第15話『普通そうにしてるやつが一番やばい』
「寒い……寒いよぉ……」
「だから言ったでござろう。焼きそば辺りでやめとけばこんなことには……」
「お前だってラッキー飴舐めてたじゃん! あれが一番高かったからな!」
「総額はライズ殿が多いでござる!」
「誤差だろほとんど!」
「誤差がなければ少なくとも二人揃って路上で寝ることはなかったでござるぅ!」
……この二人を見たら、地元にいる四人はなんと思うだろうか。
喧嘩しながらも二人で身を寄せ合い、情けなく座っている。寒空の下を歩く人達はライズとテルドリンのことをホームレスと思っているようだ。
「これでどうか……」
ついにお金までくれ始めた。情けないったりゃありゃしない。これでもエルフすら出し抜いた下着泥棒を捕まえた英雄のはずなのだが。
「イグサさんに会いたいぃ……なんで俺は男と抱き合ってるんだよぉ……」
「弱音を吐くなライズ殿。今はこの屈辱に耐えるのだ」
「どうせ抱くならイグサさんを抱きたいぃ……」
「ほんっとにブレない人でござるなぁ!?」
もうホームレスとして一日を耐え忍ぶしかないのか。イグサは元気にしてるのだろうか。ライズと同じ空を眺めているのだろうか──。
そう──思っていた時だった。
「あの……ウチ、来ます?」
──水色の髪を後ろで結んだ少女。年齢は十五歳くらいか。少女は苦笑いしながらライズとテルドリンにそう言ったのだった。
* * *
「面目ねぇ……面目ねぇ……!」
「死ぬかと思った……もうダメかと思った……!」
「お、大袈裟すぎですよぉ……」
二人が招かれたのは民宿『ヒヤシンス』という場所。街のハズレにある質素なところであるが、路上と比べれば母親のお腹の中のように暖かい。
少女は二人にピラフを作ってあげ、差し出した。昼間に食いまくって金を使い切ったはずだったが、二人は泣きながらバクバク食べている。
「お、お名前は……名前を教えてくれ! 家宝にする!」
「名前を家宝にするってなんですか!? ……スカイです。スカイ・ヨースター。この民宿の女将をやってます!」
「女将? 一人ででござるか?」
「あはは……パパもママも蒸発しちゃいましたから」
「そんな……そんなに大変なのに俺たちのことを……」
「拙者もスカイ殿の名前は家宝にさせていただくでござる!」
「だから名前を家宝にするってどういうことですか!?」
二人を招き入れたのはいい事だったのか、悪いことだったのか。まぁ分かることと言えば悪い人ではないこと。そして退屈はしなさそうということだった。
「お二人はどういう理由でこの街に?」
「イグサさんとエッチ──」
「黙るでござる。もうすぐで行われるポラリス王女の生誕祭に来たのでござるよ」
「あ、やっぱりぃ? ポラリス王女可愛いもんねぇ。王都全体がお祭り騒ぎになりますしぃ。私も招き入れシーズンでウッハウハ……って、なればいいんですけどね」
よく見てみると、客はライズとテルドリン以外に見当たらない。スリッパも使われていなさそうな形跡が多く、閑古鳥が鳴いてるというのがすぐに分かった。
「やっぱり大きいところはそれだけ人を集められますし。私のところみたいな質素なところは相手にされないんですよねぇ……」
「ぶっちゃけ、立地が良くないのは事実だからねぇ……。でもやっぱり大通りはお金の面でも苦労するだろうしな。女の子一人じゃやっていくのは厳しいかもね」
「それもありますし……何より両親が残してくれた宿だから」
……スカイはそんなにもカツカツな状況で二人を招き入れてくれた。しかもどう見ても一文無しなこの二人を。事実一文無しなこの二人を。
「世の中って辛いよな。こんなにいい子が報われないんだぜ?」
「仕方あるまい。世の中得をするのはいい人間ではなく悪知恵が働く人間でござる」
何とかしてあげたいところだが──なんて思っていると、宿の扉が開く音がした。
「チョリィッス! スカイー! 今日も愛しのお前にご飯を買ってきた──」
中にやってきたのは──金髪。そしてピアス。そして色黒のガタイのいい男であった。
軽薄。チャラい。見るからに性格悪そう。見た目の印象が重要な理由のプリセットみたいな男だ。特に日陰者気質なテルドリンからすれば天敵のようなものである。
「あ、リアス! またご飯買ってきてくれたの? 別に無理しなくていいのにぃ」
「……」
怖い。睨みつけてきてる。明らかに敵意を向けてきている。戦闘力的には上のはずのテルドリンが完全にビビっていた。
「あ、紹介しますね。この人は幼馴染で商人のリアス。小さい頃から私のお世話をしてくれてるんです。私ってドジだからその度に助けてもらってて」
「……」
スカイはリアスが放ってる敵意に気がついていないのか。テルドリンは完全にビビってライズの後ろに隠れている。最低でも二千年以上は生きてるエルフのはずなのに。
「……ども。行き倒れていたところを助けてもらったライズです。後ろのやつがテルドリンです」
「……」
「テルドリンさんって意外とシャイなんですねー」
呑気すぎるだろうこの子。今までどんな甘やかされ方をしたらこんな危機感のない子に育つのだ。まぁスカイ本人には向けられてないものとはいえ。
「……お前」
ようやく、ようやくリアスが口を開いた。睨みつける視線は変わらず、ズンズンとこちらに近寄ってくる姿はクマを思い出す。
「お前ら……狙ってんだろ。スカイのことを!」
「……はい?」
リアスはスカイを抱きしめながら叫んだ。
「純粋無垢なスカイを誑かして変なことさせようとしてんだろ!? スカイは優しくて無知無知だから許してくれるかもだけど、俺は見逃さねぇからな!?」
「え、ムチムチ!? 私そんなに太ってないよぅ!?」
「多分そっちのことじゃないよスカイちゃん」
これはまた癖のある人が……。リアスはスカイを後ろに下がらせ、雛鳥を守る親鳥のようにこちらを威嚇してきている。
テルドリンはその威嚇に身体を震わせ、スカイはよく分かってない表情で小首を傾げる。──カオス。この場は混沌としていた。
「いいか? スカイが可愛いから惚れたのかもしれねぇけどよ、それは俺が許さねぇ!」
「言われなくても付き合わないよ……俺にはイグサさんがいるし」
「どうだか。世界で一番可愛いからなスカイは。いつ手のひらを返すか分からん」
「……聞き捨てならないな。その子が可愛いのは認めるが、世界一可愛いのはイグサさんだ」
「あ?」
「お?」
「……ラ、ライズ殿?」
これは──ダメだ。出会って数日の仲だが、テルドリンはライズのことをよく理解している。
この状況はあれだ。──絶対喧嘩になる。
「分かってねぇなぁ! 見てみろこの可愛さをよ! 綺麗な水色の髪! モチモチほっぺ! それにこのフィット感! 素朴ながらも可愛らしさを詰め込んだ造形美を!」
「そっちこそ分かってねぇなぁ! この絵を見てみろ! 美麗な紫色の髪! キラキラお目目! そしてこのスレンダー! 仄暗い雰囲気はありつつも、その笑顔は太陽のように明るいんじゃい!」
やっぱり始まった。リアスはスカイのほっぺを触りながら、ライズは懐から取り出したイグサの絵を撫でながら、熱いディスカッションを開始する。
「いいか! この子は性格も最高なんだ! 自分より他人! 自らの利益より他人の幸福を重んじる聖人! 今どきシスターですらこんな子はいねぇよ!」
「こっちだって性格もいいんだぞ! 弱々しい雰囲気は出しながらも自分の意見はしっかりと言うし、話をすれば俺に合わせてもくれるし、なんなら自分からも語ってくれる! 気配りの天才! 今どき商人でもこの子より話が上手な子は見たことがねぇ!」
「あぁ!?」
「おぉ!?」
喧嘩になる、というかなってる。殴り出すのはライズかリアスか。一度でも始まってしまえばどちらかが倒れるまで終わらないぞこれは。
テルドリンが心臓に冷や汗を流してた、その時──リアスの腕の中から脱出したスカイが風呂場へと走った。
固まる二人にスカイは叫ぶ。
「お風呂沸きましたよー! 狭いんで一人ずつ入ってくださいねー!」
……。まさかのスルー。目の前で自分のことをベタ褒めされてたのにスルー。完全無視してお風呂のお湯を見に行っただと。
残された二人はディスカッションを終了。ジャンケンをして勝ったリアスが先にお風呂へと行き、ライズは椅子に座った。
「……あの子、凄いでござるね」
これまで見てきた狂人の中ではある意味で一番狂ってるかもしれない。テルドリンはそう思った。




