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第9話『これが俺の動く理由』

「お前の魔法。それは──擬似的な『時間停止』だろ?」


 ライズの言葉に心臓をドキリとさせる男。


「テルドリンが言ってたが、空間を支配するような魔法を使うのは現代のエルフでも不可能。ましてや普通の人間じゃもっと無理だ。だからお前は能力を『人』と『魔法』に制限した」


「っ……!」


「その魔法も完全に無視となると大きなリソースとなる。だからお前は自分が触れることになる魔法のみに制限した。お前が罠系の魔法やマーキングした魔法が作用しなかったのはそれが理由だ。けど、感知魔法は空間の変異を見る魔法だ。構造は複雑。処理するのに時間がかかるから、お前は無意識に感知魔法は除外していたんだ」


 ライズの考察の答えは──男の顔を見れば分かる。歯を噛み締めて悔しいという感情を表にしている顔だ。どうやらライズの予想は当たっているらしい。


「どうする? 魔法を使うか? 俺の見立てじゃまだリソースが多いから、魔法に時間制限だけじゃなく、大きくクールタイムを設けてると思うが」


「っ……舐めるなぁ!」


 ──男は飛び上がった。怪我した脚を無視し、自分の肉体に強化魔法をかけて一気に穴から脱出。

 逃げる算段はある。川に逃げ込めば時間をある程度は稼げる。そしたらまた能力を発動して逃げる。森の中じゃあエルフは闇雲に感知魔法を使えない。

 あとは適当に回復魔法をかけて森から出ればいい。流石に下着よりは命の方が大事。このまま捕まるくらいなら無理してでも逃げ──。


「──『エアネイル(荒鉤爪)』」


 ──背中。男の背中に三本線の鮮血が走った。

 逃げようとしていた男は空中で体勢を崩して落下。地面に体を叩き付けられ動けなくなる。


「な……んだ……?」


「拙者の魔法は風。しかも極めた風にござる。圧縮した風を斬撃として飛ばす。拙者がしたのは基本中の基本。ただお主には見えなかったようでござるね」


 生成した風を握って消失。昨日と同じ男とは思えないほどの顔つきにライズも目を見開いた。


「お前ずっとその顔してたらいいのに」


「拙者はもっとだらけたい! この顔をしとると表情筋が疲れる……」


「もったいねぇなあお前も……あんたも」


 斬られてもなお、這いずって逃げようとする男。そんな男にライズはため息をつく。


「そんな魔法使えるならもっと善行でもすりゃいいのに。神様を笑わせたらいいことも起こるぞ?」


「うる、せぇ……俺の力で……何しようが、勝手だろ……!」


「その勝手とかいうやつで人を巻き込んだら、お前の自由はなくなるんだよ。まぁそんなにいい魔法を持ってたらやり直すチャンスもあるさ。希望は持ちな」


 ──どうやら感知魔法に引っかかったままの男を感じ取ったエルフたちが集まってきたようだ。男を取り囲むようにやってきたエルフを見て男は諦めの息を漏らす。

 グレイとフェルトは男を見ながら二人の元へと歩いてくる。


「この人が……下着泥棒?」


「そ。生物と自分が触れた魔法を固定する? みたいな感じの魔法だった」


「なるほど……私たちが感知できないわけだ」


「ふふん。全ては拙者とライズ殿の活躍のおかげ! もっと褒めてもいいでござるよ!」


「このことに関してはちゃんと褒めてあげないとね。けど──その前に代償を支払わせなくちゃね」


「……代償?」


 エルフたちの手には──なんと武器が握られていた。棍棒やハンマーを中心とした打撃武器だ。物騒な見た目の物を肩に担ぎ、這いつくばっている男を睨んでいる。


「こいつが泥棒か……エルフの物を盗んだってことは、覚悟してんだろうな」


「アタシの下着をよくも盗んでくれたね。盗んだ分の骨は折ってもらうよ」


「何気に三百年ぶりくらいだなぁ制裁は。久しぶりで気分も昂ってきたよ」


 あまりにも物騒な言葉。ライズが唖然としていると、その横をグレイとフェルトが通り過ぎた。他のエルフたちと同じ目をしながら。


「どういうことだテルドリン! 何する気だこのエルフたち!?」


「……制裁でござるよ。エルフは昔から迫害されてきた。今はかなり落ち着いてはいるが、昔はそれはもう酷くて……そのためにはやられたことを徹底的にやり返して対抗しなくてはならない」

「あの男はエルフの物を盗んだ。それ相応の代償──リンチをする気でござる」


「なっ……!」


 エルフたちはあえて苦しめるため、魔法を使う気はないようだ。使うにしても苦痛を長引かせるための回復魔法程度。非力なエルフだからこそ苦痛は長く続く。

 男は諦めたように地面に顔を擦り付ける。これから受ける制裁を覚悟し、歯を食いしばった──。



 ──その前に、ライズは立ちはだかった。


「止まれ! お前らがこの男に危害を加えるんなら、俺はこいつを逃がす!」


「は、はぁ!? ライズ殿!?」


 自分たちが苦労しても捕まえられなかった下着泥棒を捕まえてくれた恩のある人間。その恩のある人間が今度は逆に下着泥棒を守るために立ち塞がった。

 エルフたちは驚き、狼狽える。グレイやフェルトはライズに叫んだ。


「何言ってんの! そこを退いて! 私たちはアンタは傷つけたくない!」


「そうよ! そいつを捕まえてくれた恩は後で返すから馬鹿なことしないで!」


「それはこっちのセリフだ馬鹿エルフ共め! 俺はお前らに恩を売るためにコイツを捕まえたんじゃない!」


 ライズは次々とやってくるエルフの叫びを全て黙らせる勢いで叫び返した。


「俺がコイツを捕まえたのは全部、何もかもイグサさんのためだ! イグサさんとエッチするためだ! ヤミさんが『下着泥棒を捕まえたら貴方を信頼する』って言ってくれたからやったことだ! 結果的にお前らの利になっただけで、俺はお前らのことなんざ何一つ考えていない!」


「ラ、ライズ……」


「俺だってこんなやつ最低だと思うし、ぶっちゃけリンチされても仕方ないことだと思う! けどこれを見逃したら俺はあとに引きずる! 胸を張ってヤミさんに報告できない! 気持ちよくイグサさんとエッチできない!」


「ところどころカッコよくないところがあるわね……」


 構わない。相手は多数。そして魔法のプロ。それでもライズは足を踏み鳴らした。男を守るためでなく、エルフを止めるためでもなく、自分の使命を果たすために。


「ヤミさんの出した依頼は『下着泥棒を捕まえろ』だ! 痛めつけろなんて言われてない……だから俺はこの男にこれ以上の傷は負わせない! 文句あるなら俺を倒してからにしろ! 言っとくが、性欲が絡んだ人間ほど強いもんはないぞ!」


「なるほど──面白いでござる」


 ──なんとライズの横にテルドリンも立った。剣を抜き、地面に突き刺す。


「なっ、お前もかテルドリン!」


「ライズ殿とは契約しているでござる。契約の間はこの男の手となり足となり動くことが傭兵の役割。ライズ殿がこの男を守るというのなら、それに従うのが傭兵でござる」


 自分たちの味方だと思っていたテルドリンすらライズの味方をする。なんで、どうして──その理由はエルフたちは何となく分かっていた。


 臆することも、恐れることもしていない。ただ単純に自分が気持ちよくなりたいからやっていること。心を読む魔法を使わなくとも判断できる。

 ただ純粋にエッチがしたい。純粋な不純という矛盾を抱えながらもライズは真っ直ぐ向き続けている。エルフはそんなライズに──負けてしまった。


「……ははっ。負けだよ、俺たちの」


「ごめんなさい……ほんの少しだけ、貴方を傷つけようとしてしまった」


「すまないライズ……」


 エルフたちは武器を捨てて地面に座る。誰も反論する様子はない。


「……バカだねぇ、ほんと」


「これがヤミちゃんが言ってた男か……はは。見る目あるよね、あの子」


 グレイもフェルトも地面に座り込む。それは『エッチしたい』という不純な動機のみで自分たちに立ち向かい、殺される覚悟までしたライズへの敬意でもあった。


「……はぁ。ライズ殿も無茶するでござるな」


「夢にまで見る好きな人とエッチするんだ。これくらいやって当然だろ。ちなみに昨日も夢に出てきたぜ」


「拙者も人のことは言えんが、ほんとに頭おかしいでござるね」


 出会ってわずか一日。だがそんなライズとテルドリンの心には、信頼という名の絆が出来上がっていた。

 ──その絆を嘲笑うかのように。夜に差し掛かったリバーウッドに声が響き渡る。


「──失敗したか、ウェイバー」

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