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第九話 彼女がそれをした理由

(1)


 物流倉庫での戦闘があった翌晩。優司の部屋の小ぶりのローテーブルの前で、マリアが嬉しそうに床に腰をおろしている。間もなくドアがノックされると、マリアは「わ、来た来た~」と言うなりぴょんと立ち上がり、軽やかにドアを開けた。そしてトレイに手製のケーキを載せて運んできたセレナを迎え入れた。

「今回はイチゴとキウイのミルフィーユ」

 セレナはそっけない調子でそういいながら、トレイのものをテーブルの上に並べ始めた。白い生クリームをベースに、赤と緑の彩りが幾重にも散りばめられたミルフィーユがテーブルの上に載せられると、マリアの目はいっそう輝きを増した。

「すごーい! やーんかわいい~!」

 そして、早速手に持ったフォークで、職人の細工のように精巧にカットされたミルフィーユを崩し口に運び始めた。

 セレナはティーバッグの紅茶にお湯を注ぐ。

「んん!ん~!!!」

 突然あがるマリアの唸り声に、セレナはビクッとして危うくお湯をこぼしそうになった。

「あまーい。すっぱーい。おーいしーいぃ!!」

「あなたの行動は予測できない…」

 セレナはジト汗を垂らしながらマリアを見るのだった。

 勉強机の椅子に座りながらご相伴に預かっていた優司もコメントを発した。

「うん、マジうまいよ。甘さとすっぱさが絶妙っつーか…。昨日買ってきたやつとは比べものになんないな。これ売りもんになるよ」

「あ、ありがと…。ママさんにも手伝ってもらった」

 セレナは褒め言葉がちょっと恥ずかしいのか、もじもじしながら頭を掻いた。


 コトの発端は、昨晩、優司の母が駅前のケーキショップからケーキを買ってきたことに始まる。

 ダイニングテーブルを囲むマリアは件の通りにはしゃぎながらケーキを食べていたが、脇のセレナは対照的にフォークの動きが鈍かった。

 優司の母はいち早くセレナの様子に気づいた。

「あら、セレナちゃんは気に入らなかった?」

「いえ。甘いものはあまり好きではないので」

 セレナはいつものように淡々と答えたが、少し意外な言葉を続けた。

「でもこのくらいなら、作れます」

「え?」

 その場にいた優司と母が声を揃えた。マリアは目の前のものにしか興味がなかったが…。

 母の目が輝く。

「ほんと!? すごいわ、じゃあ明日材料買ってくるから、一緒に作らない?」

「はい。じゃあ、後で何作るか相談させてください」

「はあ~夢みたい…! こんなかわいいむすめ達とお菓子作るなんて…!!」

 母は遠くに行っちゃってる様子ではしゃいでいた。

 皿の上をすっかり空にしたマリアが、母の「娘達」という言葉に反応した。

「あのー、わたしはたぶん手伝わないほうが…」

 遠慮がちなその言葉は浮かれる母には届いていなかったが、優司はしっかりフォローした。

「ああ、やめとけ。調理実習のケーキでオレが死にかけたからな」


 そして、翌日の今に至る。


 優司は空になった皿をテーブルに置いた。

「ごちそうさま。あーうまかった」

「セレナ、おいしかったよ。ありがとー」

 二人の満足そうな顔に、セレナは無表情な顔をやや紅潮させながらこくりと頷いた。


「しかし…改めて思うと、昨日はすごい戦いだったな」

 紅茶をすする優司が、年寄りが昔のことを思い出すように目を細めて呟いた。

「そうね…小物ばっかりと思ってたけど、数が集まると侮れないわ」

 すっかり腹が満足し、壁にもたれかかっていたマリアが答えた。

魔神銃ましんがんでも一発ではしとめられなかった。魔銃まがんのブラストでなんとかなったけど…」

 さらにセレナも続いた。

「あのまとわりついてくるぬるぬるしたやらしーヤツよね! 身動き取れなくなるし、さんざんだったわ。最初から分かってたら警戒したけど…」

 マリアは続けてまくしたてる。

「あ、あとさ、あの気持ち悪い触手! グチャグチャしてるしレイスウォードで斬っても全然ひるまないし、正直焦ったわ。わたしああいうのニガテ…。最初から分かっててもダメ!」

「へえ、マリアも女の子っぽいとこあるんだな。でもさ、いきなり大量にあいつらが出てくるなんて、前とはちょっと違う感じだったよな」

 そう話す優司を、セレナはじっと見つめている。優司はその視線に気づいた。

「…? なに、セレナ?」

「うん、ちょっと…。ねえマリア、あなたがこっちに来てから、優司か優司の周りで何か変わったことってない?」

「え? うーん…別に! …あ、セレナが来てからわたしに冷たくなった!」

 セレナの目がジト目になった。

「あなたに聞いたのが間違いだった…。優司、あなたはどう? マリアが来る前くらいから今までで何か変わったことある?」

「え? うーん、そうだな…そういや新学期始まってから、なんか急に女の子にモテ出した気がするな」

「なるほど…」

 セレナは腕を組んで何か考え出した。

「それってなんか関係あんの?」

「優司、わたしがここに来た時、魔王の復活が近づいてるって言ったでしょう」

「ああ…なんかそんな話を聞いたような…」

「わたし達のボスの予知システムが魔王の復活を予知したのが三月の終わり。マリアが来たのが四月の半ば、予知の警戒レベルが上がってわたしが来たのが五月。封印されている魔王の力がどんどん強まってきてる可能性があるわ」

「ふむ。んで魔王の力が強まるとどうなるの?」

 優司は言いながら紅茶をすする。

「魔王が封印されていることで魔物の活動も抑えられてたんだけど、魔王の力の影響で魔物の活動も活発化すると考えられるの」

「ほほう」

「魔王の復活はたぶん時間の問題。復活したら、今まで以上に地上への攻勢をしかけてくると思う。そうなるとかなり厄介なことになるわ」

「昨日みたいなことがしょっちゅう起こるってことか!」

 優司は少しシリアスになった。

 マリアも真顔で言う。

「でも優司の力を渡すわけにはいかないわ。絶対守らなきゃ」

「それって…まさかオレに一生ドーテイでいろってことですか…」

「い、いや、そーゆーわけじゃないけど」

 マリアは頬を赤らめた。

 そのやり取りで、セレナは何か思い出したようだった。

「優司。マリアから聞いてると思うけど、あなたの力を解放するには、人間の女性を介するか、スキュブスが必要なの」

「ああ、それ聞いた」

「ただし、優司の精を受ければ魔物自身がパワーを得ることができるの」

「なにぃ?」

「えっ? そうなの?」

 マリアも真剣に驚いている。セレナはマリアの顔を見て、怪訝な表情をした。

「マリア…あんたちゃんとレクチャー聞いてないでしょ」

「エヘヘ…細かいこと覚えらんなくて」

「まったく…。以前女の子に化けてた魔物がいたって言ってたけど、変身するヤツはパワーを得るのが目的だと考えられるわ」

「そ、それは魔物にオレの…汁が吸われるってことか。…こえ~」

 優司はとても嫌そうな顔をした。

 なんとなく優司の股間が気になったマリアは、ふとあることを思い出した。

「あ、ねえねえ、優司を殺そうとしたのがいるんだけど、そいつはなんで殺そうとしたの?」

「そうね…たぶん先走った、てとこじゃない? 童話で金のタマゴを産むニワトリの中に金が詰まってると思って殺しちゃうのと同じことよ」

「マジかよ…勘違いで殺されちゃたまんねーな」

 優司はため息をついた。

 セレナは少し間を置き、言葉を続けた。

「あと魔物に乗っ取られる女の子だけど、ちょっと注意が必要ね」

「なんでさ?」

 優司の問いにはマリアが答える。

「悪魔に操られるってことは、心に悪魔の付け入るスキがあるってことなの。人生がうまくいってないとか、悩みがあるとか、誰かを憎んでいるとか。何かの目的で自分から悪魔の力を欲することもあるけど、悪魔は人間の弱い心のスキに入り込むの」

「ふーん…」

 優司は、それって現代人なら多かれ少なかれ誰でも当てはまるんじゃないかと思った。

 セレナがマリアの説明に補足する。

「自ら悪魔と契約した場合は、契約が履行された時点で対価を支払って終わりだけど、操られた人が悪魔から逃れるのはちょっと難しいわ。悪魔自身が出てくるように仕向けるか、強い精神力で拒否しないと」

「ああ、なんかオカルトチックな話だな…。でも今なら大抵は信じられるわ」

 度重なる敵との遭遇により、優司は身の回りで起こる一連の出来事をより深く理解しようとしていた。

 マリアは頼りになる物知りセレナに尋ねた。…実際にはマリアが知らな過ぎなのだが。

「あ、そういえばセレナ。後から来た悪魔が、以前に戦った悪魔との戦いとかわたしのことかなり詳しく知ってるみたいだったの。まるでどこかで見てたみたいに…」

「うーん…。精霊の中にも遠隔透視の能力を持つのがいるけど、そういう類がヤツらにもいて、情報交換してるんじゃないかな」

「へえ。悪魔にもいろいろいるんだなー」

「今後の動向によってはわたし達だけじゃ対応できない可能性があるわね。デュナミス(ボス)がどう判断するか次第だけど…」

 マリアは優司ににじり寄り、腰の辺りにひしとしがみついた。

「安心して優司。優司は絶対守るから!」

「ああ、わかった。わかったから離れて」

「なんでよー。冷たいじゃなーい」

 さらにくっつき、優司の胸の辺りで頬ずりした。

「わー。やめろ…また夢に…!」

「…わたし片付けてくる」

 セレナは食器を回収し、さっさと部屋を出て行った。

 優司はクローディアとの一件以降、女の子が出てくる夢の生々し(リアル)さが増していた。だが、マリアが出てくるとどうにも夢見が悪かった。マリアが積極的な故、現実との区別がつかなくなり後味が悪いのだ。

「あ! セレナ先生、オレが頻繁に見るえっちな夢がやけにリアルなのもなんか関係してますかー?!」

 と優司は訪ねたかったが、突っ込まれた時のことを考えるととても聞ける質問ではなかったので、諦めてマリアのじゃれつき攻撃に耐えた。

 そして恐らく今夜の夢にもマリアが出てくることを予感した。


(2)


 数日後の土曜日の朝。2-Cの教室で、学級委員の倉田紀子が困り顔で優司のところへやって来た。

「和田くん…」

「おう、おはよう、いいんちょ」

「うん、おはよ…」

 紀子が優司のところに来るのは大抵用事がある時だけだ。そもそも、紀子は用がなければ絶対に男子には近づかない。

 紀子からの用事を期待していた優司だったが、紀子は俯いたまま固まってしまった。

「ん? どうした」

 優司の問いかけに、やっと紀子が口を開いた。

「うん…あのね、来週生徒総会なんだけど…」

「ああ、あるね、そんなのが」

「わたし執行部で資料まとめる係なんだけど…」

「おお、そりゃすごいな」

 紀子はすごく言い出しにくそうになっていた。

「わたし、休みが多くって…あの…まだ全然進んでないの」

「あー、そりゃ大変だねー…って、生徒総会月曜だろ!? やばいじゃんか!」

「うん…それで、あの、あのね…」

 紀子は今にも泣き出しそうになっていた。

「…ああ、オレに手伝えってか」

「あ、あの、ごめんなさい! …すごく、あつかましいって、わかってるん、だけど…」

 紀子は半べそ状態で、ほとんど聞き取れないくらいの弱々しい声になっていた。

 優司は紀子が本当に申し訳なさそうにしているのを放っておくことはできなかった。ここで自分が断れば、たとえ土日を挟んだとしても紀子は自分の仕事を完成することはできまい。そして何より今、自分が頼られている。これを見過ごすのは人として、いや男として、してはならない行為ではないか! …と頭の中でぐるぐると考えた。

「ノープロブレムだ!」

 優司は紀子の肩をやや強めにパン、と叩いた。

「痛ッ。和田…くん…?」

 紀子は突然のことに驚き、泣くのを止めた。

「かわいいいいんちょの頼みは断れないもんな!」

 と言いながら、優司はにっかりとわざとらしいスマイルをして、グッ、とサムアップした。

 紀子は目に輝きを取り戻したが、その目はみるみる潤み、ぶわっと涙が溢れだした。

「うっうえっ…あり、がと…」

「ほらー泣くなよー」

 優司は紀子の頬を左右に引っ張り、ぐるぐると回した。

「ひっく…、いた…いたいよ、和田くん…」

 泣きながら笑っていた。


..*


 放課後、優司は紀子の席に近づいた。

「いいんちょ、もう行ける?」

「あ、和田くん。…うん!」

 紀子はほがらかな笑みを返した。

「パソコン、生徒会役員室だろ?」

「うん。職員室寄っていい? 鍵借りて来ないと」

「いいよ。てか、オレメシ買ってくるわ。いいんちょもなんか食う?」

「うん…ありがと。ポテトサラダの入ったサンドイッチがあれば…」

「よっしゃ」

 ふと、優司は自分を見る紀子の目がなぜか潤んでいることに気づいた。頬も紅潮している。

「あれ、いいんちょ調子悪い?」

「え? …ううん、大丈夫だよ?」

「あっそ。ほんじゃオレ行ってくるわ」

 優司が教室を出ようとすると、マリアが寄って来た。

「優司、なんか忙しそうだね」

「ああ、今日これからいいんちょの仕事手伝うことになってさ」

「そうなんだ。わたしも手伝おうか?」

「いや、いいよ。…でも一緒に帰るんならいてくれ。ヒマぶっこくかも知んないけど」

「うん。今読んでる本あるから大丈夫」

 マリアは、カバンから一冊のやたら挿絵の多そうな児童向け小説を取り出した。

「な、なんじゃそりゃ?」

「難しい本読めないもん」

 マリアは至ってまじめに答えた。優司はすっぱい顔になった。

「…おまえ、学校の授業理解できてる?」

「教科書はよくわかんないけど、先生の話は分かるわ」

「あ、そ…」

 優司はマリアに、紀子についていくように言うと、購買に向かった。


 生徒会役員室で軽く昼食を済ませた後、二人は作業に取り掛かった。優司はそれなりに高そうな、地デジもばっちり見れる大型液晶のノートPCの電源を入れた。

「で、どこまでできてんの?」

 紀子は、一冊のノートを取り出した。「PC」はつかない、三冊で二百円かそこらの紙のノートだった。

「え? USBメモリとかじゃ…?」

「わ、わたしパソコンってあんまり得意じゃなくって…」

 紀子はおろおろした。

「あー…まあいいわ。こりゃちょっとかかりそうだな」

 優司は頭を掻くと、PCに向かい気合を入れた。


..*


 紀子が読み上げた数値や文章を優司が表計算ソフトやプレゼンテーションソフトにまとめ、グラフを作成し、最終的に一つの文書ファイルが出来上がった。優司は意外とこのテの操作には強かった。

 日はほとんど落ちて、外はもう薄暗かった。

「ふう…一通り終わったな。あとはデータの確認くらい? ちょっと休憩しようぜ」

「うん。おつかれさま」

 紀子がにっこりとほほ笑む。

「オレちょっと飲みもん買ってくる。なんか飲む?」

「あ、あたしイチゴ牛乳!」

 横で小説を読んでいたマリアが元気よく注文した。

「おまえな…。いいんちょは?」

「うん、…じゃあ、ウーロン茶」

「おし、じゃ行ってくるわ。ついでにトイレにも」

「あ、あたしデータの確認ちょっとやっとくね」


 優司を見送ると、紀子はうーん、と伸びをした。

「あー、ちょっと堪えるナ…」

(でも良かった、和田くんに手伝ってもらって…。彼ってやっぱりすごいんだな…)

 紀子は天井を見ながら、優司を改めて尊敬するとともに華麗にPCを操作する五百パーセントほど美化した優司の姿を想像していた。すると、顔がほてってきた。

(や、やだわたし…)

 紀子はふとマリアを見た。マリアは児童向け小説を真剣に読みふけっている。場面場面で感情移入しているのか、今は表情が悲壮感でいっぱいになっていた。

「…わ、わたしもおトイレに行ってくるね」

 マリアは生返事をした。


 暗い廊下に出ると、紀子は急に眠くなるような感覚に襲われた。

「……」

 その目には生気がなかった。ゆっくりと向きを変えると、何かに操られるようにフラフラと歩きだした。

 教室のマリアは泣いていた。

「うう…ネロ…かわいそすぎるよぉ~!」


 薄暗く人気のない購買部では既に対人販売は終わり、シャッターが閉まっている。その周辺を照らす自販機の前に、優司は立っていた。

「イチゴ牛乳と…ウーロン茶っと」

 パックのコーヒー牛乳にストローを挿し、飲み始めた。

「ふー生き返るー!」

 そこへ紀子がやって来た。立ち止まったその顔は、無表情だった。

「あれ、いいんちょ。どうしたん?」

 紀子は答えない。

「あ、ほら。ウーロン茶」

 優司はパックのウーロン茶を胸元に投げた。紀子はノーリアクションだったため、パックは胸に当たって落ちた。

「あーちゃんと受け取れよ」

「……」

 紀子は無言のままゆっくりと優司に近づいた。

「…ごめん、オレが悪かった」

 紀子はさらに近づいた。

「いいんちょ? …どうした調子悪…」

 紀子は崩れるように優司に抱きついた。優司の持っていたパックのジュースが床に投げ出された。

「! …だいじょうぶか、やっぱ体…」

 紀子は顔を上げた。その顔は紅潮し、目が潤んでいた。少し息も荒い。

「だ、大丈夫だよ…ちょっと…めまいが」

「とにかく、ちょっと休もう」

 優司は、介添えしながら紀子をベンチに座らせた。落としたウーロン茶を回収し、ストローを挿す。

「ほら…飲みなよ」

 肩を支えてないと倒れそうだった。紀子はストローを口にする。

「ありがとう…。ごめんね、いっつも」

「気にすんなよ。副学級委員としていいんちょをサポートするのはオレの役目だからさ。生き甲斐と言ってもいいぜ」

 優司の冗談を聞き、紀子は弱々しく笑った。


「和田くん…」

 紀子はストローでウーロン茶を吸い上げた後、いきなり優司に口づけした。

「!?」

 口に含んだウーロン茶を、優司に口移しする。優司は思わずごくりと飲み込んだ。紀子は舌を優司の中に入れ、優司の口の中を探索した。その奥の相棒を見つけると、舌を絡ませ感覚を楽しんだ。

 優司は我に返り、紀子を引き離した。紀子の行動の意味が理解できなかった。

 紀子は誘うような笑みを浮かべながら、自分のブラウスに手をかけ、左右に開いた。ブラウスのボタンが飛んだ。そこから、黄色と白のチェック柄をしたローティーン向けのブラが現れた。小ぶりだが、シンプルでやや薄手の綿生地は、無垢の少女を思わせる美しくなめらかな孤をくっきりと描き出していた。

「和田くん、好きでしょ? 女の子のカラダ」

 紀子は優司ににじり寄ると、優司の首に手を回した。

「いいんちょ…おい倉田、しっかりしろ! …そうか、おまえ…」

 優司はマリアを呼んだ。すると紀子は急に険しい顔つきになった。

「何よ、わたしよりもあのコがいいの…?」

 それは嫉妬に狂う女の顔だった。

「わたしがこんなにも好きなのにあなたは…!」

 優司の首を掴むと、床に叩きつけた。そして優司に馬乗りになると、思いっきり平手打ちをした。

 紀子は胸を優司の顔に押しつけると、それをこすり付けるように体を揺らし始めた。少し乳臭い紀子の体臭が優司の鼻を刺激した。

「はあ、いい、好きよ、好きよ優司ぃ…」

 優司はいつのまにか、体の自由が利かなくなっていた。紀子のブラはずり落ち、かわいらしい胸が露わになっていた。そして優司の顔や顎で、敏感な先端部をはじめとして自分が気持ちよくなる部位を開発しながら繰り返し愛撫した。

「あは…気持ちいいよ…頭変になっちゃう…」

 紀子のやや控えめなボリュームの生おっぱい攻撃という想定外の行為で、優司の顔はもみくちゃになった。拘束されているということを除いても、優司にとって彼女の積極的な行為は刺激的で抗い難い魅力であり、なかなか逃れることはできなかった。だが彼女が操られていることを思うと、その煩悩を振り切り、なんとか紀子の胸から逃れると、助けを求めた。

「くそっ、何やってんだよ、マリアーッ!」


 窓ガラスが割れ、セレナが飛び込んできた。その音でようやくマリアも気付く。

「あんたは…会う度に女の子といちゃいちゃしてるのね」

 セレナは冷ややかな目で、床に寝っ転がり紀子と絡む優司を見下ろした。

「違うわい! 襲われてんだよ!!」

「そーかねー。まんざらでもなさそうだけど…」

「わ───ッ!!」

「ま、冗談はさておき…」


 マリアが駆け付けた。

「優司!セレナ! …倉田さん、何やって…?」

「うるっさいわねー!」

 紀子は不機嫌そうな声でマリアの言葉を遮った。

「こいつ乗っ取られてるらしい。あるいはニセモノか…」

「ふふ…どっちかしらね。乗っ取られてるだけなら、手出しできないでしょう?」

 紀子は優司の太腿に股間を押しつけ、喘ぎ声を上げながら腰をグラインドする。精霊達は赤面した。

「…やってやれないことはないわ。マリア」

 気を取り直したセレナは、マリアに目配せした。


 二人で紀子の両脇を抱え、優司から引き離した。紀子はもがいた。

「なにする…貴様ら、ゆるさんぞ!」

 紀子の体から、魔物が抜け出た。精霊達は魔物に意識が行っているのか、紀子をパッと手放した。気を失った紀子が倒れところを、拘束を解かれた優司が間一髪抱えた。

「ふん…あっさりと正体を現したわね」

「どういうこと?」

 手伝ってはみたものの、マリアにはセレナの意図がわからなかった。

「ニセモノなら、簡単に引き離せないでしょ。ま、もし引き離せたなら、彼女にはもうちょっと手荒なことをすることになったけど」

 優司はセレナを見た。その顔は、サディスティックにほくそ笑んでいた。

「せ、性格悪りいな…」

 マリアは目の前の魔物をてっとり早く倒してしまおうと思った。

「優司は下がって! 倉田さんをお願い」

「よっしゃ!」


 紀子に取り憑いていた魔物は黒褐色の皮膚にメタボな風貌で、学級委員会議長、木村信子に取り憑いていたものと同種だった。力は強いが動きは鈍重なこの魔物を精霊達が倒すのに、さして時間はかからなかった。マリアに至っては制服を着たままで事が済んだ。


..*


 セレナとマリアは、セレナが飛び込む際に割った窓ガラスを復元していた。

「なんでドアから入って来ないのよ!」

「き、緊急時だったんだからしょうがないじゃない!」

「緊急って言ったって、どうせあんな感じでいちゃいちゃしてただけでしょ!?」

「じゃああなたは優司が…しちゃっても良かったってこと?」

「う、そ、それはだめだけど…」

 二人が不毛な口ゲンカをしている後ろで、優司の腕の中の紀子は意識を取り戻した。

「気が付いたか!」

「あ、和田くん…え? これって何?!」

 紀子は男の腕に抱かれるという信じられない状況に動揺し、パッと離れた。そして、前がはだけた自分の姿に驚愕した。

「い、いやーッ!」

 優司の頬を思いっきり引っぱたいた。魔物が取り憑いていたときの平手打ちにも劣らない、見事な音が廊下に響いた。

「ってえ…。ひでえなぁ…」

 優司の頬は真っ赤に腫れあがり、紀子の爪が当たったのか赤い筋から血が滲んでいた。

「倉田さん…今までのこと、覚えてないの?」

「あ、阿部さん?…(それに知らない子…)」

 紀子はこめかみの辺りを揉みながら、先ほどの状況を思い出そうとした。少し落ち着くと、その時の状況が頭に浮かんできた。

「なんとなくだけど…勝手に動く自分を幽体離脱したみたいにふわふわして見てるみたいだった…」

 そして、紀子は痛恨のミスを犯したかのように真っ赤になった。

「あわわ、わ、和田くん…ごめんなさい! へんなことしてたの、わたしのほうだったよね…」

「いや…オレ的には得したっつーか…はは」

 マリアはじっとりとした目で優司を睨んだ。セレナは相変わらず…いや冷ややかというよりは氷のような視線で優司を蔑視した。優司はその痛い視線を感じ、バツが悪かった。

「そ、それより具合は?」

「え? …うん、全然へーき。なんかとってもスッキリしてる」

「なんかヘンなもの見なかったか? 化け物とか…」

「え何? ばけもの…?」

 紀子は全然ピンときてないようだった。どうやら気を失った前後のことは覚えていないらしい。

「…ならいいや。とにかく今日はもう帰ろう」

「うん…」

「おぶってやろうか?」

「え、い、いい、いいよ!」

 紀子は首をブンブン振り、顔を真っ赤にして全力で拒否した。

 優司達は立ち上がり、生徒会役員室に向かった。


「和田くん、ほっぺた、痛かった?」

「ああ。まあ因果応報だからな…」

「自業自得だよね」

「お、マリア難しい言葉知ってんだな」

「わ、わたしだって少しは勉強してるもん!」

 笑い合う一行の中、紀子は悶々としていた。そして、意を決したように顔を上げた。

「あの、和田くん!」

「え?何?」

「あの、さっきの…。ううん、なんでもない…」

 紀子は耳まで真っ赤にしていた。最後は消え入るような声になっていた。

「…ああ、もう気にすんな」

「うん…」

 紀子は優司から顔を反らした。

(わたしの心の中の願いだったかも…なんて言えないよね)

 内なる思いを、再び自分の中に押し込めた。

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