目覚め
それから一年経った。相変わらず俺と円は親子のままだ。まだお互いに、複雑な感情を抱いているものの、関係は良好だった。
と、いつも通り警備と事務の仕事をしていると、昼休みに緑さんから電話がかかってきた。
「はい、夏之夢です」
「もしもし、緑だけど。落ち着いて聞いて。思縁が、目を覚ましたわ、夏之夢君」
「なんですって」
あまりの出来事に居ても立ってもいられなくなり、すぐに午後は有給にし、家にすっ飛んでいく。
家に着くと、すぐに階段を上る。
そこには、思縁がいた。
「思縁、なのか」
「その声は、夏之夢なのかしら」
「ああ。ああ。目が覚めたんだな。良かった。本当に良かった」
「ありがとう。ずっと待ってくれていたのよね。お母さんから聞いた。15年も、大変だったでしょう」
「ああ。きつかった。きつかったよ」
思縁の手を握りながら、年甲斐もなく涙してしまう。
と、そこに、円がやってきた。
「あら、あなたは」
「お母さん、目が覚めたと聞いて帰ってきたけど、本当に私のお母さんなの」
「そうみたいね。でも、なんて言えばいいかな。私も、あなたのおばあちゃん、緑さんから話を聞いて、今のことや、昔のことをまだなんとなくだけれど、つかんできたわ。初めまして、いや、久しぶりなのかな、円ちゃん。若林思縁です」
「は、はじめまして、お母さん」
「ふふ、あなた今16なのよね。私は17歳からずっと寝たきりだったみたいで、最近のことには疎いから、いろいろ教えて頂戴ね。精神年齢っていうのかな、年が近いから、話しやすいと思うし」
「あ、はい、お母さん」
「今は思縁でいいわ。いつか、私があなたのお母さんとしてふさわしくなったら、お母さんて呼んでくれればいいから」
「は、はい」
ぐいぐいくる思縁に、円はたじたじであった。
「さすがのコミュニケーション能力だな。相変わらず元気そうで、安心した。」
「まあ、ずっと夢を見ていた気がするわ。夏之夢、あなた、老けたわね。あはは、ほんの少しだけど、しわが出来てるわよ」
「そりゃあ、重力でしわも出来るだろう」
「そうね。積もる話もあるけれど、今日はちょっと疲れちゃったからもう休ませてもらおうかな」
「それがいい。またな」
「うん夏之夢お父さん」
「変な呼び方すんな」
「あはは」
「それじゃ、おやすみ」
「うんそれじゃ」
そうして俺たちは思縁が眠ったのを確認すると、一安心してそれぞれ部屋に戻った。
……。
俺が居間に戻って十数分後、円がやってきた。
「お父さん」
「おう、どうした」
「お母さんが目覚めて、良かったね」
円は前髪を触りながら、ぽつりとつぶやいた。
「ああ、本当に良かった」
「でも、私はね、ちょっと複雑なんだ」
「そう、だよな」
円にとっては、ここ半年で色んな事が起きている。俺への告白や、思縁の目覚め。見た目はもう大人に近いと言っても、16歳の少女には、感情の整理をする時間が必要なのかもしれないな。と思った。
「私、今でもお父さんのことが、好きだよ。お母さんが起きてくれて、お父さんも泣くぐらい喜んでて良かったって、心から思ってる。でもね、お母さんに、これからはお父さんのことが取られてしまうんじゃないかって心配なんだ」
「そうか。俺は、」
と、言いかけたが、
「いや、いいよ。答えは知ってるから。お父さんは、お母さんが、好き。私のことも愛してくれてるし、魅力的だとも言ってくれたけれど、やっぱり、実際に一緒になれるのは、お母さんなんだよね」
「ああ、そうだな。すまない」
「いいんだ。でも、この気持ちは、お母さんにもぶつけてみようと思うよ。お父さんに似たのか分からないけれど、言いたいことは、まっすぐ伝えて、お母さんの気持ちも感じたいから。その時は、お父さんも関係あるから、一緒に居てほしい」
「分かったよ、円」
「うん、ありがとう。じゃあ、ピアノ練習があるから、戻るね」
「ああ」
と言って、円は自室に戻っていった。
俺は、これでよかったのだろうかと、ずっと考えているが、考えてるだけでは、なかなか答えは出なかった。進んだ先に、答えはあるのだろうか。
「思縁ならば、こんな時、なんて言うかな」
思縁が目覚めた今、俺は円や緑さんとともに、家族で話し合ってみようと思った。出来れば、二人の意見も聞きたい。そう思ったからだ。
俺は正直言って、そこまで神様を信仰しているとはっきり言えるほどでもないが、あの二人なら、なんていうだろうか。俺には想像がつかなかった。
円には、自分なりに考えて、信念と誠意をもって答えたつもりだ。だが、円の切なそうに俺を見る瞳を見ていると、やはり、揺らいでくるものがあったのも事実だった。
「とにかく、出たとこ勝負でやってみるしかないか」
思縁が元気になり次第、家族で会議を開こうと思う。




