答え合わせは、正解
五日後。夜。
「円、入るぞ」
「どうぞ」
円の部屋のドアを開けると、円はまた黒のドレスを着て待っていた。
「今日もドレスなのか」
「うん。なるべく、あなたの前ではきちっとしたいから」
「そうか。ありがとう」
「うん」
「……」
しばしの沈黙が続き、
「私の気持ち、分かってくれた、お父さん」
円、目の前の少女は心配そうな面持ちでこちらを伺ってくる。
「ああ」
これ以上は、もう、円から逃げない。
俺は続けて、
「円は、本当は、俺のことが好きだったんだろ」
そう言うと、目の前の少女は恥ずかしそうに、
「うん」
と言った。
「今まで気が付かなくて、ごめんな。俺は、ずっと円を家族だと、娘だと思って接してきた。でもそれが、円を苦しめていたんだな」
「苦しんでいたのは、うん。まあね。だって、小さいころからお父さんのことが好きで、でも、周りの子は全然違うみたいで誰にも言えなかったし。でも、お父さんと私が血が繋がってないって知って、私、初めて気が付いたんだよ。私、この人のことが好きなんだって」
「そうだったのか」
「やっぱり、私もお母さんと同じ人が好きになるみたいなんだね。皮肉だよね。それにね、お母さんは子宮を全摘出したっておばあちゃんから聞いたんだけど、お父さんが、お母さんとの間に子供や血を残せないのは、どうしても我慢できなくて。だから」
円は続けて、
「ねえ、私、お父さんとの間に、子供が欲しいの。きっと、お母さんも、喜んでくれるわ」
と言い、円は俺の手を両手で握り、胸に押し当てた。
手には、柔らかな感触があった。
俺は、困惑しつつも、目の前の少女、円になんといえばいいか、また、俺はどうしたいのかを考えていた。それはこの五日間、ずっと考えていたことだ。
今は、嘘は、いらない。そんな思いが、俺の中にあった。
「円、円の気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
「うん。私の想い、聞いても気持ち悪がらないんだね」
「気持ちがるものか。大事な娘の、いや、大切な人からの温かい気持ちだ」
「なら、いいよね、私たち。私ね、お父さんなら、いいよ」
黒髪の少女は俺の手を自分の腰まで回すと、顔を近づけてきた。そのまま目をつむり、ゆっくりと、唇を俺の唇に重ね合わせようとした。
俺は――。
嘘は、つかない。そう決めた。俺のなしたいことは、それは。
――だから。
「ごめん、円」
お互いの吐息が分かるほどの距離になったところで、俺は顔を円の顔の横につける。
そして、精一杯抱きしめる。
失恋を悟った円は、
「お父さん、私はやっぱり、女としてみれないの」
と言って泣きそうな声で、俺の腰のあたりの服を握りしめる。
「いいや、円は十分綺麗だ。俺も気持ちの半分くらいは、円と、褥を共にしたいとも思うよ。君が、思縁の子ならなおさらで、本当に君は魅力的だ」
「なら、ならどうして? お母さんが居るから? いつ起きるかも、死ぬかも分からないお母さんが、そんなに大事なの。お母さんとお父さんって、二年くらいしか付き合っていなかったじゃない。その二年に、私の15年は負けたって言うの。ねえ、お父さん。応えてよ」
「円、確かに俺は、思縁が好きだ。愛している。ともに過ごした二年は衝撃の連続で、今でも忘れることはない。でもな、違うんだ」
「なにが違うんだよ」
「円は、思縁の2年間に負けたのかと聞くけれど、そんなことはない。俺は、円のことが、異性としても、また父親としても好ましく思う。俺が円の想いを断ったのは、円が大切だからだ」
「私が大切なら、私を選んでよ。どうして、どうしてよ。訳が分からないよ」
「それはな、よく聞いてくれ」
俺は続けて、
「円は俺のことを好きでいてくれた。俺ももちろん、円が好きだ。主に、家族として。でもな、ここでいくら円に言われたって、また思縁が死んだって、父親である俺が、寂しさから自分の娘に手を出すのは、そんな奴に、円が好きでいてくれている俺自身を貶めることは、他の誰でもない。俺が嫌なんだ」
「なに、それ。お父さんは、こんな時までかっこつけるつもりなの」
「ああ。もちろんだ。誰だって、好きな人の前では、かっこつけたいと思うし、それにな、円が好きでいてくれるなら、俺は、円の前では、ずっとかっこいい大人として、いや、親としても、男としてもありたいんだよ」
それを聞いた円は、少し冷静になったのか、俺に預けていた体を少し距離を空けて、
「ばかみたい。お父さんがそんなに見栄っ張りだとは思わなかった」
と言った。
「馬鹿でいい。まあこれは、誇りの問題かもしれないが」
「どっちだっていいよ。でも、本当にいいの? お父さん。私と寝なくて。お父さんだって、したくてしょうがないんでしょ。私、お母さんの血を受け継いでるんだよ」
「まあ、そうだな。でも、いいんだ」
「お父さん、前から私、お父さんはもう壊れてると思ってたけど、また一段階、壊れちゃったんだね。かわいそうに。きっと、お父さんの人生は苦しいものになるよ。私の人生も、お父さんのせいで、一生独り身の地獄になるのが決まったわけだし」
「そこは、本当にごめん」
「いいよ、もう、別に。私には、父としての明田夏之夢がいる。それに、きっと、この結果もあり得ると思ってたし、こういう答えをくれるあなただからこそ、私は、私はきっと好きになったんだと思う」
「……」
しばしの沈黙の後、
「最後に、これだけは聞いてほしい」
と俺は言った。俺は続けて、
「円は俺との間に子供が欲しいと言ってくれたけど、ありがとうな。俺も、ちょっとだけ、欲しいかなとも思う。こればっかりは、本能だから仕方がない。でも、同じくらい、俺は円を守りたいと思ってる。これからも、俺は、円の父親として、円を支え続けることを、思縁に誓って約束するよ」
「ほんと、生真面目な人」
「昔はこんなんじゃなかったんだけどな」
「お母さんに似たんじゃない」
「そうかもな」
ふっと、笑いがこぼれる。
「なあ円、そもそも円と俺との間にはさ、わざわざ、子供を作る必要なんてないんだよ」
「どうして」
「そんなことしなくても、俺と円との15年間は、円と俺の心の中に、魂にそれぞれ刻まれているだろ。そしてその刻まれる記憶は、これからも思い出として刻まれ、円が忘れなければ、永遠に残るさ。思縁が言うには死後の世界はあるみたいだから、本当に永遠に、円と俺の記憶は、一瞬一瞬の積み重ねだけれど、この宇宙の歴史に刻まれるさ」
「なんか、ロマンチックね。お父さんらしくもない」
「たまにはこういうのもいいだろ」
「うん。そうだね。私の心の中に、夏之夢が一生いてくれる。そっか。なんか、私も元気出てきたよ」
「それは結構」
「じゃあ、俺はもう、戻るよ」
「うん」
「ねえお父さん」
「なんだ」
「私、お父さんの娘で良かったよ。今でもお父さんのことが、男性として好きなのは変わらないし、苦しいよ。これから一生独り身での苦しさを背負うともうと、胸も苦しくなる」
「ああそうだな」
「でもさ、私の中には、お父さんとしての夏之夢がこれからも刻まれて、さらに、私の前では、お父さんはかっこつけてくれる。私はね、これだけで、これからの地獄を、お父さんと一緒なら、歩める気がするよ」
「そうか。俺も、円や思縁や歩や緑さんや、穂乃果がいる。この居場所の中で、仕事とか頑張ろうと思うよ」
「そうだね、お互いに頑張ろうね、お父さん。私、お父さんの娘になれて、複雑だけれど、嬉しいよ。それじゃ、おやすみ。また明日からよろしく。お父さん」
円はそう言って、涙を流しながらも、笑顔で戸を閉めた。
「ああ。おやすみ、円」
「ああ、でも最後に。私もお父さんに言いたいことがある」
と言ってドアへ向かっていた円は振り返って、
「今日のところはこのくらいにしてあげるけど、もしお父さんの気が変わったら、いつでも私を求めてほしい。私はまだこの気持ちを諦めたくないし、お父さんが好きだって気持ちは変わらないから」
「ああ。分かった。苦しませて、本当にすまない」
「別に。お父さんに言いたいことは言って、答えももらった今、もうこれは私の問題だから。あまり気にしなくていいから。いや、私のことはきにしてほしい、けど。まあ、とにかくもう寝るね。それじゃ」
「ああ」
そうして、一日が終わった。長い、夜のひと時であった。




