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第22話『カオス・イン・ナイトメア』

 大量に降り注ぐ布の雨に人々は気がつく。そして困惑する。フリーズする。思考回路がグチャグチャに混乱する。

 なぜ下着。なんで下着。なにゆえ下着が降り注いでいるのか──。


 ──人々がフリーズしてる間に国全体へ落下。雪のように落下してきた下着により人々のフリーズは溶け、その先の意味不明な混乱へと突き進む。


「は、え、下着!? パンツだ!」

「おぉ……こ、これがブラジャー……初めて触った」

「あ、あったけぇ……興奮するぅ!」


 下着はパンツだけでなくブラジャーもある。興奮より先に困惑がついてる男性陣も多いが、悪目立ちするのは興奮してるタイプの男共だ。


「何パンツ被ってんのよアンタ!?」

「違う! なんか降ってきてたまたま──」

「……私のより大きい」

「いいことあるって──ぶへ!?」


 女性陣も困惑。夫婦と思われる男女は男性の反応に女性が怒り、ブラジャーを見てムッと唸る少女を少年が慰めて殴られる。

 王都は下着によって混沌に包まれていた。だがこんなものはまだ可愛いもの。本当の恐ろしさはここからである。



 生誕祭には多くの出店が並んでいた。中には路上パフォーマンスさながらに火柱を上げながら飯を作る店もある。

 ──下着は布だ。布は燃えやすいことは常識。下着に燃え移った炎は他の下着に移る。その隣、またその隣。下着という名の延焼物のせいで炎はたちまち周囲へ火花を上げながら走り抜けた。


「や、やばい! 下着に火が……!」

「水だ! 水を持ってこい!」

「──くっそ! 間に合わねぇ!」


 人々、そして周囲の対応をしていた兵士はバケツリレーでなんとか水を運んで火を消そうとする──が、間に合わない。国を覆うほどの下着によってすぐに炎が燃え移ってしまう。

 ふざけたことをするくせにしっかりと被害を出してきやがった。さっさと行動しなければ国中が火に包まれてしまう。


「クソッ……! リアス! スカイ! 俺らも火を消すのを手伝うぞ!」


「分かった!」


 城に関してはテルドリンや兵士に任せる。今はとにかく火を消すことを最優先。混乱する頭を整えて走り出そうとする。


「くっ、こんな時にイグサさんのパンツでもあれば元気に──」


 ……。なにを、考えているのだ。

 街には二階建ての家すら超えるほどの火が燃え立っている。ふざけられる状況じゃない。なのになぜ今イグサさんのパンツが欲しいと思ったのか。


「……せ」


 スカイは動いてない。呼び掛けに応答せず、ただ俯いて拳を握りしめている。


「スカイ! 何してんだよ──」


 疑問に思ったリアスがスカイに近づいた──その時。


「──下着を寄越せぇぇ!」


「きゃぁぁぁ!?」


 白目を向きながらスカイがリアスに飛びかかった。女の子みたいな声を出して倒れたリアスの服を引きちぎらんばかりに引っ張る。


「下着! 私は下着が欲しいんだぃ! よこせ! 下着をよこせ!」


「いやぁ! やめろスカイ! せめて、せめてベットの上で! 優しく! 優しくしてぇ!」


「ちょっ、何考えてんだスカイ!」


 ライズはスカイを羽交い締めにして引き剥がす。──見た目からは想像もつかないほどのパワー。まるで繁殖期のクマのようだ。

 堪らずライズは離れ、スカイの後頭部をぶん殴る。


「──」


 強めに叩いたからか、スカイは気絶。地面へ倒れた。


「優しくしてぇ……優しくしてぇ……」


「いつまで泣いてんだ馬鹿!」


 半裸になって顔を覆いシクシク泣いているリアスのケツを蹴り上げた。


「いってぇ!? 蹴ることないだろ!」


「泣いてる暇じゃねぇ! 何かおかしいぞ!」


 リアスが起き上がる──目の前の光景を理解した瞬間、ライズの言っていることが本当だということをマジマジと見せつけられた。


「よこせぇ! 俺にブラジャーをよこせぇ!」

「ちょっと外で何すんのよ!? やめなさい……ちょっと……!」

「私の、そのブラジャーは私のよぉ!」

「ふぇ!? や、やめてぇ! 脱がそうとしないでぇ!」


 先程のスカイのように人々は他人の下着を脱がしにかかっていた。男が発情したような顔をして女に襲いかかり、同性のブラジャーを求めて女が女にマウントを取る。

 何よりもおかしいのが目の前に炎があるというのに、そんなことをやっているという点だ。人が本能的に恐怖を感じるとされる炎があるのにも関わらずだ。


「ど、どうなってんだよ……」


「分からない……何も分からない! こんな時にイグサさんのパンツがあれば──」


 ──まただ。自分は何を口走ってるのだ。確かに欲しいのは認めるが、今はそんな時じゃないだろう。


「待て……もしかして──汚染されてるのか……思考を……!」


 普段じゃ絶対に流れるはずのない感覚。人々の混乱。そしてスカイの暴走。それらから導き出された答えこそ『精神汚染』である。

 何かしらの魔法によって自分たちの精神が汚染され、『下着がほしい』と暴走しているのだ。


「汚染……そうなるよな。俺もスカイの下着が欲しいって気持ちで胸がいっぱいになってる。油断したら今にも手が伸びそうだ」


「さっきから俺もイグサさんの下着が欲しくてたまらないんだよ。いや、欲しいのは欲しいけどさ! 違うじゃん!」


「分かるぞ……この感覚。操るってよりは事前に設定しておいたのを発動させる『設置タイプ』だな」


「設置──まさか」


 ライズは地面に落ちていた下着を手に取る。──予想通り、下着には紋章のような紫の印が刻まれていた。これは洗脳系の魔法だ。


「下着に罠を仕掛けてたのか……!」


「まじかよ……じゃあ王都にいるほとんどの人間が精神汚染されてるってことか!?」


「そうなる。だが気になるのは程度の差だ。俺らは精神が引っ張られるだけで済んでるが、スカイはお前に襲いかかるくらいに汚染されてた」


 考えられるのは精神力。というより欲望の溜まり具合だ。ライズやリアスはもう全面的に好きな人のことを出しているが、普通の人はもっと奥手だ。

 心の中にある好きな人への欲望。溜まりに溜まった欲望を『下着がほしい』として出力する。罠に仕掛けられてたのはそういう魔法だ。


「……じゃあスカイって俺のこと襲いそうになるくらいに好きだったってこと!? マジ!?」


「さすがに増幅はされてると思うぞ」


「もう悔いは無い……うぅ、スカイの下着欲しい……」


 リアスの頭をぶっ叩いた。


「しっかりしろ! スカイがお前のこと好きなのはそうだ! けど今はもっとやることがあるだろ!」


「……そうだ! そうじゃん! 下着が燃えまくって大変なことになってる!」


「火を消す……違う。それよりもやるべき事は──この事態を引き起こしたヤツを倒すことだ!」


 設置系の魔法が消える条件は二つ。使用者本人が自分の意思で消すこと。そして使用者の意識が失うことだ。

 まともな人間もちらほら見かけるが、それよりも下着に狂ってしまった人間が多い。火を消すよりも狂った人間を元に戻すのが先だ。


「でもどうやって探す!? この馬鹿でかい王都の中から探せってのか!?」


「秘策がある」


 ライズが懐から取り出したのは──魔晶石の欠片。テルドリンから貰った『レンフィールド(領域支配)』の魔法式が刻み込まれたものだ。


「罠系の魔法は設置した瞬間に魔法の術式が完成する。だから設置しただけで誰の魔法かは分からない。けど効果が発動してる瞬間は魔法が発動してるのと同義だ!」


「──理解した! ダメージを与える罠と違って、この精神系の罠は効果が持続する! だから魔力に揺らぎがあるんだ!」


「そうだ! だから魔晶石を使って魔力が揺らいでるヤツを見つけて叩きのめす!」


 やることは決まった。倒れてるスカイを放っては行けないので背負うリアス。


「それでもこの王都の中から探すのは苦労しそうだな……」


「あぁ。イグサさんのパンツがあれば元気百倍──」


 ライズの頬をリアスがぶん殴った。


「……よし! ありがとう、頭が冷えた!」


「精神汚染って怖いなほんと──!」


 魔晶石を握って魔法を発動。走り出す二人を通り抜け、街の一角を包むように緑の膜のような魔力の塊が膨れ上がるのだった。

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