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第十九話 精霊になれなかった魂

(1)


 黒い髪の悪魔を担いだ大きな魔物は、のし、のしと歩きながら、ついに城の入り口にたどり着いた。そして、黒い髪の悪魔をその場に降ろした。

 城の周囲を巡回していたチャチな細身の使い魔が大きな魔物を見つけた。使い魔は、大きな魔物を追い払うべくいそいそと駆け寄った。そして大きな魔物に向かってギャアギャアと何か喚いたが、傍らに転がる、汚れた黒い髪の女性型悪魔を見て驚いた。

「く、クローディア様…?」

 使い魔は慌てて城の中に入って行った。


 黒い髪の悪魔、クローディアは城を守る二匹の有翼の魔物、ガーゴイルに両腕を抱えられ、ひきずられながら城の中に消えて行った。

 城の通路を進む中で、彼女は意識を取り戻した。しかし自分で歩く力はほとんど残っていなかった。

 ガーゴイル達が王の間にたどり着くと、クローディアは放り出された。ガーゴイル達は言葉なく彼女に自分で歩け、と促した。彼女は力を振り絞って立ち上がると、ふらふらと歩きながらカーペットの上を歩きだした。

 ひどく時間がかかったが、彼女は魔王に見える位置まで近づいた。

「まさか生きていたとはな…」

 魔王の傍らにいたメレルが口を開いた。

「近くまで寄れ」

 クローディアは顔を上げることもなく、やはりひどくゆっくりと、足を引きずるようにして玉座まで数メートルの位置に近づいた。立っていることができず、彼女は立て膝をつき、しゃがみこんだ。

 明かりに照らし出された彼女の体はひどく汚れ、傷だらけだった。艶やかだった長い黒髪は乱れ、輝きを失っていた。

「顔を上げろ」

 メレルが命じた。クローディアはゆっくりと顔を上げた。彼女の左目には、マリアに付けられた、癒えることのない深い傷が刻まれていた。その傷口は焼けただれ、醜かった。

 メレルは玉座を離れ、クローディアに近づいた。クローディアは視線を床に向けたままだった。

「無様だな。ウェリエルの身でありながら、精霊ごときに破れるなど…」

 メレルはクローディアの肩を蹴り付けた。クローディアは倒れた。彼女の頭に、メレルのピンヒールがのしかかる。クローディアは苦しげな表情を浮かべた。

「それでおめおめとここに戻って来たのか。レベッカは見事に散ったというのに…」

 それはクローディアにとって衝撃だった。いや、自分の次はレベッカが出るということは知っていた。だが、自分の能力を遥かに超えるレベッカが破れるとは考えもしなかった。レベッカを慕っていたクローディアは、ポロポロと涙を流した。

「情けない…。これがわたしの妹とは、笑わせる!」

 メレルはクローディアをドカドカと蹴り続けた。実際に血が繋がっているわけではないが、クローディア、レベッカ、メレルはウェリエルという悪魔の上位階級であり、互いにただならぬ関係にあった。クローディアは悪魔として転生してからの年月が浅く、美しく容姿がやや幼いということもあり、レベッカはもとよりメレルにも可愛がられていたことがあった。クローディアもかつては深い包容力を持ち、さまざまな快感を与えてくれる姉、メレルを慕っていた。だが力の差が顕著になるにつれ、メレルは他の悪魔達を従えるようになると、クローディア達を支配しようとした。レベッカもメレルとは距離を置き、クローディアと二人、仲良く過ごしていたのだった。

 クローディアは抗わず、失われた愛する人のために涙を流しながらメレルの仕打ちに耐えた。その健気さ、弱さが、メレルを余計腹立たしくさせた。

「この…!」

 メレルのピンヒールが、クローディアの傷ついた左目をぐりぐりと抉った。

「ぎゃあああああああ!!」

 クローディアはメレルの足を必死にどけようとしたが、それは叶わなかった。

「ふははは! いい鳴き声だわ」

 メレルは狂喜の表情を浮かべた。


 クローディアはその痛みの中で、記憶の底に追いやった恐怖を生々しく思い出した。


..*


 それはクローディアの記憶の断片だった。かつて、彼女はとある国の特務機関のエージェントだった。もちろん名前も容姿も異なる。

 特務機関では敵対勢力への潜入やスパイといった情報収集や破壊工作を行う危険な任務が課せられた。若い彼女はその苛酷さの故、いつしか他人を信じることができなくなっていた。ただ、同じチームの同僚に心を寄せていた。その同僚はハンサムで優しく、仕事も精力的にこなすチームのエースだった。彼女は彼の才能に惹かれ、二人は愛し合った。

 ある敵対勢力へ潜入し、機密情報を奪取する作戦が行われた。だが事前の綿密な計画にも関わらず作戦は失敗し、バックアップチームすら倒され、クローディア達は敵に捕まった。仲間はひどい拷問を受けながら、次々と殺された。

 だがそこに、彼女の恋人の姿はなかった。この恋人こそ、仲間を裏切り情報を漏らした張本人であった。

 仲間が死に、残された彼女が拷問を受ける番となった。彼女は拘束されたままナイフで服を引き裂かれ、辱めを受けた。その様子を、元恋人は笑いながら眺めていた。彼は笑いながら言った。

「俺以外の男に犯されるのを見ると興奮するな!」

 彼女は敵の男達に何度も凌辱された。

 元恋人にも再び犯された。それは愛のかけらもない行為だった。

 ひとしきりその行為が終わると、敵の兵士が銃を取り出し、構えた。もともと拷問には何の意味もなく、ただ敵の兵士達が楽しむためのものであった。

 元恋人は組織への忠誠心を示すため、その役を買って出た。元恋人は、クローディアの額に銃口を突きつけた。

 彼女は元恋人の目を睨み、名を呼んだ。

「信じてたのに…仲間を裏切るなんて!」

「いい目だ、そそるねえ。…俺の最後の情けだ。一息に終わらせてやる」

 元恋人の目はまるでゲームをするように、爛々と輝いていた。

「許さない…」

 彼女は怒りと悔しさに顔を歪ませ、涙を流した。

「あばよ」

 一発の銃声が拷問室に響き、彼女は倒れた。


 クローディアの魂は暗闇の中を彷徨っていた。

 上の方から柔らかな光が差し込んだ。彼女は顔を上げた。その光から、声が聞こえた。

「辛く悲しい人生だ。おまえは、精霊として生まれ変わる資質を備えている…」

 声には神々しさが感じられた。

「あなたは人を信じることができず、唯一心を許した恋人に裏切られ殺された、惨めなわたしを救ってくださるのですか…?」

 クローディアの魂は、死ぬ前の辛い出来事を引きずり苦しんでいた。中流家庭に育ち、学業も優秀で周囲からも人気だった彼女は、いつしか国の正義のために役立ちたいとその職業についた。その志が、あの男によって踏みつぶされ、どん底に突き落とされたのだった。彼女は救いを求めていた。

 光の中から再び声が響いた。

「我々の元に来れば、おまえは秘められた力を自分のものとし、再び正義を為すことができる。さあ、この手を取れ」

 光の中から、光り輝く手が差し伸べられた。

「……」

 彼女はその手を取ろうとした。

 しかし、足元からも声が聞こえてきた。

「おまえは、あの男に復讐したくはないのか?」

「?!」

 下を見ると、全身黒ずくめの男がいた。男の体から、禍々しい妖気が立ち込めているのが窺えた。

「我々の下に来れば、おまえに相応の力を与えよう。そうだ、あの男にも好きなように報いを与えることができる。おまえの望むように」

 彼女の苦しみ、恨みを見透かしたかのように男はそういうと、ほほ笑みながら手を差し出した。

「それは悪魔だ。その男の言葉に耳を傾けてはいけない」

 光の声が聞こえた。だが、彼女は黒ずくめの男の誘惑に駆られた。

「…あの男に血の復讐を」

 彼女は黒ずくめの男の手を取った。


 その後、スキュブスになったクローディアが怒りに震えながら最初にその毒牙にかけたのは、かつての恋人だった。その恐ろしいまでの残忍な復讐により、彼女はかつて国のために戦った、正義の心を失った。


..*


「ケケケ!」

 王の間にいたビホルダーの笑いがこだました。ビホルダーは、周囲に精霊達のビジョンを映し出してみせた。

「よくここが分かったな…。たった三人で乗り込んでくるとは、敵ながら見上げたものだ」

 メレルはクローディアへの行為をやめ、感心した。

「だが奴らがきたということは、ほどなく精霊の本隊もくるな」

 メレルは魔王を見た。魔王の意思は目だけで彼女に伝わった。

「御意」

 メレルは小さく頷くと、使い魔を呼び、城の防御を固め戦いに備えるように命じた。そして、恐怖におびえ震えるクローディアを見下ろした。

「貴様も雪辱を晴らすチャンスだ。陛下に忠誠を誓うのなら、その身を呈してあの精霊を倒してみろ。さもなくば魔物のエサになるがいい」

 ガーゴイルが近付き、クローディアは引きずられながら王の間から消えていった。


(2)


 城の通路に投げ捨てられたクローディアは、涙を流したまま廃人のようにしばらくそのまま動かなかった。精霊に破れ、回復を図る間もなく死ぬ思いで魔界にたどり着き、小悪鬼の群れる枯れた森を彷徨い歩き、力尽きて淀んだ川に落ち流された後、親愛なるレベッカの死を知り、転生前の忌まわしい記憶を取り戻した彼女は、身も心もボロボロになっていた。

 全てがどうでもよくなり、もうこのまま消えてなくなりたい、と意識が暗闇の深淵に沈みかけていたとき、ふと懐かしい、優しい意識が近くにあることを感じた。それは今にも消え入りそうなほど小さくなっていたが、その意識にもう一度触れたくてたまらなくなり、彼女は力を振り絞り立ち上がると、壁で身を支えながらその意識の元に向かい歩き出した。


 クローディアは城の下層の牢を歩いていた。そしてその一角に、求める意識の持ち主がいた。彼女はハッと息を飲んだ。

「優司…?!」

 そこには、全裸の優司が横たわっていた。クローディアはケガの痛みも忘れて優司の元に駆け寄った。その姿はひどく衰弱しており、体は汚れていた。だが、息はあった。

「ああ優司!!」

 クローディアは優司の体をきつく抱きしめた。

 彼女は懐かしいそのぬくもり、その匂いに癒された。彼女はしばし優司の胸で甘えた。辺りには誰もいなかった。

 それから、クローディアは優司の顔を見つめた。その顔は衰弱し、青ざめていた。彼女は優司の髪を優しく撫でた。

「かわいそうに。…ついに来てしまったのね」

 クローディアの目から、涙がこぼれた。涙は優司の顔に落ちた。

「あなたもわたしと同じね。魔王に飲み込まれ、果てていく運命…」

 彼女は、乾いた唇を優司に重ねた。その唇は柔らかく、暖かかった。彼女は夢中になって優司の唇を舐った。

 それからクローディアは、優司の汚れた体を丁寧に舐め上げた。

「わたしが最初のひとにはなれなかったけど…。優司、今度こそあなたと…」

 他のスキュブスがしたように、クローディアは優司を強制的に回復させた。

 そして、傷ついた体にまとわりついていたわずかな革の衣装を脱ぎ捨て自由な姿になると、全身で彼のぬくもりを感じるためにゆっくりと体を重ねた。


..*


 ビホルダーがクローディアの行為をメレルに伝えた。メレルは魔王の間に行くと、そのことを報告した。

「いかがなされますか?」

「捨て置け。あ奴の行為が、あの男を完全に闇に落とすだろう。その後であ奴が如何なる行動をしようとも、所詮は捨て駒だ」

「は…」

 メレルは自分の体が体験した至高の悦びをクローディアも味わうことを思うとあまりいい気分はしなかったが、おとなしく魔王の言に従った。


(3)


 三人の精霊は、順調に林道を進んでいた。途中、森に潜む有翼の魔物や食獣樹の襲撃はあったが、フォーメーションを組んだ三人は、立ち止ることなく敵を撃ち落とし、またかわしていった。マリアの衰弱もほぼ回復していた。魔界を循環するパワーも突き詰めればアイテールであり、それが満ちたこの世界にいれば、エネルギーの摂取能力も高まる。朝露の話で言えば、もやの湿度が高い、ということだ。しかしそれにしてもこの短時間でのマリアの回復力は驚異的と言えた。

 ペースを上げる三人に、突如大きな影が襲いかかった。彼女達はとっさにかわした。

 三人は背中合わせになり、周囲を警戒した。

「今の何…?」

「わからない…」

 マリアとアレシアが言葉を交わした。セレナは一点を見つめた。

「…来る!」

 影は物凄い速さで林道を駆け、三人に向かってきた。それは、三つの首と三つの尻尾を持つ巨大な狼の魔物だった。三つの首はそれぞれが唸り声を上げながら、再び精霊に襲いかかった。その大きさは、裕に五メートルはある。

 セレナは攻撃を避けながら、魔神銃を放った。だが中型のトラックほどの大きさの狼は、驚くほど俊敏な動きでそれを避けた。

「なんて動き…!?」

 マリアがレイスウォードを構え、魔物に挑んだ。

「待ってマリア、あなたまだ…!」

 セレナの心配をよそに、マリアは魔物を追い詰めた。だが魔物はマリアの攻撃をすんでのところでかわしていく。彼女は超高速移動をするほどには回復していなかった。それでも魔物には焦りが感じられた。

「やあ───ッ!」

 マリアの攻撃は魔物の中央の首を捕えたかに見えたが、魔物は自らバラバラになってそれを避けた。

「何?!」

 魔物は三頭の巨大な狼になった。マリアは狼に囲まれた。

「マリア、逃げて!」

 セレナがマリアを援護し、マリアは包囲を逃れた。だが、魔物は互いにポジションを変えながら、目を付けた獲物を執拗に追った。

「こいつら、しつこい…!!」

 超高速移動が使えないマリアは攻撃の隙が得られず、かわすのに必死だった。

 アレシアはセレナに近づいた。

「セレナ、マリアにエサになってもらうから、手伝って」

「…わかった」

 アレシアはマリアの意識に直接問いかけた。それを感知したマリアは、攻撃をかわしながらアレシアを見た。

「アレシア? え? …うん、わかったわ、やってみる」

 マリアの言葉は届かなかったが、彼女の顔を見たアレシアは大きく頷いた。


 セレナは魔物達の連携を分析した。

「アレシア、勝ちパターンが見えた。合図を出して」

「オーケー」

 セレナとアレシアは分かれ、配置についた。

 マリアはアレシアの呼びかけに応じた。

「いくわ。…信頼してるわよ!」

 マリアは走り出した。その後ろを一匹の魔物が追いかける。残りの二匹は回り込んだ。

 セレナは口元に笑みを浮かべた。

「やっぱり単純なパターンだわ…」

 アレシアは二人の意識に合図を出した。

(今よ…!)

 マリアはジャンプし、着地した。そしてできた隙に、追って来た魔物が飛び込んできた。マリアは背後を取られた。だが、彼女はしゃがみ込んだまま動かない。

「いただき!」

 魔物の正面で、アレシアが弓を引いていた。空中にいる魔物は避けることができず、雷撃の矢(ライトニングアロー)は魔物の額に深く突き刺さった。

「ギャウン!」

 魔物はバランスを崩しながら着地し、倒れ込んだ。そしてライトニングアローから雷撃が走り、青白い炎が魔物の体を包んだ。

 その間に、残りの二匹がマリアに襲いかかった。そのうち一匹は、セレナが威嚇した。その攻撃を魔物は恐るべき瞬発力でかわした。しかし数発はダメージを与えた。残り一匹の攻撃は、マリアの敵ではなかった。マリアは攻撃をかわし、レイスウォードで魔物の脇腹を切り裂いた。


 セレナの弾を受けた残りの一匹は敗走した。

 その姿を見届けながら、三人は集まった。

「ふう、きわどかったわね。マリア、平気?」

 セレナはマリアを気遣うかのように、彼女の腕に触れる。

 マリアは肩で息をしていた。

「ちょっと疲れたわ…こんな戦い、いつまで続くの?」

「見て、あっち!」

 アレシアの指さす方向に、薄明かりが見えていた。

「出口…?」

 マリアの問いかけに、アレシアは頷いた。

「ええ、城はすぐそこよ」

 三人は顔を見合わせ頷くと、気を取り直して先を急いだ。


 だがその前方に、黒い人影が立ちはだかった。


..*


 三人の精霊は着地し、視線の先の人影を凝視した。

 マリアは目を疑った。

「あなたは…そんな、まさか…?!」

「死んだはず、と言いたいんでしょう?」

 そこには、クローディアが立っていた。長い黒髪も艶やかな肌もすっかり以前のように回復していた。ただ、左目の傷だけは癒えていなかった。その左目の傷からは、体内から漏れ出た黒紫の瘴気がほとばしっていた。

「あのスキュブスを知っているの?」

 アレシアの問いに、セレナはクローディアを見据えたまま答えた。

「ええ、あれはクローディア。あなたが来る前にマリアが倒したと思ったんだけど…」

 クローディアはゆっくりと歩き始めた。

 マリアはレイスウォードを構えたまま首を振った。

「やめて、桐…クローディア。返り討ちに遭うだけよ。ムダな戦いはしたくないわ」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。わたしには新しい力があるの…」

 クローディアは腕を下げたまま、両手を広げた。両の掌から赤く燃えるような光の球が現れ、黄色、そして白色に輝きを増した。クローディアは片方のそれを軽く放り投げた。光球は勢いよく精霊達に飛ぶと、小さく放物線を描きながら地面に落下した。その途端、地面は沸騰したように膨張し、大爆発を起こした。

「!?」

 想定外のエネルギーに、精霊達は意表を突かれた。だがなんとかかわすことができた。地面を見ると、その場には小さなクレーターが出来ており、中央部はマグマでもできたかのようにドロドロに溶け、赤々とした光を放っていた。

「おもしろいでしょう? もう一ついかが?」

 クローディアはもう片方の光球を投げた。同じ攻撃は通用しないかに見えたが、光球は空中でいくつにも分裂し、そこら中の地面に落ちてほうぼうで爆発した。逃げ場のない精霊達は、爆風を至近距離で食らった。吹き飛んだ土には微小の黒耀石が含まれており、それらが針のように精霊達に突き刺さった。

「ぐあっ!」

「くっ…!」

 クローディアは自分の手を見た。そして湧き起こる悦びを隠さなかった。

「ホント、優司の力はすごいわ…」

「優司…? 優司に会ったのね? 彼、無事なの?」

 クローディアはマリアの問いかけに、不機嫌な表情を返した。

「うるさいわね…。マリア。あなたに優司に会う資格なんてないのよ!」

 地面から無数の黒い小剣が飛び出し、マリアを襲った。

「ぐああっ!」

 マリアは完全にかわすことができず、いくつかをまともに食らった。彼女の体は傷つき、血が滴った。彼女はその場に崩れた。

 クローディアは倒れたマリアに近づいた。

「この!」

 セレナは魔神銃を撃った。だが、それらはクローディアの掌で受け止められた。クローディアの掌には、光球が生じていた。セレナの弾丸は、一瞬にして溶かされた。

「わたしがここに来た理由を教えてあげる…。わたしね、マリア。あなたが許せないの。優司と学校で語らい、優司と家で過ごす…。それはわたしがするはずだった!」

 クローディアはマリアの顔を蹴りあげた。

「つあッ!」

 マリアは後方に倒れた。

 クローディアはピンヒールをマリアの脇腹に突き刺した。

「ぐふっ…」

 マリアの顔は苦痛に歪んだ。

「…ホントはあなた達が羨ましかった。救われて、精霊になれたんだものね。…いいえ、違うわね。だって、あなた達は精霊。どんなに頑張っても、好きな人と結ばれることはない」

「あなただって、人間として優司と結ばれることはないでしょう!」

 アレシアは光の矢を放った。だが、クローディアはまたしてもそれを掌の光で受け止めた。

「…そうね。でも体を重ねることはできるわ。優司の逞しいアレを、全身で受け止めることができるの。…彼、スゴイのよ。わたし何回もイッちゃった」

 クローディアは肩をすくめると、思い出したように恍惚の表情を浮かべた。

「何、言ってるの…?」

 セレナは言った。だが彼女は返答を聞くまでもなく、クローディアと優司の間の出来事が想像できた。

「だから言ったでしょう? わたしは彼のものになったのよ!」

 クローディアは光球を放った。ほうぼうに散った光球は爆発し、セレナとアレシアを吹き飛ばした。周囲の木々も吹き飛び、あるいは焼かれ、惨状となった。あちこちで炎が燃え盛っていた。

「そん…な…」

 足元でうずくまるマリアを、クローディアは憐れむような目で見た。

「あら、ショックだったかしら? …せっかくだから教えてあげる。ええ、優司は無事よ。でも、あなた達はもう、永遠に優司に会うことはできない。だってあなた達は今ここで死ぬんだもの!」

 クローディアはピンヒールでマリアを何度も蹴り付けた。マリアの腹部が血で滲んだ。

「やめろおおお───ッ!」

 燃え盛る炎の中から、アレシアはイージスを構え飛び出した。そしてその勢いでクローディアに突進した。クローディアは光球を放った。だが、アレシアのイージスはそれを拡散させた。飛び散った光球は、後方に落下して大爆発を起こした。

 クローディアは、アレシアのイージスを片手で受け止めた。

「それで?」

「く…」

 アレシアの額を汗が伝った。

「ハハハ、あなた、ただ守るしか能がないのね!?」

 クローディアの掌が輝き出した。

「至近距離で撃ったら、どうなるのかしら?」

「いい気になるな!」

 アレシアの影からセレナが現れた。セレナは至近距離で銃を撃った。だが、クローディアはセレナの腕を払いのけ、弾は外れた。二人は直接的な格闘を繰り広げた。

「青い髪…うざい女!」

 セレナの土中から黒い岩が出現し、彼女はそれに追いやられるように後方に退いた。黒い岩は恐ろしい数の小剣と化し、セレナとアレシアに次々に飛びかかった。

「うあ───ッ!!」

 アレシアがイージスで防御する。セレナは傷つきながらも、なんとかアレシアの後ろに回った。だが、その左右に黒い岩が出現し、二人を挟みこんだ。衝撃で二人は気を失った。

「ふう…往生際の悪い精霊だこと」

 クローディアはさすがに疲労を隠せなかった。彼女のキャパシティを越えた大量のエネルギーの放出は、優司から得た魔力を使い果たし、彼女の体を蝕んでいた。実際、精霊と悪魔のエネルギーの集積と放出は似ている。魔界においても使える魔力は無尽蔵というわけには行かず、補充が間に合わなければ自分の体を消耗することになるのだ。

 ふと気付くと、その辺に転がっているはずのマリアの姿がなかった。

「マリア? どこへ行った!」

 だがクローディアは探す必要はなかった。燃え盛る炎をバックに、マリアはクローディアの前方に立っていた。その視線は、キッとクローディアを見据えていた。だが、その顔は悲しみに溢れていた。

「クローディア…悲しいひとね…」

「おまえなんかに…同情されたくないわ!」

 クローディアは両手を前に出すと、今まで以上に巨大な光球を発生し、放った。それは拡散することはなかった。拡散する必要がないほど巨大だった。光球は小さく放物線を描きながらマリアの立つ地上に向かった。マリアは跳躍してそれをかわす。その着地の間際、光球は爆発を起こした。


 まばゆい光と衝撃。


 マリアは爆風の勢いを使い、超高速移動で瞬時にクローディアとの間合いを詰めた。そして、二人は交錯した。


「え…?」


 クローディアが下を見ると、マリアのレイスウォードが自分の腹部を突き抜けていた。その傷口からは、瘴気が流れ出ていた。

 マリアは一歩退き、クローディアと正対した。

「あなたは、優司の体に触れたかも知れない。でも、彼の心には触れられない」

「フ…そんなこと、わかってる…」

 マリアはレイスウォードを二刀に分離し、左右に切り裂いた。クローディアの体は上下に分断され、ドサリと倒れた。魔力を使い果たしたクローディアは、二度と動くことはなかった。

「やったわね、マリア…」

 傷ついたセレナとアレシアがマリアの元に近づいた。そして、クローディアの亡骸を見下ろした。


 激しく生きて燃え尽きたクローディアの死に顔は、今までの冷徹な表情が消え、むしろ安らかであった。

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