第二十一話 阻む者
(1)
マリア達は城の中に入った。二重になった両開きの扉の先は天井の高いホールになっていた。だがそのホールには一つ目の大きな鬼が数体待ち構えており、広いはずのホールは狭く感じられた。三人の脳裏に、先ほど苦しめられた恐怖が一瞬過った。
アレシアはうんざりしたように言った。
「この鬼、どんだけいるのかしら!」
「アレシア、言葉遣い…」
マリアは苦笑いを浮かべた。
しんがりを務めていたセレナは、突然立ち止ると魔銃を構えた。
「囲まれてなければ、おまえらなんて!」
圧縮魔弾を撃ち込み、ブラストで鬼の左腕を吹っ飛ばした。腕を失った鬼は大きな叫びを上げ、耐えかねるように悶えた。
「セレナ、相手にしないで進みましょ!」
「っふふ、さっきの腹いせ」
そう言ったセレナの顔には怪しい笑いが浮かんでいた。
「あ、あはは…」
二人はジト汗をかいて苦笑いした。
他の鬼達の意外に素早い攻撃が襲いかかったが、精霊達は難なくかわし、ホールを抜けた。
天井の高いアーチ状の通路を進んでいると、前方に有翼の赤い眼の集団が現れた。
「またガーゴイル…」
眉をひそめるマリアを、アレシアが勇気づけた。
「大丈夫よマリア、陣形を保って突き進みましょう!」
精霊達は瞬く間にガーゴイルに囲まれた。百体、いやそれ以上はいる。彼女らは、急斜面と同様の陣形を取った。
その光景は、砂糖に群がるアリのようであった。その砂糖となっている三人の精霊は、陣形を保ちながら城の奥へ向かい一点突破を図っていた。しかしその歩みは遅かった。
「ふん! くああっ!」
セレナは銃を握ったまま格闘を行っていた。一体のガーゴイルが突っ込んで来た時、彼女は銃口をガーゴイルの胸に押し当て、ゼロ距離から圧縮魔弾を撃ち込んだ。そのガーゴイルは勢いで倒れた。が、すぐに他のガーゴイル達が襲いかかってくる。
その後ろで、圧縮魔弾を撃ち込んだガーゴイルが立ち上がった。
「みんな、下がって!」
セレナはそう言うと、起き上がったガーゴイルに神銃を撃ち込んだ。ガーゴイルは全身を石化させ、それを防いだ。
「計算通り! 炸裂!」
石化したガーゴイルは爆発し、砕け吹き飛んだ石の破片が周囲のガーゴイルを道連れにした。
(すごいわ、セレナ…自分の武器を熟知してる)
アレシアは卓越したセレナの戦闘センスにただ驚いていた。
「あん、もう…やらしいやつ!」
声がする前方を見ると、マリアが石化するガーゴイルに苦戦していた。彼女の武器、レイスウォードでは、石化したガーゴイルにはせいぜい革一枚程度しか傷を付けることができない。
(みんなこんなに頑張ってるのに、わたしには有効な武器がない…)
アレシアは、光の矢を圧縮した雷撃の矢を握りしめた。
(こんなもの、今は役に立たない! …でも、セレナみたいにこれを圧縮できれば…?)
アレシアは複数の光の矢を出現させ、それらを雷撃の矢に圧縮し、さらにそれらを圧縮した。矢は光りながら一つにまとまると、長く伸びた。矢じりの部分は小剣の様に鋭くなり、全体としてそれは槍の形状になった。
「できた…。でもわたしに使えるの?」
前方のマリアが攻撃をすると、ガーゴイルは部分石化した。
「もう、またちまちまと…!」
その時、ガーゴイルの頭部に槍が突き刺さった。
「えっ!?」
ガーゴイルはその場に倒れた。その槍は、マリアの背後にいるアレシアが突いたものだった。
「アレシア、それどうしたの?」
「マリアやセレナみたいに武器を応用してみたの。…即席だからどこまで使えるかわからないけど、少しでも手伝えればと思って」
マリアは目を輝かせた。
「いいよ、それ! じゃあ、フォローお願い!」
「ええ!」
アレシアはイージスを縮小し、両手で槍を握った。
マリアとアレシアは即席コンビを組んだ。イージスの縮小により脆弱となった両脇は、マリアの小回りでカバーした。マリアが斬り付け石化防御したガーゴイルは、その戻り際、アレシアがしとめた。アレシアの攻撃を部分的に石化防御したガーゴイルは、マリアがその脚を切り落とした。ガーゴイル達は全身石化で防御を行い始め、大きな隙ができた。
「前、ガーゴイルが少なくなって来たわ!」
マリアの声に、アレシア、セレナの士気も上がる。
「あともうちょっと!」
「行け───ッ!」
道が開けた。三人はガーゴイルの集団をついに切り抜けた。残ったガーゴイルは追いかけてくるが、精霊達は徐々にその追跡を引き離し、城の奥へと進んで行った。
..*
城の周辺では、先遣隊の活躍により真っ黒な空の視界が徐々に開けつつあった。城外の先遣隊は、ガーゴイルや一つ目の鬼、牡牛の頭を持つミノタウルスのような怪物達と交戦していた。地上の魔物達の抵抗は激しく、状況は拮抗していた。
城門前の広場は先遣隊によりほぼ制圧されつつあった。二体のゴーレムには手を焼いていたが、くさびが打ち込まれ、そのくさびに強烈な電気が送られると、ゴーレムの石の体はガキン、とひび割れ、綺麗に割れた。解体されたゴーレムはもはや石の塊と化した。先遣隊は時の声を上げ、勢いを増した。
だが、そこにあの不気味なハム音が響き始めた。マリア達が接敵した情報はセレナを通じて先遣隊の将校には伝わっていたが、戦闘中の混乱にあって、末端には連絡が十分行き届いていなかった。しかしそれでも有翼の魔物が減ったおかげで、迫りくる空飛ぶ巨大ムカデの姿は十分視認できた。
巨大ムカデは真っ黒な口を開け、上空から城門前の広場に向かって突っ込んできた。
「回避───ッ!」
巨大ムカデは勢いをつけたまま、そこにいる者たちを根こそぎ食らおうと広場に落下した。広場の石畳に激突すると、石畳やゴーレムだった石のオブジェ、別のムカデの残骸、魔物の死骸を派手に吹き飛ばしながら数十メートル滑り、城門前で止まった。周囲は騒然となった。
巨大なムカデはそのまま動かなかった。
「この魔物は一体…?」
無謀な攻撃をしかけてきた魔物の末路を見て、精霊達は不思議に思った。しかし、魔物がただそこに突っ込んできたわけではないことは、魔物の体内で何かが蠢いていることで察知できた。
にわかに、ムカデの背中がバリバリと音を立て裂け始めた。
「気を付けろ、何か…!」
巨大ムカデの中から、巨大な白い半透明のエビのようなものがせり出してきた。それは反りかえると、折りたたまれた翅を広げ始めた。
「これは…蛾か?」
新たな魔物の体は急速に褐色に染まり始めた。翅にはたっぷりの鱗粉が湛えられていた。精霊達はその三十メートルはあろうかという巨大な蛾の魔物に攻撃を始めたが、有効なダメージは与えられなかった。蛾の魔物は数は少なくなったとはいえ、二十本ほどの足をわさわさと動かしながら、広場を歩き始めた。足は細いが、直径はドラム缶ほどの太さになる。踏まれてはたまらないと、精霊達は空中に退避し、上空から攻撃を続けた。
魔物はゆっくりと翅を羽ばたき始めた。その風圧はすさまじく、地上に残った精霊やガーゴイルの死骸を吹き飛ばした。やがてその速度が十分高まると、魔物は空中に浮かび始めた。
蛾の魔物は城の上空を徘徊した。魔物が撒き散らす鱗粉は、毒の瘴気となって地上に降り注がれた。その瘴気は、元はと言えばムカデの餌食となった魔物達から吸収したものだ。魔物達には全く影響はなかったが、精霊達はその瘴気を浴び、苦しみ出した。
地上では小悪鬼達の姿が見えなくなっていたが、森の中で短時間のうちに激しい食物連鎖と淘汰が行われ、ヒエラルキーの上位層の悪魔達が出現し始めていた。
魔界での戦いは混迷の局面に入りつつあった。
(2)
いくつかの部屋、いくつかの通路を抜けると、精霊達は少し広い部屋にたどり着いた。天井はかなり高く、上方の壁が小さくくり抜かれおり、わずかながらも外部の光が入っていた。精霊達はその場に止まった。前方に、ただならぬ気配を感じたためだ。
前方の暗闇から、カツ、カツとピンヒールの歩く音が聞こえる。その音が近付くと、姿が確認できた。
先頭に立つマリアの顔が険しくなった。
「おまえは、あの時の…!」
「おーや、使えない精霊達がお揃いで」
それは、扇情的な肉体を持つスキュブス、メレルだった。魔力を湛えた彼女の胸は、破れるのではないかと思うほど張っており、彼女が動くたびにぶるんぶるんと揺れた。
メレルは不敵な笑いを浮かべている。
「優司はどこ!? 彼を返して!」
「ああ、優司…。ん~ん、それはだめね」
メレルは人差し指を立て、チッチッと左右に振った。
「あのコの魔力はピュアで強烈。それに女の悦ばせ方もずいぶんうまくなったわ。ああ、思い出しただけで体がうずいてきちゃう…」
色気のある声でそう言うと、自分の胸を撫で回し、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。
「そこをどきなさい!」
アレシアは弓を引いた。
「血の気の多い精霊共ね。…尤も、わたしも人のコト言えないけど」
メレルは自分の胸の先端からほとばしった魔力を指で掬い、舐めた。
「…いいわよ。戦いたくてウズウズしてたんだもの。相手になってあげるわ」
メレルが身構えると、彼女の体から瘴気が立ち上がった。
アレシアは光の矢を放った。だがそれは高速で飛ぶ小さな小石によって、軌道を捻じ曲げられた。
「?!」
部屋の床が小さく振動を始めた。床に敷き詰められた石がピシピシと音を立て、ひび割れていく。それによって生じた石のかけらがガタガタと揺れたかと思うと、物凄い加速で三人に襲いかかった。
床や壁の大小の玉石がはずれ次々と空中に浮かび上がると、三人を取り囲んで回転を始めた。
動けない精霊達を、メレルは余裕の表情で眺めた。
「あんまりやり過ぎると城が壊れちゃうんだけどね…。そうだわ、ちょっとあなた達の動きを遅くしちゃいましょう」
メレルの目が赤く光った。その途端、三人の精霊は体がだるくなる感覚に襲われた。
「なに…?!」
アレシアは崩れそうになる体を必死に支えた。彼女の足は震えている。
「こ、これは…重力が?」
華奢なセレナにはなおさら負荷が高かった。
赤い目のメレルは笑みを浮かべている。
「三人いっぺんだと難しいんだけどね。まあ、なんとかなるでしょう」
精霊達の周囲を回る石が、次々とその中心に向かっていった。
「うわ───ッ!」
思うように動けない三人は、あらゆる方向から石の礫を食らった。そのダメージと体にかかる異常な力により、彼女達はがくりと膝をついた。
「こ、この…!」
セレナがメレルに魔神銃を撃った。だが高速に飛ぶ弾丸すらも、小さな小石で簡単に軌道を反らされてしまった。
「おっと危ない…。いけない子ね!」
メレルは指をパチンと鳴らした。
セレナの立つ床に敷かれた大きな石がガクンと下がり、別の床石がせり上がり、サンドイッチを作るかのようにセレナを押し潰した。
「ぐはっ!!」
「セレナ! …この───ッ!!」
マリアは超高速移動でメレルに迫った。だがその速度には陰りがみられた。
「トロいわね」
メレルは再び指を鳴らした。
マリアの足元の床がにわかに浮き上がり、彼女はバランスを崩した。
「うわわッ!」
「マリア、上ッ!」
アレシアの声に、マリアは見上げた。
「!!」
その頭上に、天井から岩が落ちてきた。マリアはウィングを広げ間一髪その場を脱出した。
アレシアがその隙に光の矢を穿った。メレルはそれを手で受け止める。彼女の反応速度は驚くべきだった。光の矢を掴んだ彼女の手が焼けた。
「おっと…ちょっと厄介ね」
そのやり取りの間に、メレルの横に回ったマリアが急接近した。
「うおおおお───ッ!!」
メレルがマリアに向け手をかざすと、マリアは強力な重力で床に叩き落とされた。勢いがついたままの彼女は床に顔を打ちつけ、そのまま数メートル滑った。
「あああッ」
「くっ…マリア!」
アレシアは再び光の矢を放った。
「いい気になるんじゃないよ!」
メレルはそれを避け、両手に光の球を発生させた。それを前方に突き出すと、球は竜巻のように渦状に光を広げながらアレシアに襲いかかった。
「くっ!!」
アレシアはイージスで防御した。だがその力は凄まじく、彼女は吹き飛ばされて後方の壁に叩きつけられた。
メレルは片手をマリアの方へかざすと、床に倒れた彼女を宙に浮かせた。
「は、離せえ~ッ!」
「小うるさいガキだねぇ」
セレナは自分の上に乗った岩を打ち砕いた。そして瓦礫を押しのけて立ち上がった。頭からは血が流れていた。プロテクター以外の部位にもかなりのダメージを負っていた。
セレナを認めたメレルは、片手でマリアを浮かせたまま、もう片方の手で数個の大きな石をセレナに飛ばした。彼女は全身の痛みに耐え、フラフラになりながらもそれらを一発ずつ吹き飛ばした。
「おもしろい芸ね…これも撃てるかしら?」
「え? え?」
メレルはマリアをセレナに飛ばした。マリアは急激に加速を付けた。
「きゃあッ!!」
マリアはセレナに激しくぶつかると、そのままセレナと共に飛ばされ、床に落下してなおごろごろと転がっていった。
壁にめり込んだアレシアが体勢を立て直そうとすると、大きな石が頭に飛ばされた。
精霊達が立ち上がる度に大小さまざまな石が飛ばされ、彼女達は元来た入口のある壁にまで追いやられた。
「あーあ、部屋がめちゃめちゃだわ…。わたしがやっちゃったんだけど」
そうしているうちに、精霊達を追いかけてきたガーゴイル達が姿を現した。
「ちょうどいい。貴様ら、手を貸せ」
ガーゴイル達は精霊を拘束した。
メレルは部屋の中央で、三人の精霊にかわるがわる石をぶち当てた。頭、腹、顔…。
精霊達は血を流した。ダメージは極限に達し、気を失いかけたが、それでもなお石が飛んできた。
「オーホッホッホ…。さて、誰が最初にネを上げるかしら…?」
..*
城の外の先遣隊の統制は乱れていた。巨大な蛾はなおも飛び回り、毒の瘴気を振り撒き続けていた。
森の奥からは、大型の魔物が次々と出現した。巨大な蜘蛛の魔物は八本の足を使いいち早く丘を登りつめ、地上で苦しむ精霊を見つけると、その身に食指の先のするどい爪を突き立てた。
「うぎゃああああ!」
蜘蛛の魔物はしとめた獲物を、勝ち誇るかのように頭上に掲げた。その傷ついた獲物を、さそりのような魔物が尻尾のかぎ針を突き刺して奪った。二匹の魔物は獲物をめぐって争いを始めた。体中串刺しになりボロボロになった精霊は投げ出され、地上に叩きつけられた。そこへ中型の魔物達が群がり、それぞれに精霊をむさぼり出した。息のある精霊はあまりの痛みに耐えかね、肉体を放棄した。彼女の体はがくりと脱力した。魔物達が彼女の肉体を貪ると、彼女の胸の奥から、ソフトボールほどの小さな白い球体が露出した。それは精霊の魂を守る中枢殻だった。中枢殻が拾い上げられると魔物達は取り合いを始めた。その中には、彼らの心の乾きを潤す甘美なる乙女の魂が眠っているのだ。
同様の光景は、城の周辺のあちこちで見られた。まさに惨憺たる光景だった。
「くっ…みんな…!」
飛び回る蛾の魔物に対する有効な攻撃はなく、瘴気の攻撃を免れた上空の精霊達は次々とやられていく仲間達を見て絶望感に包まれた。
その時、はるか上空に二つの円陣が現れ、それぞれ精霊が飛び出してきた。二人の精霊は、戦闘殻を身につけている。一人は艶やかな紫色のウェーブのかかった豊かな髪を湛え、切れ長の目を持ち美しく整った顔をしていた。その瞳はセレナの戦闘時のように、燃えるような赤い色をしていた。もう一人は深い緑色のショートヘアで、整った顔立ちは一見美少年のようにも見える。瞳の色は宝石のように澄んだトパーズブルーであった。細い一文字の眉が何物にも屈しない強い意思を持つことを表していた。
二人は急降下で蛾の魔物に接近していく。紫色の髪の精霊が、もう一人に声をかけた。
「ブレンダ、わたしはあのデカブツをやる。貴様は地上を」
緑色の髪の精霊、ブレンダは苦々しく笑った。
「またかい? おいしいところはいつも君が持っていくね、グラディス」
ブレンダは相方と別れると、なおも加速して地上へ向かった。
「さて、軽く始末するか…」
残された紫色の髪の美女、グラディスの右手が光ると、長い柄が出現した。それはぐんぐん伸び、片側の先端は巨大な鎌の刃となった。
グラディスはそれを両手で持つと、飛び回る蛾の頭上めがけ振り下ろした。
「滅せよ!」
ザン!
巨大な鎌の刃は、白く光を放つと蛾の頭を胴体から一瞬にして切断した。制御を失った胴体はふらふらと空中を彷徨い始めた。反転したグラディスは再び鎌を構えると、鎌の刃が光り輝き、蛾の胴体を縦に真っ二つにした。恐ろしいほどの切れ味だった。
離れ離れになった二枚の翅は、胴体という重りによって地上に落ちていった。
「……」
それを見届けると、グラディスは地上の様子に目をやった。地上もあらかたカタがついているようだった。
その数秒前。緑色の髪の君、ブレンダは落下しながら右手に短い柄の両方に長い刃のついた、双刀の槍を出現させた。それを構えると、巨大な蜘蛛に狙いを定めた。
「震えよ雷槌!」
ツインブレイズは雷が落ちるような閃光を発しながら、蜘蛛の体を貫いた。その瞬間、激しい電撃により蜘蛛の体は焼け焦げ、動きが止まった。ブレンダは長い鞭の先端を伸ばし、ツインブレイズに絡めた。そして地上に着地すると、ロッドを引き寄せた。ツインブレイズは引き寄せられながら、周囲の大型の魔物を次々に斬り付けた。さらにそのロッドを振りまわすと、ツインブレイズはブレンダを中心に円運動を始め、ブレンダの周囲の魔物の体を切断した。
ツインブレイズを再び手に持ったブレンダは、地上を蹴るとマリアにも迫るほどの速度で一瞬にして精霊の体を貪る魔物達に近づき、魔物が立ち上がるスキも与えずにその首を斬り飛ばした。そして彼女は、一体の魔物の手から宙に放り出された精霊の中枢殻をキャッチした。
ブレンダはその真珠のように輝く可憐な球体を見つめ、寂しげな表情になった。
「…あんたもここで死ねたら、まだ幸せだったかもね…」
近くにいた精霊が茫然としているのを見つけると、中枢殻を手渡した。
「仲間を大切にな!」
そこをウイングを広げたグラディスが通り過ぎ、ブレンダを抱えて飛んでいった。
「…なんだよグラディス、人が感慨に耽ってたっていうのに」
「中に巨大な邪気を感じる。魔王とは違う気だ」
「魔王…クラヴィスはやつの手に渡ったのかい?」
「わからないが、最悪の場合は…わかっているな?」
その言葉を聞いたブレンダは一瞬、いたたまれない顔をした。
「ああ…。その前に、噂の精霊達に会いに行こうじゃないか」
ブレンダはグラディスから離れると、自力で飛行を始めた。
二人は加速しながら、主戦場を突っ切って城内に消えて行った。
..*
城の中では、メレルの拷問が続いていた。三人の精霊は体中傷だらけで、ボロボロになっていた。もう誰も声すら上げられない状態だった。
「なかなかしぶといわね…つまらないわ」
メレルは両手を前に突き出し、光の球を作り始めた。
「もう飽きたから、ひと思いにやってあげる」
光の球は低い唸りを上げ周囲の空気を震わせながら、巨大化を続けていく。そしてとても避けられそうにないほど膨れ上がった。精霊達の周辺にいるガーゴイル達が、それをみてうろたえ始めた。
「じゃあね」
メレルはそれを放った。が、巨大な光球は精霊達に当たるだろう距離まで移動すると、宙に浮いたまま静止した。そして、光球は何かの力で押し返された。
「な…!?」
メレルは自らが放った巨大な光球に飲み込まれた。光球は奥の壁にぶち当たると、大爆発を起こした。
部屋はボロボロになった。瓦礫と化した奥の壁の前に、焼けただれたメレルがなんとか立っていた。
精霊達の前には、紫色の髪の美女、グラディスが大鎌をかざし立ちはだかっていた。
「あぶないじゃないか…」
その後方では、ブレンダがガーゴイル達を一瞬で倒していた。そして、解放されその場に崩れた三人の精霊を見た。
「あーあ、痛々しいな、君達…」
立ちすくむメレルが、肩を震わせた。
「ふ…ふ…」
メレルは物凄いスピードで再生していった。そして、元の美しい姿に戻った。全裸となった彼女は、後ろ髪をかき上げ黒い革のリボンで縛りながら、再び新品の革のボンデージを出現させ身にまとった。どうやらその最小限の革の衣装は、彼女なりに気に入っているようだ。
「貴様らも精霊か…おもしろいじゃないか」
メレルは不敵な笑いを浮かべた。
「……」
メレルを見据えるグラディスは無表情だった。
「あ、あなた達は…?」
「君は…マリアだね?」
半身起き上がったマリアに、ブレンダが声をかけた。
「マリア、彼女達は…」
起き上がったセレナの言葉に、アレシアが続いた。
「監視者…!」
「へえ、よく知ってるんだね…」
ブレンダはアレシアを見て感心したようだった。尤も、監視者の存在は精霊達が知らぬはずはない。ただ一人を除いては。
「ぼくはブレンダ。あっちのクールなお姉ちゃんはグラディス。よろしく」
「ブレンダさん、助けてくれてありがとう。…監視者って?」
恐らくただ一人その存在を知らぬ精霊、マリアの顔は無邪気だった。
「…君は不勉強だな。まあ、清く正しい精霊なんだろうね」
「ブレンダ、おしゃべりは後だ!」
前方から無数の瓦礫が飛んできた。グラディスはそれらをなんなく避けた。
ブレンダはマリア達の前でツインブレイズを高速に回し、瓦礫をを跳ね除けた。
暗闇の先で光が輝くと、強烈に輝く光球がグラディスを襲った。彼女はそれを鎌で跳ね除けた。飛ばされた光球は上方の壁にぶち当たり爆発した。壁は大きく崩れ、赤い光が差し込んだ。
だが、グラディスはメレルの重力に捕まり、自由に身動きが取れなくなった。それでも彼女はしっかりと立っていた。
腕組みをするブレンダが、グラディスに声をかけた。
「助けはいるかい?」
「…まだいい」
ブレンダは肩をすくめた。そしてやや小声で言う。
「あの姉さん、怒ると手が付けられなくなるからね…泣きついてくるまで放っとこう」
「……」
三人の精霊は声も出なかった。
「ふぅあああああッ!」
グラディスは前方に鎌を飛ばした。メレルは大きな瓦礫の塊を飛ばし防いだが、鎌はそれを破壊しなおもメレルに向かった。
「く!」
メレルは重力を操り、目の前で鎌を止めた。グラディスの拘束が弱まると、彼女は瞬時にメレルとの間合いを詰め、その勢いのままメレルの腹部に飛び蹴りを食らわせた。
「ぐわ…ッ!」
メレルは飛ばされながらも体勢を整え、床に着地した。そしてグラディス目がけ、巨大な岩を飛ばす。鎌を手にしたグラディスは、鎌で岩を真っ二つに割った。そして、次々と飛んでくる岩を鎌の刃で跳ね除けながら、歩いて距離を詰めていった。
「こいつ…!」
メレルの顔には焦りが滲んでいた。メレルが飛ばしたやや小さな岩を、グラディスは鎌で撃ち返した。岩はメレルの下顎に直撃し、ゴツッとにぶい音がした。
「ぐふあっ……」
その光景を見ていた三人の精霊はあっけに取られていた。
「つ、強い……」
セレナがため息のように漏らした。
「監視者って、何?」
マリアはアレシアの顔を見た。
「監視者は…アークエンジェルズに匹敵する力を持ちながら、あまりにも邪悪な力のため、アークエンジェルズになれない精霊…。特別な任務を受けて独自に行動してるの」
アレシアの言葉に、セレナが続いた。
「その主な任務は、不穏な動きをする精霊の調査、あるいは排除…」
「そ、そんな人達がなんでここに?」
マリアがブレンダを見ると、他の二人も彼女を見た。
「や、やだなあ、そんな悪者みたいに。ぼくらは味方だよ?」
「ふ…ふふ…あーっはっはっは…! すごい…すごいわ…」
メレルは狂ったような表情で笑い声を上げた。彼女の顔は冷静さを取り戻した。しかしその目は、目の前の強敵との出会いを喜ぶかのようにギラついていた。
「肝を冷やしたよ…もう全力で行くしかないね」
メレルは首を鳴らした。そして拳を握りしめ、気を練り始めた。
「ふうう…ぅうあああああ!!」
メレルの目が怪しく光ると、留めてあった後ろ髪が外れ、髪が逆立った。全身の筋肉は膨張し、滑らかな褐色の肌はどす黒く染まり、全身の血管が刺青のように醜く浮かび上がった。指の爪は長く鋭く伸び、一本一本が鋭利な刃物のようになった。瞳は黄色くなり、瞳孔は収縮して爬虫類のように縦長になった。口は大きくさけ、八重歯はキバのように鋭く伸びた。
「グルルル…」
メレルは獣のような唸りを上げた。
グラディスは冷ややかな視線で変貌を遂げたスキュブスを見た。
「醜いな…所詮は魔物か」
「ほざけ!」
床の石が次々に浮かび上がると、一斉にグラディスを襲った。グラディスはそれを避けながら後退し、精霊達に近づいた。
「出番かな?」
「ああ…ちょっと手を焼きそうだ」
ブレンダの問いかけに、グラディスは前を見据えたまま答えた。そして後ろを向くと、三人の精霊を見た。
「貴様らも動けるなら手伝え」
「うん、わかった!」
マリアが頷きながら答えた。彼女は既に動けるほどに回復していた。
他の精霊達も、体の痛みはひどいがなんとかいける状態にまで回復した。
精霊達は襲いかかる石を避けながら前進した。
「うおおおお───ッ!」
マリアは一人、突っ込んでいく。大きな岩を超高速移動で避けると、そのままメレルに急接近した。
「小娘があッ!!」
マリアは突如大きな力で天井まで飛ばされた。
「つあッ!?」
天井の石にひびが入り、パラパラとかけらが落ちた。さらに強力な重力で加速を付けながら落下し、床に激しく叩きつけられた。床石は崩れ、マリアはできた瓦礫に埋もれた。
「あッ! あれは痛い…」
ブレンダは痛々しい顔をして片手で目を覆う。
「何やってんだか…」
セレナは情けない仲間を見て、顔を赤くした。
「先行する。隙を見てやつを撃て」
グラディスはそう言ってメレルに突っ込んでいった。ブレンダも後に続いた。
「ふおおおっ!」
グラディス、そしてブレンダはメレルに攻撃を加えた。メレルは二人の攻撃をするどい爪で受け止めた。
セレナとアレシアは散り、隙を見てそれぞれの飛び道具で十字砲火で監視者を支援した。メレルはアレシアの光の矢を食らったが、傷口は驚くべき速度で回復した。
「こざかしいッ!」
「うわっ!?」
アレシアは強力な力で後方へと飛ばされた。
セレナの魔神銃の攻撃は、メレルの爪で跳ね返された。無数の岩が飛び、セレナを襲った。彼女は一発をまともに食らい、仰向けに倒れた。
「てあああっ!」
グラディスはメレルの隙に斬り込んだ。が、鎌の刃があともう少しでメレルを跳ねるというところで、目の前で急速に大きくなる光の球を見てその攻撃を止めざるを得なかった。
「ぐっ!」
光の球の爆風で、グラディスは大きく後退することとなった。
「グラディス! …なるほど、これは手を焼くね」
ブレンダは冷や汗を垂らした。彼女はツインブレイズの間合いでメレルと対した。彼女は全身を鞭のようにしならせながら、ツインブレイズの双方の刃で絶え間なく攻撃を繰り出していく。彼女が押し、メレルに突っ込むと、グラディス同様に光の球の返り討ちにあった。ブレンダは反射的にそれを避けたが、まさに間一髪だった。
「っとと、あぶない…! 突っ込み過ぎるとやばいね」
(すごい…槍にはあんな戦い方があるんだわ)
アレシアは、形状は異なるがブレンダの流れる様な槍捌きに目を見張った。だが、支援していたことを思い出し、今は弓を引いた。
ブレンダとメレルの戦いは拮抗した。が、ブレンダのツインブレイズがメレルの爪に引っ掛かった。メレルはニヤリと笑った。
「吹き飛べ」
突如膨張する光の球。ブレンダはツインブレイズを手放し、まるで体操選手のような驚異的なタンブリングでそれを避けた。だが着地した瞬間、強力な力で吹き飛ばされた。
その隙に、起き上がったセレナは超圧縮魔弾を撃ち込んだ。魔弾はメレルの腕に食い込んだ。
「業火!」
メレルの腕から、超高温の炎が上がった。だが、メレルはするどい爪で燃える自分の腕を斬り落とした。
「小娘があっ!」
メレルは傍らに落ちていたブレンダのツインブレイズをセレナに飛ばした。セレナはそれをかわした。
「!!」
しかし突如床から巨大な石がせり上がり、彼女は避ける間もなく壁との間に挟まれた。
「ぅあ……」
セレナは挟まった状態で気を失った。
メレルの腕は、数十秒で復元を終えた。その回復力は、精霊からすればとても考えられない速さだった。
メレルが回復している隙に距離を詰めたグラディスは鎌を振った。メレルは無事な腕の爪で、それを受けた。
一瞬、二人の動きが止まった。
「貴様の間合いではないぞ」
メレルは掌から小さな光の球をいくつも撃ち出した。それらをまともに食らったグラディスは、ダメージを受け吹き飛んだ。
「ぐあああっ!」
倒れた彼女の足に間髪入れず大きな岩がのしかかり、グラディスは身動きが取れなくなった。彼女は苦痛に悶えた。
「しつこいやつだ…だがこれで終わりだ」
メレルは光の球を発生させた。
「死ねぇ!」
そこへ、光の矢が飛んできた。メレルは咄嗟に攻撃を中断し、それを避けた。
「たあああ───ッ!」
アレシアは槍で突っ込んだ。だがその攻撃はメレルに見切られ、アレシアはたやすく槍を奪われた。メレルは槍を折った。
「じゃまだ!」
アレシアは強力な力で、壁まで突き飛ばされた。
「あああっ…!」
全身を強く打ったアレシアは、その場に倒れた。
メレルは振り返ると、再びグラディスを見た。
「まったく…いい仲間を持ったものだな!」
メレルは再び光の球を発生させた。
「ぐふっ!?」
突如、メレルの腹部に光り輝く剣が突き出た。彼女の背後には頭から血を流したマリアがいた。マリアが突き刺したレイスウォードが、メレルを貫通していた。
「えへへ…。名付けて肉を断たせて骨を斬る作戦!」
マリアの諺の誤りはともかく、メレルの傷口は光の力で焼け焦げていた。だが、メレルはゆっくりと後ろを向いた。
「ぐ…こんなもので…やったと思うなよ!!」
「うそ…!?」
マリアは強力な力で、奥の壁まで吹き飛ばされた。既に作られた瓦礫が派手に飛び、砂煙をあげた。
メレルが振り向くと、そこには鎌を構えたグラディスが立っていた。
「なに?!」
メレルは鎌を掌で受け止めた。メレルの腕は深く裂けた。腕はその傍から回復を始めた。しかし、その速度が今までとは異なり、著しく遅かった。レイスウォードが刺さった体からは、魔力の瘴気が吹き出ていた。メレルの顔は苦痛に歪んだ。
「ふぐううう!」
「ブレンダ!」
グラディスは、メレルに鎌を押し当てたまま上を見上げ叫んだ。
メレルも上空を見上げた。
「震えよ雷槌!」
ブレンダの放ったツインブレイズは雷が落ちる様な閃光を発しながらメレルの頭部を貫いた。次の瞬間、メレルの全身に激しい電撃が走った。
「ぐふああっ!」
メレルは全身から煙を出した。
着地したブレンダは、飛び上がりながらツインブレイズを引き抜いた。
「グラディス、仕上げ!」
「おおおおっ!」
グラディスの鎌が光り輝き、メレルの首をはねた。切断面は光の力で焼けた。
「闇に滅せよ!」
メレルの体は青白い炎に包まれた。彼女に刺さっていたレイスウォードが、からんと音を立てて落ちた。
..*
ひとまず戦いを終えた精霊達が、体を引きずりながら集まった。
「やれやれ…たまげたね」
「ああ…精霊五人がかりでかろうじてとはな」
さすがの監視者も、メレルの恐るべき力に肝を冷やしたようだった。
「ま、最後は余裕だったんじゃない?」
「ブレンダ…貴様の楽天主義にはついていけん」
「いたたた…体いくつあっても足りないわ」
頭を押さえながら歩いてきたマリアは、レイスウォードを拾った。
少し離れた所で、壁際の大きな岩が討ち抜かれ、崩れた。
「痛ぅ…」
セレナは銃を持った腕をだらりと下げると、仲間達を見た。
セレナを見たグラディスの目は冷ややかだった。
「二挺拳銃のセレナ…そして光の剣のマリアか。かなり腕の立つ精霊だと聞いたが…大したことないな」
「ま、まあまあ。よくやったよ、みんな」
ブレンダはマリアの肩に手を置いた。
そこへ意識を取り戻したアレシアがよろよろと近づいてきた。
「す、すみません。大してお役に立てなくて…」
「貴様は…?」
「アレシアです」
「アレシア? 確か神の楯を使うと聞いたが…大して役に立っていないようだな」
「ま、またそんなことを。グラディス、さっき危ないとこ助けてもらったじゃないか」
確かにグラディスの窮地を救ったのはアレシアの光の矢だった。
「…ふん」
グラディスは崩れた壁の奥の暗がりで鈍く光る扉に目をやった。
「あの先…魔王だな」
アレシアは頷いた。
「ええ、すごく弱いけど、優司の意識も感じるわ」
「ついにここまで来たのね」
ぐっと踏み出すマリアを、グラディスが押さえた。
「待て。…今の貴様達ではムリだ。まもなく本隊の権天使が到着する。我々は退避しよう」
「え? でも…」
その時アレシアが震える声で叫んだ。
「だめ…優司の意識がどんどん小さくなってる!」
「くっ…!」
セレナは唇を噛みしめた。マリアが声を上げる。
「行こう、みんな!」
「待てと言っている」
グラディスはマリアの腕を掴んだ。
「離して! 優司が魔王のものになったら、ここに来た意味がないわ!」
悲壮感の漂うマリアに対し、グラディスの顔は冷静なままだった。
「その時は魔王ごと倒す」
「…あ、あなた何言ってるの?!」
セレナがマリアの肩を掴んだ。
「マリア、もういい」
セレナは監視者を見た。その目つきは冷ややかであった。
「ブレンダと…グラディス。わたし達の使命は、優司を守ること。それができなかった時は、優司ごと魔王を倒すのもしかたないわ」
「セレナ、あなた…!?」
セレナは目でマリアを制止した。彼女は続けた。
「でもこの目で確かめるまでは諦めない。この体で感じるまでは諦めない。わたし達がどうなってもあなた達には大した問題じゃないでしょ? どうせ役に立たないんだし」
「セレナ…」
セレナの決意を知ったマリアは胸が熱くなった。その思いは、自分も同じだった。
「……」
グラディスは黙っていた。
アレシアはセレナの横に立ち、彼女の肩に手を添えた。セレナはアレシアを見た。アレシアは深く頷く。彼女も、思いを一にする一人だった。
セレナも頷くと、再びグラディスを見た。
「だからわたし達のことは放っておいて。お願い」
三人は監視者を見つめた。
だまっていたグラディスが口を開いた。
「いいだろう。好きにするがいい」
「…ありがとう」
「良かった!」
マリアは二人に抱きついた。三人は固く抱き合った。
セレナは魔王との戦いを前に、楽天的な考えは持っていなかった。
「これが最後かも知れないけど…」
セレナの諦めとも思える言葉にはアレシアも同じ思いを持っていたが、彼女はそれを言葉で否定した。
「ううん。わたし達ならきっとやれるわ!」
「行こう、優司の所へ!」
マリアはただ、前に進むことだけを考えていた。
三人は頷き、歩き始めた。体中傷だらけだったが、足取りはしっかりしていた。
二人の監視者は、遠ざかる三人の背中を見つめた。
「やれやれ、君に似て頑固なコ達だね、グラディス」
「一言余計だ」
グラディスは不機嫌な顔をする。
ブレンダは優しげな笑みを浮かべた。
「でもいいよね、彼女達。羨ましいよ…」
グラディスの口元にもわずかながら笑みが浮かんだようだった。
「フッ。…それよりブレンダ、あのアレシアとかいう精霊、何か感じたか?」
「うん? 絶対防御のイージスと全てのものを見通す眼、プロビデンスか…。そうだね…うまく能力を使えてないみたいだけど…」
「同じことを考えた。もし相手をすることになったら、あれが使えていないうちに倒すしかないだろう」
「…君はいつも怖いことを考えるね、グラディス」
その言葉は聞かなかったかのように、グラディスは歩き始めた。
「あれ? どうするの?」
「決まっているだろう。あいつらだけに任せてはいられん」
「へえ、お情けってやつかい。…やれやれ、ぼくらもここで終わりかもね」
ブレンダも歩き始めた。




