかな…。なんか癒される…」

 アレシアは甘えるように優司に体を預け、目を閉じた。優司の腹から太腿にかけて、彼女の胸の重さがずしりと感じられた。そのむっちりとした弾力と圧迫感は、優司にその胸のさまざまな活用方法を想起させた。

(やべ、意識すると勃っちゃうよ…)

 優司は懸命に別のことを考えた。取り敢えず念仏が一番効果あった。女の子に迫られて念仏を唱えるというのはなかなかシュールだった。この条件であれば、通常なら押し倒して成り行きに任せるシチュエーションだ。

 そうこうしていると、アレシアが顔を上げ、優司は甘美な拷問から解放された。

「ね、優司、今度はわたしが抱いてあげる。こないだみたいに」

「こないだって…あのき、キスした時のか…」

 優司はアレシアの唇が気になった。彼女の適度な厚みを帯びた唇は艶やかに濡れていた。

「ふふ。覚えてたのね」

「忘れないよ。鮮烈な体験だったからな…」

 優司の視線は、彼女の唇からその下方に位置する二つの盛り上がりへと移った。

 アレシアは両膝をついて腰を上げると、優司の頭を抱き寄せた。

「ぶふっ!」

 優司は心の準備をする間もなく、彼女の懐の巨大な物体で顔を覆われた。それは暖かく適度な弾力を持ちつつも柔らかかった。優司は巨乳まくらと再び再開し、天にも昇る気持ちになった。


(どうだ! これでイチコロでしょ)

 アレシアは優司の様子を窺った。優司の幸せそうな顔を見て、彼女も嬉しかった。と同時に、優司の顔の凸ばった部分が胸に当たると、鈍い快感が訪れた。時折りそれはするどい快感となり、彼女はそれを求め無意識に優司の頭をぐりぐりと動かし始めた。


 隣の部屋では、セレナが壁に耳を当て、様子を窺っていた。

(なんか静かだな…何してんだろ)

 彼女はアレシアのことだ、どうせプロビデンスでも使って自分の行為を覗いていたに違いないと思った。それだけに、自分よりも過激なことをしているのではないかと不安になっていた。


(うをを、もうたまらん!)

 アレシアの積極的な行為に応えるべく、優司もおっぱいの海原をかき分け泳いだ。

「え? ゆ、優司…!?」

 優司の思わぬ攻勢に、アレシアは戸惑った。だが、鈍い快感から逃れることができなかった。優司は鼻息を荒くしながら、その鼻でアレシアの胸の先端を突いた。

「はうっ!」

 アレシアは全身をびくつかせた。

(すげえ反応…でかいのに敏感なんだ…)

 優司は執拗に先端を虐めた。

「はっ…はぁっ、だめ…だめ…」

 アレシアは仰け反って抵抗する。口を半分開け、泣きそうな顔をしていた。

(アレシア、かわいいな…)

 優司はさらに彼女に食らいついた。

「もう、だめえっ! …って、え?」

「うわっ!」

 バランスを崩した二人は派手に倒れた。

(やべえ、今の音は下に響いたぞ…)


「いたた…」

 アレシアの上になった優司は、慌てて半身を起した。

「ご、ごめん。なんか暴走してたわ…」

「わ、わたしこそ…調子に乗っちゃった」

 二人は顔を見合わせると、笑ってしまった。


 ひとしきり笑うと、アレシアは優司を見つめた。

「わたし、あなたにお礼言わなくちゃ」

「え? 何の?」

 きょとんとする優司の顔をみて、アレシアは優しげに微笑んだ。

「あなたに逢うまで、わたし自分に自信が持てなかった。普段の精霊の仕事はまだなんとかなってたけど…。あなたの言葉がなかったら、とても魔界で戦い抜くことなんかできなかったと思うの」

「そんなに凄かったんだ…」

 優司は精霊達の口から詳しく聞かされていない魔界での戦いの激しさを自分なりに想像した。あの惨状を見れば、相当の激しさだったに違いない。

 アレシアはゆっくり頷いた。

「でもね、わたし自身、魔界での戦いですごく成長できたと思う。あなたは、わたしが成長するきっかけを与えてくれたの」

 彼女は目を輝かせていた。

「おっぱいもさらに成長したかもな」

「んーもう!」

 アレシアは優司の太腿をパチンと叩いた。

「…とにかく、あなたに出会えてホントに良かった。この先何があるか分からないけど、わたしができること…わたしの役目をしっかりこなしていくわ。何があっても、きっとできると思う」

 アレシアの言葉は力強かった。

「そこまで言われるとオレ、なんかすげー恥ずかしいわ」

 二人はまた笑った。

「アレシア…強くなったね」

「うん。優司のおかげ」

 二人はお互いの目を見つめた。そこに言葉はなかったが、二人はお互いの気持ちが昂じて行くのを感じていた。

「ね…キス、してもいい?」

 アレシアの言葉に、優司はどぎまぎすることもなく、頷いた。

「うん…」

 二人はじれったく顔を近づけると、恋人のように唇を重ねた。それは熱くとろけるようで、忘れられないキスとなった。

 優司はアレシアの胸に手を伸ばした。だがアレシアは離れ、目をそらした。

「そ、そっちはもうダメ…」

「あ…ご、ごめん」


(だって…これ以上したら、もう止まらなくなっちゃうもん…)

 アレシアは暴走しそうな気持ちを必死で抑えた。そして、決断した。

「…じゃあ、もう行くわ」

「うん」

 アレシアはドアを開けると、優司を見た。

「アレシア、元気でな」

「うん。あなたも」

 ドアがパタリと閉まった。


「あ~、す、凄かった…」

 優司はアレシアの巨乳を堪能したことにも驚いたが、彼女とのキスのほうが鮮烈だった。魔界の時はよく分からなかったが、今のキスは、明らかにあいさつ代わりのキスとは違う濃厚なものだった。だが数日後には別れることを思うと、あるいはこれは彼女のサービスなのかも知れないと考え、余計な期待はしないようにした。

 期待と言えば。

「次はマリアか…。オレどうなっちゃうんだろ?」


..*


 最終バッターのマリアは、こないだ食べた和菓子屋甘月堂の絶品柏餅の味が忘れ難く、最後のお別れをするべく買い出しに出かけていた。一個二百十円と値は張るが、大きめでずっしりと詰まった甘さ控え目のつぶ餡と、もっちりとした歯ごたえある甘い皮のバランスが計算されつくしたように絶妙で、それらを包み込む柏の葉の若草のような風味が混然一体となって神秘的な調和を取っていた。マリアはこみ上げるよだれを必死にこらえ、最近覚えた苦めの緑茶を合わせるべく、浮き浮き気分で優司宅に戻って来た。

「ただいまー。お茶お茶~っと」

 マリアはダイニングで戸棚を漁ったが、茶筒の中は殻だった。

「あれ~。お茶ないのかなぁ…?」

 マリアは優司ママを探した。


 一階の両親の寝室のほうで、ママの声がした。マリアは普段そこに行ったことはなかった。

 寝室のドアはわずかに開いており、マリアは中を覗いた。ママの姿が見えた。ママは、ローボードの上の艶やかなダークブラウンの小箱に向かって語りかけていた。

「……?」

 マリアは不思議に思った。

 無意識にドアを少し動かしてしまい、キィと音が出た。ママが振り向き、目が合ってしまった。

「ま、マリアちゃん…?」

「あ…ご、ごめんなさい!」

 マリアは顔を赤くして、慌てて謝った。

 ママはちょっと驚いたようだったが、フッとため息をついた。

「入ってらっしゃい」


 マリアはおずおずと中に入った。

 ママが語りかけていた小箱は、高さ四十センチもない、小さな仏壇だった。前面の木戸が閉じられていると、それはとても仏壇とは思えない洒落た作りだった。

「その箱は何?」

「これはね、亡くなった人の魂のお家よ」

 その説明は、一応マリアにも理解できた。そもそも精霊の魂は、中枢殻エレメンタルシェルで守られている。魂の器、言いようによっては魂の家でもある。アメニズム文化圏には、家庭に死者をまつる霊廟や祭壇のようなものがあることも知っていた。

「魂のお家…。 誰の?」

「この子はね、わたしの娘…優司のお姉ちゃんなの」


「お姉ちゃん?!」


 マリアは仰天した。

 ママは静かに頷いた。


「前に、優司を産んだ時に大変だった、って言ったでしょう?」

 マリアは頷いた。

「この子は優司の双子のお姉ちゃんだったの。でも、わたしの体が耐えられなくて、この子は助けられなかったの…」

 ママはお腹に手を当て、残念そうな顔をした。マリアは口を一文字に結んで、真剣な顔をしている。

 少し間を置き、ママは続けた。

「でも優司は元気に産まれて、育ってくれた。きっとこの子が守ってくれてると思うの」

「……」

 マリアは仏壇を見つめた。中には小さな位牌が置かれ、両側には新鮮な花が供えられ、地味な仏具が並んでいた。こじんまりとしているが埃一つなく、曇りもなかった。

「この子の名前はなんて言うの?」

恵美えみ。わたしの名前から一字取ってるの」

「恵美ちゃん…。優司を守ってくれてたんだ…」

 マリアは、魔界で起こった奇跡を思い出していた。

「ありがとう…」

 ふと、マリアはそんな言葉を口にしていた。

 ママは胸が熱くなり、マリアの肩を抱いた。マリアがママの顔を見ると、二人はしっかりと抱き合った。

「ありがとう、マリアちゃん…。ほんとにありがとう…!」

「ごめんね…ママ」

 二人は抱き合ったまま、静かに泣いた。


..*


 アレシアはセレナの待つ部屋に戻った。セレナはジト目でアレシアを見た。

「ず、ずいぶん長かったじゃない」

 アレシアはセレナの顔をまともに見れなかった。今になって、だいそれたことをしたと恥ずかしくなった。

「…別に。話すこといっぱいあったし」

「そう…なんか喘ぎ声漏れてたよ」


「えっ?!」


 アレシアは心臓が止まりそうになった。

「うそ」

「もー、セレナぁ!!」

 アレシアは足を踏み鳴らした。


 それからお互い、しばらくだまった。それぞれがこないだ行った遊園地で撮った写真を眺めながら、今しがたの優司との出来事を思い出し、心と体に残る余韻を楽しんでいた。

 アレシアがふと呟いた。

「なんか…逆に別れにくくなっちゃった…」

「うん…」

 二人は寂しそうな顔をした。


(3)


 優司が部屋で椅子の上に正座した状態でドキドキしながら待っていると、いきなりマリアが入って来た。

「うわっマリア?! …おまえな、ちゃんとノックしろっつの!」

「もうみんな終わった? わたしの番よね?」

「そそ、そうだけど…」

 優司の腰は引けていた。

「? どうしたの優司?」

「い、いや別に何も!」

 マリアはベッドに腰掛けた。優司はマリアをいつになく意識し、彼女の挙動をずっと目で追った。いつ攻撃をしかけてくるのか。

 そんな優司の気持ちをよそに、マリアは普通に話した。

「ね、さっきママの部屋にいたの」

「え? 母さんの?」

「うん、偶然なんだけど…。優司、あなた双子のお姉ちゃんがいたの知ってる?」

「え!?」

 優司は瞬時にそう言ったが、マリアの言葉を理解するまでにやや時間を要した。


「…いや、聞いたことない」

 優司は頭が混乱した。まず、セレナやアレシアがあれだけのお色気作戦に出て、いつもセクハラをしてくるマリアが全くその気がなさそうだという期待外れに。そして、突然双子だったという話に。

「ママの部屋にね、ちっちゃな仏壇があるの。女の子だったんだけど、産まれる時に大変なことがあって…助けられなかったんだって」

「そんな…全然知らなかった…」

 優司は茫然とした。母が帝王切開で自分を産んで大変だった、ということは小言の際に何度も聞かされたが、双子のことは一切聞かされていなかった。

 マリアは優しく語りかける。

「ママは、あなたに余計な心配かけたくなかったんだよ」

「……」

 優司は動揺し、落ち着きをなくしていた。


 マリアはすっと立ち上がり、優司を抱きかかえた。彼女の胸が優司の顔を柔らかく包んだ。初めて逢った時のように。

「でも、あなたは生まれて、こうして生きてる。…きっと、そのコがあなたを守ってくれたんだよ」

 マリアは優司の頭を撫でた。

 優司は落ち着きを取り戻し、マリアにもたれかかった。

「うん…」

「わたしも、あなたを守るためにここに来た。そのコと一緒だよ」

「マリア…」

 優司は顔を見上げ、マリアを見つめた。彼女は優司の手を握った。

「もう、その役目も終わっちゃったけど」

 いたずらっぽく言うと、マリアは微笑んだ。つられて優司も口元を緩めた。

「そうだな…」

 優司は立ち上がった。今度はマリアが優司を見上げた。


「オレ、マリアにはいっぱい感謝しないとな」

「優司…」

「マリアと初めて逢った時はなんもかんも夢みたいで信じらんなかったけど…。それからずっと、マリアは真剣に、命がけで戦ってくれたよな」

 マリアはのぼせたように優司の顔を見つめ、小さく頷いた。

「ああ、確かにそうだ。オレは生きてる。マリアと、セレナとアレシア。母さんと親父、それとオレの双子の姉弟。みんなに守られて、オレはここにいる」

 マリアはしっかりと頷いた。

「オレ、マリアに逢えてほんとに良かったよ。おまえに逢って人生が変わったような気がする。…今は少しだけだけど、たぶんこの先大きく変わると思う。オレに関わった人がオレに影響を与えてくれるように、オレもみんなにいい影響を与えて行きたい。…なんかうまく説明できないけど、そうやってお互いに響き合って成長して行きたいって考えてるんだ」

 マリアは何度も頷いた。

「きっとできるよ、優司なら。わたし達がもう、影響受けてるもん」

「そっか」

 マリアの目に、みるみる涙が溢れた。

「これでお別れなんて、やだよ…」

 二人はお互いをきつく抱きしめた。

 マリアは咽び泣いた。優司には、彼女がとてもか弱い存在に思えた。

「…オレもだ…」

 口をキッと結んで険しい顔をする優司の頬にも、涙がこぼれた。


..*


 優司は一階のダイニングに行った。ママは昼食の準備をしていた。

「母さん…ちょっといいかな」

 優司はママを食卓に座らせ、始めから全てを話した。そして、まもなくマリア達がここを去り、元の世界に帰ることも。

 ママはにわかには信じ難い様子だったが、彼の言葉を真剣に聞いているうちに、それが真実だと受け入れた。

 そして、ママも優司に双子の姉のことを初めて打ち明けた。


 最後にママは優司を引き寄せ、彼を胸に抱いた。

「優司…何があっても、あなたはずっとママの大事な息子なのよ」

 優司はこくりと頷いた。

 それから優司は、少しだけママに甘えた。

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