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第13話『変わらないものを守るための戦い』

「それは──まだイグサさんが自覚していないだけだと思います」


「自覚……?」


「僕がなんで怖い人に立ち向かえるのか、でしたよね。それは心の中に変わらない物を持ってるからです」


 自分を罰するように胸を握ったイグサとは違い、ライズは自分の胸を撫でるように手を置く。


「僕は貴方が好きです。それは何ひとつとして変わりありません。これは不変なこと。幽霊が出てこようが、闇に包まれようが、死が迫ろうが、怖い人が出ようが。僕はそれを変えるつもりは一切ありません」


「……殴られても、蹴られても、です、か?」


「はい。心に変わらずドンッと置いておく。それこそが恐怖に立ち向かうコツです」


 わざとらしく胸を叩いた。


「変わらないもの……私には、そんなの」


「あるじゃないですか。ヤミさんのことを愛してるのでしょう?」


「……はい」


「それを自覚してください。胸の中にドンッと置くんです。そしたらどんな恐怖にも立ち向かえる。どんな変化にだって屈しない。変わらず、そこにあり続ける。自分を支え続けてくれます」


 変わらないもの。変えられないもの。それを胸に置くことでどんなことにも立ち向かえる──。

 イグサは自罰的に握っていた胸を緩めた。


「今後の僕の目標は、イグサさんの中にある変わらないものの一つに入ることですかねぇ」


「……私には、まだ少し分かりません。ヤミ様以外に好きになってくれる人がいたことがないから」


「世の中の男どもが見る目がなかったってことですね。ですが安心してください。僕はいつまでも……できる限り早くしてくれると助かりますが、待ちます!」


「……むふふ。ヤミ様が言ってた通り、面白い人ですね。ライズさんは」


 ──優しく、甘く。ライズに向けて微笑みを浮かべた。

 なんと綺麗で、なんと美しくて。鼻に入る空気さえも不純物と思えるほどに見入ってしまう。


 今さら思い出すようなことなどない。ずっとこの笑顔を見るために頑張ってきたのだ。そしてこれから始まる戦いにも、この笑顔を持っていく。


「……甘いもの食べませんか? 最近は頭使いすぎて疲れてて」


「じゃあ……お付き合いさせてもらいますね」


「おぅ──!?」


 倒れそうなほどの脱力。これが胸を射抜かれるという感覚。止まりそうになった呼吸を胸を叩いて回復し、なんとか意識を保つ。


「お願いします! もう一回同じ言葉を!」


「え? ……お付き合いさせてもらいます?」


「あっはぁ!」


 ついにぶっ飛んだライズ。派手な行動に周囲の人の視線を集めた。主に怪訝な視線だが。

 これでもエルフすら出し抜いた下着泥棒を捕まえた男なのだが──。変態をぶつけるには変態が一番。ヤミの言葉を思い出したイグサはまた笑った。



* * *


 アンダーウェアが王都に襲来するまで残り五日間。時間はあまりない。

 ライズとテルドリンはヤミが手配してくれた馬車に荷物を載せていた。とは言っても数は少ない。服と下着、あとお金と暇潰しの本、本に飽きたとき用のトランプ──。


「要らないでしょそんなに!?」


「あ、ちょ、勝手に持ってくなよ母さん!」


 半分以上はあった娯楽用品はポイッと地面に捨てられてしまった。こっそりと隠し持っていたテルドリンのお酒もライズの母親であるワミラにぶんどられる。


「ちくしょう……行く時に飲もうって思ってたのに……」


「母上様……どうか肴だけは持ってかないで欲しいでござる……」


「取捨選択は旅の基本でしょうが!」


「思い出を作るのも旅の基本だろ!?」


「思い出作るような旅じゃないでしょ!?」


 どう考えても、これから王女のパンツとついでに王家に伝わる秘宝を盗もうとしてる怪盗を捕まえに行く雰囲気では……わりと雰囲気としては合ってるかも。

 その光景とヤミとイグサ、そして──ライズの兄であるラスカが眺めていた。


「……アンタが全ての元凶ね」


「酷いっすねぇ。否定はしないけど」


 ど真面目なライズとは違って、どこか飄々とした雰囲気の男だ。髪色もピンクで顔付きも似てるが、やはり印象がかなり違って見える。


「だって普通に考えてネタって分かりません? 初対面で『エッチしてください』なんて言うと思わないでしょ?」


「ライズのお兄ちゃんなんでしょ? 長年一緒にいた弟なら信じるって分かると思うけど」


「図星突かれちゃったかな、あーあ」


 めんどくさい。ライズとはまた違った面倒くささがある。会話してるだけで疲れてくるタイプだ。変なところで兄弟を感じさせてくるのはやめて欲しい。


「しっかしライズも可愛い子見つけたなぁ。ね、イグサちゃん。ライズが帰ってくるまで、俺とお茶しな──」


 ──ラスカの頬数ミリ横をナイフが通り過ぎた。

 ──ほとんど同時にラスカの後頭部に、今にも発動されそうな炎魔法が展開される。


「先に墓標を立てられてぇかクソ兄貴……?」


「ここが墓場になるのは残念ね……」


「あはは! 冗談冗談。んな怒んないでよ。イグサちゃんはすっごく愛されてるね」


「は、はい……」


 本気の殺意を感じてもなお、ラスカはぬらりくらりとした態度を崩さない。やはり頭がおかしいのは兄弟だからか。

 そして……ワミラはこんな頭おかしい兄弟を育て上げたのか。


「ワミラさん本当に凄いですね……」


「アタシが自慢できる数少ないことですよ」


「お父様の方は?」


「ライズが生まれてすぐ死んじゃいましたよ、おかげでこいつらを女手一つで育てる羽目になりましたけど」


「凄いとかの次元じゃないですね……」


 二人を育てる時にどれだけの苦労があったことやら──自分は大人しくて手のかからないイグサでさえ、かなり苦労したというのに。


「ライズ。アンタお母様には感謝してあげなさいよ」


「してますよいつも……殴られた時以外は」


「じゃあほとんどしてないのね」


「ずっと殴られてるってことでござるか……!?」


 荷物も全て載せた。覚悟も決めた。ライズは頬を叩き、テルドリンは剣を馬車に置く。

 別れの時。下手すれば永遠の別れになるかもしれない。苛烈だったワミラも、飄々としていたラスカも。この時だけはどこか悲しそうな顔をする。


 だが当の本人に見えているのは──イグサの顔。自分に微笑みかけてくれるイグサの顔であった。


「ライズさん……その、昨日は、楽しかったです」


「僕も楽しかったです。イグサさんのおかげで元気が出てきます」


 不思議な気分だった。今まではヤミにしか感じなかった安心。その安心が今だけはライズにもある。

 顔を見るだけで安心する。必ず帰ってくると。なぜかそう思った。


「帰ってきたら、また一緒に買い物してくれますか?」


「もちろん! もっと先のも──」


「兄弟共々墓標を立てられたい?」


「嘘ですすみません」


 ヤミの圧は相変わらず怖いが、最初の時と比べてどこか優しいというか、甘い。漏れ出たため息も『仕方ないな』と言うかのような、負ではなく正の流れ。

 どこまで行ってもブレないライズ。心配してたのが馬鹿らしくなったワミラはライズの頭を叩いた。


「帰ってらっしゃいよ。絶対に」


「……おう」


「帰ってこなかったら俺がイグサちゃん貰うからな」


「その時は末代まで呪ってやるよ」


「同じ血族の末代を呪うなよ」


 六人は笑い──そして馬車は発進した。残されたヤミ、イグサ、ワミラ、ラスカは馬車に手を振り続ける。


「──イグサさん!」


 そんな四人、特にイグサに向けてライズは叫んだ。


「──戻ってきたら、どうかエッチさせて下さぁい!」


 ……。変わらないというか、ほんとにブレない。馬車ごと魔法で燃やそうとするヤミをラスカが止め、ワミラはイグサに土下座する。


 ──エッチさせてください。

 なんと馬鹿で不純な言葉。だがその不純はイグサの心を溶かすのには十分な熱を持っていたようで。

 イグサは『むふふ』と笑ってしまうのだった。

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