第28話『神の図書館は平等に告げる』
ポラリスは城の窓から外の状況を見ていた。
燃え盛る炎。人々の悲鳴。こうなった原因はカオスであったが、結果的には地獄絵図になってしまった。
国民が、人々が苦しんでいるのに自分たちは何もできない。それが悔しくてポラリスは窓の縁を握りしめる。
「……大変なことになってるねぇ」
アルは昨日のような天真爛漫な姿は鳴りを潜め、妹であるポラリスの背中を優しくさすっている。王族の不自由さを嫌う彼女とて、国民が苦しんでいる姿を見るのは嫌なものだ。
「……いざという時はお前らを逃がす。アフロディーテにある隠れ家に身を潜めるがいい」
「お父様は?」
「ここまでの失態を招いたのは私が原因だ。せめてもの償いとして秘宝は守り抜かねばならない」
ブラインドは持っていた杖に付いている宝玉を撫でた。
「……ま、逃げる事態になったら私はポラちゃんを連れて逃げるけど」
「お姉様……!」
「怒んないでよ。そんな事態になることはないでしょ」
アルの言葉に怒るポラリスの唇に人差し指を当てた。
「よく分かんないけど、ポラちゃんが認めた人たちが頑張ってくれてるんでしょ? ポラちゃんは見る目があるから。なんとかなるよ。きっと」
「……ははっ。いつだってお前は物事を楽観視してるな」
「酷いお父様! これでも私は常に物事を最悪の方向に考えてるんだよ? 最悪からどう巻き返すかを大事にしてるんだから!」
「巻き返せてないじゃないですか。いつも」
「ポラちゃんまで酷い!?」
どこか緊張が解れてしまったブラインドは、王という仮面を捨て、気の抜けた父親のように笑った。ポラリスもまた王女という仮面を捨て、アルの妹として笑う。
──信じてる。三人の胸の中にはライズたち四人の顔が浮かび上がっていた。
* * *
床に天井。壁にガラス。直線で移動すればテルドリンの魔法が来るので、上下左右を縦横無尽に動きながらアンダーウェアは移動した。
本気の出力の攻撃を連発されては時間停止を使ったとしても避けられないし、防げない。戦い続ければジリ貧になるのはこちら側だ。
対するテルドリン側も決して有利とはいえなかった。最大出力の魔法は連発できないし、魔力の消費も激しい。事前の罠魔法で魔力がかなり減ってしまったので長期戦はできない。
つまるところ二人の考えつく思考は同じ──さっさとケリをつける。
アンダーウェアは下着と秘宝を盗み出し、テルドリンは盗まれる前に制圧する。小手調べや様子を疑うだけの余裕はない。どちらも本気で動かなくては。
「『タイフーンスネイク』」
蛇を模した風が廊下を壊しながらアンダーウェアへと迫る。圧縮された風の蛇はアンダーウェアに──直撃。
「──?」
──したはずだった。
壁と床を崩壊させながら蛇は突き進むも、そこにアンダーウェアはおらず。本来いたであろうすぐ横を走っている。
「時間停止……ではないでござるね」
時間停止ならもっと遠くに逃げているはず。自分が外すことは絶対にない。だったら恐らく魔術。動きを遅らせた映像を周囲の人間に見せるといったところか。
「──『タイムラグ』」
アンダーウェアの動きはカクカクとし始める。予備動作が無くなったと思えば、急に地面を踏み込む。これでは動きの予測ができない。
「だったら──『カマイタチ・ローグ』!」
圧縮し、斬撃として乱射した風の刃が放たれる。動きが読めないなら、読めなくても当たる攻撃を放つだけだ。
狙い通り斬撃はアンダーウェアの足や肩に切り傷をつける。初級魔法とはいえテルドリンのような実力者が使えばかなりの脅威だ。
アンダーウェアは苦痛に顔を歪ませながらも──時間停止。近くの階段をかけ登り、四階へと移動する。
──時間が戻ったテルドリンは疑問を感じていた。
「奴は城の内部構造を理解している……ならば向かっているのは下着の場所か? だがここはポラリス様の部屋とは真逆。そして秘宝とも違う場所──」
待て。そう言えばこの先には──まさかアンダーウェアの狙いは──。
「──王女そのものか!?」
テルドリンは天井を壊して最短距離で玉座へと向かった。豪華な装飾も夜の闇で大人しく輝いている。昼間は圧倒された廊下の奥からは──ブラインドの声が聞こえてきた。
時すでに遅し。テルドリンが玉座の間に繋がる扉を壊した先にあったのは──ポラリスの首に手をかけ、指先を胸に当てているアンダーウェアがいた。
「お主──っ!」
「おっと。エルフ、君も動かないことだ。動けば王女の心臓を止める」
ブラインドは歯ぎしりをしながら、アルはアンダーウェアを睨みつけながらその場に座らされている。
「私の魔法は君も体験しただろう。もしもこの場の誰かが動いたりしたら王女の心臓の時間を停止する。すぐには死なないだろうが……どれぐらい持つのか試す勇気は君たちにないだろ?」
「貴様っ……!」
「卑怯よ卑怯! 自分で盗むって宣言しておいて、追い詰められたら人質!? ダッサイわね!」
「吠えるのは勝手だが、王女の生殺与奪を握っているのは私だということを理解した方がいい」
アンダーウェアは徹底して自分たちにポラリスを見せつけていた。テルドリンも王女を避けて魔法を当てられる自信がない。そしてアンダーウェアが心臓を止めるより早く魔法で制圧できる自信もない。
「テルドリンさん……私は大丈夫です。だから私ごと……!」
「っ……!」
「やってみるか? どっちが早いか」
魔力を腕に込める。手の中に発生した風の塊を──テルドリンは握り潰した。
「……すみませぬ。拙者は……できん」
「いい判断だ」
テルドリンは剣を捨てて両手をあげる。
「私の要求は二つ。王女の下着と秘宝をこちらに渡すこと。そして私と十二神将を見逃すことだ」
「あ、そういえばお主、下着泥棒だったでござるな。忘れてたでござる」
「泥棒じゃない怪盗と呼べ!」
「怪盗が人質取んないでしょ。というか下着怪盗の方がダサくない?」
「人質取ってるやつを刺激してどうする貴様ら!」
変に脱力してしまったテルドリンたちだが、アンダーウェアがポラリスの胸に指先を押し付けたことで、また緊張が走る。
「まずはそうだな……最初に『|ヴァーチャル・インサニティ《万物の番人》』を貰おうか」
「そ、れは……」
「──国王様。貴方の杖の宝玉、それが秘宝なのでしょう?」
「なっ──」
ブラインドが目を見開いた。
「裏ルートから手に入れた情報です。王家は国王の権利を継承する度にその杖も継承してきた。マクトン家から代々伝わる神杖。杖の頭にある宝玉こそが『|ヴァーチャル・インサニティ《万物の番人》』だと」
「そういうことでござるか……」
嘘では──無さそうだ。ブラインドは杖を握りしめる。
「まずはそれを貰おうか。さぁ、渡してくれるか?」
「っ……」
「お父様……っ!」
アルが声にならない声を上げる。王家に伝わる秘宝を渡すか、自分の愛娘を助けるか。国王か、父親か。ブラインドは──父親であった。
「……分かった」
杖の先にある宝玉を外し、アンダーウェアへ投げ渡す。
「これが……ははは。これがヴァーチャル・インサニティ……この世にある、あらゆる物品の存在や位置を教えてくれるとされる『神の図書館』か」
宝玉は月明かりを反射して──青白く光り輝いた。魔力を流すと黄金に輝く光が宝玉に刻まれてさらに眩く煌めく。
美しい──。効果を知らなくても宝物にしそうな程に美しい代物だ。手に持つだけで森羅万象を知り尽くしたような万能感が溢れ出してくる。
「素晴らしいな……最高の気分だよ。国王、貴方はこれほどの力を手にしてなお、人々のために働いていたのか。私は少し見直したよ」
「黙れ下着泥棒のテロリストめ……っ!」
「だから下着怪盗だ」
「もうそこはいいだろ」
絶え間なく流れ込む全能感を楽しんだアンダーウェアは次の指令を出す。
「ではお次は本命の下着……いや、それよりも先に『ザ・ワン』を貰おうか。王女の下着は最後にゆっくりと楽しみたいからな」
「っ……卑怯者めっ」
「なんとでも言うがいい。さぁ、ザ・ワンはどこに隠してあ──そうだ、どうせなら宝玉を使おうか。どんなものか試してやろう」
アンダーウェアは宝玉を頭の上に掲げた。そして魔力を流し込む。色の無かったはずの宝玉は黄金に輝きだし、周囲に金色の脈の線を刻み込んだ。
──ヴァーチャル・インサニティ。それはあらゆる物品の位置と情報を教えてくれるという秘宝。伝説のアイテム。アンダーウェアが放った魔力に答えた宝玉は問うてきた。
『──何を知りたい』
神と対話しているのかと思わせられるほどの重圧。真に響く声。宝玉の声を聞いたテルドリンとアル、ポラリスは圧倒されてしまう。
「『ザ・ワン』はどこにある?」
アンダーウェアの声は震えていた。伝説の秘宝を手に入れ、今や自分が秘宝を使っている。その高揚感に耐えきれず震えていたのだ。
ブラインドは俯いていた。全て終わり。秘宝は奪われ、娘の下着も奪われ、王都を滅茶苦茶にした犯人すら見逃さなくてはならないことに。
テルドリンは拳を握り、アルは歯を食いしばり、ポラリスは諦めたように目を瞑る。宝玉は誰にも同情することもなく──答えを告げた。
「──アフロディーテ領シモエ街『ヤミ骨董品店』にソナタの望むものがあるだろう」




