蛇足『誰も知ることのない記録』
前の話で忠告はしました。これより先は未来の話です
──それは誰も知らない記憶。知ることのない記録。
ライズは走っていた。額からは汗と共に血が溢れており、腕の中にいる赤ん坊の額に滴り落ちる。
その血を拭ったライズは、赤ん坊の美しいピンク色の髪を撫でた。
「ごめん……ごめん……」
赤ん坊は無邪気に笑っている。額から血を流し、口からも血液が溢れてくる。喉に空気が入ったかのような声を流しながらライズは血を吐き捨てた。
「俺のせいだ……俺がもっとちゃんとしなきゃならなかったんだ……」
赤ん坊とは対照的に、ライズの頬には涙が流れていた。
「恨むならどうか俺だけを恨んでくれ。どうかイグサと……あの人は、恨まないで。俺だけ、俺のことだけを……お願いだ」
ライズが森を抜ける──目の前に広がったのは廃墟の街。忘れ去られた街とも呼ばれる『ガラングラム』であった。
無垢な赤ん坊は父親であるライズに手を伸ばす。泣きそうな顔でその手を握ったライズは、そのまま建物の中へと入った。
建物の中は寂れていた。瓦礫が地面に散乱。部屋の角には埃と砂が溜まっている。ライズは置いてあった布団の感触を確かめると──赤ん坊をそっと布団の上に置いた。
「お前がいてくれて良かった。それだけで、よかった。イグサとお前と。幸せに暮らせた……あの日々は人生の中で最も幸せだったんだ」
赤ん坊は涙を流し続けるライズに笑顔を見せる。両手を振って抱っこをねだっているようだった。
「愛してる。イグサ……お前のお母さんも、ずっとお前を愛していた。お前がいてくれたから、何ものにも変えられない幸せを見つけられたんだ」
そんな赤ん坊の額にライズはキスをする。それこそがライズが娘にできる最後の愛情。最後の触れ合いであった。
「元気で──シャーロット・アクレミス」
赤ん坊は自分の父親が足を引きずりながら立ち去るのを不思議そうに見ていた。
──今日は月明かりがよく照りつけている。美しい満月だ。だがシャーロットはこの記憶を思い出すことはない。満月の記憶も、父親の背中も。
ご愛読ありがとうございました。これからも作品を投稿しますので、ぜひお楽しみください




