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葛藤と道のり2

夜になった。俺は恋人ということで、夜も一緒に居ていいと許可が下りていた。


病院内は暇になりがちなイメージがあったが、連日訪問者が絶えないでなかなか二人っきりになれないのにもどかしさを感じながらも、あえて俺に考え込ませないよう周りの人の配慮なのかもしれないとも感じ、無下にもできなかった。人が来ればなるべく気丈にふるまいはするが、夕方になって来た緑さんも帰って、夜も深まり、二人きりになると、独り言のようにぽつり、ぽつりと弱音が漏れてしまう。


「なあ、思縁。これから思縁のいない世界で、俺は何をすればいいんだ? なあ、教えてくれよ、思縁」

「……」


思縁は黙ったままだった。


「このまま、あの世で思縁と一緒に暮らしたいとさえ思うよ、俺は。思縁には何が見えたのか知れないが、俺はもうこの世でやりたいことなんてないし、本当は生まれてくる子供の面倒もみれるか不安だ。ずっとずっと、ずっと思縁と一緒にいられればそれで良かったんだ。これから俺は何を頼りに生きればいい。また、俺は、家族を失うのかと思うと、本当は何もかもが怖くて、不安で仕方がないんだ」

「……」


負の感情が溢れ、涙が瞳を覆う。


「すまないな、俺の方がこんなんじゃ、天国で安心して暮らせないよな。思縁。俺は明日からまた頑張るから、良かったら見ていてくれ。それじゃ、おやすみ」

「……」


それから数か月ほど時間がたった。思縁の体の傷は軽いものは徐々に癒えてきたが、首にある赤黒い手の痕は消えていなかった。このころから少しずつ来訪者も減り、自然と思縁と二人きりの時間が増え始めたと思う。

最近はめっきり涼しくなり、病室の窓から見える木々の葉の色は紅や黄色に変わり、秋の様相を醸し出していた。


もう11月か、ちょうど去年の今頃、思縁と出会ったことを思い出す。

「思縁、こんなに近くにいるのに、あの時からもう、俺たちの時は止まったままだな」

思縁の体温を感じたいと想いが募る。しかし思縁に触れたらもう死んでいて、氷のように冷たくなっているのではないかという恐怖に、俺は苛まれて、慌てて思縁の手を握ると、華奢な手はほのかに温かかった。


「あの時飲んだアイスココア、覚えているか。元々は冷たかったんだろうが、俺の体温で温くなっていたやつ。美味しかったなあ。あれ。また飲みたいな。……なあ、思縁、思縁は今は生きているのか死んでいるのか、どっちなんだ? 俺には思縁が死んでしまったなんて実感も無いし、半信半疑だ。だってそうだろ、思縁は今俺の目の前で眠っている。呼吸器なんかつけて仰々しいけれど、それでも俺の目の前に存在しているじゃないか。なあ思縁、もし生きているのなら、もう一度目を覚ましてくれよ。もう一度だけ思縁の熱を感じさせてくれないか。」

「……」

「ははは、悪いな、思縁。最近はめっきり、弱気になっちまって、だめだな。前とは逆で、思縁に俺が我儘ばかり言ってる気がするよ。ごめんな」

「……」

「俺はそろそろ寝るよ、良い夢を見てくれ、思縁。決して、変なことなんてもう思い出さなくていいんだ。思縁は緩やかに、神様のもとで幸せに暮らしてくれればいいんだ。お休み、思縁」

「……」

ふと気が付くと、思縁が隣で笑っていた。これは夢だろうか。なんてことの無い、土曜日の夕方。二年に上がる前の時の、春休みの弓道の大会で入賞した思縁は、嬉しそうに電車の中で足を遊ばせながら笑っていた。

「今日は調子が良かったかな。どう、小さな大会だけれど、2位獲れちゃうなんて、思いもよらなかったわ」

「おめでとう思縁。思縁は頑張り屋さんだからな、努力の成果が実ってよかったな」

「ありがとう、夏之夢。夏之夢はまたバスケとかしないの? 折角地区ブロック大会まで行ったんでしょう」

「そうだな、今まで休んでいたし、俺もやってみようかな」

「その方が楽しいわよ。来年になったら、入ってみたら」

「ああ」


これは、確か春休みの思縁の弓道の大会に行った時の記憶か。記憶の中と言っても、思縁と久しぶりに話せて嬉しさに意識がはっきりしてくる。


「思縁は最近は調子どうだ。なんだか最近は近くにいるのに遠いというか、あまり思縁と話せていなかったし、思縁が今何を思っているか気になってな」

「そう? あたしはいつでも夏之夢のすぐそばにいるし、夏之夢を見ているわよ」

「そうなのか。悪い、気づかなかった」

「もう、最近の夏之夢こそ、元気ないわね。どうしたの、何かあった? 」

「ああ、最近怖い夢を見るんだ。思縁がぐちゃぐちゃにされて、俺も心が痛くてとにかく怖くて、胸の中が苦しいんだ」


  本当は夢がこっちで、向こう側が現実なことに気が付いて、悲しくて、無念で、涙が瞳に溢れてきた。声も段々とうまく出せなくなっていく。


「そっか。辛い思いをしたんだね」

「ああ、でも今は思縁と一緒に喋ることができて、幸せだ」

  たとえこれが記憶の片隅にあった夢の中であっても。俺は本当に、幸せだ。今は、今だけは。

「あの時みたいに、膝枕、する? あなたの涙が乾くまで、いつまでもしてあげるわ」

「いいのか、ありがたい」

そう言うと、誰もいない夕日の電車の座席に寝ころび、頭を思縁の膝に乗せると、思縁は俺の頭を撫でながら、

「いいのよ。ゆっくり休んでね、夏之夢。でも、生きている以上、いつかは勇気をもって、前を向いて歩いて行かなくちゃいけない時が来ると思うの。怖い夢を見たのなら、いつでも一緒にいてあげるけど、最後に立って歩くのは夏之夢、あなた自身よ」

と言った。

「寂しいけれど、思縁の言う通りだと思う。でも、今は動くこともできないよ」

「安心して。夏之夢なら、きっと大丈夫だって、私信じてるから。ふふ、いい子いい子。だからね、今日はいっぱい甘やかしてあげる」

「ちょっと恥ずかしいけれど、たまにはこういうことも悪くないな」

「そうでしょう。夏之夢も今日は疲れたでしょう。少し、寝たら」

「ああ、そうしようかな。でも、まだ……話したりないことが……」

「お休み、夏之夢」

「……」




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