第36話『アブソリュート・テンプス』
ライズとアンダーウェアの拳が交差する。ライズの拳は──外れ、アンダーウェアの拳がライズの顔面を撃ち抜く。
「ぶっ──っ!?」
続いて一撃。腰を捻った完璧な右フックがライズの顔面に叩きつけられた。続いてアッパー。さらに左フック。そして腰の入ったストレート。
相手はテルドリンとすら真正面から戦えるほどの強者。一般人とは隔絶した強さを持っている。
苦し紛れに放った拳は全部回避され、お返しのカウンターが腹に叩き込まれる。下がった頭に膝蹴り。鼻血を出して怯んだところに振りかぶった右拳が顔面へ着弾した。
「どうした! そんなものか!?」
拳を構える──瞬間、アンダーウェアのハイキックが右頬を蹴り抜く。何重にも増える視界。そこへアンダーウェアの肘がみぞおちを貫いた。
「さっきの拳を受けて期待してみれば……やはりお前は普通の人間。戦っても面白みはない!」
肘によって殴り飛ばされるライズ。アンダーウェアは息を吸い込む。
普段は予備動作なしで使いたいため技名すら言わずに使っていたが、ライズは圧倒的な格下。故に使用しても問題無しと判断した。
「これで終わりにしてやろう──『|アブソリュート・テンプス《絶対零度の時間》』」
──周囲の時間は停止した。空中に舞う埃も。飛び散った木の破片も。何もかもが凍りついた静止された世界へと変貌を遂げる。
ライズは地面に倒れたまま。止まった時間の中でアンダーウェアが動いてることすら認識することはできない。
簡単な仕事だ。受けるのは不意打ちの一発だけ。あとは倒れているライズの顔面を踏み抜くだけの簡単な作業である。
「さらばだ──」
脚を上げてライズの顔面へ──叩きつけた。
「──は?」
脚は──外れた。いや、外された。
アンダーウェアの振り下ろした足はライズの手によって逸らされ、地面へと叩きつけられている。
固まる。時間は止まっている。動けるはずがない。静止した時間の中で動けるわけがない──。
混乱しているアンダーウェアを蹴り飛ばす。ライズは飛び起き、そして──またアンダーウェアの顔面をぶち抜いた。
「ぶっ──ぅ!?」
──時間は元に戻る。空中に静止していた木片はパラパラと地面に落下。ぶん殴られたアンダーウェアは並べられた骨董品を壊しながら床へと倒れ落ちる。
「なん……なんだ……!? なぜ、なぜ動ける!?」
「よくもバカスカ殴ってくれたなぁ……やっとこさ一発お返ししてやったぞこの野郎!」
どういうこと。同じ魔術か──そんなわけない。魔術を無効化された様子もなかった。ライズはただ単純に停止した時間の中を動いたのだ。
何かしらのタネがある。アイテムか、魔法か。流れる鼻血を前腕で拭く──違和感。その時、アンダーウェアは前腕に違和感を感じた。
「これは──糸、か!?」
──糸。透明に近いほどに細い糸が腕に巻きついている。そして糸はライズから伸びていたのだ。
アンダーウェアは『触れた者も時間停止した世界で動かせるようにする』ことが可能。つまり触れてさえいれば時間停止は無効化することが可能。
だが流石に無理がある。糸と繋がっているから触れている判定ならなんでもありだ。第一それがアリならアンダーウェアだってもっと利用している。
じゃあこれはなんのために。逃がさないためか。それとも何か魔法が編み込まれ──。
「いや、違う。これは──」
違う。魔法が編み込まれているのではない。この糸そのものが魔力の塊だ──。
「貴様──魔術使いか!」
「気が付くのが遅せぇよバァカ!」
──そう。ライズは『裁縫属性』を操る魔術使い。基本属性と派生属性からも離れた例外の存在であった。
自分の肉体を媒介に糸を生成する魔術。つまり糸は実質的に自分の肉体と同義。故にライズの糸が巻き付いているのは触れている、という判定になった。
人形店を営んでいるライズは自分の魔術を人形作りにのみ使っていた。戦闘に使うのは初めて。ライズも不安だったが見事にハマったようだ。
「テルドリンに言われた時に思ったんだ。俺の魔術なら触れているという判定になるんじゃないかって。まぁ綺麗に術中にハマってくれたな!」
「くそっ、このっ──」
手刀で糸を切ろうとする──が、その直前にライズが糸を引き寄せた。
無理に引っ張られたアンダーウェアの顔面を拳で撃ち抜く。殴り飛ばされて体が飛来しようとするが、ライズの糸がそれを許さない。
また引き寄せて腹部に強烈なボディブロー。続いて首を掴んで顔面をまたぶん殴る。
「ぶっ、ご──ぉ!?」
時間停止は意味がなし。ロストエンドもライズが触れている限りは同一の肉体判定となって無効化されてしまうだろう。
アンダーウェアの強みをへし折った。このまま畳み掛けて一気に倒し切る──しかしそうはいかないのがアンダーウェアという男だ。
「ぐ、っ──『クロックアップ』!」
顔面を撃ち抜こうと迫るライズの拳を──超スピードで回避。カウンターの掌底を胸へと叩きつけた。
「カハッ──ッ!?」
「私の魔術が時間停止だけだと思ったか! 時間を止めても意味ないなら他の方法で倒すまでよ!」
今度はアンダーウェアが糸を引っ張りライズを引き寄せ──ぶん殴る。店のカウンターを壊しながら殴り飛ばされるライズに追いつき、その腹部を蹴り飛ばした。
「が──ぁぁああ!!」
──キャッチ。内臓に広がる衝撃に耐えながらアンダーウェアの脚を捉えた。 地面へ押し倒しつつマウント。顔面に向けて拳を振り下ろす。
「っ──『タイムラグ』!」
ライズの拳はアンダーウェアの顔面に直撃する。──感触がない。確実にめり込んでいる。なのにライズに伝わる感覚は床の木材の冷たさしかなかった。
──タイムラグ。自分の動きを相手に遅らせて見せる技。ライズが拳を叩きつけた場所には既にアンダーウェアの顔はなかったのだ。
胸ぐらを掴んで引き寄せつつ顔面を殴る。ライズのマウントは解かれてアンダーウェアは自由に。ライズの背中と頭部を掴んでぶん投げた。
地面に落下するライズに追いついてまた蹴りを放つ。防御に成功するライズだが次は頭を掴まれ、膝蹴りを叩きつけられた。
「う、ぐ──」
ここぞとばかりに拳を振り上げるアンダーウェア。泣きそうなほどに痛む鼻を我慢し、振り抜かれた拳を──避けた。
それと同時にアンダーウェアの首に糸を巻き付けて背中合わせにして引っ張りあげる。
「が……ぁ……!?」
糸はアンダーウェアの首をギリギリと締め付けた。呼吸が止まり、視界も沈んでくる。喉の骨が削られるような痛み。ライズは確実にこのタイミングで倒しに来る。
逃げ──ければ。ライズの肋に何度も肘を叩きつけるが緩まない。視界は徐々に暗くなっていき、意識も夢のように消えていく──。
「ぁ……ぁ──シ、『|ショートクロックアップ《瞬間肉体加速》』!」
消えかかった意識を総動員させて魔力を放出。一瞬、ほんの一瞬だけ肉体の動きを超加速させ、勢いをつけてライズの肋に肘を叩きつけた。
「っ──ぁ」
──肋がへし折れる感覚。ライズの力が緩まった隙をついて体を捻り、髪を掴んで顔面に頭突きを放つ。続けて前蹴りを腹に叩きつけた。
「──ぁ」
商品棚に背中を叩き付けられてライズは腰を落とす。流れる鼻血と折れた肋の痛み。呼吸が止まったようでライズの動きは停止してしまう。
「はぁはぁ……少しは、抵抗、したようだが……無駄だったな……!」
肩で息をしながらアンダーウェアは自分に巻き付けられた糸を手刀で切り裂く。──これで肉体の繋がりはなくなった。よって停止された時間で動けることもない。
「止めてなくとも、動けないようだがな……ハハッ」
わざわざ止めずともライズは動けない。だが──ここまで苦しめた相手も久しぶりだ。
敬意などではない。ただ純粋にライズを警戒してのこと。隠し持っていた武器で反撃されるかもしれない。だから既に動けないであろうライズを確実に殺すため。アンダーウェアは──技の名を告げた。
「せめて気が付かないうちに終わらせてやる──『|アブソリュート・テンプス《絶対零度の時間》』」




