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第二十五話 それぞれのアイ・ラブ・ユー

(1)


 優司が復帰した日の昼休み。二日ぶりに、優司とヒロシ、三人の精霊、カスミは教室の片隅で集まって昼食をとっていた。

 ヒロシの手前、話題は無難な内容になっていたが、優司の「なんかすげえ体動かしてえ」と言う言葉を受け、ヒロシがある提案をした。

「優司、おまえの快気祝いってことでさ、今度の日曜グリフォー行こうぜ」

 グリフォー、というのはグリーン・フォートレスの略で、緑と未来のくらしをメインに据えたテーマパークだ。人工的な森をベースに、イベント会場や美術館、動物園、エコに力を入れる企業の都市型パビリオンなどが併設されているが、ヒロシの目的は遊園地だ。

「いやー、梅雨だし無理じゃん?」

 優司はあまり気乗りがしなかった。実際、今日も雨こそ降っていないが、空の雰囲気はあまり芳しくない。

「あんた出不精だもんね」

 カスミの言うとおり、優司は自発的に出かけたりすることはあまりなかった。かといって家にいてもゴロゴロしているだけだ。

「でもみんなで一緒に出かけたりとか、今までなかったわよね?」

 アレシアの言葉を聞くと、ヒロシはいきなり立ち上がった。

「イカーン! いかんぞそれは! 優司、おまえはこんなにモテモテな状況にありながら、彼女達に一切サービス無しとは! この甲斐性無しめ!!」

 三人の精霊は、同調してうんうんと頷いている。

「よし、ここはこの矢島ヒロシに任してくれ! 優司が来なくても、諸君を楽しませてあげよう!」

 ヒロシの鼻息は荒かった。

「ねえ行こうよ、優司」

 マリアが優司の腕を掴んだ。

「え?」

 ヒロシの目が点になった。

「優司…」

 セレナも優司の半袖を掴み、切ない目をした。

「あれ?」

「わーった、わーった。じゃー晴れたらな」

「やったー!」

 精霊達は手を上げて喜んだ。


「あの…みなさん…?」

 ヒロシはなぜか喜べなかった。


「何なに? グリフォー行くって?」

 華やぐ声を聞きつけ、いつも優司に絡んでくる女子三人組の一人、樋口良子がやって来た。良子はイベントやおもしろいことが大好きな活発な性格だった。その後ろには、三人組の残り二人のメンバーがいる。

「その顔は混ぜろって顔だな…」

「よっく分かりましたー」

 良子はにっかりと笑っている。彼女は三人組のリーダー格とも言える存在だった。噂によると、何人もの男達と付き合った百戦錬磨の猛者ということだが、なるほどチャーミングな雰囲気だ。

「おまえら三人全員?」

 良子と他の二人は顔を見合わせた。その目は全員、行きたいという目だった。

「もちろん!」

「だいぶ大勢だな…」

「いーじゃん、多いほうが楽しいしさ。あ、そうだ」

 良子は振り向いた。

「のりっぺ!」

 倉田紀子が近づいてきた。

「…何? 樋口さん」

「あんたこないだ葉っぴーワールドの新作がみたいって言ってたよね?」

「うん」

 話の流れがわからない紀子は素直に頷いた。良子は紀子の肩を抱くと、優司に突き出した。

「はい、今なら優司ラブのいいんちょも付きまーす!」

「ちょ、ちょっと、樋口さん…!?」

 紀子は頬を赤らめた。

「あー、いいんちょもグリフォー行きたいんか?」

「え? …う、うん」

 紀子は視線を下げながら、頷いた。

「あ、そ…ほんじゃみんなで行くか」

「やったー!」


「…晴れたらな」

 はしゃぐ一同には、優司の最後の言葉は聞こえていなかった。


..*


 かくして日曜日は五月晴れとなった。

 晴れることをまったく期待していなかった優司は、夜更かしをしていたので頭がボーッとしていた。日差しが恨めしいほど眩しい。

「なにこのお約束的展開…」

 部屋のドアがふいにガチャリと開いた。

「優司、はやく支度してよ! カスミちゃん待ってるよ!」

 マリアがやってきた。

「また…! マリア、ちゃんとノックしろっての! オレにもプライバシーってもんが…」

 言いかけて、優司はハッとした。

 マリアを始め、彼女の後に続いて入って来た二人の姉妹達は、普段は見たこともないような「普通の服」でおめかししていたからだ。

 彼女達は、カジュアルファッション誌から適当に見繕い、セレスシャルヘイローで無理矢理似たデザインの服を作った。恐らくセレスシャルヘイローはかなり頭を悩ませただろう。頭があればの話だが。

 マリアはセーラー風のカットソーにグレーのジャンパースカートを重ね、ボーダーの入ったハイソックスを合わせてマリンルックにしている。無難ではあるが、彼女の快活な性格をよく表したチョイスだろう。太い肩ひものついたジャンパースカートは胸の辺りが大きく開いており、彼女の意外に大きな胸が強調されている。腰の部分は、同じ生地のリボンを前で結んでおり、それがかわいらしいアクセントになっている。

 セレナはチェック柄の青いチュニックに大きめのプリントTシャツを重ね、生足を出していた。そして頭には明るいブルーのキャスハンチング帽を被っている。体型に合わせたのか、ボーイッシュな雰囲気に女の子っぽさを覗かせるキュートなコーディネートだ。それにしても、彼女は本当に青が好きだ。

 アレシアは胸の部分が大きく開いた黒いキャミソールに目の粗い白のニットトップを組み合わせ、脚のラインが綺麗に出る淡いブルーのクロップドジーンズを穿いていて、ウエストにはメタルの小物がたくさんついたチェーンベルトを付けている。抜群のスタイルを活かしたモデルばりの雰囲気を醸し出している。ただ、これみよがしに見える胸の谷間は少々狙いすぎで、道行く男共の視線を総取りしそうな色気をムンムン発散させている。

「……」

 優司は言葉なく三人のチャーミングな姿に見とれていた。

「なにボーッとしてるの! さっさと支度しなさい!」

「あ、ああ…」

 セレナのせかす声で、彼はようやく動き出した。


 急いで支度をした優司はおおざっぱに朝食を済ますと、家を出た。

「もう、遅っそいよ!」

 優司の家の前で待たされたカスミが、不機嫌そうに言った。

「おっす、カスミ。ごめんごめん」

「うん…。おはよ、優司、みんな」

 カスミもそれなりにめかしこんでいた。彼女は胸元にレースのあしらわれたライムグリーンのキャミソールを着て、その上に裾丈の短い白いレースのカーディガンを羽織っていた。キャミソールは膝上丈で、露出した健康的な脚が眩しい。ベージュのサンダルはハイヒールになっていて、足の爪にはピンクのペディキュアが塗られていた。そして、髪型は「お気に入り」で、大きな赤いボールがついたゴムで留められている。ライムグリーンのキャミソールに対し、その髪留めの赤がいい感じにアクセントになって、かわいらしさを演出していた。

(ほーこりゃまた、馬子にも衣装ってやつかね)

 優司は顎に手を当てると、うんうんと頷いた。

「…何? なんか言いたそう」

「いや別に!」

 優司はしらばっくれたが、カスミはジト目になり、

「…なんか馬子にも衣装、とか思ってそう」

と、見事に彼の考えを言い当てた。

「それより早く早く!」

 一行は歩き始めた。


「あ、おーい!」

 優司達が待ち合わせ場所の駅の北口に辿り着くと、既に他のメンバーも揃っていた。樋口良子が手を振っている。

「なんだ、みんな早いな」

 優司はそう言うが。

「あんたが遅いのよ!」

と樋口良子が突っ込んだ。

「ごめんね。こいつが寝坊するから…」

 カスミは優司を軽く肘でついた。

「緊張感ねーな」

 ヒロシの言葉に、優司はだらしなく笑った。

「いやー、晴れると思ってなかったから」


 女の子達はそれぞれ、普段の制服とは違う魅力的な雰囲気を出していた。

 そのムンムンとした女の子パワーに、二人の男子は圧倒された。

 ヒロシがぼそっと漏らす。

「こんだけ女の子揃うとすげえな…」

「ああ。なんかえらいことになった」

「優司、鼻血出てるぜ」

 ヒロシはさりげなくティッシュを渡した。

「サンキュ。…ヒロシ、よだれ出てるぜ」

 優司は鼻血を拭いたティッシュを返した。

「サンキュ。…って、いるかあっ!」


 話をしていた三人組の一人、樋口良子が優司に近づいた。

「そう言えばさ、和田っち、そのゴージャスなお姉さんはどちら様?」

「ああ、そーいやちゃんと紹介してなかったっけな。D組の子は知ってる?」

「吉池さんとセレナちゃんでしょ。体育とかで一緒だから」

「ほんじゃえーとアレシア、このいっつもひっついてる三人組は一番うるさいのが樋口良子」

「良子です!」

 良子は元気にあいさつした。

「隣の日本人形みたいなのが福田久美」

「福田です…。日本人形って…」

 肩の下に達するストレートの黒髪に大きな赤いリボンをした福田久美は、少し顔を赤らめた。彼女は確かに人形のようにおとなしくしとやかな雰囲気で、賑やかな三人組につるんでいるのが不思議なくらいだった。人は見かけによらないとは言うので、彼女も意外と何か持っていそうではある。

「ほんでそっちのちゃらい茶髪が相沢栄子」

「ちゃらいってのが余計よ! …エイコでーす」

 解放的なイメージの栄子も茶目っ気たっぷりにあいさつした。確かにちゃらいイメージだ。彼女も付き合う男性は多いと噂だ。そのためか、服装はかなり解放的だ。

「あとそっちのメガネッ娘がいいんちょこと倉田紀子」

「く、倉田紀子です」

 紀子は相変わらずの可愛らしい雰囲気を醸し出している。この日は、袖や裾にプリーツの入った白い木綿のワンピース姿で、お気に入りの赤いリボンの入ったストローハットと赤いサンダルを穿いている。ワンピースは肩口が広めに開いており、胸と裾の辺りに細いリボンが蝶々結びになっている。なんでも自分で縫ったということだった。

「で、こっちのお姉さんは…」

「アレシアです。セレナちゃんの遠い親戚で、しばらくお世話になってます」

 セレナはアレシアの咄嗟の機転に気を利かせ、こくりと頷いた。

「学校じゃオレらの上の三─Cにいるよ」

「アレシアさんかあ。よろしくお願いしまーす。かっこいいなあ」

 良子は目を輝かせた。

「そ、そんな…」

 アレシアは三人組に見られて少し照れたのか、もじもじしている。

 倉田紀子もアレシアを見ていた。厳密には、アレシアの不必要にたわわな胸が気になったようで、胸元と顔を交互に見ていた。

「とりあえず電車乗ろうぜ。話はホームに上がってからってことで」

 ヒロシの提案で、一行はぞろぞろと改札に向かった。


..*


 電車を二本ほど乗り継ぎ、一行は目的地にたどり着いた。その間、女の子達は互いの服装を褒め合ったり、テレビ番組や芸能関係、雑誌の話題などで交流を深めた。セレナはやはりこういう場は不慣れなのか、あまり喋ることはなかった。マリアは優司の部屋に入り浸っているだけあって、それなりに話題について行けていた。アレシアは最近日本に来たのでちょっと疎い、ということでごまかした。

 ヒロシは予めネットで割引チケットを手に入れていた。彼なりのコネで、格安チケットも入手していたようだ。

「みんなー、入る前に写真撮るよー」

 デジカメを持った樋口良子が一行を寄せ集めた。


 休日に晴れたのは久しぶりのため、園内はかなり活況を呈していた。どのアトラクションも少なくとも二十分程度は並ぶ必要があった。だが、その待ち時間にも彼らは有意義で内容のない会話に花を咲かせていた。

 ヒロシのたっての要望で、一行はまずコンピュータグラフィクスで描き出されたプラネタリウムに低速なコースターを組み合わせた「ギャラクシートリップ」に乗り込んだ。このコースターは暗い屋内に設置されており、壁面全体が複数のスクリーンになっている。コースターの進行に同期してスクリーンに映し出される映像はダイナミックで、衛星や惑星に急接近したり、木星の分厚いガスの中に突っ込んだり、太陽系を一気に離れて星座の中を進み、光溢れる銀河の中心に向かって旅していく。物理的な体感度は低いのだが、映像とのマッチングによりバーチャルな体感度は非常に高いものになっている。普段激しい戦闘をする精霊達も、この映像にはかなり驚き、楽しめたようだ。


 すっかり気分が高まったところで、今度は優司の希望で、対戦型アトラクション「イメージウォーズ」に挑戦することになった。このアトラクションはどちらかというと大型筐体のシューティングゲームで、ポッドと呼ばれる歩行脚のついたロボット戦車に乗り込んで、核戦争後の廃墟の中で生き残るために戦うというものだ。一つのポッドには四人まで搭乗できるので、一行はなかなか決まらないグーチョキパーの結果、三対三対四の、三つのチームに分かれた。

 優司はカスミと倉田紀子のチームになった。

「よし、オレがドライバーやるから、おまえら撃ちまくれ!」

「イエッサー!」

 カスミと紀子はやる気まんまんだ。

 優司はこの手のゲームが得意らしく、ポッドを操縦しながら、自分でも迫撃砲グレネードを撃って、コンピュータ制御による敵AIポッドやその他のチームのポッドを次々に破壊していく。

「わーわーわー!」

「えー、当たらないよー!」

 だが他の二人の射撃手ガンナーはからっきしだった。

「何やってんだよおまえら…」

 優司は根性で操縦しながら敵を倒していく。だが、グレネードは威力は高いがスピードはなく放物線を描くため、非常に使い辛い。それでもなんとかヒロシチームを撃破した。優司のシューティングセンスは卓越していた。

「優司すごーい!」

「優司くん、頑張って」

「いや、おまえらが頑張れよ…」

 狭いコクピット内は三人の…いやほとんど優司の熱気に包まれた。二人の女の子はゲームそっちのけで妙な気分になっていた。もちろん優司がそれを感知することはなかったが。


 ゲームは最終ステージである瓦礫が散在する廃工場に進んでいた。残りのポッドは優司チームと、他に一機となっていた。

 敵は神出鬼没、ヒットアンドアウェイを繰り返し、スキがなかった。優司はもはやお荷物と化した二人の搭乗員を率い、苦戦を強いられた。

 戦いは壮絶を極めた。この映像はプレイヤー以外の外部にも流されており、ギャラリー達は白熱する戦いに息を飲んだ。

 しかし、優司の超絶技巧もそれまでだった。なぜなら、敵のポッドには本物のガンマンが搭乗していた。敵は獲物を追い詰めるように徐々に近づき、優司のポッドに的確にダメージを与えた。

「くそっ、こうなったら…!」

「えっ? ちょっと優司…」

 優司はとなりのカスミのガンナー用コントローラを左手で掴み、右手で操縦しながらポッドを前進させた。

「やん、優司、だめだってばぁ!」

 それはかなり無茶な姿勢だった。狭いコクピット内で、優司の腕がカスミの胸に当たったが、集中する優司は全く気付いていなかった。

「この、くそ、…おああ!」

「アン、やん、…はあん!」

 優司がキャノン砲を撃つ度、カスミは何度も胸を上下左右に擦られ、突かれることになった。もともとメンバーの一体感を誘うため、コクピットはややタイトに作られているのだ。

「ぐおおお───!」

 優司のポッドはジャンプし、敵の上空でキャノン砲を叩きこんだ。だが、相手はそれをギリギリの所で避け、逆に放物線を描くしかない優司のポッドに次々と攻撃を与えていく。優司のポッドは瓦解を始めた。

「ノオォ───ッ!」

「うわわあ───ッ!」

 優司達のコクピットの照明が真っ赤になり、制御を失ったポッドが地上に落ちると共にポッドは転がり、大爆発を起こした。

「おお───ッ!」

 外のギャラリーからは歓声と拍手が巻き起こった。その戦いは近年稀にみる名勝負だった。

 結果リザルト画面に、勝利チームのスコアとメンバーが表示される。


 スコア:九千三百二十五ポイント:年間最高得点

 総合ランク:SS

 ガンナー:クーミン(ランク:C)

 ガンナー:エイコ(ランク:S)

 ドライバー:セレナ(ランク:SSS)


 ポッドから降りた一行は、一か所に集まった。

「やっぱりおまえか…」

 優司はすっぱい顔でセレナを見た。彼女はニヤリとほくそ笑んだ。

「フッ、わたしに勝とうなんて一万年早いわ」

「せ、セレナちゃん怖かった…」

「あたしら何もできなかったよ~」

 福田久美と相沢栄子は青い顔をしていた。セレナもドライバーとガンナーを一人で努め、凄まじいフットワークで敵を撃破していたのだ。栄子のSランクも、当然セレナの手によるものだった。


..*


 「イメージウォーズ」でかなり疲弊した一行は、お昼にはちょっと早いがフードコートで昼食を取ることにした。いくつもの対面型店舗がずらりと並んでおり、ハンバーガーやラーメンはもちろん、イタリアンから寿司、牛丼、カレーなど、なんでも揃っている。

 一行は思いおもいに好きなものを頼んでトレーに乗せると、屋外のパラソル付きのテーブルに座ることにした。

 早い時間が功を奏し、まとまった席が取れた。なんとなくイメージウォーズのチーム分けの流れで、四人がけのテーブルは三対三対四のグループにまとまった。


 優司の卓には、イメージウォーズのチーム通り、カスミと紀子が座った。

 優司は大盛りの牛丼合いがけカレーに生タマゴとチーズをトッピングするというじゃっかん微妙なてんこ盛りをぐるぐると掻き回すと、それにがっついた。

「うん、もぐもぐ…うん、うまー」

 優司は幸せそうだった。紀子はそんな優司が微笑ましかった。

 一方、カスミはハンバーガーのセットについているポテトをつまみながら、優司を白い目で見ている。

「…あんたさあ、どさくさに紛れて、触ってたでしょ?」

「え? 何に?」

 優司は口いっぱいに頬張りながら答える。

「ちょっととぼけないでよ! あたしの操縦桿奪った時に、あんたの腕があたしのむ、ムネ触ってたのよ!」

「もぐもぐ…ああ…わりいわりい、白熱しててぜんぜん気付かなかった」

 優司はお椀の中のものを平らげた。

「ひどっ! …そんで勝てないって超カッコ悪い!」

「そんなこと言ってもなぁ…セレナは戦闘のプロだぜ。あ、それ一本ちょうだい」

 カスミは絶妙のタイミングで優司の口にポテトを放り込んだ。

「ともかく触った責任取ってもらうから」

 そして何の気なしにその指についた塩を舐めた。

「もぐもぐ…責任ってなんだよ。ケッコンしろとかじゃねーだろな」

「ち、違うわよバカ! …後でなんか買って」

「あー…まいーけど。オレ今月金欠気味だからなー。三百円以内な」

 優司はアイスコーヒーのストローを吸った。

「さん…キーホルダーくらいしか買えないじゃない! 千円!」

「五百円!」

「八百円!」

「ん~…よし、五百円プラス財布の中の小銭で八百円越えない範囲で手を打とう」

「はあ? なんか細かいけど…まあいいわ」

「……」

 二人のやり取りを横で見ていた紀子は圧倒されていた。彼らの息はピッタリ合っていて、さすがに幼馴染のパワーを感じた。

(吉池さん、優司くんと付き合ってないって言ってたけど…どう思ってるんだろ?)


 ピピッ。

 気がつくと、樋口良子が写真を撮っていた。今日の彼女は写真を撮りまくっている。

「ふふーん。ここはなんか妙な空気が流れてるねぃ」

「…なんだよ樋口、妙な空気って?」

「リョウコでいいよ。わたしも優司って呼ぶからさ」

「ああ。で、妙な空気って?」

「いやーのりっぺがさ、ね?」

 リョウコは紀子にウィンクする。

「えっ? あの…」

 見透かされた紀子は赤くなった。

「優司、のりっぺとツーショット!」

「は? なんでだよ?」

「あんた、普段からのりっぺに世話んなってんでしょ?」

「まあ、メンドーなことは全部やって貰ってるが…」

「はいはい、じゃオーケーってことで」

 リョウコは手を横に振り、二人に寄れ、と指示した。

「しょーがねーな…いいんちょもこっち寄って」

 優司は半身を横に曲げ、紀子の小さな肩をグッと抱いた。紀子は彼の意外に力強い手が気になり、急にドキドキしてきた。

「はーい、じゃ撮るよー。…のりっぺ、スマイル!」

 紀子は頬を赤らめながら、引きつった笑いをした。だが嬉しさがこみ上げ、その笑いは自然なものとなった。

 ピピッ!


「あー、倉田さんばっかりずるーい!」

 端で見ていたマリアが優司と紀子の間に割って入った。マリアは頬を優司にくっつけ、撮れ、とばかりにリョウコを見た。

「あーはいはい…」

 ピピッ!


 他の精霊がマリアに続いた。

 セレナは優司の腕にピッタリとしがみついた。だが、彼女の胸は優司に残念なインパクトしか与えなかった。

 ピピッ!


 アレシアは優司の肩に手を回し、胸を優司の腕に押し付けた。セレナに対し、そのインパクトは破壊的だった。優司の視線はアレシアの深い胸元に釘付けとなった。

 ピピッ!

「うはは、えっちな写真~」

 液晶画面を覗くリョウコは笑っている。


「…あんた、ホンットすけべね」

 横でつまらなそうに見ていたカスミがジト目で優司を睨んだ。

「男だからしょーがないじゃん。それにアレシアは胸だけじゃなくて魅力的だろ。おまえみたいに粗暴じゃないしな!」

「なんですって…!」

「ふふ、嬉しいな」

 アレシアはさらに胸を押しつけた。優司の鼻の下が伸び、にへら~としていた。

 アレシアの隣の紀子は、自分とは比べものにならないアレシアの豊かな胸が気になった。

 デレる優司の顔は、周囲の女子達の怒りを買った。

「ちょっとアレシア、いつまでくっついてんのよ!?」

「あんっ?!」

 二人の精霊が、アレシアを優司から引っ剥がした。

「巨乳好きならあたしはどうよ?」

 開いた優司の隣に、ちゃらいと評された相沢栄子が入った。

「なにがどうよ?なの?」

「だから、好みでしょ?」

 よく見れば、確かになかなか隠れた逸材だった。Dカップはあるだろうか、ラフに着たタンクトップは魅力的なカーブを描き出している。オリーブ色のミリタリー風タンクトップからはみ出す黒いレースの入った見せブラが、妙に色っぽさを感じさせる。

「んー、相沢は確かにいいプロポーションだ。それは認める。だが性格がだめだ」

「なんだとぉー?」

 相沢栄子は優司の頬をつねり、グリグリと動かした。

「いやらからひょれがらめらんらっれ…」

 優司は泣きながら顔を歪ませた。


..*


 午後は女の子達の要望で、あまり激しくないアトラクションを回ることになった。

 グリーンフォートレスのかなりゆるめのマスコットキャラ、葉っぴー、モクボンとその仲間達がゆるい日常をさらけ出す「葉っぴーワールド」は笑い満載で老若男女問わず楽しめる人形劇だが、優司とヒロシにとっては格好のお昼寝タイムとなった。

 眠気覚ましにと入ったお化け屋敷「トワイライトスクール」は、十六世紀に建てられた全寮制のミッション系スクールで行われる陰惨なオカルト儀式をコンピュータグラフィクスで描き出すというものだが、フリーウォークのコース上に3Dゴーグルを通じて合成される映像は、あたかもそこで実際に行われているかのような迫力を出している。これには優司の眠気覚ましというよりも他の女子とヒロシが背筋の凍る思いをすることになった。ヒロシには両腕に女の子達がしがみつくという奇跡が訪れていたのだが、残念ながら彼自身がそれどころではなかった。


 中東風の幻想的で猥雑な路地に土産物や有人無人の占い館が立ち並ぶ「フォーチュンアレイ」では、女の子達が嬉々としてはしゃぎ回った。

 優司は約束通り、カスミにアクセサリーをプレゼントすることにした。カスミの気に入ったプラチナカラーのハート型のペンダントは千八百円と予算を大幅にオーバーしていたため、カスミが差額を出す、といったが、そんなカッコ悪いことできない、と優司が全額出した。

「ありがと。じゃ、ひとつ貸しってことね」

「ああ」

 優司はしょぼくれていた。

「…ねえ優司、つけてよ」

 優司はカスミからペンダントを受け取る。

「はいよ。じゃ、後ろ向いて」

「だめ、このまま!」

「なんでよ…?」

 優司はしぶしぶカスミの首の後ろに手を回した。顔は彼女とキスできるくらいの距離だった。お互いの呼吸する音はもちろん、胸のドキドキまで伝わるかと思うほどだった。以前、レベッカとの戦いの際に優司は彼女を抱きしめたことがあったが、今は状況が全く違う。こんな間近で彼女を見るのは何年振りか分からないくらいだったのでテレくさく、早く終わらせたかったが、手元が見えずどうにもうまく行かない。

「あれ? これどうやんだ…?」

「焦らないで…ゆっくりでいいから」

 とまどう優司を、カスミは頬を赤く染めながらいつまでも見ていた。


..*


 帰りの電車が混まないうちに帰ろう、ということで、一行は入場口に向かった。

 「ハブ・ア・エンジョイ・グリーン・フォートレス!」と英語で書かれたボードが掲げられた前衛的なデザインのオブジェの前で、リョウコが提案する。

「ね、最後にみんなで一枚撮ろうよ」

「なんでさ、来た時撮ったじゃん」

 優司がリョウコを見た。

「だって、わたし入ってなかったもん。それに今の方がきっとみんないい顔してるから、さ」

 そういうと、リョウコは近くにいた男性スタッフに走り寄って声をかけた。


「はい、一足す一は?」

「にー!」

 ピピッ!

「オッケーでーす」

「お兄さん、もう一枚!」

 リョウコは優司の腕を引っ張った。

「な、なんだよおまえ…」

「わたしあんたと一枚も撮ってないもん…。ほらほら、お兄さんに迷惑でしょ!」

「む…」

 リョウコは優司の腕に絡みつき、甘えるようにもたれかかった。

「十引く八は?」

「にぃ!」

 ピピッ!


 帰りの電車で、一行は今日の出来事の思い出話をしていた。みんなすっかり仲良くなっていた。リョウコの言うとおり、確かに今、みんなはいい顔をしているようだ。

 地元駅に戻った所で、リョウコはデジカメプリントショップに寄り、超特急で焼き増しした。

「一人五百円ねー」

 リョウコは写真の挟まったアルバムを配った。七、八十枚はあろうかという量だった。

「うを、金が…!」

 優司はくわーと口を開けた。

「どうせもうすぐお小遣い入るでしょ?」

「む、そうだが…しばらく買い食いはできんな」

 優司はリョウコからアルバムを受け取った。


 西の空には、青と紫とオレンジの絵の具と雲の筆により幻想的な絵画が描き出されていた。その中を、架線上の電車が滑って行った。明日は雨になるだろう。だが、今日は参加者全員の心に残る思い出となった。

「来て良かったろ、優司?」

 ヒロシが優司の肩に手を置き、揉み揉みした。

「…ああ、まあな」

 優司はヒロシの尻をぺちぺちと叩いた。

 それ以上は語らなかったが、二人は互いに、こいつが友達で良かった、と思った。

 そして二人は爽やかな笑みを浮かべ、揉み揉みぺちぺちしていた。


「じゃあ、明日ねー」

「おつかれー」

 一行は互いに別れを告げ、いくつかのグループにまとまって家路へと向かった。


(2)


 夕飯と入浴を終えたカスミはパジャマ姿で机に座り、今日の写真を見ていた。なんだかんだ言いながら、優司とのツーショット写真はしっかりと撮っていた。それを取り出すと、にやけながらいつまでも見ていた。

「このドキドキ、あんたに伝えたい…」

 優司に買ってもらったハートのペンダントが、胸で揺れた。


..*


 同じ頃、倉田紀子も写真を整理していた。

(今日は楽しかったな…)

 みんなの楽しそうな顔が写っている。思いもよらない自分の表情の写真もあり、少し恥ずかしくなった。

 一通り整理を終えると机の照明を消し、アルバムを持って、ベッドの端にちょこんと座った。そして改めて写真を見ていく。

 優司とのツーショット写真をじっと見つめた。写真と撮った時の状況がまざまざと思い出され、彼女は顔を赤らめた。と同時に、他の女の子達の積極的な態度も浮かんできた。

(もっと話せば良かった。みんなといると気後れしちゃうな…)

 紀子はそのままベッドに倒れた。柔らかなベッドがぼふんと揺れた。

「でもまた学校で会えるもんね!」

 そう口に出し、優司の顔を指でゆっくりなぞった。

「優司くん…好きだよ」

 今ではそんなことを呟ける自分が、少し自分ではない気がした。しかしその衝動はもう止めることができなくなっていた。

 彼女は出遅れたが、少しづつ、大人への階段を上り始めた所だった。

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