最終話『幸せは歩いてこないから迎えに行くのだ』
大雨が降りしきる中、イグサは馬車から降り立った。泥なんて気にしない。雨に濡れても気にしない。ただライズの姿を探し続ける。
──戦いは終わった。それを感じ取ったヤミたちはあえて動かなかった。あとは二人だけの世界。ライズとイグサの時間を邪魔してはならなかったから。
服を濡らしながら。泥で靴を汚しながら走る。自分を助けてくれた骨董品店へと走る。
普段は運動なんてしていないので、すぐに息が切れた。呼吸が詰まって咳き込む。──それがどうした。喉をゴロゴロと鳴らしながらイグサは構わず走った。
そして──いつもの家へとたどり着く。
立っていたのは──ライズ。足元に倒れたアンダーウェアを見て、確信した。
──ライズが勝ったのだと。
ライズの方もイグサに気がついた。関節が錆び付いたかのようにぎこちない動きで振り向き、今にも泣きそうな顔をしているイグサを視界に収める。
なんて不謹慎。最低なことだ。今絶対に思うべきではないことをライズは思ってしまった。──濡れてるイグサさんエッチだな、と。
「が……」
声が出ない。歩けない。もう進むことができない。イグサの方へ。好きな人のところへと歩くことができない。
自分にはその資格がないのか。余力すらも使い切ったライズの体は魂が抜けたかのように倒れ──。
──イグサに受け止められた。
「ライズ……さん……っ」
「……」
腕が細い。手が小さい。雨に濡れてるはずなのに甘い匂いがする。あと胸の感触がほんのりとする。
ほんとに瀕死なのか怪しいライズの思考を感じ取ったからか、イグサは思わず『むふふ』と笑ってしまった。
「……ライズさん」
頬を流れているのは雨か。それとも涙か。ライズの体をイグサは抱きしめ、イグサの肩に顎を乗せるライズ。
何を言っても聞こえる距離。イグサは言った。
「……おかえりなさい」
──暖かい。家庭的な言葉。好きな人にそんなことを言われるのを何度夢に見たことだろう。夢で何度も予行練習は重ねた。
練習の成果を見せる時。ライズは壊れたはずの声を出した──。
「──ただいま」
* * *
──数ヶ月後。王都は再建の一途を辿っていた。
アンダーウェアが引き起こした未曾有のテロ事件。それにより家は崩壊し、職を失った者も多数いた。だが国王ブラインドやポラリス、そして他国の支援によって王都は瞬く間に回復していった。
ちなみに本当のアンダーウェアの目的は下着泥棒だったが、流石にくだらなすぎたので国民には伝えられなかった。
ブラインドは事件の責任を取って国王を引退。王権をポラリス・マクトンへと引き継ぎ、歴史上で初めての王都グランドディスフロリアの女王が誕生した。
「おめでとうございます」
「……お父様の意志を継げるように、立派に頑張りますね」
秘宝を売っぱらったアルは一時的に地下牢へと幽閉されることに。そこでしごかれて頭を冷やしたアルはポラリスの側近としての復帰を果たす。
「もう二度と商人はごめんだもんね! 商人なんて見たくないしー!」
ポラリスの影に隠れながら、久しぶりに会いにきたリアスに威嚇しながらそう言った。
アンダーウェアが捕まったという情報はリバーウッドにもすぐ届いた。捕まえたのがまさかのライズとテルドリンなことに仰天する村の人々。
「テルドリン……お前、女王にどんな脅しをかけたんだ!?」
「そんな子に育てた覚えは無いぞ!」
「拙者そんなに信頼されてないでござるか!?」
子供のようにむくれるテルドリンに笑いながら謝るグレイとフェルト。拗ねるテルドリンを子供が慰めてる様子を見てライズは大笑いするのだった。
アンダーウェアを捕まえた功績を称され、スカイは多額の金をゲット。民宿『ヒヤシンス』を改築して『ヒヤシンス・インフィニティ』へと改造。そのバカみたいな名前から徐々に客足も伸び、閑古鳥が鳴いていた時からは想像もつかないほど大きくなった。
「これで億万長者! 皆の者ひれ伏せぇい!」
「さすが女王様だ。貫禄が違うな」
「好きな男の服を剥いでパンツ奪い取るような子だからな」
「そこ! 聞こえてるぞ! 忘れろと言っただろそのことは!」
ちなみにスカイとリアスは籍を入れて結婚。二人で仲良くヒヤシンス・インフィニティを経営している。
ヤミ骨董品店もすぐに復興された。壊された品々の数々にヤミはライズを闇の牢獄に幽閉しようとしたが、イグサの説得により事なきを得る。
そして後にポラリスの計らいによって大量の品々が送られ、今度は逆にライズを甘やかしまくるヤミなのであった。
「だから言ったでござろう。ヤミ殿はワガママなのでござる」
「ふぅん……テル君そんなにぶちのめされたいんだぁ……千年前は泣きながら私に土下座してたの忘れちゃった?」
「すみませんでしたライズ殿に言わされてただけなんです許してください」
「変わり身早いな」
ちなみに『ザ・ワン』と「|ヴァーチャル・インサニティ《万物の番人》」はきちんとマクトン家へと返された。
そして──アンダーウェア。ライズが倒した後に身柄を引き取られた彼は地下牢へと幽閉されることとなる。
あれだけ大きな事件を引き起こしたアンダーウェアだったが、彼の刑は意外にも終身刑。アンダーウェアの時間停止能力に目をつけた役人たちは殺すよりも生かしておく方が利益になると判断したようだった。
ライズは一度だけ面会が許され、鉄格子を挟んでアンダーウェアと会話した。
「気分はどうだ?」
「最悪だ。飯は美味しくないし、刑務官の性格は悪い。ここに居ると私の有能さがよく分かるよ」
「減らず口を……心折れたから助けてください、って言えば嘲笑うくらいはしてやるのに」
「貴様なんぞにするわけないだろう。というか、私にメリットが無さすぎるぞそれ」
殴りあった。本気で戦い、本気で負けた。出し惜しむことなく負けた。──二人の間には、どこか友情のようなものが繋がっていたのかもしれない。
「……ライズ・ドーミラ」
「今は婿に入ったからライズ・アクレミスだよ」
「それじゃあライズ・アクレミス。──私がそっちに行く時まで、せいぜい幸せに生きてるがいい」
「……はっ。来れるもんなら来てみろよ。お前が牢獄で死ぬその時まで、俺は幸せになってやるさ」
二人は往年の友人のように。ただ無邪気に笑った。
──ライズ、テルドリン、スカイ、リアスの四人はアンダーウェア確保の功績を称えられ、城へと招かれた。もちろんポラリスの計らいによってヤミとラスカ、そしてイグサも出席した。
「俺って居て大丈夫っすかね? アフロディーテの聖騎士なんすけど」
「問題ありません。どこに仕えていようと、我が国を助けてくれたことには変わりありませんから」
城では復興記念も兼ねてのパーティが行われる。豪華な食事。数々の著名人。楽しげな歌。ライズとイグサは手を取ってダンスを交わしながらパーティを楽しんだ。
料理長に食事の持ち帰りはありなのかを問うヤミ。超有名な歌い手と話してデレデレなリアス。それを頬を膨らませながら見るスカイ。自分の武勇を語るもヤミに『調子に乗るな』と頭を叩かれるテルドリン。
「……楽しいですね」
「そうだな」
──ライズは女王の御前へと招かれた。パーティに来ていた人たちは誇らしそうに歩くライズを見て微笑む。
「ライズ・アクレミス。国を恐怖のどん底に引きずり落としたアンダーウェアを確保したこと。国民の皆様に変わって感謝を申し上げます」
「当然のことをしたまでです」
「そこで──救ってくれたお礼をあげたいと思います。ある程度のことは許しましょう。土地が欲しいですか? それとも利権?」
あの時──城から抜け出していたポラリスを助けた後に言われた言葉。あえてポラリスは砕けた口調で語りかけ、ライズにニッコリと笑いかけた。
──ライズの願いは変わらない。初めから何も変わらない。だから躊躇うことも、臆することも一切せずに。堂々と答えた。
「──ホテルの一室を一週間くらい貸切にしてください」
……。ライズはイグサの肩を抱き寄せていた。そんなイグサの顔は真っ赤。俯いて恥ずかしそうにしている。
全員が固まった。そして──テルドリン、リアス、スカイ、ラスカは吹き出した。
「ラ、ララ、ライズゥゥ──!」
──ヤミは顔を真っ赤にして怒った。魔法を展開してライズを攻撃しようとし、テルドリンは必死にそれを止める。
「い、いいじゃないですか! 俺、今回の件はすっごい頑張ったんすよ!? なのにお母様がずっと起きてるから、まだ五回くらいしかできてないんですもん!」
「あぁ……お前ならもっとすると思ったけど、確かに少ないな」
「だね。ヤミさんとか関係なくいっぱいすると思ってた」
「お主ら冷静に言うなでござる! 早く、早く一緒にヤミ殿を止めて──ちょ、それダメなやつ! ブラックホールを作るなでござるぅ!」
パーティは一気にカオスになった。ヤミの魔法にある者は恐れ、ある者は興味を持ち、ある者は大笑い。玉座に座っていたポラリスは女王という仮面を捨てて手を叩いて笑う。
もっとパーティは静かに行われる予定だったようだ。物陰からパーティを見ていたブラインドとアルは呆れたように溜息をつき──笑いながら混乱に参加する。
テルドリンは焦りながらも楽しそうにヤミを止めていた。
スカイは怒るヤミを見て大笑いをしていた。
リアスはスカイに色目を向けていた奴をしれっと殴り、スカイと共に微笑む。
ラスカは傷を癒したルドロフと共に酒を飲み交わしながら腹を抱える。
ヤミは暴れながらもその口角を上げていた。
激しくて。楽しくて。ヤミの魔法を躱しながら、ライズはイグサと走り回る。
「ねぇ、イグサさ──イグサ」
「……はい?」
物が壊れ、叫び声が響き、笑い声が部屋を包む。そんな中、荒い息を立てながらライズはイグサに聞いた。
「──今、幸せ?」
ライズの問い。イグサは誰にも負けないような笑顔をライズに向けて言った。
「──はい」
ご愛読ありがとうございました──って言いたいところですが、一応まだ続きがあります。
ただ、これより先はこの最終回がひっくり返るような話になります。ハッピーエンドのまま終わりたい方は見ない方がよろしいかと。覚悟のある方のみお楽しみください




