第31話『暗闇大決戦珍道中』
──森の木々はライズたちを責め立てるかのように襲いかかってきていた。
小枝や葉っぱが馬車の上のライズたちに衝突。馬を操るリアスは頬や目の横を切り裂かれながらも、瞬きすらせずに前を見据え続けた。
巧みな馬術で木々を通り抜ける。急な下り坂も一切臆することなくトップスピードで突破。地面に車輪を衝突させて少し凹んだが気にしない。
「追いつける……追いつける!」
もちろん目を瞑らないリアスも凄いが、そんなリアスの指示を駄々をこねずに忠実に従う馬も素晴らしい。それだけ信頼関係が築けているということ。
後で必ずいたわる。後で大好きなリンゴを沢山やる。だから今は限界を超えてでも走り抜けてくれ──。
小枝によって唇を裂かれ、口の中に血の味が染みる。だがそれでもリアスは鞭を叩く手を止めることはなかった。
「このまま行けばすぐにシモエ街にたどり着けるよ!」
「そうだといいが……!」
──音がした。
猿が木を駆け抜ける音──ではない。人だ。人が枝と枝を飛び移り、木を蹴りながら動いている音がライズとスカイの耳に聞こえてきた。
「まさか──」
ライズの視界には──黒い衣装に身を纏った男が映っていた。漆を塗っているからか一瞬分からなかったが、その右手にはナイフを持っている。
「十二神将か!」
「──いかにも。俺は十二神将の一角『ナナシ』! アンダーウェア様の邪魔をする者は許さない!」
ナナシは木を蹴りながら加速。何と人の身でありながら馬車へと追いつくスピードを見せ──手に持ったナイフでスカイを切りつける。
「きゃあ──ぁ?」
確実に切り裂かれた。胸を横一閃。心臓に到達し、動脈が切り裂かれる──ような感覚がしたはず。
「あれ? 私切られ──て──」
スカイは気がついた。切られたのは肉体ではなく──下着であった。服の奥にあったブラジャーが切り裂かれ、ハラリと下に落ちる。
「……ふ、ぇ!?」
「ふっふっふ……やはり女性に下着は必要ない! ノーブラでノーパンこそ至高!」
……また変な人。恥ずかしがってしゃがみこむスカイの横でライズは馬車に置いてあった護身用の棍棒を手に取り構える。
「え、ライズ!? 今どうなってんの!?」
「スカイの下着切られた」
「──野郎ぶっ殺してやる! 殺す! ぶっ殺す!」
「待て待て運転手が立とうとするんじゃねぇ!?」
今までにないほどのブチ切れ。青筋から血液を吐き出す勢いでブチ切れて立ち上がろうとするリアスを無理やり座らせる。
「次はパンツだ! ノーパンこそ至高! ノーパンこそ神! 人は原始に戻るべきなんだ!」
「聞き捨てならねぇなぁ……隠されてるからこそエロいのもあんだろうが! 何もかもさらけ出して喜ぶのは三流落ちて四流の考え! 制限された中で戦うからこそのエロさが分からないのか!」
「そんなもの現代に毒された人間の怠惰の塊だ! 服の上から開放された胸部が揺れ動く姿を想像してみろ! 貴様の意見などパンツと共に捨ててしまえ!」
討論は無駄。どちらも意見を譲る気はない。話し続ける理由もないだろう。
「こんのっ、わからず屋がぁ!」
「このっ、低脳がぁ!」
──木を蹴って加速。加速した短剣をライズへと向ける。
短剣と棍棒ではリーチは棍棒の方が上。取り回しは短剣が上。今回の場合、遮蔽物の多い森ならば取り回しに優れた短剣の方が有利になる。
ライズは何とか短剣を防ぐ。反撃として棍棒を振り回すが簡単に避けられ反撃の蹴りを食らった。
「っ……!」
「おりゃあ!」
スカイは近くにあった木の箱をナナシの顔面に叩きつける。
「──いい! 見てみろ小僧! やはりノーブラこそ至高だ!」
──怯まない。というより、ずっとスカイの胸を凝視していた。
「揺れ動く胸部! それを服の上から堪能することこそ人としての愉悦の極みだ!」
「揺れた!? 揺れ動いた!? 嘘つくんじゃねぇよテメェ!」
「だからお前は座ってろ馬鹿!」
「どういう意味だリアスゥ!」
リアスの頭にハンマーナックルを叩きつけつつナナシに前蹴りを放った。──ナナシは回避。今度はスカイの腰に向けてナイフを切りつける。
だが予測したライズは棍棒を振り抜いてそれを防御。反撃の棍棒をバックステップで避けながら、ナナシは馬車の外へ飛び出した。
「なにあの変態!? 意味わかんない!」
「落ち着けスカイ。怒ると相手の思うツボだぞ」
「スカイだってノーパン主義だろ? 俺のパンツを脱がそうとしたし──ぐべら!?」
「黙って走って! あとそれは私の黒歴史! 次に話したら昔お風呂に入った時に──」
「悪かった! 普通に走るから言うな!」
「え、何それ!? 普通に気になんだけど!?」
暗い森の中にナナシが飛び回る音がする。夜の月明かりは心許なく、闇の木々を縫うように移動するナナシをライズとスカイは捉えられなかった。
「ど、どうしよう……アイツ変態だけど超強いよ」
「下着だけを切る、なんて舐めた行動しなかったら一発目で殺されてたからな」
「なんで変態たちはどいつもこいつも強いのもうっ!」
思想があれとはいえ強さは本物。長引かせるのは得策じゃない。だがこの場にいる三人では火力不足にもほどがある。テルドリンでもいてくれたら心強かったが。
「……スカイ」
「どうしたの? またパンツのこと言ったら殴るからね」
「言わねぇよ。ただ昔のことを思い出してな」
「こんな時に何言ってんだよ」
リアスは深呼吸する。
「スカイが『馬が欲しい』って駄々を捏ねた時があっただろ。それで親父が飼ってた馬を一緒に乗り回したよな。俺が手とり足とり教えてさ」
「あぁ……あったねそんなこと。最終的にリアスが調子に乗って馬から蹴り落とされたっけ。あの時の泣き顔は可愛かったよ」
「……要らないことを思い出すなよ」
「ちょっと気になるけど今言う話かそれ?」
「今だから言うんだよ。スカイ──馬の走らせ方は覚えてるか?」
馬の走らせ方──リアスの言葉を同時に二人は理解した。
「まさか……一人でアイツを相手する気か!?」
「無茶だよ流石に!」
「だけど逃げ続けるのも厳しいだろ? ヤミさんやイグサさんの場所が分かるのはライズだけ。スカイは戦力的に微妙だし。残るなら消去法で俺だ」
「で、でも……!」
「ライズ」
反論しようとするライズを静止するように。リアスは低い声で言った。
「お前のやるべき事はなんだ。好きな人を、大切な人を守ることなんじゃないのか」
「……」
「──お前が守れ」
胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「俺は……お前のおかげでこの五日間は楽しかった。それにスカイにも告白ができた。かなり変な感じにはなったけどよ」
「リアス……」
「今度はお前の番だ。好きな人に好きって言ってこい。後になって後悔する時間ほど無駄なもんはないぞ!」
思い出すのはイグサの姿。イグサの声。そして──笑顔。ライズは笑顔を手に入れるためにここまで頑張ってきたのだ。
「……頼んだぞ」
「任せろ!」
「……はぁ、もう。恋愛に浸された脳みそを持ってる人は大変だねホント」
「パンツ奪ったお前が言うか──ぶべら!?」
リアスを殴りつつ馬車の荷台へ投げ捨て、代わりにスカイは運転席へと座り手網を引いた。
「──む、女はどこだ!? 女をどこへやった!? 男の下着を切っても楽しくなどないわぁ!」
木を蹴り続けて加速したナナシは今度は手加減を一切せずに銀の刃先をライズへと向けた。
その前に──リアスが立ち塞がる。完璧なタイミングでリアスは突進し、ナナシを捕獲。そのまま馬車から飛び降りた。
「突き進めライズ!」
「応!」
ライズとスカイを載せた馬車はリアスを置いて立ち去る。見るもの全てをどん底に落とすような暗闇と静寂。恐怖と絶望を孕んだ森の中でもリアスは笑顔を崩さない。
──胸の中に希望と信頼という温かな光がある限り。リアスが絶望に飲まれることはないのだ。




