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第二十二話 大いなる力

(1)


「あぅ…んふ…」

 優司の魔力を存分に得たスキュブス達は、男性型の悪魔に口移しで魔力を分け与えた。

城のどこかの暗い部屋で数体の悪魔達が高濃度の魔力を含む体液を交換する姿は、淫猥にして異様だった。

 その魔力により、悪魔達は一時的ではあるが強大な力を身に付けた。自己の限界を越え、破滅への道を進み始めたものもいた。


 冷たい石で囲まれた通路を行くマリア達は、メレルとの激しい戦いにより消耗が激しかった。特にセレナとアレシアは回復がおぼつかなかった。だが苦しむ姿は見せまいと、先行するマリアに食らいついて行った。

 やがて一行は、ワインレッドのカーペットが敷かれた荘厳な空間に辿り着いた。天井は高く暗闇に消え、空間の左右には太い大理石の石柱と、巨大な白い石像がいくつも並んでいる。そこは王の間だった。

 先頭に立つマリアが立ち止った。

「いる…この先に…」

 三人は、百メートルほど先の玉座に座る大男の姿を見据えた。

「いや…そんな…」

 突然、アレシアが動揺し始めた。傍らのセレナが彼女を心配する。

「アレシア、どうしたの?」

「優司の意識が…魔王の中に…」

 マリアもアレシアに近寄った。

「それって? もう、優司は…?」

「考えたくない…でも…」

 三人の間に絶望感が漂った。

「どうしたんだい?」

 佇む三人の元に、ブレンダとグラディスが追い付いてきた。

 セレナはブレンダを見た。

「優司は…既に魔王に…」

「おっと。それは困ったね…」

 それは監視者達には織り込み済みだった。

 マリアはアレシアの腕を掴んだ。

「でもアレシア、まだ優司の意識は感じるんだよね?」

「ええ、どんどん弱くなってるけど…まだ感じるわ」

「じゃあ、まだ望みはあるよ!」

 マリアの言葉に、セレナもしっかりと頷いた。二人を見て、アレシアも弱々しく頷いた。だが彼女は不安を拭い去ることができなかった。

 三人はカーペットの上を歩き始めた。

「気を付けろ。尖兵がいるようだ」

 三人の背中にグラディスの声が飛んだ。アレシアは歩きながら振り向いて返した。

「ええ、わかってるわ」


 三人の行く前方の円柱、あるいは石像の影から、数体の悪魔達が姿を現した。十体はいるだろうか。男性型の悪魔、そしてスキュブス。魔力を肉体の強化に使ったのか、みな肌は青紫に変色し、血管は黒い刺青のように浮き上がっている。筋肉は異様に膨張し、時折りびくびくと痙攣している。瞳孔は爬虫類のように縦長に収縮し、虹彩はギラギラと黄色に光っている。

 悪魔と精霊達は互いに距離を縮めると、走り始めた。

 マリアはレイスウォードを右手に出現させると、先陣を切った。

 悪魔の集団から、剣を携えた男の悪魔が前に出る。

「こいつは剣か! オレが相手するぜ」

 剣を持った悪魔は先行した。精霊と悪魔達の中間の距離で、二人の剣士が激突した。悪魔の剣には呪術エンチャントがかけられているのか、マリアのレイスウォードを受けても折れることはなかった。悪魔の剣の技は長けており、斬り合いは激しかった。だがマリアは超高速移動で悪魔にプレッシャーを与えた。

「こいつ…速い!」

 悪魔は徐々に劣勢となり、後ずさりを始めた。マリアの気迫は凄まじく、ついには悪魔に生じたわずかの隙に懐に飛び込み、レイスウォードを二刀に分離すると、一方で悪魔の剣を受けながら、他方で悪魔の腕を切り落とした。

「ぐああっ」

 その手に持っていた剣も床に落ちた。悪魔の動きは止まった。

 マリアは右手のレイスウォードを大きく振りかぶった。

「たああーっ!」

 だが小さな竜巻のような突風が突如マリアを襲った。

「あぁっ!?」

 その突風はマリアを巻き込みながら旋回を続け、カミソリのようにマリアに幾筋もの傷を付けた。

 その竜巻を発生させたスキュブスが近付いてきた。

「ザック、あんたは突っ込み過ぎだよ」

「ああ…甘く見たぜ」

 剣の悪魔の腕はみるみるうちに再生し、その手で剣を拾った。

「まあ二人がかりってのも悪くないな!」

 だがその腕は、元の腕よりもどす黒くなっていた。過度に魔力を詰め込んだ彼らにとって、その力は過ぎたものであった。


 その周囲では、ほぼ同時にそれぞれの精霊と悪魔がぶつかり合っていた。悪魔達は、精霊に対して二人のチームで当たり、精霊達に連携のスキを与えなかった。彼ら悪魔はビホルダーのビジョンを分析し、精霊は連携するとより強さを発揮することを知っていたのだ。

 セレナは黒い煙のような塊をいくつも操るスキュブスと、長く鋭い爪を持つ男の悪魔を相手に戦っていた。スキュブスの操る黒い煙は闇の属性を持つようで、セレナの攻撃はことごとく打ち消された。その攻撃は以前戦った美形の悪魔、スパービアによく似ていた。スキュブスの攻撃はスパービアに比べれば脅威ではなかったが、それは単独でのことで、セレナの間合いではない、常に近接戦闘を挑む男の悪魔との組み合わせにおいては厄介だった。男の悪魔の長い爪はそれぞれが刃のように鋭利で、振りかざすたびにガチャガチャと音を立てながらどのような姿勢からでもセレナに襲いかかった。セレナは最小限の動きでかわしていくが、スキュブスの黒い煙は死角から不意に襲いかかった。

「くあっ!」

 煙が触れる度、それは針で突き刺すような痛みに変わった。だがそこでひるめば長い刃の爪でたちまちスライスされる。隙を見て撃ったセレナの攻撃は相手に命中したが、急所以外は効果がなく、悪魔達の連携の隙に、傷口は塞がれてしまう。

(あの巨乳スキュブスもそうだったけど、この回復力、あり得ない…!)

 セレナは時に銃で刃の攻撃を受けながら、黒い煙も避け、防御に専念せざるを得なかった。


 アレシアはマウンテンゴリラのようにワイルドな大男の悪魔と、槍を携えたスキュブスに挟まれていた。アレシアはイージスと柄を短くした槍を片手に応戦した。だがやはり彼女の槍の取り扱いは十分ではなく、スキュブスの激しい槍の攻撃をかわすのが精いっぱいだった。防御に意識が集中すると、大男への対処がおろそかになってしまう。

 何度目かのスキュブスとの刃の交わし合いの時だった。

「!?」

「フンッ」

 大男はアレシアの背後から彼女を捕まえようとした。だが、大男の気は大きく、攻撃に転じる際にアレシアはその気を察知してなんとかかわした。

「ヒヒ、そそる女だ。…捕まえて裂けるまで犯してやる!」

 大男はアレシアを倒すことよりも、捕まえることに執着しているようだった。

「おおこわ。ダズ、あんたとは寝たくはないね」

 槍を構えたスキュブスは肩をすくめた。


 グラディスは筋肉質の男の悪魔と、少し離れた距離から投げナイフ(ダガー)を出現させ投げつける男の悪魔を相手にしていた。彼女は素早い動きに対処するため、鎌をやや小ぶりにしていた。しかしそれでも十分に大きな鎌を、物凄い速度で振りまわす彼女の姿を見ると、悪魔達は少なからず圧倒された。

 筋肉質の悪魔の腕は燃えるようにオレンジ色に輝いていた。グラディスはその悪魔に攻撃をする。だが、悪魔はグラディスの鎌の攻撃をその手で受けた。

「くッ!?」

 グラディスの手に、鋼鉄を打ちつけたような感触が伝わった。彼女は素早く鎌を振り、もう一度悪魔を斬り付けた。しかし、金属的な音を発し、鎌は悪魔の手で受け止められた。鎌はしっかりと握られ、グラディスは攻撃姿勢のまま動けなくなった。

「ばかな…」

 悪魔は焦燥感を滲ませるグラディスの顔を見てニヤリと笑った。

「フッ! …不思議だろ? オレの武器はこの拳だ。この拳は重さと固さを自在に操って破壊力を増すことができるが、固てえってことは防御にも使える。つまりてめえの攻撃なんざ屁でもねえってことよ!」

 そう言うと、悪魔はグラディスの顔面めがけてもう一方の拳を打ちつけた。グラディスは鎌を手放し腰を落として攻撃をかわすと、するどく回転しながら悪魔の肘を蹴りあげた。その部位は、硬化していない部分だった。

「グアッ!」

 悪魔は大鎌を離した。

 そこへ、もう一人の悪魔のダガーが飛んできた。グラディスは鎌の刃でそれを防いだ。弾け飛んだダガーの一本を掴むと、ダガーを投げた悪魔に投げ返した。そのダガーは悪魔の腕に当たった。彼女はスキが生じた相手に急速に接近すると、鎌で斬り付けた。悪魔は咄嗟に体を引いてかわしたが、彼の腹部は切り裂かれた。だが攻撃は浅く、致命傷には至らなかった。

 グラディスは回転しながら鎌に加速を付け、なおも襲いかかる。だがその時、鎌の刃を再び鋼鉄の腕が捕えた。彼女の動きは再び止まった。

「くっ…!」

「ふぅ。綺麗な顔してやがるが、おっかねえ女だ」

 鋼鉄の腕を持つ悪魔は笑みを浮かべた。だがその笑いには余裕がなかった。


 その攻防にほど近い場所で、ブレンダはロングロッド、即ち長いひも状の鞭を携えたスキュブスと、黒紫に輝く球体を飛ばす男の悪魔と戦っていた。ところが、その様子は他の場所での戦闘とはかなり違っていた。

「こいつ、こいつ…!!」

 男の悪魔は次々と球体を飛ばすが、ブレンダはそれらを双刀の槍(ツインブレイズ)で器用に弾いていた。弾かれた球体は壁に当たると、バチッと電撃を放って壁石を砕いた。

「くそおおぉッ! なんで…なんで弾き返せるんだあッ!?」

 男の悪魔は焦っていた。ブレンダもやや意外そうな顔をしながら、不思議な余裕を見せていた。

「ああ、不思議だね! お互い、帯びている電荷が一緒なんだろうね!」

 その時、スキュブスのロングロッドがブレンダの槍に絡みついた。

「おっと!?」

「いい気になるんじゃないよ!」

「…いい気になんてなってないんだけどね」

 ブレンダは苦笑いした。

「ふんっ!」

 スキュブスはロッドを引き、ブレンダの槍を奪った。ツインブレイズはスキュブスの手に受け止められた。

「どうだい? 丸腰だね」

「ああ、困ったな…」

「へへへ…もう避けられねえな!」

 つい今まで情けない表情だった男の悪魔は、ネジの飛んだ笑い顔になり、両手にそれぞれ黒紫の球体を発生させた。

「ひゃひゃあ! 食らいやがれ!」

 二つの球体はブレンダを襲った。

「ごめんだね!」

 ブレンダは飛び上がり、球体を難なくかわした。だが彼女の足にロングロッドが絡まり、彼女は地上に引きずり落とされた。

ぁッ!」

「この野郎! ちょこまかと動きやがって!」

 男の悪魔は怒りに我を忘れ、次々と球体を発生させブレンダに投げつけた。ブレンダは転がりながらそれらを避けた。球体は床の石を次々と破壊し、砂埃が舞い上がった。

「死ね、死ね、死ね、死ねえぇ───ッ!」

「こっこれはちょっと、やばいね!」

 ブレンダは素早く起き上がると、走りながら攻撃を避けた。彼女の動きはとてもしなやかだった。スキュブスもロングロッドを飛ばすが、動きまわるブレンダを捕えることはできない。

「ロッド、ね…実はぼくも!」

 ブレンダはロッドを出現させると、スキュブスの胴に絡めた。そしてジャンプすると、ロッドを引いてスキュブスに急接近する。スキュブスの真正面に着地し、二人は目が合った。

「!!」

「やあ」

 ブレンダのアクロバティックな動きに、スキュブスは驚いていた。

「これ返してね」

 ブレンダはツインブレイズをパッと取り上げた。

「死ねえ───ッ!」

 そこへ男の悪魔の球体が飛んできた。ブレンダはスキュブスの両肩を掴むと、軽くジャンプして肩の上に倒立した。目の前が開けたスキュブスは、眼前に球体が迫っているのを目にした。

「バカな…あぐぅ!!」

 球体はスキュブスに当たり、スキュブスの腹部は破裂した。

「うわー…ヒサン」

 ブレンダはスキュブスの背後に着地すると、大きくジャンプしてその場から離れた。

 倒れたスキュブスが再生することはなかった。


「ふぅ。綺麗な顔してやがるが、おっかねえ女だ」

 ブレンダはグラディスのすぐ近くに着地した。グラディスは、ちょうど鎌を鋼鉄の腕を持つ悪魔に捕えられた後だった。

「確かにこの姉さんはおっかねえ女だね!」

「ブレンダ! おまえの相手はどうした」

「一匹やったと思うけど。キミは意外に苦戦してるね、グラディス」

「フン。まだこれからだ」

 そこへ、黒紫の球体が飛んできた。二人の監視者はとっさにかわした。そして球体は鋼鉄の腕を持つ悪魔に襲いかかった。悪魔が球体を腕で受け止めると、その腕を強烈な電撃が襲った。鋼鉄の腕は電気をそのまま悪魔の腕全体へと伝え、腕は一瞬で焼け、焦げ臭い匂いを発した。

「ぐわっ…何やってやがる、ボルト!」

 その腕は直ちに復元を始めた。

 グラディスはブレンダを睨んだ。

「ブレンダ!」

「ごめん。あの錯乱者サイコ、ぼくちょっとニガテ…」

 その話し相手、グラディスの元へ多数のダガーが飛んできた。グラディスは鎌の刃で弾き返した。

「手伝おうか…?」

 ブレンダがそう言うか早いか、グラディスは怒涛の勢いでダガーを投げた悪魔に近づき、回転しながら凄まじい勢いでダガーの悪魔の胴を切り裂いた。

「いらん!」

 二つに別れた悪魔の体は床にドサリと落ちると、その上半身だけがピクピクと動いていた。

「…そのようで」

 ブレンダめがけ、鋼鉄の腕が飛んできた。ブレンダはすかさず槍でそれを受けた。だがその勢いは凄まじく、彼女は弾き飛ばされた。

「あいたた…」

 グラディスは数メートル先の同僚を見た。

「…自分の心配をしろ」


..*


 城外はいまだに混沌としていた。有翼の魔物達の数はかなり減ったが、地上の魔物達は森の中から次々と押し寄せてくる。先遣隊の精霊達は、地上の敵の掃討に取り掛かっていた。

 そこへ、空飛ぶ巨大なムカデが二体、突っ込んできた。それぞれのムカデ…蛾の幼体の背中に亀裂が走った。精霊達は先ほどの艱難かんなんを思い出し、戦慄した。今度は以前の倍だ。どうなるか想像がつかない。

 だが、上空から降り注ぐ強烈な雷槌が、幼体から這い出た蛾を貫いた。表皮の乾かない蛾の体は裂け、大量の体液が飛び散った。

 その雷槌の発生した上空には巨大な円陣が広がり、多数の精霊達が降りて来た。待ちかねた征伐隊の本隊であった。その中央には、ひときわ大柄の精霊が護衛を従えていた。その精霊は細身の体全体が淡い光に包まれ、長いローブをまとっている。髪は長く、顔は男性とも女性とも言えぬ中性的な美しさを備えていた。


 総勢千人ほどの本隊は、少数の部隊クラン毎に分散し、それぞれが手際よく魔物を排除していく。

 疲れ果てた先遣隊は援軍とあいさつを交わすと、その体を癒すことも忘れ再び戦い始めた。


..*


 マリアは度々スキュブスの鎌いたちのような突風に悩まされていた。加えて剣を持った悪魔もマリアの超高速移動に食らいついてくる。決め手のないまま、戦いは膠着していた。マリアは自分に近い男の悪魔を倒すことばかり考えていたが、踏み込む度にスキュブスの攻撃に阻まれる。だがスキュブスは常にマリアから距離を取り、攻め入る隙がなかった。

(やっぱりあのスキュブスをなんとかしないと!)

 マリアはレイスウォードを一刀に戻し、剣を持った男の悪魔に猛攻をしかけた。男の悪魔は圧倒され、スキュブスの方へじりじりと下がった。そこへスキュブスの突風が飛んできた。その瞬間、マリアは消えた。

「!?」

 スキュブスからは男の悪魔が死角になり、マリアを見失った。

「サンドラ、横だ!」

 マリアは超高速移動で大きく迂回すると、スキュブスのサイドから攻め入った。

「はあああ───ッ!!」

 スキュブスが気付いた頃には、既にマリアは目の前にいた。スキュブスは体勢を整えられず、腹部を深く切り裂かれた。レイスウォードの光の力が、その傷口を焼き、おびただしい瘴気が一気に流れ出た。

「ぎゃああああ!!」

「サンドラ! …このアマぁぁッ!」

 男の悪魔はマリアに斬りかかった。マリアは悪魔の剣を弾き、大きく振りかぶった。と同時にマリアの瞳孔が赤く光り、レイスウォードが強く輝いた。

「くッ!!」

 悪魔はマリアの攻撃を剣で受けようとした。だがマリアの強烈な斬撃は、悪魔の剣を折り、悪魔を頭から縦に両断した。

「ぐえあぁ…」

 悪魔の肉体は左右に分かれ、倒れた。


「はぁっ、はぁっ…」

 マリアの消耗は極限に達していたが、激しく興奮した精神が彼女の体を突き動かした。マリアは魔王を睨むと、一直線に走り出した。

「たあああ───ッ!」

 レイスウォードを振り上げると、超高速移動で魔王の目の前に移動した。

 だが。


「…えっ!?」

 魔王と目が合った時、急に優司の意識を感じ、その動きは一瞬止まった。

「フン!!」

 魔王がカッと目を見開くと、目の前の空気が揺れた。マリアは攻撃体勢のまま、空中で動かなくなった。王の間に敷き詰められた床の石が、ぼこぼこと浮き上がっていく。その直後、マリアの体は何かに引っ張られるように、加速しながら王の間の入り口のほうへと飛ばされていった。そして、その場にいた精霊と悪魔達も、抗い難い引力によってマリアの後を追い飛ばされていった。そして敵味方の区別なく、王の間の入り口の壁に激しく叩きつけられた。


「こざかしい精霊共め…」

 魔王は玉座から腰を上げた。彼は全裸だったが、大きな白い布をマント代わりにしていた。

「それにしても我が勢力は不甲斐ない…。少し手助けしてやろう!」

 魔王の低い声が王の間に響いた。魔王が左手を前方にかざすと、その腕を中心に黒い瘴気が渦巻いた。そして黒い瘴気は無数の黒い槍となり、百メートルほど先の精霊達を突き刺し、壁にはりつけにした。精霊達の顔は苦痛に歪んだ。

「陛下…お手を煩わせて申し訳ありません」

 引力の拘束を解かれた悪魔達は態勢を整えた。既に四体の悪魔が倒されていたが、残った者は再生を始めた。


 鋼鉄の腕を持つ悪魔が拳を握り、ボキボキと指を鳴らした。

「へへ…ずいぶんとやってくれたじゃねえか」

 悪魔はグラディスの前に立ち、首を捻って筋を伸ばした。

「かわいがってやるぜ!」

 悪魔の腕が燃えるように輝き、グラディスの腹部にめり込んだ。ズン、という重く湿った音が響き、グラディスの背後の壁がひび割れた。

「ぐふっ!! …う…ぁ…」

 その攻撃はシルキーシェルによって幾分かダメージを軽減されたが、グラディスは体内が破壊され、息ができなくなるほどの苦痛を味わった。悪魔はグラディスの紫色の豊かな髪を掴むと、引っ張り上げた。そしてグラディスの顔に自分の顔を突き合わせた。

「へへ、いい顔してるぜ…。さっきまでの威勢はどうした? あ~」

 長い舌を出し、グラディスの頬をベロリと舐めた。

「…全然、効かんぞ…」

 グラディスは意気がってみせたが、その言葉には力がなかった。

「見上げた根性だ。じゃあ遠慮なくどんどん行くぜ!」

 悪魔は自分の掌に拳を打ちつけた。


 その傍らでは、目の血走った悪魔がブレンダめがけ黒紫の球体を撃ちまくっていた。球体はブレンダに当たるとバチバチと電撃を放ち、壁がひび割れていった。だが、ブレンダにはさほどダメージはないようだった。

「気持ちいいよ…。好きなだけ撃ってくれ」

 その言葉を聞くと、悪魔は狂ったようになおも球体を撃ちまくった。その攻撃を受けながら、ブレンダは傍らのグラディスが気になっていた。

(できれば変わってやりたいが…このサイコ野郎の攻撃を食らって平気なのは恐らくぼくだけだろう…。すまん、グラディス!)

 そして彼女は反対側で拘束されたアレシアを見た。


「ゲヘヘ…もう逃げられんぞ」

 ガタイの大きな男の悪魔は、下品に笑うとアレシアの腹部のシルキーシェルをやにわに掴み、引き裂こうとした。だがどんなに引っ張ろうと、シルキーシェルは柔軟に伸びるだけで切れなかった。男の悪魔は短気を起したように震えた。

「だああ! なんなんだこの布切れはあッ!!」

「ダズ、遊んでるんじゃないよ! どきな!」

 槍を持ったスキュブスは大男をたしなめた。そして、槍をちらつかせながらアレシアをしげしげと眺めた。

「ふん、ハンパな槍使いが…!」

「……」

 身動きの取れないアレシアは、スキュブスの槍の切っ先が自分に向けられると、底知れぬ恐ろしさを感じた。と同時に、敵を恐れる自分の不甲斐なさに失望した。彼女はふと、優司の言葉を思い出していた。

『ある人が本当に困ってて、誰かに助けてもらいたい、藁にもすがりたいって思った時に、誰かが手を差し伸べてくれたとしたら、もうそれだけでかなり救われると思うんだ』

(そうね。あなたの言うとおりかも知れないわ…優司)

 スキュブスは、槍の切っ先でアレシアの腹部を小突いた。そして時々グッと強く突き立てた。シルキーシェルの防御により、切っ先は刺さりはしなかったが、その度にアレシアは激しい緊張を強いられた。

「ふふ、どう? 怖いでしょ?」

「怖くなんか…怖くなんかないわ…」

 アレシアの声は小さかった。

「ははは! 何言ってるか全然聞こえないわ?!」

 スキュブスは高らかに笑った。

 アレシアはムキになり、声を張り上げた。

「あんたなんて怖くなんかないわ!」

「ああそうかい!」


 ズブリ。


「あぐっ…!」

 スキュブスは不意に、槍を強く突き刺した。シルキーシェルはそれを防ぐことができなかった。傷は体の奥まで達しているようで、焼けるように熱く、痛みは感じなかった。と思った次の瞬間、アレシアの視界は暗くなり、がくりとうなだれた。

「あら、たったこれだけで死んじゃったの?」

 大男がアレシアの髪を掴み、顔を近づけた。

「…いや、まだ生きてるな」

「なんだい。だらしないねえ」

 スキュブスは興が殺がれた。


 セレナはナイフのような爪を持つ悪魔にメッタ斬りにされていた。ある程度はプロテクターやシルキーシェルにより防がれたが、シルキーシェルが限界を迎えると、徐々に赤い筋が増えていった。その筋から血が滲みでて、やがて滴り落ちていった。

「くうっ…、ああっ…!」

 セレナはこらえきれずに呻き出した。

「ヒヒヒ…すぐに殺しはしねえよ。もっと苦しめ! イーッヒッヒッヒ…!」

 悪魔は耳まで裂けた口を開き、笑いながら斬り続けた。


 マリアはスキュブスの黒い霧のような煙を受け続けていた。霧がマリアの体に触れると、激しい電撃が彼女を襲い、シルキーシェルは裂け、至る所焼け焦げた。

「ぐあっ! ああーっ…!」

 その痛みに耐えかねマリアが失神しかけると、スキュブスは攻撃をやめた。

「フフフ、まだ眠る時間じゃないよ?」

 少し間を置くと、黒い霧の球を繰り出した。

「ああッ…、いやあ───ッ!」


(……)

 優司は暗闇の中で眠っていた。ぬるま湯の中に浸かっているように、体の感覚はなかった。何も考えることができず、ただ眠っていた。何も見えない、何も聞こえない。恐ろしいほどの孤独と息苦しさが、彼を襲っていた。だから彼は、ただ眠っていた。

 優司の肉体は魔王の体内に取り込まれ、形を為していなかった。彼の魂さえも魔王の中に幽閉されていた。

 だが、感じる肉体がないはずの優司の魂に、精霊達の苦しむ意識が流れ込んできた。最初は彼はそれを認識することができなかった。ひどく不快な感覚が、彼を締めつけた。

(いやだ…やめてくれ…)

 その不快な感覚が優司の記憶の断片に結び付くと、マリア、セレナ、そしてアレシアの苦しむ顔が浮かんだ。

(彼女達は…だれだ…? 大切な人達だった気がするけど…)

 優司はマリア達の名前を思い出せなかった。自分が誰かすらもわからなかった。ただ不快な感覚は、魂を蝕んでいった。

(いやだ…いやだいやだいやだいやだ…!!)

 優司は右も左も分からない暗闇をひたすら走った。実際には少しも移動していなかったかも知れない。ただ、その不快な感覚のするほうから遠ざかった。

 優司はふと、前方に淡い光が差し込む水面があるのを感じた。それを見ていると、彼の苦痛は不思議と和らいだ。

(ああ、良かった…。やっぱりここは落ち着くな…)

 優司はほっとすると、再び眠りについた。彼の魂を為す要素は、魔王の中で解体されつつあった。


 黒い槍により精霊達を拘束していた魔王は、上方からただならぬ気配が近付いてくることに気づいた。

「ほう、これは懐かしい気だ…」

 城の上空では、その気配の持ち主が同じように魔王を感じていた。その人物、偉大な精霊が手をかざすと、城の上部の石が円状に砂と化していった。その円は大きく深く広がり、偉大な精霊は城へと沈んでいく。

 やがて王の間の天井が崩れ出し、黄白色の光が差し込んだ。その光は偉大な精霊の体から発せられた光だった。

 魔王は精霊達の拘束を解き、その様子を窺った。偉大な精霊の姿を認めると、彼はニヤリと笑った。

 偉大な精霊は空中に静止した。


 悪魔達も固唾をのんで状況を窺っていた。

「う…」

 アレシアは意識を取り戻した。途端に腹部に激しい痛みが走った。シルキーシェルの防護機能により、傷口は圧迫止血されていた。痛みに耐えながら、アレシアは前方の神々しい光を見た。

「あ…れは…アウ…リエル様…?」


 魔王は不敵な笑みを浮かべながら、偉大な精霊を見上げた。低く大きな声が王の間に響いた。

「アウリエル…貴様を我が城に招待した覚えはないが」

 偉大な精霊、アウリエルは魔王を見下ろしている。四メートルはあるだろうか。魔王が小男に見えるほどだった。

「魔王アズラエル…またわたしに倒されるために復活したのか。愚かな…」

 アウリエルは静かに言った。その声は、若い男性の声だった。

「口だけは相変わらずだな…。貴様は気づかないのか? 我の中に既に鍵があることを」

「……」

 アウリエルは消え入るような優司の意識を感じ取っていた。優司の解放された力は、今は魔王の手中にあることも悟った。

「ちょうどいい。かつて俺を封印した貴様の首をデュナミスへの土産としよう」

 魔王はやや前にかがむと、内なる気を溜め始めた。ズ、ズズ…と低い振動音が発せられ、周囲が震えた。魔王の体は黒い瘴気に包まれた。魔王の周囲の床石が何かの圧力で潰れていく。

「おあああ!」

 魔王の体はアウリエル以上に巨大化した。

「体が大きければいいというわけではないが…。我にも体面というものがあるものでな」

 悪魔と精霊達は戦うことも忘れ、その光景に圧倒されていた。


 魔王はアウリエルの首に手を伸ばした。アウリエルは下がり、手から光る球体を発した。球体はみるみる巨大化した。

「…おもしろい」

 魔王も瘴気の球体を発した。二つの巨大なエネルギーの球体がぶつかると、せめぎ合いを始めた。光と闇の力は、その接触点で反応しながら激しい光を放った。

「ふうむ…!」

 アウリエルはなおも球体のエネルギーを強めた。その球体は王の間全体を包み込んだ。

 そして激しい光と轟音が響き、城の中央部は爆発した。王の間にいた面々は吹き飛ばされ、散り散りになった。

 魔王とアウリエルは空中に舞い上がっていった。周囲にいた精霊や有翼の悪魔達は、双方の大いなる力に圧倒され、場所を空けた。


「あいたた…」

 半ば廃墟と化した城の通路で、マリアは瓦礫を押しのけ立ち上がった。

「セレナ…? アレシア?! みんな、どこ!?」

「う…。ま…マリア…?」

 すぐ傍でセレナが立ち上がった。彼女は全身血まみれで、立つなり倒れそうなほどフラフラになっていたが、シルキーシェルの止血機能により血は止まっていた。

「アレシアってコはここだよ…」

 少し離れた所で、ブレンダがアレシアを瓦礫から引っ張り出した。アレシアは気を失っていた。

 ブレンダの声を聞き、グラディスも状態を起こした。

「くそっ…」

「やあ、グラディス! 無事だったかい。すごいことになったね」

「ああ…」

 だが無事だったのは精霊達だけではなかった。悪魔達も次々と立ち上がった。


 上空で大きな爆発音が響き、その振動が城の崩れかかった部分を破壊した。

 見上げたブレンダが、言葉を漏らした。

「凄まじいな、あれは…」

 グラディスは悪魔達を警戒していた。

「魔王は我々がどうにかできる相手ではない。我々は目の前の敵を倒すぞ」

「はい!」

 マリアとセレナが声を揃えた。

 だが、精霊達はいずれも満身創痍であった。

「セレナ、このコを頼むよ」

「あ、はい…」

 ブレンダは傷の深いセレナにアレシアを託した。

「キミ、マリア。キミはまだ行けそうだね。ちょっと手伝ってくれ」

「はい」

 マリアはあれだけダメージを受けていながら、回復が著しかった。

 回復が著しいのはマリアだけではなかった。

「わたしは黒い霧を出すヤツをやる」

 グラディスが前に出た。そして、瓦礫に埋もれていた大鎌を引き寄せた。

「相変わらずあの姉さんはタフだね…」

 ブレンダは瓦礫の中からレイスウォードを取り上げ、マリアに渡した。そして自分の得物を引き寄せた。

「いいかい、まずあのサイコを片付ける」

 ブレンダは黒紫の球体を発する男の悪魔がたいそう嫌いなようだった。


 ブレンダとマリアは前進し、ターゲットの注意を引いた。

「へへへ、姉ちゃん、オレがお気に入りかよ!」

 悪魔は黒紫の球体を次々と飛ばした。

「どっちかってゆーと、その逆!」

 ブレンダはそれをツインブレイズで弾いた。弾かれた球体はガタイの大きな悪魔に向かって行った。

「うおおっ?!」

 大男はそれを避けた。だが、ブレンダは球体を器用に大男に弾き返して行く。そしてついに、球体の一つが大男の腕に当たった。大男の腕は吹き飛んだ。

「ぐああ───ッ!」

「何やってんだい、ボルト!」

 槍を持ったスキュブスが怒り心頭に叫んだ。だが、その相手、ボルトは聞く耳を持たなかった。

「くそっ、くそっ、くそおおお!」

 その横にマリアが急速接近した。

「もうその辺にしたらッ!?」

「なあああああ!」

 マリアは二刀のレイスウォードでボルトの首と銅を切り裂いた。

「マリア、ナイスワーク!」

 ブレンダはついに厄介な粘着質の敵を、自ら手をくだすことなく仕留めた。


 一方、グラディスは黒い霧を飛ばすスキュブスに接近した。

「ちょこまかと…!」

 スキュブスの霧をグラディスは素早い動きでかわしていく。そして、ジャンプして数メートル上昇すると、大鎌をブーメランのようにスキュブスに投げた。その軌道は低く、スキュブスは横にかわした。だがかわした位置にグラディスが急接近していた。

「!?」

 スキュブスの体勢が整う前に、グラディスはスキュブスの足を掬った。

「くあッ!」

 グラディスは床に突き刺さった大鎌を拾うと、するどく回転した。起き上がったスキュブスが迫りくるグラディスに気づく頃には、大鎌は既にスキュブスの頭上に振り降ろされていた。

「はああっ!」

「ぎゃああっ…」

 スキュブスの悲鳴は長くは続かなかった。スキュブスの体は大鎌によって縦に切り裂かれたからだ。

 グラディスは二つの肉塊が床に倒れるのを見届けると、鋼鉄の腕を持つ悪魔を見据えた。


 ナイフのような爪を持つ悪魔、腕を吹き飛ばされた大きな悪魔、そして槍を携えたスキュブスはセレナとアレシアに迫っていた。セレナは圧縮魔弾を、先行する長い爪の悪魔の前方に撃った。

炸裂ブラスト!」

 床にたまった瓦礫が飛び散り、悪魔を襲った。

「ぐあっ!」

 その一瞬の隙に、超圧縮魔弾が悪魔の額にめり込んだ。悪魔は白目を剥いた。

業火インフェルノ!」

 悪魔は一瞬にして炎に包まれた。その凄まじい業火は後を追っていた悪魔達をひるませた。

「くそう、エッジをやりやがって…!」

 大男は大きな瓦礫を持ち上げると、セレナ達に投げた。

「!!」

 だが瓦礫はセレナ達の直上で一瞬止まり、明後日の方向に跳ね返った。

「あ、アレシア!」

 意識を取り戻したアレシアがイージスをかざしていたのだ。

「セレナ、ごめんね、迷惑掛けて…」

 そこへ、大男が突進してきた。セレナは魔神銃を撃つが、弾が命中しても大男はひるむ様子はない。魔弾を圧縮する余裕はなかった。

 大男が目の前に来た時、アレシアの槍が大男の喉元を貫いた。

「ぐえあ…」

 大男はバランスを失いながら、二人の方へ倒れ込んできた。アレシアがイージスでそれを受け止めた。セレナもイージスを支えた。大男はイージスにぶち当たると、ずるりと横に倒れた。

「ふう…めちゃくちゃなヤツね…」

 さすがのアイスブルーも肝を冷やした。


 槍を携えたスキュブスは、途中でブレンダに捉えられていた。ブレンダの槍捌きは、スキュブスのそれを圧倒した。

「つ、強い…!」

 ブレンダの猛攻に、スキュブスは防戦一方となった。表情には全く余裕がなく、脂汗を垂らした。

 ブレンダはさらに、力押しでスキュブスの槍を弾いていく。双刀の槍(ツインブレイズ)には、彼女の怒りが込められていた。

「はぁッ! てあッ! おあああッ!!」

 そしてついに、スキュブスの槍を弾き飛ばした。空中でくるくると回転した槍は、尻もちをついたスキュブスの股の間の床石に突き刺さった。

 ブレンダは、ツインブレイズの切っ先をスキュブスに突きつけた。

「さっき、金髪のコになんか言ってたよね。…ハンパな槍使い、だっけ?」

「く…」

 スキュブスはツインブレイズの刃先を凝視する。そして、徐々に視線を上げ、ブレンダを見た。

「拾いなよ。槍使いさん」

「なめるなあッ!」

 スキュブスは自分の槍を抜くと、ブレンダを突きまくった。ブレンダはそれらをツインブレイズで捌く。その動きは、先ほどとは対照的に冷静だった。スキュブスの攻撃はブレンダの最小の力でことごとくはずされた。

「くそおおッ!」

 ぶち切れたスキュブスは、ブレンダに突っ込んだ。ブレンダは突きだされた槍を片手で掴んだ。

「キミの実力はもうわかった」

 長い脚で、スキュブスの顎を蹴り上げた。

「あぐっ…!」

 スキュブスは上体を大きく反らしたが、二、三歩後ずさりしてこらえた。だが、その体を起こした時、ブレンダの声を聞いた。

「震えよ雷槌いかづち!」

 ブレンダから放たれたツインブレイズは閃光を発しながらスキュブスを貫いた。その瞬間、激しい電撃がスキュブスの全身を巡り、スキュブスは煙を出しながら、木偶人形ラグドールのように脱力して倒れた。


 ブレンダが槍のスキュブスと戦っている間、グラディスは鋼鉄の腕を持つ悪魔と戦っていた。彼女としては、メレルのように攻撃主体の敵の方が隙をつきやすかったが、その男の悪魔は、先の戦いによりその戦法が効かないと悟ったのか、あまり突っ込まずに防御、そしてカウンターを主体にしていた。元より鋼のような筋肉を持つ大柄な男の悪魔は、彼に比べれば華奢とも言えるグラディスの力を受け止めることができた。グラディスは体格のハンデを埋めるために大きな鎌を使っていたのだが、冷静かつ防御力とスピードを併せ持つその悪魔には効果を上げられず、彼女は苦戦した。

 大鎌の攻撃が弾かれると、グラディスは数歩飛び退いた。

(くっ。接近戦はカウンターを受け不利か…)

 グラディスは大鎌をやや小さくすると、顔の前に構えた。

「我が刃よ、風となりて彼の者を斬り裂け…」

 呟くように何かを唱えると、大鎌は白く光り、甲高い音を発した。

「はああッ!」

 グラディスはその場で大鎌を振るう。

 すると、鎌の形状の空気の塊が、男の悪魔を襲った。

「むおおッ?!」

 悪魔は腕を硬化させてガードしたが、脇腹はその強力な風圧により裂けた。

「なるほど、風の刃ってところか…」

 悪魔はニヤリと笑った。久々の強敵に打ち震えていた。

「けどな、オレには通用しねえぜ」

 悪魔はグラディスとの距離を詰めた。

「はああ───ッ!」

 グラディスは大鎌を二度、三度と振り、風の刃(ウィンドカッター)を飛ばした。

「よく見て使え!」

 悪魔は小さくジャンプしてその攻撃を避けると、着地際に鋼鉄の腕を床に叩きつけ、床石を破壊した。周囲に飛び散った破片の一部が、グラディスを襲う。

「くっ…!」

 グラディスは破片を鎌の刃で受け止めた。

 その隙に、悪魔はグラディスとの間合いを完全に詰めた。

「!!」

「うりゃ!」

 鋼鉄の拳が、グラディスの頭に叩きつけられた。グラディスは大きくバランスを崩した。

「せいっ!」

 間髪入れず放った悪魔の左の拳はグラディスの腹にめり込んだ。

「ぐふっ!」

「すおりゃ!」

 さらに右の拳がアッパーとなってグラディスの顎を打った。グラディスは空中に浮かぶと、数メートル飛ばされ、床に激突した。

「あーあ、綺麗な顔が台無しだな…」

 悪魔は歩いてグラディスに接近した。ダメージ著しい彼女は身動きが取れなかった。

「ほんじゃトドメを刺してやるぜ…」

「はああ───ッ!」

 マリアが背後から悪魔に斬りかかった。マリアはレイスウォードを二刀にし、怒涛の勢いで悪魔に攻め込んだ。

「な、なんだこいつは…!」

 悪魔はマリアのスピードに圧倒された。鋼鉄の腕でマリアのレイスウォードを受け止めるが、全ては防ぎ切れなかった。顔や脇腹に、幾筋かの傷を作っていく。

 だが、悪魔はレイスウォードを手で握り、受け止めた。

「!」

 マリアはもう一振りのレイスウォードで斬りかかったが、それは鋼鉄の腕で弾かれた。マリアの体勢が崩れた。

「ふんっ!」

 悪魔の鋼鉄の腕がしなり、マリアの顔を狙った。

 だが、その攻撃は大鎌の風の刃によって防がれた。

 マリアは飛びのいて、グラディスの前に立った。

 グラディスは肩で息をしていた。

「大丈夫?」

 マリアは彼女の身を気遣った。

 だがグラディスは鬼のような形相で悪魔を睨んでいた。

「マリア! 手を出すな!」

「協力した方が確実だわ!」

「へへ、仲間割れかよ」

 悪魔はゆっくりと近づいてくる。

「うるさい!」

 グラディスは突っ込んだ。

 だが彼女の大鎌は攻撃力を重視するため、いくら彼女のスピードが通常の精霊を凌駕すると言ってもマリアに比べれば鈍重に思えた。加えて彼女のダメージは彼女自身が感じているよりも大きかった。大鎌の攻撃は、悪魔に捌かれた。

「てめえの攻撃は効かねえつってんだよ!」

 悪魔の裏拳が、グラディスの頭に当たった。彼女は大きく体勢を崩した。

「その顔、ぶっ潰してやる!」

 悪魔の鋼鉄の腕のフックがグラディスの顔をめがけて放たれた。だが、マリアのレイスウォードが悪魔の肩の筋肉を切断し、そのフックは急速に威力を失い、彼は空振りした。

「むおっ?!」

 グラディスは小さく回転すると、大鎌を水平に振り、悪魔を真っ二つにした。

 瓦礫と化した王の間の悪魔は全て倒された。


「はあっ、はあっ…」

 さすがのグラディスもこの苦戦で、消耗が激しかった。

「凄い! やったわね…」

 マリアが駆け寄った。

「はああっ!」

 突如、グラディスの大鎌がマリアに振りかかった。

「!?」

 マリアは間一髪、レイスウォードでそれを受けた。

 険しい面持ちでマリアがグラディスを見ると、彼女は激しい形相でマリアを見ていた。

「…手を出すな、と言ったはずだ」

「なぜ…? 助け合うことがいけないことなの? …あなた達は敵? それとも味方?」

 グラディスは鎌を納め、振り向いた。

「…今は味方だ」

 グラディスは歩き出した。マリアは不安げな表情でその背中を見つめた。


 グラディスの歩く先に、そのやり取りを見ていたブレンダが立っていた。

「グラディス…」

 グラディスはブレンダの横に来ると、一時止まった。

「何も言うな」

 前を見据えたままそう言うと、また歩き出した。


 精霊達はお互いの無事と健闘を称えあった。だが、上空では周囲を震わす激しいぶつかり合いが続いていた。

 マリアは見上げた。魔王とアウリエルの姿は、崩れた天井から見ることはできなかった。

「優司…」

 彼女の顔は曇っていた。

「マリア…」

 アレシア、そしてセレナがそんなマリアに声をかけた。

 マリアは二人を見た。回復もままならないようで、これ以上の激しい戦闘は難しい様子だった。

「わたし、上に上がるわ。みんなもこれたら来て」

「マリア、急ぎ過ぎないで。あなたはいつも突っ込み過ぎる」

 セレナはマリアのことを心配していた。

「わかってる。でも…」

「アウリエル様がなんとかしてくださるわ。わたし達も動けるようになったら、行くから」

 アレシアの言葉に、マリアは小さく頷いた。


 マリアはウイングを広げると、二人を残し城を後にした。少し後から監視者達も続いた。

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