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告白の言葉が『エッチしてください』はダメだと思う  作者: アタラクシア
第五章『心の中に変わらずドンッとあるもの』
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第33話『──任せて』

 イグサは静かに目を覚ました。眠気の残る瞳を擦りながら体を伸ばす。外は──まだ夜。朝になるのはまだ先のことだろう。

 まるで甘い汁のように眠気がまたやってきた。意識は甘くてとろけそうな場所へと引きずられる。抗う理由もない。またイグサは眠ろうとした。


「……?」


 床に何かが落ちている。机の影で完全に闇となっている場所がキラリと光ったのをイグサは確認した。

 ゴミか。それとも商品か。どっちにしろダメ。明日の朝に掃除はするが、なんとなく気になったイグサは重い体を持ち上げて落ちてる物を拾いに行った。


 そこにあったのは──指輪。単純ながら美しさを極めた銀の塗装。頂部に付いているのは宝石か。ルビーのような色をしているが、それよりも赤が濃い。

 あまりの綺麗さにイグサもうっとりした。反射的に手を伸ばして指輪を手のひらに乗せる。


 月明かりにかざせば美しさはさらに増大した。反射した赤い光は店の天井を赤く照らしつける。


「綺麗……」


 最近買ったものだろうか。イグサはこんなものがあるなんて知らなかった。


「流石はヤミ様。お目が高い……」


 店の中を歩いて指輪の場所を探す。──それっぽいのがあった。王族が使うような空のリングボックス。これに入っていたのだろう。入ってなかったとしても、ここがよく似合う。

 手放すのは名残惜しいが売り物だ。イグサは少しだけ躊躇いながら指輪をリングボックスへと返す──。


「──わざわざ返すのか。もったいない。要らないのならば私にくれないか?」


「え──」


 ──隣。隣にはタキシードに身を包んだ男──アンダーウェアが立っていた。

 いつからいたのか。どうやって入ってきたのか。突然現れたアンダーウェアに驚いてイグサは腰を抜かして驚いた。


「落ち着きたまえ。手荒い真似はしない」


「や、や……!」


 腰を抜かしたイグサは這いずって逃げようとする。冷たい床に体を引きずりながら手を伸ばした──先には、アンダーウェアの脚があった。


「ひっ!? な、なんで……!?」


「だから落ち着きたまえ。私は君に危害を加えるつもりはない」


 指輪を握りしめて怯えるイグサにアンダーウェアは両手をあげた。


「私はどうしてもその指輪が欲しいんだ。それさえくれれば何もしない。君には何も危害を加えたりしない。約束するよ」


「ゆ……びわ……?」


「そうだ。君が握りしめてる指輪だ。ただ渡してくれるだけでいいんだ」


 指輪を渡すだけ──イグサは納得しそうになるが、全力で首を振った。これはヤミの所有物。ヤミの許可なくしてあげていいわけが無い。

 だが渡さなければ酷い目に合わされる。怖い。怖いのは嫌だ。怖いのは怖い。またあの時のようなことになってしまう。


「……待て。ふむ」


 アンダーウェアは値踏みするようにイグサを眺めていた。

 淡く光を反射する紫の髪。弱々しく歪む碧の瞳。細い腕と指。胸部から腰にかけての滑らかな線。そして白い素肌の出た生脚。

 舐め回すような視線に寒気がしたイグサはスカートを抑えながら脚を閉じる。


「……下着だ」


「……え?」


「二つ選ばせてあげよう。下着か指輪、どっちかを渡してくれればそれでいい。君はかなり顔がいい。私個人としては王女よりも優れていると感じた」


 あんまりにも予想外な選択肢。思わずイグサも目を丸めて驚く。


「君の下着にはそれだけの価値がある。今すぐ脱いで私にくれれば、もうそれでいい。欲を言うなら秘宝も欲しいが……背に腹はかえられないな」


 下着を渡すだけ。指輪はヤミの所有物だ。渡すことは絶対にできない。──だが下着なら。自分の付けている下着を渡せば見逃してくれるとアンダーウェアは言っている。

 今履いているパンツを脱いでブラジャーを渡せばもう終わり。この怖い人は帰ってくれる。なら渡さない理由などない。


「ほ、ほんとに……下着……渡したら、帰って、くれますか?」


「あぁ帰るとも。約束しよう。君が下着をくれるなら、私は宝石を諦めて帰る」


 嘘は……言っていない。本気だ。下着を渡せば本気で帰ってくれる。

 渡せばいい。自分の下着なんて何個もある。別に今更恥ずかしさもない。今更恥ずかしがることなんてない。


 イグサは立ち上がった。指輪を手の中に入れたまま、ゆっくりとスカートの中のパンツへ指をかける。

 満足そうにアンダーウェアはイグサがパンツを脱ごうとしているところを見ていた。腕を組み、片頬だけ口端を登らせる。

 脱げばいい。これを脱げば見逃してくれる。帰ってくれる。これを脱げば──。



* * *



 ──嫌な過去を思い出した。

 村にいた時の過去だ。村長の妾の子として生まれ虐待の限りを尽くされた。殴られ、蹴られ、罵られ。呼吸をするのにすら許可が必要なくらいに。

 味方なんて居ない。外に出ればゴミを投げつけられ、村ぐるみで虐められる。イグサにとってそれが普通のことだった。


 ある日のこと。イグサが居間にいると、突然村長がイグサを押し倒した。生ぬるい息が顔にかかり、酒臭い匂いが鼻腔から体内へと侵食する。

 震え、怯え、逃げようとした。だが大人の男から逃げられるわけがない。そのままイグサは──。


 夢や希望なんてなかった。自分はこうして誰にも愛されぬまま死んでいくのだろうと思った。そんな──時だった。


「可愛い顔してるわねぇアンタ」


 村にやってきたヤミという女性。彼女は明るく、美しく。村の人々はたちまち虜になった。

 ヤミも村の人々と打ち解けていったが──この村でイグサがどんな扱いを受けているのかを知った途端に態度を急変。魔法で村を無茶苦茶にし、諸悪の根源である村長を半殺しにして吊るしてしまった。


「来なさいよ。私のところに」


 こうして行く宛てのなかったイグサはヤミに拾われることとなる。


 初めて暖かいご飯を食べた。初めて優しく背中を流してくれた。久しぶりに誰かと一緒に寝て痛くなかった。

 色んな初めてがイグサに降りかかった。最初はなぜ優しくするのか分からなかったイグサだが、しばらくしてようやく分かった。──ヤミは自分のことを愛してくれているのだ。

 妾の子として冷遇されてきたイグサ。愛なんて受けたことのなかったイグサは、ヤミと出会って初めて愛を感じることができたのだ。


 だが生まれてから十二歳になるまでの生きる上で重要な期間を虐待と罵倒に塗れて暮らしてきたイグサ。そんなイグサの心は愛されるだけで溶けることはなかった。


 ──自分は必要ない。必要とされていない。村の中で幾度となく罵倒され、自己肯定感を壊されてしまったイグサは、誰かに認めてもらうことに固執してしまうようになった。

 ゴミを捨ててくれ。お金をくれ。殴らせてくれ。俺とヤラせてくれ──。

 どれだけ下衆な願いでもイグサは承諾した。それで自分を認めてくれるなら。


 そんなイグサを守るためにヤミは過保護になってしまった。一人で外には出さなかったし、常にイグサの隣で眠ってあげる。おかげで下衆な人間からイグサを守ることはできた。

 だが人間はそれではダメだ。きちんと自立して、きちんと自分で考えて。動かなければ人間ではない。だがイグサを一人にはできない。


「──僕とエッチしてください!」


 ──そんな時に彼は現れた。

 変態。狂人。馬鹿。説明しようとすると罵倒の言葉が並んでしまうような男。ヤミは強く反応したが、イグサはそこまでであった。


 エッチしたい。トラウマであるはずのイグサだが、自分のことを認めてくれるなら、その程度のことはいくらでもするつもりだった。

 だった──が、男は違った。言えばするのに、わざわざヤミに認めてもらうために下着泥棒を追っかけ、挙句の果てには王女の下着を盗もうとする輩を捕まえるとかなんとか。


 最初に聞いた時はなんの冗談かと思ったが、どうやら現実のことらしい。

 なんて異常で。なんて馬鹿で。なんて阿呆で。なんて──真面目な人なんだろう。


「──心に変わらずドンッと置いておく。それが恐怖に立ち向かうコツです」


 なんで怖い人に立ち向かえるのかと聞いた時、彼はそう答えた。心に変わらずドンッと置いておく、なんて抽象的な言葉だ。

 だけどイグサにはどういう意味かが何となくわかった。自分の大事なものを胸に置いておく。怖くなったらそれを引っ張り出せばいい。


 ヤミが好きだ。本当の母親のように思ってる。ずっと元気でいて欲しいと思ってる。

 だからイグサは心の中にヤミを置いた。そしたら不思議と強くなった気がした。年下を虐めている子供にも注意できたし、怪我をした小鳥を看病することだってできた。


 心の中にヤミが居てくれる。そう思うだけで強く感じられる。だが不思議なことがあった。

 イグサの心の中には──いつの間にかライズの姿があった。


「今日からここが貴女の家よ。私とイグサ、二人だけのね」


「イグサさん! ──戻ってきたらどうか、エッチさせて下さぁい!」


 会ったのは僅かほんの一日や二日程度。会話だってほとんどしたことが無い。なのになんでライズがヤミと同じ場所にいるのか。ライズの帰りを待つこの五日間でイグサは何となく理解した。

 ──これは一目惚れだ。ライズがイグサを見て一目惚れしたように、イグサもまたライズに一目惚れしていたのだった



* * *



「……す」


「……なんだって?」


 アンダーウェアが聞き返す。


「──いや、です」


 イグサは──涙を流しながら叫んだ。


「いや、です。嫌です、嫌です! ゆ、指輪も! 下着も! 全部私のものです! わたっ、私が、私の……物なんです! 誰にもあげません!」


 必死の叫びだった。膝は震え、声も震え。震えてない箇所がないんじゃないかと思うほどに恐怖で体が震えていた。

 だけど叫んだ。──心に変わらずドンッと置いておく。イグサは心にヤミとライズを置いていた。


「あげません……あげません……私の、ものなんです……!」


「……なるほど。しかしそう言うからには、手荒な真似をされるというのは理解してるんだろうな」


 膝から力が抜けて地面に落ちた。指輪を胸元で握り続ける。流す涙で服が濡れていくが、その目線だけはしっかりとアンダーウェアへと向けられていた。

 逃げない。恐怖から逃げない。立ち向かう。恐怖に立ち向かう。そう決意したイグサ。


 だがアンダーウェアの手は無慈悲にも伸びていく。──悔いは無い。必死に戦った。イグサは自分なりに戦った。だからもう悔いはない。

 イグサは目を瞑らない。最後の最後まで揺らぐことのない決意をアンダーウェアへと向け続けた──。



 ──乾いた、音がした。何かが破裂するような、壊れるような。


「──誰に、手ェ、出してんだ……!」


 ──ライズの拳はアンダーウェアの顔面へと叩きつけられた。

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