帰り道
「ねえ、この後時間あったら、私の家に来てみない? 」
勉強会のあと、声をかけてきたのは思縁の方からであった。
「ああ、暇だし、もちろん」
我ながら受け身な態度かもしれないと思った。自分も思縁ともう少し一緒に居たかったため、こういうのは自分から言った方がいいのかもしれないなと思った。
それと、やはり思縁は行動力があるなと思った。
「でもいいのか、付き合ったばかりなのに、家にお邪魔になるのは早いかもしれない」
「いいの。この前にもう、お母さんとお父さんには相談してあるから」
アポも取ってあるようだ。
「そうか、なら、遠慮なく」
帰り道。
「……」
なにを話せばいいのかわからない。恋人になった途端に、妙なプレッシャーが俺に降りかかってきた。
思縁も話さない。
プレッシャーは思縁にもあるのか、思縁もなにも話さない。
それか、内心そう焦っている俺を見て笑っているのかもしれない。思縁は機嫌がよさそうに鼻歌を歌っていた。
思えば、思縁と付き合っているとはいえ、出会いってからはまだ一か月ほどで、あまりお互いのことは知らなかった。
「夕日、綺麗ね」
ふと、思縁はぽつりと呟く。
「ああ」
「この前のさ、出会ったころの夕日も綺麗だったけれどね、今は少し見え方が違っているような気がするわ」
「前は俺たちはただのクラスメイトで、今は恋人同士だからか? 」
「半分正解かな」
「半分なのか」
「そう。出会ったころの夕日より、ね、胸がどきどきするなって」
不意の感情の吐露に、俺は思縁を見る。思縁は、下を向いて目を合わせないから、俺も適当に周りに目をやり、時間を稼ぐ。
「それは俺もだ。むしろ、今の気持ちの100%が、思縁に向かっている気がする。でも、思縁の気持ちの中では、それは半分なんだろ。」
「うん。どきどきして、愛おしい。でもね、私には、もう半分だけ、大切にしたい気持ちがあるのかな。たぶん」
「その半分って、どういう気持ちなんだ」
「どうだろう、言葉に表すならば、憧れ、かな」
「? なにに憧れてるんだ」
思縁の言っていることが、よく分からなかった。半分は愛おしさ、もう半分は憧れ。といった。よく分からなかった。
「憧れは、あなたに対してよ。夏之夢」
「思縁が俺に憧れる要素、ないと思うが」
「そっか。私ね、以前に一度、夏之夢と会ったことがあるの」
「そうだっけ」
「うん。あれは、私が入学式の時かな」
「入学式か」
「その頃の私は、神様に認めてほしくて、色々な良いことをがむしゃらにしてた頃なんだけどね」
「うん」
記憶を入学式、つまり今から半年ほど前まで遡らせる。たしか、あの時は、
「入学式が終わって、幼馴染の穂乃果ちゃんと一緒に帰る約束してたんだけどね」
穂乃果、ときいてどこかで聞いたような気がした。
「穂乃果さんって、今は心臓が弱くて学校に来れてない人か」
「そう。三田穂乃果ちゃん。昔から体が弱くね、入学式は無理して出たんだけれど、そのあとで立ってられないほど気分が悪くなっちゃって、誰かに付き添われて保健室に行ったんだけれど」
思い出した。
「ああ、あの時、確かに俺は穂乃果さんを保健室まで誘導したっけ」
「うん。そのあと私はすぐに保健室に行ったらあなたがいて、私はありがとうって言ったら、照れくさそうに。当たり前のことしただけっすよ。それじゃって去って言ったわよね」
「そこまでは記憶があやしいが、そうかもな。でも、なんでそれが憧れになるんだ」
「私ね、さっきも言ったけど、ずっと神様に近づきたくて、お父さんの言う良いことをしてきたんだけれど、私みたいな理由もないのに、見ず知らずの人を当たり前に助けられるって、凄いことだなって思ったんだ。
で、気が付いたの。確かに神様を信じるのも大事だけれど、私もあなたのように、もっと純粋な気持ちで、他の人に関われたらなって。私、ちょっと神様を信じてる自分に酔ってて、神様をあまり信じていない人を、心のどこかで見下してた。でも、それからは、色んな人に、もっと貢献したいなって、いつもより成長できた気がするんだ」
思縁を見ると、目はこちらに向いていた。本気の眼差しだった。俺は急に神様がどうとか、成長がどうとかと言われ少し引いた。
「そ、そうか。俺は本当にできる限りのことをしただけで、そこまで思縁に憧れるようなことではないとは思うが、思縁の中で成長につながったら、俺は嬉しい」
「うん。ありがとう、夏之夢。……ちょっと引いてるでしょ」
今度はこちらが目を伏せていると、思縁は感づいたのか、やや不機嫌そうにそう言った。
「い、いや」
「まあ、いいの。私の中では、ずっと前からあなたはヒーローってこと。バスケリーダー引き受けてくれた時も、みんなの練習付き合ってくれた時も、夏之夢。かっこよかったよ」
「そうかありがとう。ヒーローに憧れているわけか。ただな、思縁。思縁は神様に近づきたいのか、ヒーローに憧れているのか、どっちなんだ? 」
不意に意地悪な質問を投げてみる。
「それは、どちらかっていうなら、神様よ」
思縁は少し迷ったが、まじめな面持ちで答えを出した。
俺は、そこに危うさを感じた。
「そうか。俺は、思縁のその勤勉さっていうのか、好きだよ。でも、あまり無理はしないでほしい」
「私、無理してる? 」
「たぶんな。でも、思縁はそのままでいいよ。俺には、そんな思縁がまぶしく見える。ただ、休みたくなったら、俺も一緒に休むよ」
「そう、ありがとう」
「ああ。俺は神様とかはよく分からないんだが、一つ言えることは、思縁が大切ってことだ。今のところ、他の誰よりもな。もちろん神様より大事だ。だから……」
「うん。なんか、心配かけてごめんね。せっかくいい雰囲気だったのに、ごめんね」
「いや、いいよ。俺も、こうして思縁と話すのは、楽しいから」
「私もよ、夏之夢」
思縁はにっと笑った。そこに、不意に手に温かな感触があった。
「このままさ、手つないじゃお」
「あ、ああ」
手をつないでからは、思縁はまた目を合わさなくなった。俺は頭が真っ白になった。周りは暗闇が下りてきて、寒さも増しているが、心の中の灯は、強く心臓とリンクするように、輝きを放ち、思縁の温かな手に、包まれているようであった。




