変わりゆく円と、デート
翌日。
「おはよう、夏之夢君」
「緑さん、おはようございます」
何気ない朝を迎える。昨日の今日で、少し不安ではあったものの、今のところは、日常はいつものままだった。
と、円が降りてきた。
「おはよう、おばあちゃん、それと」
円は続けて、
「おはよう、夏之夢さん」
円は満面の笑みであいさつをしてきた。
「お、おう」
「昨日の話、やっぱりいろいろ考えたんだけどさ」
昨日、そう、円に真実を告げた話だろうな。
「いや、円は気にしなくていいぞ。円の好きなこと、ピアノとかに情熱を注ぐと言い」
「うん。ありがとう。そうする。でもさ、夏之夢さんって、なんだかよそよそしいしさ。例えばだけど、お母さんは夏之夢さんのこと、なんて呼んでたの? 」
「思縁か。思縁は俺のことは呼び捨てで、夏之夢って呼んでたな」
「そう」
と、円は一呼吸おいてから、
「じゃあ、私も、親しみを込めて夏之夢って呼ぶことにする」
「な、親を下の名で、呼び捨てにするのか」
「ううん。もう私、お父さんのことを、お父さんって思うことはやめたからさ。これからは、人生の先輩、というか、彼氏がいたらこうなのかなーって思って接する」
「な、彼氏? 」
円の言っている意味が分からなかった。
「まあその辺はおいおいとして。夏之夢先輩。お仕事、今日も頑張ってね。うん、先輩、くらいがしっくりくるかな」
などと言いながら、俺の手を握ってきた。
「ちょっと、円。近い」
「近いって言われてもな、私はあなたの娘なんだから、これくらいはよくあることだよ」
と言って円は笑う。
「分かった。分かったから。円、もう学校の時間だから、準備しなさい」
「はいはい。じゃあ、またね、夏之夢」
そう言って、思縁は準備をし、早々に学校に行った。
「一体何なんだ、あの子は」
「夏之夢君、大変ね。夏之夢君をもうお父さんとしては見れないって言っていたけれど、ぐれちゃうのかなって思ったけれど、まさかこう来るとはね」
「自分としては、びっくりしました。としか言いようがありません」
「あの子もあの子なりに、夏之夢君や私、そして思縁との関係を考え直しているのかもね。まあ、気長に待つときじゃないかしら」
「そうですね。自分は仕事を頑張ります。円がまた、俺の前で笑ってくれるように、待ちます」
「それがいいわ。それじゃ、夏之夢君、お仕事いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
そうして、準備が終わり仕事へ行く。
……。
週末になった。今日は円と買い物に行く約束をしていた。
相変わらず、真実を告白してからは、円は妙に俺に近づいてきたり、スキンシップを取るようになった。
「準備できたぞ」
「うん、お父さ、いや、夏之夢、ありがとう」
「父さんと呼んでくれていいんだぞ。俺もその方が気が楽だし」
「いいの。私は、もう、あなたの娘じゃないし、はじめから、娘でもなかったから」
「円……」
娘じゃない。そういわれて、悲しくなってしまう。
「あ、いや、それこそ、気にしないでね、夏之夢。これは言葉のあやだから。たしかに私はもう、あなたの娘じゃないと思ってるけど、それはね、私はあなたと対等な関係になりたいからであって」
「対等? なんだ、それは。ちょっとよく分からないんだが」
「ううん。言葉で言っても通じなさそうだから、今日は行動で示すって、私は決めたの。だから、私は夏之夢をデートに誘ったんだしね」
「デート? なにをいってるんだ、円」
「デートはデートよ。おとう、いや夏之夢は久しぶりなんだよね。とりあえず、付き合ってよ」
「まあ、円がそれでいいなら」
「決まりね、じゃあ行こうか、夏之夢」
「ああ」
こうして、俺と円のデートが始まった。
……。
いろいろな店を回った。
カラオケ、ハンバーガーショップ、スポーツセンターなど。
円は、気分をリフレッシュできたのか、
「楽しいね、夏之夢」
夕暮れにカフェで休憩していると、円はそう言った。
「ああ、俺も、久しぶりに円とこんなに遊んだよ。楽しいな」
「でしょ。ふふ。また、今度来ようよ。歩おじさんたちと遊ぶのもいいけど、私とも、あそんでよね」
円は、好きな人の前で甘えているかのように、今まででは珍しく笑って、くつろいでいる。
「ああ。でも、こういう店は、俺たち二人だと恥ずかしいな」
周りを見ると、カップル連れが多かった。
俺と円は年が15年も離れている。援助交際かなんかだと思われたら、と思うと、気が気ではなかった。
「いいんだよ、夏之夢。私たち、もう親子じゃないんだから」
その言葉を聞いて、俺は悲しくなる。やはり、そこまであの告白の件は円を追い詰めているのだろうか。
「ごめんな、円。色々追い詰めてしまったみたいだよな」
と俺が言うと、円は不思議そうな顔で、
「? どうしてお父さんが謝るの。私、全然お父さんのこと怒ってないよ。あ、またお父さんって言っちゃった」
「なら、怒っていないならどうして俺を父親として認めない、なんて言うんだ」
「んー、まだ気が付いてないんだ。私の、夏之夢への気持ち」
「俺には、ちょっと分からないよ」
「そう、じゃあヒントをあげる。私の口から言うのは、ちょっと恥ずかしいから、察して」
「お、おう」
「まずね、私は主に、お父さんに二つの感情を抱いているよ」
「二つもあるのか」
「うん。分かる? 私の気持ち」
「まだ分からないな」
「楽しい気持ちもあるけど、苦しい気持ちの方が強いかな」
「苦しいのか、大丈夫か」
「私は大丈夫よ。この気持ちは、お父さんの行動次第で良い方向にも、悪い方向にも変わるから」
「良い方向にも、悪い方向にも変わる。ますます訳が分からなくなった」
「まあそうだよね。お父さんって、昔から察しがそこまで良いとは思えなかったもん」
じゃあ、と円は続けて、
「じゃあ、どういう気持ちなのか、今晩教えてあげる」
「ああ、頼む。気持ちを教えてもらわなければ、俺も行動しようがない。円の気分が、苦しみが晴れるなら、俺にできることはなんでも言ってくれ」
「そう、ありがとう」
円は笑った。
「さて、そろそろ帰るか緑さんが心配するぞ」
「もう少し、一緒に居てもいいんだよ、夏之夢」
「いや、高校生になっても、円の門限は変えるつもりはないからな」
「それは、私がほかの変な男の人になにかされたくないってこと? 」
「それもある。夜は何が起きるか分からないからな。心配だ。でも、やっぱり夕飯は家族で食べたいんだ。俺は」
「そっか。夏之夢らしいね」
「なんだそりゃ」
「なんか、家族バカだよね。お父さんって」
「俺はもう、そう簡単に家族を失いたくないんだ。ただ、それだけだ」
「そう。なら、帰ろうか。おばあちゃんが待ってる」
「ああ。今日は楽しめたか、円」
「まあまあかな。でも、夏之夢と居れてよかったよ」
「そうか」
「うん」
そうして、俺たちは家に帰った。
……。




