第4話『まだ誰も知らない英雄の始まり』
ヤミの言葉にライズは照れたように笑った。
「母親や兄からもよく言われます……」
「疲れたわ。貴方は疲れる。……イグサのことが好きな理由も。どれくらい好きかも理解した。イグサ、貴方はどう?」
「……? 私ですか?」
ライズも気になるようだ。少し身を乗り出してイグサの言葉を聞く。
「わ、私は頭が良くないので、よく分かりませんが……つまるところ、ライズ様は私とエッチがしたいんですよね?」
「……そうね」
「だいぶカットされてる気が……」
「ライズさんがそれで困ってるのなら、私はエッチします。それでライズさんが嬉しいと感じるなら……自分の身なんて投げ出します」
「……」
……どうやらライズの思いはまだ届いていない、もしくは分かっていないらしい。エッチの同意はライズの目的を達成する言葉と同義だ。しかしこの同意にはイグサの意思がない。
それじゃあダメだ。同意のないエッチなど何が良いのだ。それはもはや単なる暴力。ライズが求めるものではない。
「……イグサ。ちょっとだけ部屋の外に出ててくれる?」
「はい。ヤミ様の命令なら」
イグサは疑問も躊躇いも見せずに部屋を出た。そんな光景を見てライズの顔にも雲が見え始める。
「……ま、あんな感じよ。イグサは小さい頃の出来事で人に奉仕することを生きがいにする子になっちゃったの。私も変えようとしたけど……ダメだった」
「……はい」
「残念だけど貴方がイグサのことを好きな気持ちは本人には伝わらない。……唯一私だけは愛してるのを知ってくれてるようだけどね」
自虐的に言うヤミの言葉にライズは俯いた。
「私も覚悟してたわ。この子を一生かけて育てる覚悟。どんなことをしても私の手でこの子の未来を守る。その覚悟を──さっきまでね」
「え……?」
ヤミはライズの覚悟を認めた。ただし不純な感情は受け入れてなどいないし、どこまで行ってもイグサの幸福のみが最優先なのは変わらない。
──しかし何度でも言うが、ヤミはライズの覚悟を認めているのである。自分と同じような、もしかすればもっと大きい覚悟を。
「貴方なら……その馬鹿みたいな強い心と気持ちがある貴方なら。あの子の心を溶かせる」
「僕が……ですか?」
「そうよ。悔しいけど、貴方ならあの子の心を溶かせると思うの。もっと自分は色んな人に愛されてるって思わせられるはず」
確証なんてない。あるのは賭けにも似た願い。だがライズには願いを叶えられると思わせるだけの凄みが感じられた。
「……僕に、そんなことが」
「ただねぇ……そうよねぇ……。なんというか、貴方の覚悟は分かる。私もそれに賭けたい。賭けたいけど……何しろ初っ端があれだったから、イマイチ貴方を信用しきれないのよね」
「え、あれだけ僕を認めてそうなことを言っておいて?」
「だって第一声が『エッチしてください』は流石にダメでしょ。娘を持つ親なら全員が門前払いすると思うわよ」
まぁそれも事実。初手がアレだったのでヤミもまだ完全にはライズを信じ切ることはできなかった。
だが──信じたい。この男を信用したい気持ちはある。
「……あと一歩。貴方の覚悟は理解した。だからあと一歩。最初の言葉で下がった分、確実な信頼へのあと一歩を私は欲しいの」
ヤミは近くの引き出しから手紙を出すと、それをライズに渡した。
「ここから南に三十キロ。クレイムフォレストと言われる場所にリバーウッドっていう村があるの。私の故郷よ」
「リバーウッドですか。聞いたことがあります。今では数が少なくなったエルフが住む村。シルクが名産でしたよね?」
「うん。シルクで作られた服はこの街でも人気でしょ。それで……その……リバーウッドは下着も有名なの。特に女性もののやつ」
「は……はい」
手紙を広げて中身を確認。そこには──ヤミの母親であるグレイの言葉が書かれていた。
『最近リバーウッドで下着の盗難騒ぎが起きています。暇ならちょっと調べてください』
実に簡素。実に明瞭。何をしてほしいか、何が起きているか、それでいてヤミが言おうとしていることが手紙を見ただけですぐに分かった。
「下着泥棒……」
「イグサを放っておけないのは分かるでしょ? だからといって危ない場所には連れて行けない。……下着泥棒とはいえ、相手は危ないやつだからね」
「つまり……僕に行ってほしい、と?」
「話が早いわね」
信頼を獲得するための条件。それはリバーウッドにいると思われる下着泥棒を捕まえることであった。
イグサと愛し合えるならなんでもする覚悟はある。四日間も土下座し続けたことを知ってるヤミならそれは分かっていると思われる。
「ですが……僕は、なんというか、普通の人ですよ? 探知系の魔法も持っていませんし」
「普通の人ってよく言えるわね。まともな人間じゃあ他人の下着を盗むような人間には相手できないでしょ。でも同じ土俵にいる貴方なら相手にできる」
「僕のこと遠回しに変態って言ってます?」
「直接言ってるわよ」
なんでもする……。わざわざヤミが出してくれた条件を断る気はサラサラないのだが、これに関しては自分以外に適任者がいるはずだ。
「貴方には根性と覚悟がある。どちらか片方だけあっても無駄なものだけど、両方合わせれば大きな力になるわ。つまり貴方は大きな力を持ってるの。……私を信用させたいんでしょ? イグサを愛してるんでしょ?」
「……貴方にそこまで言ってもらえるとは。これは断ることなんてできませんね。初めから断る気はありませんでしたが」
手紙を折りたたむ。──四日間を耐え抜き、顔を上げた時と同じ輝く瞳をヤミに向けた。
「やります。貴方に信頼されるため、そしてイグサさんとエッチをするため。僕はこの下着泥棒を捕まえます」
「……要らない文はあるけど、分かったわ。じゃあ頼んだわよ」
──二人の話が終わると同時に部屋の扉がちょっとだけ開かれた。奥からはイグサの綺麗な碧の瞳が覗いている。
「その……もう入っても?」
「いいわよ。ごめんね、仲間外れみたいにしちゃって」
扉を開けて中へ。ヤミの隣にちょこんと座りながらイグサは言う。
「大丈夫です。ヤミ様の命令ならなんでも聞きます。『腕を切れ』と言われたら切りますし、『脚を折れ』と言われたら折ります。……私にできるのは従うことだけですから」
「……っ」
笑顔。引きつったような、どことなく変な笑顔だ。それが痛々しくて。ヤミも目を背けそうになってしまう。
──ライズは考えるよりも早く立ち上がった。静かに歩を進めてイグサの前に跪く。
「イグサさん。僕は貴女のことが好きです」
「……? そうですか」
「ですが僕は貴女に『死ね』と言われても死にません。腕だって言われても切りませんし、脚だって言われても折らない。でも愛しています」
目線を合わせる。決して逸らさず。目の奥にある感情の奥にまで目を凝らす。
「愛はそんなに窮屈なものではありません。愛は自由であるべきです。好きなことをして、時には悲しい思いをして。それでも愛する。それが愛です。──僕は貴女にそれを教えます。教えるために行動します」
まだイグサにはライズの言っていることは分からなかった。しかしライズの宣言を遮ることはしなかった。
ライズは自分を否定している。だが自分を愛している。矛盾しているかのような内容を一切の迷いなく言ってきた。ほんの少しだけだがイグサは興味を持ったのだ。
「待っていてください。すぐに戻ってきます。その時に……またゆっくりと話しましょう」
ライズは宣言した。イグサに対して。ヤミに対して。自分を認めさせると、愛を教えると。
──だがこの時はまだ誰も知らなかった。この下着泥棒の騒動がやがて大陸を巻き込むとんでもない事件になることを




