ラスト 幸せな不正解とともに生きてゆく。思縁と、円と、夏之夢たちのの時間は続く。
4年後。冬。12月25日。午後11時。
円は、20歳になっていた。
「夏之夢、ただいま」
思縁と円は大学2年生になっていた。
年末年始シーズンになり、二人は大学に近いアパートから、こちらに帰省していた。
思縁はすでにもう実家に帰ってきていたが、円は近くの教会でチャリティコンサートに出席していて、遅くなって帰ってきた。
「おかえり、円」
円は、もう十分に綺麗な、一人の女性として輝いていた。
俺はというと、もう37歳であった。
月日が経つのも、早いなと感じる。
「夕食はどうする? 」
「食べる」
「パーティがあったんだろう、軽くいくか? 」
「いや、今日は夏之夢のご飯が楽しみだったから、たくさん食べるつもりかな」
「分かった」
「最近の調子は、どうだ」
「ピアノは、まあまあかな」
「そうか。プロになるのには、厳しいコンクールを突破するのが近道なんだろ。がんばりな」
「ありがと」
なんて、他愛のない話が続く。
円はご飯を食べ終わり、俺は、食器を洗っていると、後ろに柔らかな触感が不意にやってきた。
「ねえ、夏之夢」
「な、なんだ、円」
「しよ」
それは、円からの、誘いであった。
「私、もう、20歳。大人だよ」
「ああ、そうだな」
俺は続けて、
「でも」
「でも? 」
「まだ、早いような気はするが」
「早くなんて、ないよ。私、ずっとこの日を、待ってたんだもん」
「そうなのか」
「今の私を、夏之夢に、感じてほしい」
「分かったよ。円が、望むなら」
「ありがとう。私のわがままを。聞いてくれて」
それを聞いて、16歳のころ、思縁が、同じようなことを言っていたことを、思い出していた。
思えば本当にたくさんのことがあり、ここまで来た。
人間は、というより俺は、もう少しくらい、思うよりも、わがままでいいのかもしれない。
そもそも、俺は、弱い存在だ。だからこそ他者と寄り添えるし、強くありたいという願いも生まれるのかもしれない。
そして自立し、自分を守る。そして余裕があるなら、人にやさしくする。
昔の思縁をみていたときは、そのとても危ういバランスが、美しく見えた時もあった。
でも、無理は続かないかもしれない。神様というものからの評価や、世間の評価も、気になるところだが、それよりも、俺の第二の恋人としてや、円の母としての幸せをまっすぐ目指すようになった思縁は、昔とは違っているが、輝きは失われてなどいないように感じる。
そして俺はずっと家族に依存していたのかもしれない。
円と一つになる。ということは、円の中にある思縁の血とも交わるということでもあり、そして、思縁をレイプした末に殺害しようとした、名も知らぬ異国の男の血を後世に残すことでも、ある。
それらを、ひっくるめても、今は後ろにいる女性、円を愛したいし、共に幸せになりたいとも思う。
悪いことも、良いこともひ引きずりながら、明日に活路を見出すことしか、俺にはできないのかもしれない。でも、そんなときに、歩や穂乃果といった友人や、思縁や緑さん、円のような家族が、仲間がいてくれる。時に友情や家族愛は、うっとおしく感じるかもしれない。希望や生きる目標も、まやかしかもしれない。けれど、俺がいて、みんながいて、ここにいる。意味はなくとも、俺の中で、また、各々の中で、意義深いものとなる時もある。
その道を、歩く。しか、ないのかもしれない。
神様。俺は間違っているのだろうか。とずっと自問自答していたが、かかわってくれた友人たちも、家族も、みんな好きだ。
これからも、みんなと居たい。末永く、幸せにいたい。
それを欲することは、間違いなのだろうか。
たとえ、生きるということが、他者を食らううえに成り立つ残酷な物語だとしても、この性欲に支配されている世界だとしても、この、清濁併せてでも生きて、目標や友人たちとの夢を、守り通したい。それが、俺の正義なのかもしれない。
しかしだ、それはそれとして、俺は少し、力みすぎていたのかもしれないな、とも思うんだ。
楽しめる範囲で、ほどほどに頑張る。これを続けるくらいが、ちょうどいいし、そういう日常の中で、好きな人や物事と、生きれたのならば、俺は、もう幸せだ。
たとえ、世間の目や、俺の思う正義の神様からの目から見て、娘として接してきた女性と交わることが悪く映るのかもしれなくとも、今、俺は幸せで、思縁も、きっと、幸せなんだろうと思う。これが、今の結果だ。
だから俺は、これ以上、力みすぎなくとも、いいのかな、と思った。
神様は、どう思いますか。
これが俺の、選択です。
世間や正義の神様からみた正しさよりも、俺自身と、俺の大切な人が、今、たしかに幸せであるという結果を、俺は、今、選びます。
「お父さん、いえ、夏之夢って、女の人は、初めてなんだっけ」
「まあな」
「そっか」
円は嬉しそうに、
「じゃあ、これから、よろしくね、夏之夢」
と言った。
それから数日が経ち、正月になった。
家で特番を見ていた。
家には、思縁と、俺しかいなかった。
「ねえ夏之夢」
「なんだ、思縁」
「夏之夢ってさ、まだ私のこと、好き」
「急だな」
「まあね」
思縁は笑っていた。
俺は答えは決まっていた。
「今も、好きだよ。最も大切な人の、一人だよ」
「そう。私も、あなたが、今でも好きだよ」
思縁は続けて、
「たとえ、私の娘とも、結ばれてもね」
「そこは、なんといえばいんだろうか」
「いいんだよ、夏之夢。私もあの子を産んだからには、最期まで、見て、応援したいからさ。私はあなたの恋人ではあるけれど、それよりも、あのこの母として、の立場をとったから」
「そうか、きつい選択をさせてごめんな」
「それはお互い様。そうね、本当に、夏之夢にも大変な時間を過ごさせてしまったわ」
「俺は、いいよ。ずっと、みんなが助けてくれたし。温かな時間でもあったから」
俺は続けて、
「思縁、でも、俺は、きっと、神様にはなれない。思縁の子と、そしておれの子である円に手を出してしまったからだ」
「そうね、残念ね」
「ああ」
「でも、それなら私も同罪だよ。そうなる夏之夢と、円。二人を、認めたからね。世間や、神様の目は、私を許さないと思う」
「思縁……あんなに神様のことを信仰していたのに、その、すまない」
「あやまらないでいいよ。私はあなたと生きて、綺麗な道を歩むときも、一緒に汚れる時も、歩みたいからさ。夏之夢は、私が眠っているときも、ずっと、一人で頑張ってくれた。だから、今度は、なるべく一緒に居たいって思うからさ」
「そうか」
「それにね、二十年前のこと、覚えている? 神様と私たちの話をしたとき、あなたは、神様と私たちが、家でテレビでも見てるんじゃないかって」
「そんなこと、話したような」
「話したよ。今、この部屋で、神様も、一緒に特番を見ているのかもしれないわ」
「だとしたら、愉快な話だな」
「ええ。死後の世界は、完全には分からないわ。だから、今、この生きてる一瞬一瞬を、大切に生きてみたらいいかなって、思うんだ」
「思縁、そういう風に、考えが変わったんだな」
「まあね。だから、これからも一緒に、歩んでくれないかしら」
「ああ、分かったよ。こちらこそだ。よろしくな、思縁」
「うん! 」
思縁は、そう言って、笑った。
不意に、思縁は手を差し伸べてきて、
「握手、しましょ」
そう言った。
「握手? 」
「これからも、頑張りましょうっていう、誓いの握手」
「なんだそりゃ」
「いいから、こういうのは、気持ちの問題なのよ」
「分かったよ、ほら」
そして、握手をした。
「ちょっと照れちゃうわね」
思縁は、顔が赤らんでいた。
「そうだな」
「うん。終わり。私たちは、なんだか、このくらいの、あんまり男女の関係も悪くないけれど、まあこんな感じの距離感が、しっくりくるわね」
「まあな」
「色々話したけれど、円のこと、よろしく頼むわね」
「ああ。俺も、頑張るよ」
「その意気だよ、夏之夢」
「ありがとう」
「何よ急に」
「俺と、出会ってくれて」
「それも、お互い様よ」
そう話し終わると、円もやってきた。買い物から帰って来たらしい。
「おう、円。お帰り」
「うんただいま、お父さん」
「お母さんと、話してたんでしょ」
「まあな」
「やっぱり、うらやましくなるなあ」
「何が? 」
「お母さんしか、お父さんと対等に、話せないからさ。私はやっぱり、娘だからさ。頑張ってみたけれどね」
「それはそれ、これはこれ、だ。俺にとっては、円も、大切な、娘であり、恋人でもあるから。あまり、気にしないでいいよ」
「ありがとう。お父さん。私の前では、いつもかっこつけてくれるし、気を遣ってくれるね」
「そうかな」
「そうだよ。いつも、ありがとう。お父さん」
「気にしなくていいからな。円、この番組は、楽しいか」
「本当に、いつも、楽しいかどうかを聞いてくるのは、変わらないね。うん、楽しいよ」
「なら、よかったよ」
「でもさ、お父さんも、あまり、無理は、しなくていいからね。そんなにかっこつけなくても、いいからさ」
「そうか。分かったよ。無理しないようにするよ」
「それがいいと思う」
円は続けて、
「これからも、思縁お母さんが好きな、そして私を愛してくれると、嬉しいな。そうしてくれる、お父さん」
「ああ、俺も、そうしたいと思う」
「なら、よし、かな。私はね、お父さんに対する気持ちは、ちょっと変わってるかもしれないの。お父さんのことは、異性としても好きだけど、なによりも、思縁お母さんにとっての、王子様名ところがね、私は好きなんだ。だから、ずっと、お母さんと走ってほしい。私はそれを、娘として追いかけたり、見たり、応援したり、したいんだ」
「そうか。分かったよ。俺を好きになってくれて、ありがとうな、円」
「別に。お父さんこそ、私を娘にしてくれて、ありがとうね」
「ああこれからも、よろしくな」
「ねえ、お父さん」
「なんだ」
「キスしてくれない。お礼に、あとでピアノ弾いてあげるから」
「分かった」
思縁はそれを、じっと見守っているようだった。
それから一時間後、
「おじゃまします」
穂乃果と歩がやってきた。
緑さんも、特売セールから帰ってきていた。
「今日は、みんなで、鍋パーティするわよ! 」
「緑さん、はりきってますね」
「夏之夢君と思縁も、手伝ってね。私と円ちゃんが買い物している間に、二人はテレビみていたんだからさ」
「はいー」
俺と思縁は、さっとエプロンを取り出し、準備をする。
円は、ピアノを録音したものを、流している。
歩は、鍋を食べたら仕事らしい。
偶然、俺も今日は夜勤が入っていたから、このまま一緒に鍋食べたら行くか。
穂乃果は、読書をしていた。変わらず、児童文学が好きなようであった。
これからも、みんなとともに生きていきたい。そう、俺は思った。
これまで歩いたように、これからも。
俺は、選択を、間違えたのかもしれない。
たくさんのことがあった。
この選択は、なかったことにはできないかもしれない。
ずっと、間違えているのかもしれない。
それでも俺は、生きていく。
多くの人や、友人と、家族とともに。




