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第10話『アンダーウェア』

 ──それは、突然発生した。

 移動してきたのではない。本当に突然、突如、いきなり現れたのだ。マントをなびかせ、真っ黒の仮面をかぶった男がそこにいたのだ。

 屋根の上に立ち、ライズとテルドリンを見下ろすその瞳は悪魔や鬼にも例えられるほどの圧を秘めている。


「……は?」


「なん、だ……お前……!」


 もちろんライズも驚きを隠せていないのだが、それ以上にエルフたちは驚愕していた。

 空間を支配するような魔法はテルドリンだけでなく、ヤミですら使用するのは厳しい神業。それなのに──男は一切の前触れもなく、そこに居たのだ。


 男──ウェイバーと言われている男は周囲の動きを停止することで再現していたが、それも再現でしかなく、感知魔法にも引っかかっている。

 屋根の上から見下ろしている男はそうじゃない。存在しなかった場所にいつの間にか現れていたのだ。


「私の能力を真似る才能と努力は認めるが……やはり紛い物。身に余るものであったな」


「アンダーウェア様……!」


「ア、アンダーウェア?」


 アンダーウェア。ライズはその言葉に頭を傾げる。エルフたちも傾げてるので誰も知らないのだろう。


「もはや貴様など必要ない。今日この時をもって『十二神将』から脱退させる。せいぜい牢獄で下着でも眺めているんだな」


「お、お待ちください! お願いします、お慈悲を──」


「──くどい」


 ──まただ。アンダーウェアと言われる男はまた一瞬で移動。エルフたちの中心、ライズとテルドリンの真ん中へいつの間にか存在し、倒れているウェイバーの頭を掴んでいた。


「この程度の場所で捕まる男がどうして私の目的に役立てる。どうやって王女の下着を盗む気だ?」


「なっ──」


「『エアネイル(荒鉤爪)』!」


 テルドリンが咄嗟に放った風の斬撃は──空を切り、奥の家を両断。アンダーウェア本人はまた建物の上に立っている。


「くそっ、どうなってるでござる……!?」


「気をつけろ……アイツの能力はテレポートなんかじゃない。言い方からして、本当の──」


「──そこの小童、そしてエルフよ」


 アンダーウェアはライズとテルドリンに声をかける。


「役たたずとはいえ、ウェイバーを捕まえたことは褒めてやる。貴様らの強さに敬意を表して私の名前をお教えしよう」


 ──それは夜に咲く花のように。真っ赤な鮮血を思わせるマントの内側をコウモリのように広げて夜の満月を覆い隠す。

 仮面の奥から二人を睨みつける瞳は燃えるような赤。口の中から見える八重歯は吸血鬼を連想させるほどの恐怖。その男にエルフたちは恐れ、魔法すら展開する気力を失わせる。


「私の名は怪盗アンダーウェア。忠実な下僕である『十二神将』を従え、王女の下着を盗まんとする者! 私の名は永遠に語り継がれ、刻まれる。貴様らエルフ共が死ぬまでなぁ!」


「……」


 恐怖。アンダーウェアが出す不純物のない圧倒的な恐怖。そして思わず頭を垂れたくなるほどのカリスマ。

 震えが止まらない。呼吸が定まらない。グレイやフェルトを含めたエルフたちはアンダーウェアの言葉を聞いただけで完全に戦意喪失してしまっていた。


「……え、ダサくない」


「ダサいでござる」


 ──ライズ、そしてテルドリン以外は。


「言ったらただの下着泥棒だよね。それで部下に『十二神将』とか名付けてんの? 頭おかしいというか、ダサくない? 普通に」


「そうでござるな。拙者も狂人の自覚はあるが、あれほど狂える自信はない」


「しかも自分の名前を語り継がれるとか言ってたよ? 名前アンダーウェア……だって……」


「ちょ、笑っちゃダメでござるよ。アイツだって頑張って良さげな名前を考えたのでござろう」


「だとしてもシンプルすぎない? まんまじゃん」


「それはそう! ははは!」


 ……。ライズとテルドリンは腹を抱えて笑っている。嘲笑、アンダーウェアの恐怖とカリスマを直撃してもなお、やってる事の小ささが勝ってしまったようだ。


 ──アンダーウェアはまた瞬時に移動。ライズを蹴り飛ばし、テルドリンに殴りかかる。


「ぐふっ……っ!?」


「はは! 怒ったでござるかぁ!?」


 風魔法を展開。初級魔法である『カマイタチ(風切り)』を腕に纏わせながらストレート。アンダーウェアは拳は回避するが、カマイタチの斬撃によって服は少し刻まれてしまう。

 カウンターのミドルキックは防がれ、テルドリンは胸ぐらを掴んで引き寄せ、超至近距離で魔法を放つ。


「『エアネイル(荒鉤爪)』!」


 斬撃は放たれ──るも、掴んでいたはずのアンダーウェアは消失。──瞬間、側頭部に蹴りが叩き込まれ、テルドリンはバウンドしながら家の中に叩き込まれた。


「テルドリン!」


「この私をコケにするとは……許さん。許さんが──」


 アンダーウェアは首を鳴らしながら懐から時計を取り出す。──時間を見て眉をひそめ、今度はライズの方へ顔を向けた。


「今はこれくらいにしておこう。私とて忙しいのだ」


「下着泥棒のくせに?」


「黙れ! 怪盗と言え怪盗と!」


「下着怪盗って? もっとダサくない?」


「この私をコケにしおって……!」


「お前コケの部分しかないだろ」


 ──アンダーウェアは消失。また屋根の上へと移動していた。


「いちいちそこに行かねぇと喋れねぇのかお前は!?」


「別にいいであろう! それよりも聞け!」


 またマントを大きくはためかせ、アンダーウェアは宣言するように叫んだ。


「我々が次に狙うのは王女の下着! そして王家に伝わる秘宝『ザ・ワン(この世は我の所有物)』と『|ヴァーチャル・インサニティ《万物の番人》』! この三つをもって、アンダーウェアは伝説になることが確約される!」


「下着盗むだけで伝説になれるか──って、はぁ!? 秘宝!? 秘宝も盗むの!? てか、秘宝と下着を同列に並べるの!? むしろ下着が先に来てないかお前!?」


「やかましい! これは宣戦布告だ! 今日から一週間後の夕刻! 王都グランドディスフロリアの城へ潜入し、第二王女ポラリスの下着を盗む! そして王家に伝わる秘宝もついでにゲットして、私こそが伝説の怪盗として名を馳せるのだ!」


「やっぱり秘宝おまけじゃん!? 下着のついでって言ってるじゃん!?」


 ツッコミが、ツッコミが追いつかない。テルドリンよりもやばめの相手にライズは口が回らなくなってきた。そんなライズを無視してアンダーウェアは指を上げる。


「止められるものなら止めてみろ! 阻止ができるならやってみろ! 次は貴様の顔面を蹴り砕き、私の伝説に刻んでやる。私に敗北した哀れな男の名としてなぁ──!」



 ──アンダーウェアはまたもや消失。初めからそこには何も無かったかのように。また静寂の世界へと舞い戻ってしまった。


「な、なんだったんだ……?」


 蹴り飛ばされたテルドリンがスゲスゲと戻ってきた。ダメージはないようだが、かなり顔は不服そう。


「拙者が蹴り飛ばされるとは……ふざけたヤツだが、実力は確かでござるな」


「頭おかしいヤツが力持つのってほんと怖いよな」


 周囲のエルフたちは緊張の糸が切れたように倒れ込んだ。冷や汗を滝のように流し、震える体を隣のエルフと抱きしめあって止める。


「あ、あれは……化け物よ……」


「そんなにビビること? ド派手に頭おかしい変態なだけだと思うけど……」


「エルフにとって魔法は自分のプライドそのもの。同族ならまだしも、他の種族に負けるのはプライドそのものをへし折られるようなものでござる。──彼奴の魔法は空間そのものに作用していた。拙者らエルフよりも高度な技術を使っている」


「……なるほど」


 アンダーウェアが現れた時点で格付けがされていたようなものだったのだ。魔法を重んじるエルフにとってはふざけたことを言うアンダーウェアがむしろ恐怖でしかなかった。

 ライズが接していたのは技術がかけ離れすぎていたからに他ならない。……割とライズも狂人なのもあるが。


「じゃあなんでお前はビビってないの?」


「? 高度な技術を使おうと、拙者が一番強いからでござる」


 雲ひとつないほどの大きな自信。あんな変態でも自分の力に関しては信じきっているようであった。


「……この鼻っ柱をへし折ったヤミさんどれだけ強いんだよ」


 ライズの言葉は山を通る風に飛び乗り、そして消えていくのであった。

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