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第一章 中途に立ちどまりし者

新参者です。

真面目過ぎずふざけ過ぎずを心がけているのですが、ちょっとふざけ成分高めかもしれません(汗

いきなりな展開って、こういう事を言うんだろう。


「どうしてこうなった・・・・・?」


朝、いつもと変わらぬ調子で起床した俺。


起きぬけの身体で伸びをして、しょぼつく目をこすり・・・・


両手を組んで、背伸びの運動。1、2、3、4・・・


瞳を開けたら、あら不思議。


「ここはどこ!?」


ちょっとちょっとちょっと。


なんかおかしくないっすか先輩?


って先輩って誰だよ。


思わず変なテンションで一人漫才をおっぱじめてしまうほど、今の俺は混乱しているようだ。


だって・・・・さ。


夜寝る前に見た天井は身飽きた木目の並ぶ木の天井だったはずなのに、今俺の目に映っているのはどう見ても木製には見えない壁紙の貼られた天井だった。


そして見回してみると、控えめサイズの部屋の中にあるのは簡素な机に本棚、そして俺が寝てるベッド。だけ。


昨日まで散乱していたはずの漫画本やら学校の教科書やノートやらは一つとして見当たらなかった。


明らかにここは俺の部屋じゃない。


「これって、まさか・・・・ね」


顔面のあたりがすうっと冷たくなるのを感じながら、俺は薄いカーテンのかかった窓から外を見た。


まあ当然と言えば当然なんだが、窓を通して見る事ができたのはお向かいさんのいつもの和風な屋敷じゃなかった。


「・・・・・・・何だこれ」


窓の外に広がっていたのは、広大なグラウンドにいくつかの特徴的な建物。


そう。外壁に巨大な時計が掛けられている、あの建物・・・・。


「・・・・・学校?」


ここはどこかの学校なのか?


少なくとも俺が通っている学校とは全然違うようだが・・・。


て、そういう問題でもないんだけど。


「そもそも朝起きたら学校にいたっていう状況自体おかしいだろうが」


初めはバリバリ起きぬけ状態でぼおっとしていた頭が段々と覚醒してきたので、俺はこの状況について冷静に考え始める事にした。


そもそも、いやマジで根本的な疑問なんだが・・・なんでこんな事になったんだろう。


昨日の夜、俺はいつもの通り部屋で特にする事もなく、漫画をパラ読みしたりうだうだして過ごしていた。


そしてこれまたいつもの通り、研磨剤入り&ミント風味のこだわりの歯磨き粉で歯を磨いて布団に入った。


これといって変わった事はなかったはずだ。とりあえずそこ『ダメ人間か』とか呟くのよそうか。


「あ、もしかして」


俺に愛想を尽かした家族(主に俺を毛嫌いしてる妹)が俺を家から出してこんな所に閉じ込めたとか・・・


いや、家族だけじゃない。しらないおじさんが俺を連れ去った可能性もあるわけだ。


拉致?誘拐? 寝てる間にここに運び込まれたというわけか?


それとも、実は俺は夢遊病患者で寝たまま自分で歩いてここに・・・?


・・・・・・・・


「冷静に考えてもアホな結論しか出てこないのな」


どうやら、この異常な状況下にあっても、俺の脳味噌は以前のまま変わっていないようだ。


どうにしろ、はっきりしている事が一つある。


「このままここにいたら、まずい」


数分後にもこの部屋に変なおじさん達が乱入してきて俺に危害を加えないとも限らないじゃないか!


俺は逃げるぜ。ばーい。


俺は布団から這い出ると、ベッドの下に置いてあった自分のスニーカーをつっかけて部屋のドアを開けた。


部屋の外の廊下には誰もいなかった。


いかにも学生寮といった風な佇まいで、あまり大きな建物ではなさそうだった。


小走りに廊下を進んで行くと、下へ降りる階段を見つけた。


どうやらここは3階のようだ。


俺は1階を目指して急ぎ足で階段を下り進んでいく。


タタタタタッと駆け下りた先には、玄関があった。


外界の明るい光が差し込んでいる。


どうやら逃げられそうだ。


「よっしゃぁ!これで俺は自由だ!フリーダムなんだぁ~っ!」


外に出た喜びに、またもやテンションがおかしくなる俺だったが、次の瞬間絶望的な現実に打ちのめされることとなる。


そう、屋外への脱出に成功した俺がこの学校の敷地外へ出る道を探そうと周囲を見回した時だった。


「え・・・・・・」


グラウンドや校舎の周りを囲む高く厚い壁。


そう。一分の隙もなくこの学校は塀で囲まれていたのだ。


脱出不可能な要塞の如く。


「ねえ、嘘でしょ!?嘘って言ってよねえぇぇぇ!」


全身を襲う倦怠感と脱力感。逃れられない現実に思いがけず涙腺が緩む。


俺は地面に突っ伏して泣いた。


・・・・・・


・・・しかしまだあきらめるわけにはいかないっ!


「俺には・・・やり残したことがあるっ」


涙を拭いて、顔を上げる。


俺は眼前にそびえる高い塀をにらんだ。


人間は不可能と言う言葉によって常に自らの可能性をせばめてきた。


ならば俺は!あえて信じたい!己に不可能などないと!


「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


そして力強く大地を蹴り、塀に至る寸前で踏み切り、重力への反逆を・・・・・


「ぶぎゃろぶおわっ!」


・・・悲しいかな、手足に吸盤が付いているわけでもなければ、登攀の訓練などした事もない俺には、ツルツルのコンクリート塀に食らいつく手段がなかった。


無残にも跳ね返される俺の身体。一瞬の反逆の後、再び俺を支配する重力。


後頭部と背中に強い痛みを感じた時には、俺は地面に大の字になり天を仰いでいた。


「な・・・なんてこった・・・」


脱出は失敗に終わった。


どうやら俺は、完全にこの学校の敷地内に閉じ込められてしまったらしい。


「それも一人でか?こんな所に?」


自分の不運を呪うしかないな。


しかしその時、嘆いている俺の背後から誰かの声がした。


少し高めな、とうと透き通った声。


「ひとりじゃないわよ」


「うはっ」


俺はおどろいて振り返る。そこには一人の女の子がいた。


ショートスタイルの髪をさらっと揺らし、自信に満ちた様子で近づいてくる。


「何をそんなに驚いてんのよ。私はさっきからずっとここにいたのに」


彼女は端正な顔に小馬鹿にしたような表情を浮かべ、くすっと笑いながら言った。


さっきからいたと聞いて、俺には気になる事があった。


すなわち、さきほどの俺のみじめな一人コントを見られてしまったのか・・・という事だが。


「えーと・・・いつぐらいにここに来たのかな?」


「え?どういう意味?」


まどろっこしくなった俺は、直接的な聞き方で問いただす。


「どこから見てたのかってことだよっ!」


「ああ・・・そういう事ね。安心して。『ぶぎゃろぶおわっ!』はしっかりと見てたわ」


・・・・終わった。


お父さん。お母さん。今までありがとう。


わずかな思い出を胸に、僕は今、イデアの世界へ旅立ちます・・・・・。


「ちょ、ちょっと!何死のうとしてんのよ!」


「うるさい!あんな生き恥を人にさらして、俺はもう生きてゆかれんっ!」


「いいから!手を自分の首から離しなさいっての!」


「死なせてくだしぇーっ!ごしょーですだぁーっ!」


「いいかげんに・・・・しろぉっ!」


刹那、目の前に白い何かが高速で迫り、顎に強い衝撃が走った。


華麗な一撃に脳を揺らされ、白い物体の正体が女の子の拳だったと気付く頃には、俺の意識は途絶えていた。




・・・・


・・・・・


ん・・・・・・。


ここは・・・・・


がばっ。


俺は布団をはねのけて起き上がった。


目をこすった後、恒例の背伸びの運動は割愛して急いで周囲を確認した。


「え?」


とりあえず、さっきまでの出来ごとが夢でなかった事が確定した。


と、いうのも俺が目覚めた場所はまたもや俺の自室とは違う、どこか別の部屋だったからだ。


そして俺の目の前には何人かの人がいた。


まだ焦点の定まらない俺の視界では詳細がわからないが、皆こっちを見ているようだ。


・・・そうか。女の子に殴られて倒れた俺を看病してくれてたのか。


俺は彼らにお礼を言うべく、話しかけようとした。が、次の瞬間。


「気が付いたの!?大丈夫!?」


どこかで聞いたような声が耳に飛び込んできた。


そして俺の眼前にものすごい勢いで迫ってくる者がいた。


「! あんたは、さっきの・・・っ!」


何が起きたのかよくわからなかった。


ただ、気が付いたらさっき俺を殴った少女が、マウントポジションとでも言うべき姿勢で俺の上に覆いかぶさり、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいたのだ。


所謂「吐息がかかる距離」だ。 おいこらちょっと待てよ。


「さっきはごめんなさい!まさか倒れるとは思わなくて・・・」


「あ、いや別に・・・」


なんだって俺はこんな所で女の子に覆いかぶさられてるんだ?


展開が予想外すぎる。変な気分とか以前に狼狽してしまってまともな反応を返せない。


「どこか痛む所ない?これいくつに見える?」


彼女は俺の眼前に指を1本出して聞いた。


・・・・・・・・


・・・とりあえずこの子が俺の事を心配してたってのはよくわかったよ。


俺は段々と落ちつきを取り戻していた。


もともと日頃から淡泊な人間を自負している俺は、女の子にマウントを取られたくらいでペースを乱されるようなタマじゃないのだ。


まったくらしくなかった。


本来の俺はテレビの音を右耳から左耳に受け流し、漫画を読むというよりかは漫画と顔の間にある空気を眺めて毎日うだうだしてるだけの何の面白みもない駄目人間なんだよ。


「1本。だから俺の上から降りてくれ」


瞬間、彼女の表情が一変した。


「! きゃあっ!ヘンタイヘンタイヘンタイ」


今さら何を恥ずかしがっているのか赤面して取り乱す彼女。


あろうことかさっきまで謝罪していた相手に対し再びめちゃめちゃに拳を振るい始めた。


く・・・二度も食らってたまるかっ。


俺は首から上を巧みに動かしかわし続ける。


ひとしきりぼふぼふとベッドを叩いたこいつは、疲れた表情でマウントポジションから俺を解放した。


「あ~もう。まさかこんな所で男の人に襲われるとは思わなかったわ」


「誰も襲ってねえよ。寧ろ俺が襲われたわ」


「なんっですってぇ!?もとはといえばあんたが・・・」


次の瞬間、男の声が部屋に響いて俺達の議論(?)は途切れた。


「あの、夫婦漫才はそのへんでいいかな?聞きたい事があるんだ」


「あ・・・」


そういえばこの部屋に他にも人がいた事を忘れていた。


俺とこのアホ娘を除いて、2人。


一人は今発言した男で、もう一人はアホと大して年恰好の変わらない女の子だった。


「とってもおもしろかったですよ~。わたしファンになっちゃいそう」


その子はくりくりした目を輝かせてこちらを見ている。いや、漫才じゃないんだけどね。


まあ・・・こっちは比較的ニンゲンが丸そうでよかった。


「・・・君も、朝起きたらここにいたというパターンかい?」


さっきの男が聞いてきた。


「そう。これが一体どういう事なのか知ってる人いないか?」


男はキザなポーズで手を広げて首を横に振った。


「・・・残念ながら」


「みんな同じみたいですねぇ。わたしも今朝起きたらお部屋が変わっててびっくりしました」


のんきにアハハとか笑いながらくりくりの女の子が言う。


「そういえばそこのカノジョから、君が脱出を試みたと聞いたんだが」


「その結果がこれだけどね」


すっかり最初に会った時の調子を取り戻したアホが、俺が寝てるベッドを指差して言った。


「お前が殴ったからだろうがっ!」


「ま、まあまあ。女性を怒鳴るもんじゃないよ・・・」仲裁に入るキザ男。


・・・ったく。とんでもないアホ女だ。


その時、また聞き覚えのない声が会話に割り込んできた。


「みなさん、お目覚めのようですね」


「・・・・・」


皆が振り向いて声の主を見た。


ま、また誰か出てきたのか・・・。


そこにはどう見ても中学生にしか見えない容姿にタイトスカートの女性用スーツを着込んだアンバランスな外見の少女が立っていた。


直立不動の姿勢でビシっと立っていて、ツインテールに結んだ髪の毛が少しも揺れていない。


まだあどけない顔の彼女は無表情で俺達全員を見据えていた。


雰囲気から察するに、おそらくこのスーツの少女がこの状況について説明する役割を担ってるんだな。


「ハーフウェイ・ビレッジにようこそ。あなたたちは今日からこの学校の生徒です」


無表情でスーツ少女が言葉を発した。


が、言ってる事がよくわからない。


「・・・はーふうぇい・・・びれっじ・・・?」


「はい。あなた達は望む物を手に入れる為、自分の意志でここに来ました」


・・・何言ってんだこいつ。


アホが早速食ってかかった。


「ちょっと待ちなさいよ。私はこんなヘンテコな学校に来たいなんて思った事はないわ。朝起きたらここに連れてこられていただけよ」


キザ男も続く。


「・・・確かに、『ハーフウェイ・ビレッジ』なんていう名前すら知らなかったしね」


スーツ少女は反論されても動じず、淀みのない口調でぱしっと言った。


「でもあなた達には望むものがあるでしょう?ここはそんな望みを実現するための場所です」


・・・望むもの・・・・


俺の・・・望むもの・・だって・・・?


周囲を見ると、皆もわけがわからなくなったのか、渋い顔で首をかしげていた。


「今はまだわからないかも知れません。でもあなた達は心のどこか深層で悩みや望みを抱えていて、その感情が持つエネルギーによってここへ導かれたのです」


くりくりの子が口をはさむ。


「えっと・・・、じゃあ、わたし達はいつ元に戻れるんですか?」


それは俺も気になる所だ。


「脱出を阻止するような塀まで建ててあったぞ。これは立派な監禁なんじゃないか?」


すると、それまで無表情だったスーツ少女が、ムッとしたように眉をひそめて反論した。


「別に、塀の外に出たいなら出して差しあげてもかまいませんよ? ・・・ただハーフウェイ・ビレッジがあるこの異世界の領域は塀の所までで終わっているので最悪あなた達の存在が消滅する結果になりますが」


「い、異世界ぃ?」


おいおいこんどはファンタジーかよ。


「ここから出る方法はただ一つ。あなた達が自分自身を理解し、望むものを手に入れれば、ここにいる理由がなくなり元の世界に戻る事ができます」


「・・・そ、それまでは・・?」


くりくりの子が不安そうに聞いた。


「それまでは、ここの生徒としてここで生活していただきます」


すると、アホが切れた。


「・・・っざっけんじゃないわよ!!」


そして猛烈な勢いでスーツ少女に迫っていく。


スーツ少女は少しも動じず、じっとアホを見つめている。


俺の脳裏に、さきほどの脳震盪の記憶が蘇る。


小柄なスーツ少女に対し明らかに体格的優位にあるアホ。


俺はさすがにまずいと思い止めに入ろうとした・・・が。


「!?」


次の瞬間、アホが空中で高速回転し、ぽすっという軽い音とともに仰向けの状態で床に軟着陸した。


「え・・・・・・・」


さっきと同じ無表情で、何事もなかったかのように立っているスーツ少女。


彼女が華麗な背負い投げでアホを投げ飛ばしたのだと数秒遅れて気付いた。


「こ・・・このぉっ・・・・」


すでに勝敗は喫しているのに床でじたばたともがいているアホ。


「・・・・・暴力反対です」


涼しい表情に少し物憂げな目をして、スーツ少女が呟いた。


いや、たったいまアナタ自身が暴力をふるったじゃないですか・・・。


「自らの身に危機が迫った場合の防衛行動は正当なものです。どこの法治国家においても正当防衛の権利は認められていますので」


自分に向けられた視線の意味を理解してか、スーツ少女はさらっと言った。


アホは憤懣やるかたないといった雰囲気で身体についた埃を払いながら立ちあがると


「こんな所絶対脱出してやるんだからっ!」


とか怒鳴り乱暴にドアを開閉して出て行った。


・・・・・・・・・・


思わずため息が出る。


「・・・俺だって何がなんだかわかんねぇってのにあのアホは・・・・」


「僕もさ・・・」とキザ。


「わたし・・・もうだめぇ・・・・」


くりくりの子にいたってはもうお疲れのご様子。


そんな俺達の様子を見たスーツ少女は


「私はあなた達がここを出る・・・“卒業”するまで、ガイドとしてお手伝いさせて頂きます。“サクラ”とお呼び下さい」


とだけ言うと、身を翻してさっと部屋から出て行った。



しばらくの間、俺達は無言のまま考え込んでいた。


あの女の子・・・サクラは、俺達が自分で望んでここに来たと言っていた。


望みをかなえるためにここに来たとも。


それなら、俺は・・・何を望んでここに来たのだろう。


確かに、俺は欲しい物なんて何もないなんていう聖者のような人間じゃない。


けれど、サクラの言う「望む物」というのは、きっと金とか名誉とか女とかそんな物じゃないのだろう。


俺は今一度周りを見わたす。


そう。


ここは学校。


学校・・・『望むもの』・・・。


「まとまった・・・かな・・・?」


俺の呟きは誰にも拾われる事なく空しく尾を引いて消えた。


代わりに、キザ男が言った。


「・・・僕の事は“伊田”と呼んでくれ」


「・・・・・」


「本名じゃないよ。僕は思うんだけどね、誰がどういう目的で僕らをここに連れてきたのかはっきりしない以上、僕らは自分の情報をぺらぺらとしゃべるべきじゃない」


「サクラは自分の意志で来たとかなんとか言ってたけど・・・」


“伊田”はおいおいといった風に首を振った。


「勘弁してくれよ。なぜ僕達を監禁している人間の話なんか信じなくちゃならないんだ?」


・・・・・・


「確かに・・・な」


サクラの話を鵜呑みにしている俺が甘いのかもしれない。


でも、根拠はないが、彼女が言った事なら信じられる気がした。


なんでだろうな・・・・。



あどけない笑顔。


無邪気な声。


死にそうなほど懐かしい日々が、俺の中で駆け巡る。


なのに、その日々の中心にいた人物を、俺は思いだせない。


楽しかった日々はとうに色あせ、後に残っているのは記憶の沼を浮き沈みする切ない思い出のかけらだけだ。


サクラ・・・・・。


何だかもやもやする。


長い間、思い出と共に記憶の沼に沈みこんだままだった俺の心。


久方ぶりに揺さぶられ、動き出した気がした。


そう。サクラによって・・・・・・・・。



「私の事は、“ちー”って呼んでくれればいいですっ」


くりくり・・・もとい“ちー”の声で俺の思考は中断された。


「ちー・・・・ねぇ」


伊田が口元を手で押さえてるのはほぼ間違いなく吹き出しそうだからだろう。


「え・・・変ですか?可愛い名前にしようと思って・・・」


しばらく見ていてわかったが・・・・こいつ、良く言えば純真、悪く言えば少し幼い子っていう典型的なパターンか?


「・・・ま、まあいいんじゃないかな。それで・・・」


伊田とちーが俺の方を見る。


「・・・・・・・」


うーん。迷うなあ。


まあ、こういうのって適当に考えたほうがいいんだよな大概。


「じゃあ“ケー”で」


一瞬間を空けて、


「えー!?それじゃちーとそっくりですよー」


「き、君も同レベルだと言うのか!?そんな風には見えなかったのに」


「やかましいわ!」


しょうがないだろ。咄嗟にまともなニックネームをそれも自分で考えるなんて・・・。


あ、そうだ。


「じゃあ“圭一郎”で」


「圭一郎?やけに本物臭い名前だな」


「圭一郎さんって本名なんじゃないですかー?」


「そりゃ、本名ですから」


・・・・・・・・


「おいおい。ノリが悪いんだなあ君は」


「圭一郎さんってピンだとつまんなーい」


まあ、俺はつまらない人間だしな。


正直本名でもそこまで問題ないと思うし。


「じゃあ整理すると、君が“圭一郎”、そこの君は“ちー”、僕は“伊田”、さっきのスーツ着てた子は“サクラ”、あと・・・・」


「え?あと・・・あ」


「圭一郎、君の相方が・・・」


「相方じゃねえよっ!」


「えっ、今度は圭一郎さんと伊田さんの漫才ですか?楽しみですー」


いやだから漫才でもないんだけどね・・・・。




それから小一時間ほどがアホの捜索に費やされた。


正直面倒くさいのでガイドとかなんとか言っていたサクラに頼もうかと思ったが、必要以上に姿を見せない方針なのか彼女もどこかへいってしまっていて見つからなかった。


結論から言うと、ずっと探しているのにアホが見つからなくて困っている。


「圭一郎さーん。あの人いませんー」


校舎棟の音楽室のような所でアホ探しをしていたらちーが半べそ状態でやってきた。


「困ったね。もう殆ど調べつくしたはずなんだが・・・」


ほどなくして伊田もやってきた。


あいつ、どこに行ったんだろう。


「まさか、本当に塀を乗り越えて・・・?」


「や、やめて下さいよぅ」


「・・・笑えない冗談だな」


「・・・・ごめん」


・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・




うーん。どうしたものか。


もう、あいつを探し始めてからゆうに2時間は経過している。


まあ今の俺達は殆ど捜索打ち切りのような感じで音楽室でうだうだしているだけなのだが。


「ど、どうしましょう・・」


「もう、彼女が自分で戻ってくるのを待つしかないんじゃないのか?」


「だよなぁ・・」


・・・・・・・・


・・・・・・


・・・・


でも・・・


「でも、このまま何もしないのもなあ」


「じゃあどうするって言うんだい?」


伊田が少しイライラした様子で聞いた。


「・・・・・・・・」


どうするって言うんでしょうね俺。


・・・・・・・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・


「あのー・・・」


ちーが少し控えめな調子で口を開いた。


「私達がここにいるってあの人に知らせたらいいんじゃないですかね・・・」


「あ、そうか」


「・・・それもそうだな」


ちーの的確な一言で沈んでいた場の空気が再び活性化の兆しを見せ始めた。


「でもどうする?・・・ここにはメガホンなどはないようだが」


「楽器があるな」


そう。ここは音楽室だ。


「僕には生憎楽器の趣味は・・・」


「私、カラオケは好きなんですケド・・・」


再び沈もうとする空気。


しかし俺には気になっている物があった。


「・・・・・・鳴るかな」


蓋をあけ、白と黒の鍵盤を軽く押してみる。


まるでついさっき調律されたかのような透き通った綺麗な音色が部屋中に響き渡った。


そう・・・。ピアノだ・・・。


「・・・・・・・」


「弾けるのか?圭一郎」


「えぇ?圭一郎さんそんな風に見えないのに」


二人の問いに応えている余裕などなかった。


身を貫いてゆくこの感覚。


数年越しに味わったこの感覚に気を取られていたから。


「・・・・・・・」


まるで、たるんでいた糸が久々にピンと張るように。


黒い革張りの椅子に腰かけた俺の意識は、ピタっと統一された。


右手はト音。左手はヘ音の弾き出しの位置に。


目の前に並ぶ鍵盤の群れ。


挑むような気持ちで、最初の一音を奏でた。


「・・・・・・」


鳴った。


長年使われなかった神経が再び息吹を取り返したかの如く、脳味噌がフル回転する。


次は、右手でメインの旋律を弾きながら左手は和音を抑えていく。


いつ習ったのかも忘れてしまったような、初歩的な曲。


この“異世界”とやらのどこにいても聞こえるように半ば暴力的なフォルテシモで、記憶を頼りに鍵盤を叩いた。


「・・・・・・・」


おかしい。


おかしいな。


こんなに・・・


全ての意識を、目の前の鍵盤に集中させる。


まるで全ての動作をプログラム化されたかの如く、俺の腕や指は勝手に動き、曲を奏でていった。


こんなに・・・楽しいと感じる事が今まであっただろうか?


何年もの間、何もせずに抜けがらのように生きてきた俺。


なのに今、こんなにも楽しく、こんなにも熱くピアノを奏でるなんて。


初歩的なものだけあって、この曲は数分で終わってしまう。


もうそろそろフィナーレじゃないのか?


そう思った時だった。


『・・・私は、来るはずもない明日のためにさえ今日という日を精一杯生きられる人間でありたい』


声が、脳内に響いた。


「え・・・・?」


これは・・・なんだ・・?


さっきと同じ感覚が再び訪れる。


一回目はサクラと初めて会ったときだった。


これは・・・この言葉は・・・。


俺の記憶にはないはずなのに、なぜ俺の脳内で反響し、俺の心を揺さぶるのか。


疑問と動揺が湧き起こる。


そして次の瞬間。


「!」


指がまるでおかしい方向から反発を受けたと思ったら、最後の最後で汚らしい不協和音が鳴り響いていた。


「・・・・・・」


「プッ。圭一郎さんラストで間違えてるー」


「まったく。恥ずかしいな」


俺は不協和音を奏でた位置から指を離しもせず、考え込んでいた。


なんだか、ここに来てから俺の様子がおかしい。


それもみんな、サクラに関する事ばかりだ。


サクラ・・・


しかし、今までの俺の人生で、サクラのような女の子と会ったような記憶は・・・ない。


ついさっきまで接点のひとつもなかったはずなのに、なぜこれほどにも色々なものがフラッシュバックするんだ?


「・・・・・・」


しかし、ただ一つわかった事がある。


なぜ、俺達はここへ来たのか。


少なくとも俺は、自分の意志でここに来たのかも知れない。


今の俺に足りないもの。


そしていらないと思いこんだ心の底では、取り戻したいと願ってやまないと思っているもの。


・・・はっきりしているじゃないか・・・。



丁度その時、


バタンッ!


音楽室のドアが景気よく開き、


「みんなここにいたの!?もう脱出もできないしみんないなくなってるし死ぬかとおもったぁっ」


ようやくアホが戻ってきた。



俺は思考を続ける。


そう。伊田やちーやあのアホ女が今までどんな人生を歩んできたのかは知らないが、俺には欲しいものがある。


「俺は・・・中途半端な自分を・・・ずっとどうにかしたかった」


「・・・・・・・・・」


「な、何を言ってるんだ君は」


「圭一郎さんどうしたんですか?」


「気でも狂ったの?」


そう。人生の中途で躓き、立ちどまっていた。


「なりたかったんだよね。何でもいい。“何か”に対して本気で向き合って生きていける人間に・・・さ・・・」


「・・・・・・・・・」


皆が俺の方を見ている。


それこそわけがわからないといったような表情で。


俺はかまわず最後まで言い切った。


「“理想の自分”。俺はそれを望んでここに来たのかもしれない・・・」


・・・・・・・・


・・・・・・・


誰も、何も言わなかった。


その代わり、誰一人としてわけがわからないといった表情をしなくなった。


「圭一郎・・・・」


伊田が何かを言おうとして、やめた。


「俺だってみんなと同じで、こんなとこに突然連れてこられて混乱もしてるし、正直わけがわからないことばっかなんだ」


独白が止まらない。


今まで自己に対してもっていた、誰にも言えなかった不満が、一気に噴き出すようだった。


「でも、思ったんだ」


俺は言った。


「どんな理由であれ、ここが俺に“望むもの”をもたらしてくれるなら、俺はここで精一杯やってみよう・・・って」


「ちょっと、待て・・・」


伊田が口を挟んできた。


「君は大事な事を忘れている。僕達が何らかの理由で上手い事担がれている可能性だってあるんだぞ?」


「たとえそうでも・・・」


俺は伊田の方を見た。


「脱出はできない。ここに来た理由も原因もわからない。そしてサクラは強い」


アホがフンッとそっぽを向いた。


「この状況に抗う事はできないんだ。なら今、できる事を最大限やってみないか?」


「しかし・・・」


伊田も食い下がる。


俺はたたみこんだ。


「疑うより、まず信じてみよう。・・・そうしないと何一つ始まらないと思うんだ」


駄目人間の俺が、偉そうに説教をしてしまった。


「ふむぅ・・・」


伊田は黙りこんだ。


「あの・・・・」


ちーが口を開いた。


「わ、私も、まだ何が欲しくてここに来たのかわかんないんですけど、とりあえず、今ここにいる事を受け入れようかなぁ、って・・・」


そして俺の方を見てえへへ、と笑った。


「逃げる事もできないわけですし・・・ね?」


「・・・・うん」


・・・黒歴史は早く忘れてくれ・・・


「おい、アホ」


「アホって何よ!変態!」


「変態じゃねえよ。そろそろお前も名乗れ」


「・・・ああ、“ちー”とか“伊田”とか読んでるのは呼び名なのね?そういえば考えてなかったわ。どうしようかしら・・・」


額に手をあててウンウンと考え始めた。


「・・・そんなに真面目に考える事もないんだぞ?」


「あーもう。うるさいわねっ。じゃあ・・・・」


勢いっぽい感じで


「私の事は“マリカ”って呼んでくれればいいわ」


案外まともな回答が返ってまいりました。


「よろしくおねがいしますっ!マリカさん」


「・・・よろしく。マリカ」


さっそく呼び名を使って挨拶する伊田とちー。


俺も


「俺は圭一郎だ。よろしくな、マリカ」


と挨拶したら、


「あなたに呼び捨てしていいなんて言った覚えはないわっ。“マリカさん”って呼びなさいよ」


なんて返事が返ってきた。


構わず


「よろしくな。ま~り~か~」


ふざけた調子で言いながら右手を差し出した。


「・・・・・・・・・・・」


しばらく交錯する視線。


ついに折れたマリカは俺の手を握り、


「・・・よろしく」


ぼそっと言って、すぐ手を離した。


脇の二人は、俺達の様子を見て


「・・・なんかいい感じですよね」


「・・・初々しい夫婦漫才だよまったく」


などと無責任なコメントをしていた。




俺は窓からここ、ハーフウェイ・ビレッジの風景を改めて眺めた。


ハーフウェイ・ビレッジ・・・道半ばで立ち往生した者が集う村という意味だろうか。


グラウンドが夕日の赤によく映えているが、塀の外の景色は影になっていてよく見えなかった。


本当に、塀の外は無の世界なのだろうか。


ここに来てまだ一日目か。


・・・・もう何十時間もいたような気がするがね・・・。


まだまだわからない事だらけだが、それでもきっと俺・・・俺達は、何か行動を起こさなければならないのだろう。


今できる事を精一杯やる。月並みだけどなかなかできない事だ。


そしてこんな月並みな約束を、俺は過去に誰かとかわした。


そう、まるで不自然に記憶から抹消されたかのごとく思い出せない“誰か”と・・・


さっきフラッシュバックの持つ意味が、俺に答えを与えてくれる気がしていた。


サクラが俺にもたらしたフラッシュバック・・・。


「サクラ・・・・」

・・・どうでしょう。感想、ご意見などありましたら是非お願いします。

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