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円のコンクール


週末。

家で歩と穂乃果が来るのを待っていると、2階の円の部屋からかすかにピアノの音が聞こえてくる。最後の調整をしているようだ。

と、チャイムが鳴った。


「おう、歩は昨日ぶり。穂乃果、久しぶりだな」

「うんおはよう」

「はい、おはようございます、夏之夢さん」


正直、穂乃果には言えないが、穂乃果を目の前にすると、少し緊張する。

穂乃果は以前からもスタイルは良かったが、10年でどんどん綺麗になっていった。

ポニーテールに、ダークな色をメインにした、服装、ジーンズでもわかる体のラインが、目のやり場に困るというか、こういった感情事態が友人として、とても失礼に当たるんじゃないかという思いもあり、少し、気を引き締める。いくつになっても、性欲は、あるか。


俺は、少しだけ、申し訳なさで嫌な気持ちになり、視線を下に向ける。

生きているか限り、この反応からは逃げられないのだろうか。

ふと、思縁をあの状態にした異国の男を思う。彼も性欲があったからこそ、あのような手段で凶行に及んだのだろうか。心底、男という自分に嫌気がさしそうになる。

こんなことが、一生続くんだろうな。なんか、いやだな。


「……」

俺は黙っていると、

「? 夏之夢さん? どうされました」

「ああいや、なんでもない」

俺は続けて、

「今日は来てくれてありがとう。円は近い年の子より、穂乃果みたいな年の離れた同性の人と居た方が居心地よさそうにするし、あいつにもいい刺激になると思う。今日は、あいつのピアノを聞いて、午後は少し買い物と打ち上げをして締めたいと思う。よろしく頼む」

「うん、わかったよ」

「はい」


……。


「じゃあ時間だから、円を呼んでくる」

そう言って俺は二階へ上がる。

「円、入るぞ。もう時間だから、会場に行こう」

「分かった」

「今日は歩と穂乃果も来てくれたから、いいところ見せられるといいな」

「うん。二人が見に来てくれて嬉しい」

嬉しいことがあっても、無表情に近い顔をしているのは、昔からであった。本人は気にしているのか、嬉しいときは嬉しいと口に出すようにしている。

階段を下りて、車に乗る。俺の車と穂乃果の車で行く。俺の車には俺と歩が、穂乃果の車には穂乃果と緑さんと円が乗っていた。

なんでも、円は色々同性に相談したいことがあるそうで、こういう編成になった。

運転中。

「なあ、あっちの車では、いったいどんな話をしているんだろうな」

「ちょっと気になるね」

「ああ」

「俺たち二人が話すことと言えば、仕事の話くらいだしな」

「業務連絡でもする? 」

「やめてくれ」

俺はそう言うと、歩は笑っていた。

三十分ほどして、会場に着く。

ほかの子の演奏が終わり、円の順番が近づいてたため、ステージ裏へと行く。

「円」

「なに、お父さん」

「結果は二の次でいい。この会場は、円が演奏している間は、円の物だ。楽しんできてくれ」

「うん、わかった。じゃあ行ってきます」

「おう」

円の演奏が始まった。毎日の練習の成果もあり、難易度の高い連打も正確にできていた。俺としては、最優秀賞に相応しい演奏そうだと思った。

しかし、結果は優秀賞であった。

……。

帰り道。買い物をして、円のご褒美がてら、ファミリーレストランに集まった。

「今日は優秀賞だったな。おめでとう」

「あんまり嬉しくない。やるからには最優秀賞を狙っていたから」

円はいつも通りクールに応えているが、声には元気がなかった。

「そうか。なら、先生と一緒に、頑張るといい」

「うん。そうする」

「円ちゃん、優秀賞なんて、十分凄いよ」

「はい。私も、円さんの演奏にこれと言ったミスはなかったように思います」

穂乃果がそう言うと、円は、

「うん。私が優秀賞だった理由には、ミスは含まれていない。私に足りなかったのは、表現力だと思う」

と言った。

「表現力、か。難しい話だな」

「私、あんまり人と接するの、好きじゃないんだ。心が動くから。人生経験っていうのかな、多分、いろいろ足りてないんだと思う。けれど、私、人と接するの、好きじゃないから、中々変えられなくて」

「そうなんですね。マイペースでいいと思いますよ」

「ありがとう、穂乃果さん。先生はね、恋をすれば音が変わると言っていたけれど、私、恋とかしたいとも思ってないから。まずは友達から始めようとも思ったんだけれど、みんな、私にピアノしまくってて怖い、みたいなイメージ持ってるのか、気を遣わせちゃって友達もできてないんだ」

円の口から、恋なんて言葉が出てきて、俺は焦った。

「恋か。俺と思縁は、16歳で知り合ったからな。円はまだ10歳だし、そんなに焦らなくてもいいと思うぞ」

「うん、そうだね、お父さん」

「夏之夢君、もしかして妬いてる? 」

「いや、俺は親として気になってだな」

「ふふ、夏之夢さんも、円さんのことになると、かわいらしい一面もあるのですね」

「おいおい、穂乃果まで俺をからかうのか」

「でもさ、そのピアノの先生も変わったことをいう先生だね。表現力アップのためには恋をしなさいとは」

「うん。私もびっくりした」

「円さんは、どんな人が好みなのですか? 」

「私は、ええと。お父さんみたいな人だけど」

それを聞いて、ぎょっとする。俺がタイプなのか。

「俺のどういうところが好みなんだ? 」

「うーん、優しいところとか、一緒に居て楽しくはないけど、安心するところとかかな」

「俺と一緒にいて楽しくないのか……」

「夏之夢君、元気出して」

「でも、事実だよ。いつ目覚めるかも分からないお母さんのことを一途に思ってるところがかっこいいし、いっぱい働いてくれてるから。私は、将来はお父さんみたいな人と結婚したいなって、思ってるよ」

それを聞いた穂乃果は、

「その思いは、恋かもしれませんね」

と言った。穂乃果は続けて、

「おそらく夏之夢さんは思縁さんにずっと恋していると思います。夏之夢さんは、今でも日常の多くの時間を思縁さんのことを考えていると思います。ほら、お姫様の目覚めを待つ王子様みたいな感じです。王子さまってかっこいいですよね。私もあんな人と結ばれてみたい、なんて思ったり。円さんはきっと、思縁さんの王子様に憧れているのかもしれませんね」

そこまで言われると、こちらの方が照れる。王子様とか、言われたのは初めてだった。絵本や幼児文学が好きな穂乃果らしいものの見方だなと思った。

「そうかも。やっぱり、お父さんて、かっこいいと思う」

「照れるから、そこまでにしてくれ」

「事実を言ってるだけだけど」

「わかったから、別の話にしよう。友達は少ないと前から聞いていたけれど、なかなかできないのか」

「うん。私も休み時間はずっとピアノ弾いてて、あまりクラスの子と話さないからかもしれないけれど、みんな、怖がってるみたいで」

「そうか、まあ、円はピアノが好きだもんな」

「うん。好き」

「じゃあさ、クラスで流行っている音楽を、ピアノで弾いたりさ、ピアノを介して、友達を作ったらどうかな」

「歩、それ、ナイスアイデア」

「いいかもしれない。私、今度やってみる」

「その意気だ」

「円ちゃんて、将来の夢とかはあるの? 」

「私は、そうだなあ、ピアノや楽器、音楽に関わる仕事がしたいかな」

「そうか、頑張れよ」

「まだ漠然としているけれどね。漠然と、とりあえずピアノ頑張ってる」

「今はそれでいいと思いますよ。私もなりたいしいごとが見つかるまでに、時間を要しましたから」

「そうだな。穂乃果は、将来の夢とかはあまりなかったもんな」

「はい。高校1年の手術に成功するまで、寿命は短いと言われていまして、生きるのに精いっぱいでしたから。でも、その後で、私の場合は好きなことを仕事にしましたよ」

「水族館のスタッフやっているんだよな」

「はい。もともと海や空と言った自然が好きで、アクアリウムも趣味でしたので。大学は海洋学部に行って、今は水族館で働いています」

「みんな、すごいよね」

円は言う。

「ああ、二人とも、よく勉強を頑張ったな。俺は理系科目は苦手だが、円にも頑張ってほしい」

「ま、まあ機会があったらほどほどに」

円は目をそらす。

「まあ、無理にとは言わないさ。円が楽しい日々を送ってくれたなら、俺はそれでいいからさ」

勉強はあまり得意ではないのは、俺に似たのかもな、なんて思ったりした。

「ありがとう、お父さん」

そういわれて、時計をみる。時刻は7時を過ぎていた。

「もうそろそろいい時間だ。帰るか」

「そうだね」

「はい」

4月の、なんてことのない一日が過ぎていった。


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