第8話『会心の一撃』
宿屋へと戻ってきた二人は近くで取れるブドウから絞ったジュースを飲みながら作戦会議を始めた。
「下着泥棒を叩くには、とにかく相手を視認する必要がある」
「視認さえすれば拙者が何とかするでござるからな」
「……お前の実力を疑うわけじゃ……まぁ疑ってはいるんだけどさ。お前はどんな魔法が使えんの?」
「よくぞ聞いてくれた。拙者の使用するのは風魔法! それも極めた風魔法でござる。聞いたかもしれぬが、単純な出力なら村でも一番! あのヤミ殿にすら勝てるほどだ!」
「でもヤミさんよりは弱かったんだろ?」
「……あの人はズル。なんか複数属性持ってたし」
……グレイも信頼していいと言っていたし、受付のエルフも強いと断言していた。とりあえずは信頼してもいいはず。……そのはず。どうしても強いようには見えないが。
「相手の情報をまとめていくぞ。相手は感知系の魔法に引っかかっても動けるほどの余裕を持ってて、罠系の魔法も無視することが可能」
「ならば狙うは先手。もしくは盗んだ直後の後手というわけでござるな」
「そうだ。感知系の魔法を村の外にまで広げることは可能か?」
「魔力的には簡単でござる。しかし感知系の魔法は人間以外の動物にとってはかなり刺激の強いもの。野生動物を無闇には刺激したくないとエルフは思っておる」
「うーん。じゃあ下着をマーキングしてから盗ませるのはどうだ。追跡できるだろ、それなら」
「それも試してるでござる。下着泥棒はどうやらそのマーキングすらも無視することが可能そうだ」
「……そうだよなぁ。俺が考えられる程度のことはエルフのみんなならやるよな」
相手があらゆる魔法を無視できるのなら分かるが、別に感知系の魔法には引っかかっている。それが分からない。一体何が条件なのだ。
「瞬間移動でもなくて……引き寄せる能力でもなくて……」
相手は実在している。生きた人間だ。それが普通に敷地へと入って下着を盗んでいる。
「……待てよ。テレポートでもなく、ちゃんと犯人は自分で盗んでるんだよな」
罠系の魔法には引っかからなかった。それはあいてがその魔法を無視したから。魔法を無視する力……それは魔法にのみ限定されているものではないのか。
例えるならもっとこう──物理的なものだとしたら。
「──あぁ!」
机を叩いてライズは席を立った。
「ど、どうしたでござる?」
「いいことを思いついたんだよ! 超シンプル! そうだよなんで気が付かなかったんだよ……ははは!」
ジュースを一気飲み。気分が良くなり、ライズはウサギ肉のステーキも注文した。
「そのいいこととは?」
「それはな──」
──作戦を聞いたテルドリンは『なるほど』と声を上げた。ライズと同じくジュースを一気飲みし、イノシシ肉のステーキを注文する。
「……単純。故に拙者らエルフじゃ思いつかない作戦。なるほど、なるほど!」
「おそらくだが、相手は俺たち、正確には俺の事に気がついてない。この村にいるのが全員高性能の魔法を使えるエルフだけだと思ってる!」
「だからこの作戦が響く!」
「来たぞ逆転劇! これぞ寿命の短い人間が生き残った理由じゃい!」
二人は肩を組んで大喜び。他のエルフから奇怪な目で見られても気にはしない。そんな二人をフェルトは生暖かい目で見ていた。
「流石でござる……ヤミ殿が寄越しただけはあるでござるな。お主にも変態の才能があるでござる」
「褒め言葉として受け取っとく」
「じゃあ早速始めるでござるか」
「そうだな。魔法は使うなよ。下手に使うと残気でバレるかも」
「当たり前。拙者もそこまで馬鹿ではござらん」
「行くか──イグサさんとエッチをするために」
重い腰を上げ、二人はカウンターに金を投げて店を出る。その背中はたくましく、その背中は信頼を無条件で与えるようなほどに厚い。
フェルトはカウンターに投げられたお金と二人を交互に見て言った。
「お肉食べないのかよ……あとお金足りないし」
* * *
──その日は雲一つない晴天であった。
燃えるような夕日は水平線の彼方に消えていく。太陽が消える最後の輝き。夜の闇の絶望を元気づけるような光を放っていた。
リバーウッドには独特の緊張が走っている。頻発している下着泥棒。危害を加えられたわけではないが、下着というプライベートなものを盗まれるのはエルフにとって大きなストレスである。
だから捕まえようと躍起にはなっているが、犯人は狡猾にも逃げ続けている。こと魔法においてはプロフェッショナルなエルフですら、だ。
感知魔法で動物を怖がらせる訳にはいかない。そんな彼らの優しさに付け込み、犯人は村の外の森へ隠れ潜んでいた。そして今日──また下着泥棒を行う。
犯人の男は木の上から村を見ていた。盗む場所は決めてある。──ハシャという女性の家だ。
九つの色の下着はゲットし、残るは青の下着のみ。この下着を盗むことで、全ての色の下着を完成させられる。そうとなればこの村には用はない。
「……ふっ」
男は無茶苦茶にカッコつけながら、風で服をたなびかせていた。フードを深く被り──仕事を始める。
男が指を鳴らすと自身の魔力が変化。透明な膜のようなものに包まれた。するとどうだ。リバーウッドに貼られていた感知魔法に突入──しても一切反応しない。
それどころか、リバーウッドの住人は誰一人として男のことを認識していなかった。しかしそれすらも表現として不適切。
もっと言うなら──誰も動いていなかったのだ。エルフは銅像のように固まったまま。お喋りをするどころか、呼吸をする音すら聞こえてこない無音の世界。
男は鼻歌を奏でながらスキップ。至極当然、当たり前のようにエルフの横を通過し、そして──目的地へとたどり着いた。
あえて真正面から敷地へと侵入。庭の花壇を踏み荒らしながら物干し竿の前へと行く。──ない。外に下着は干されていなかった。
(流石に警戒はするよな……)
だが無意味。男の使用している魔法からしてみれば愚策もいいとこ。下着を洗わないならともかく、洗ったのならば干さなくてはならない。
じゃあ干す場所といえば──室内。室内に干してるのなら家に侵入して盗めばよろしい。
「くくく。簡単なことだ。エルフも存外バカしかいないようだな」
正面玄関から行ってもいいが、ここはあえて窓から侵入してみよう。下着泥棒は下着泥棒らしく。こっそりと、慎ましく。隠れていかなくては。
男はゆっくりと窓へ近づき──。
──落下した。
「──え」
五メートル。男は自由落下をモロに直撃し、地面へと叩きつけられた。
「なっ、にぃ──!?」
魔力を纏っているので大怪我はしなかった。だが足にはそこそこのダメージ。叩きつけられた際に足を痛めてしまった。
いやそれよりも問題なのは五メートルも落下したということ。これは落とし穴。あまりにも原始的すぎる罠。こんな単純な罠に引っかかってしまったのだ。
「まずいまずい……!」
魔法は無制限ではない。流石に制限時間がある。しかし逃げられない。自分にヒールをかければその分魔法を使える時間も減る。どうすれば、どうすれば──。
男はこれまで失敗しなかった。魔法のプロであるエルフを出し抜いたことにより増長していたのだ。
だから突然の罠にかかり、頭の中に『しくじった』という文字が乱射される。即座に動くことはできない。それこそがライズたちの狙いであった──。
「──制限時間は過ぎたようだな」
「なっあ──っ」
──男が纏っていた半透明な膜は消え去り、周囲のエルフたちは自由に動けるようになる。そして気がつく。『誰かが侵入してきてる』と。
「こんな原始人みたいな罠に引っかかるとは。余程調子に乗っていたのでござろうなぁ」
「おいおい言ってやるなよぉ……可哀想だろ? この下着泥棒が」
穴の中から見上げた男の視界には──ニヤケ面で男を見ている、ライズとテルドリンの姿があった。




