第12話『甘くて苦くて目が回りそうです』
「──じゃあ真面目な話。テル君はどう思う?」
甘酸っぱい恋愛となることを妄想しつつ、二人は作戦会議へ移った。
「拙者としてはやはり十二神将と呼ばれる者たちが気になる。アンダーウェアを捕まえるにはそやつらが必ず邪魔してくるはずだ」
「一人は捕まえたから残り十一人。相手するのはキツいわね」
「ヤミ殿は来てくれぬのか?」
「ライズにも言ってるけど、イグサを放ってはいけないわ。かといって連れていくのも危険。特にアンダーウェアとかいう奴は頭おかしいからね。時間を停止する魔術相手にイグサを守りつつ戦うことはできないわ」
「そうでござるか……ヤミ殿がいてくれれば百人力だったのに」
「テル君傭兵でしょ? 傭兵仲間に頼むとかできないの?」
「いや拙者は村の外に出たことほとんどないし」
「……テル君が引きこもりのニートなのを忘れてたわ」
冷めたお茶を一気飲みする二人。
「いっそのこと王様に進言してみたら? 下着泥棒が入るぞーって」
「逆に聞くが、ヤミ殿が突然知らない男に『貴方の家に下着泥棒が下着とお金盗むために入るから気をつけて』って言われて信じるでござるか? 門前払いならまだ優しい方でござるよ」
「うん。私なら無視するわ」
「拙者とてお金もあまりない。それにアンダーウェア相手に適当に傭兵を揃えたところで無意味でござろう」
「そうよねぇ……十二神将って奴らの詳細は分かんないけど、擬似的に時間停止を再現できる奴を脱退させても、そのまま下着泥棒を続行できるくらいだからね。実力者なのは確か」
「ライズ殿は頭こそ切れるが、実力は本人の言う通りそこまででござる。足手まといにはならないのは拙者も理解してるが、むしろ怖いのはそこでござる」
「……あの子はアンダーウェアに目をつけられちゃったからね。下手すれば最初に倒されるかも」
椅子に背中を預けて天井を見る。自分の依頼……ほとんど命令でライズはアンダーウェアを追うことにした。乗り気とはいえ、そうさせたのはヤミだ。
もしライズが怪我をしたり、最悪の場合死んだら──そう考えると、自分がやったことは正しくないのでは、と思ってしまう。
「……ヤミ殿の言葉もあれど、アンダーウェアを追うと決めたのはライズ殿だ。ヤミ殿が責任を背負う必要はない」
「責任なんて……」
「心配せずともライズ殿は強い。肉体的な意味ではなく、精神的な意味ででござる。ライズ殿のイグサ殿を思う気持ちがあれば、どんな困難にも打ち勝てる。ヤミちゃんもそう思ったからライズ殿を送り出したのでござろう?」
「……ヤミちゃん、か。久しぶりに呼んでくれたわね」
「もうお互い歳でござろう。そっちこそテル君ではなく、テルドリンと呼んでくれてもよいのでござるよ?」
「嫌よ今更恥ずかしい」
「テル君の方が恥ずかしいでござろう」
珍しいテルドリンの正論に思わず吹き出すヤミ。
「そうね……分かった。仮に狙われても、テル君もいるし。信用してるよ」
「任せるでござる。拙者は『荒鉤爪のテルドリン』でござるよ?」
「リバーウッド最強の魔法使い。……私の次に、って枕詞が付くけど」
「そんな最強のヤミちゃんが、今じゃ片田舎で骨董品店でござるか」
「結構繁栄してるわよ。最近は無茶苦茶に高そうなアイテムも安く手に入ったし」
「ほんとでござるかぁ?」
「ほんとでござるよー」
子供のように。昔に戻ったかのように。二人は互いを見て笑い合うのであった。
* * *
一方その頃。いい雰囲気のヤミとテルドリンとは違い、ライズとイグサの間には気まずい雰囲気が流れていた。
決して仲が悪いわけではない。ライズが話を振れば広げてくれるし、イグサからも話を振ってくれることもある。かなり順調だ。──序盤のみは。
ライズとイグサは昔からの仲というわけではない。ただライズが一方的に好きだっただけ。会話もまともにしたことすらなかった。
共通の話題がないのだ。故に最初こそ話はできたものの、徐々に口数が減っていき、今では無言が二人の間に流れている。
「……」
話したい。会話をしたい。したいのだが……いかんせん、女性との付き合いが極端に少ないライズはどうしたらいいのかも分かっていなかった。
そしてイグサの方も男性経験など皆無。村に住んでいた時も同世代なんてほとんどいなかったし、数少ない同い年からは酷いイジメを受けていた。
──どちらも会話の仕方が分からない。針のような気まずさにライズは心臓と背中を突き刺される気分であった。
「……ラ、ライズ、さん」
その時──沈黙を突き破ったのは、イグサの方であった。
「その……ヤミ様から聞いたのですが、今は下着泥棒……を、追ってるんですよね?」
「は、はい。なんかややこしくなってきましたけど」
「……怖くないですか?」
イグサは財布を握りしめながら聞く。
「悪い人に立ち向かうのって……怖い、と、思うんですけど」
イグサは──昔のことを思い出していた。
村の人たちから疎まれ、蔑まれていたあの頃。泣けば殴られ、笑えば殴られ、喋れば殴られ、呼吸するだけでも殴られる。
何もしてないのに。悪いことなんて何もしてないのにイグサは虐められた。しかしそれが普通とイグサは思い込んでいた。
ヤミに拾われてからはあの環境が異常なことを知った。知ったからこそ、今はさらに過去の出来事が怖く感じる。
あんな悪い人相手にヤミは立ち向かった。……ほとんど蹂躙ではあったが。自分にはできない。路地裏で子供が虐められ、過去の自分と重ねてしまっても。イグサは脚が動かなくなる。
怖い。怖いのだ。今でも寝てる時にたまに思い出す。自分を殴るあの顔を。自分を蹴るあの顔を。自分を──した時のあの顔を。
イグサは『恐怖』に恐れるようになってしまった。怖い思いをしたくない。もう二度とあんな目には遭いたくない。ヤミと暮らし、幸せと愛されるということを理解したからこそ、恐怖を極端に嫌うようになったのだ。
「怖い人に立ち向かうのは……怖くないんですか?」
「……あー。怖くない……って言いたいけど、正直僕も怖いです。相手は僕より圧倒的に強くて、頭がおかしくて、怖いやつですから」
「じゃ、じゃあ……なんで、立ち向かえるんですか?」
「そうですねぇ……人間が恐怖を抱くのって『変わる』からだと僕は思うんです」
ライズの言葉を息を飲んで聞くイグサ。
「幽霊が怖いのは現実という概念が変わっちゃうから。暗闇が怖いのはあるはずの光が変わってしまうから。死ぬのが怖いのは今という生が変わってしまうから。悪い人が怖いのは自分を変えられてしまうかもしれないから」
「変え、る」
「人間は不変を望むような生き物ですからね。変わることを極端に嫌う。だからそれが恐怖として出力されるんです。人によって差はあれど、何も怖くないって人はいないでしょ?」
「怖いのは変えられない……なら、なんで、耐えられるんですか? 私は……何もできません。ヤミ様みたいに、ライズさんみたいに、怖いのを我慢することができないんです」
自分の胸をギュッと握る。
「怖いものを見たくなくて……恐ろしいものは嫌いで……それから逃げた結果が今の私、です。ヤミ様に守ってもらわないと、私は生きていけません。他の人みたいに、怖いのに立ち向かうことなんてできないんです。だから……それが出来ない私は、誰かの役に立つくらいしか、生きる価値はない」
「イグサさん……」
「逃げてるんですよ。ずっと。昔から、あの時から。村にいたあの時から。抵抗せずに殴られてたのも、その方が怖くなかったから。逃げたり抵抗した方が怖いことになるって。そう、思ったから」
悲痛な叫びだった。自分の好きな人がこんなにも悩んでいる。……情けない。自分が情けない。そして許せない。好きな人には笑っていて欲しいのがライズという男だ。
だからライズは精一杯、胸を張った。そしてイグサに語りかける──。




