スキー2
その後も俺は思縁と滑り、夜になった。
ホテルに戻って温泉と地元の料理を堪能し、しばらく休んでから年越しのイルミネーションを眺めにまた外に出た。思縁の母親は年越しは寝て過ごすそうで、お二人でゆっくりとして来てね、とだけ言って布団に入った。
外はまた一段と寒かったが防寒着のおかげで温かかった。思縁のほうへ目をやると、疲れからか眠そうに欠伸をしていた。
「寒いから手、出して」
思縁の手を見ると、手袋を忘れたのか、寒そうに赤くなっていた。
「ああ」
俺も手袋を外し、外した手袋を思縁に渡して、つけていない方の手同士で握り合った。
思縁の冷たくなった手に俺の体温が流れ込んでゆく。思縁は気持ちよさそうに、ぎゅっと俺の手をしっかりと握っていた。
「今年も色々あったね、夏之夢」
イルミネーションを眺めながら、思縁はそう口にする。
「ああ。色々あったな」
「今年はA高校に入学できて、初めは部活が厳しかったり、クラスメイトもよそよそしくて、新環境についていけるかなかなか不安だったけれど、今はすごく楽しい毎日だわ」
「思縁のみんなと楽しく過ごしたいという思いやクラス委員としての努力が、みんなを変えて今があると思うよ」
「そんな凄いことはしていないわ。あたしはただ、みんなにあたしの我儘を聞いてもらっただけよ」
「そうか。俺は思縁の我儘なら、手伝いたいと思う」
「そう、ありがとう。後はそうね、色々あったけど夏之夢と出会ったことが一番の驚きだったわ」
「俺も思縁と出会えて、昔じゃ考えられない程楽しい日々を過ごしているよ。思縁のことだ、また来年もなにか企んでるんだろ」
「まあね、実はあたし、生徒会に入ろうと思うの。生徒会に入って、色々企画して、みんなともっと充実した学校生活にしたいなって思う」
「そうか。なら、俺は応援するまでだ。球技大会や日直の時と変わらずにな」
「ありがとうね。前にも言ったけど、あたしは実は夏之夢のことは、日直の前から気になってたんだ。入学式が終わってからは、学校に来ないし、不愛想で不良みたいで怖いイメージが少しあったんだけど、いい子だったからさ。放っておけないというか、どうにかして居場所を作ってあげたいと思うようになったの」
「そうだったのか。それで日直の時と言い、球技大会の時と言い世話を焼いてくれたのか」
「まあね。いざ話してみたり、球技大会を全力で頑張る姿を見たらさらに気になったけど、まさかその夜に告白されるとは思わなかった」
「俺としては、日直の時から一目ぼれしていたのかもしれない」
「そうだったの? 知らなかったわ」
「ま、そんなかんじだな」
「あはは。そんな感じか。もうすぐ今年も終わるね、夏之夢」
「ああ」
「夏之夢はあたしのどんなところが好き? 」
急な質問に少し驚く。思縁はにこやかにイルミネーションを見ている。
思縁は恋人つなぎをしたいと、拳をほどいて、俺の指の隙間に絡ませる。俺はドキドキしながらも、思縁の指を受け入れて、思縁の好きなところを考えた。
「そうだな。思縁は凄い人だと思う。普通は自分のことで精いっぱいなのに、思縁は他の人と楽しくすごそうと考えて努力ができる。家族が亡くなって悲しんでいた俺にも何度も世話を焼いてくれた。弁当も作ってくれた。この人と一緒になったらどんな日も笑ってすごせそうだと思ったからかな」
「あ、ありがと。でも、お世辞言っても特に良いことなんて期待しちゃだめだからね」
思縁は恥ずかしそうにそう言った。
「事実だ。俺は思縁に惚れ込んでいる」
「もう夏之夢ったら」
「本当だぞ」
「分かったわよ」
「……」
「そろそろ来年になるのかあ」
「ああ」
イルミネーションは盛り上がりを増し、軽快なBGMと共に花火が上がっている。後一分もすれば午前零時となり、新たな新年を迎えることとなる。
「ねえ、夏之夢」
「なんだ」
「今日は楽しかった? 」
「もちろん」
「私も楽しかったよ。それでさ、新年最初の我儘なんだけど、聞いてくれる? 」
「ああ。何でも言ってくれ」
「それじゃあさ……キス、しよ」
思縁はマフラーをとって俺のほうをじっと見つめてそう言った。露になった唇は艶やかなピンク色をしていて、イルミネーションの光に照らされ鮮やかな光沢を放っていた。
「ああ、わかった」
俺もマフラーを外すと、首元にひんやりとした外気がかかって、寒い。
「それじゃあ、夏之夢は目を閉じて。恥ずかしいから」
思縁は目を伏せながらそう言った。
「分かった」
「じゃあいくよ」
「……」
思縁の唇は先ほどまでマフラーの中で自身の吐息に触れていたためか温かく湿っており、俺の唇に吸い付くように触れた。
「んっ」
俺が思縁を抱き寄せると、思縁は小声を漏らしながらも受け入れてくれたのか、こちらに手をまわした。
外では新年になり、催し物のフィナーレの大きな花火の音が聞こえる。
どれほどの時間がたっただろうか。二人の恋を確かめ合うようにゆっくりと、しっかりと時を刻み、お互いの存在を確かめ合ってゆく。この夢のような時間は永遠に続きはしないが、それでも明田夏之夢という男、つまり俺にとってはいつまでも忘れられず、記憶に鮮明に残り続けるだろうと思った。純白の雪の中が降りしきる中、俺たちは互いに抱擁し合い、どこまでも胸の奥の熱が高まっていく。
「……」
そして満足したのか、ゆっくりと触れ合っていた唇が離れていく。
「もう目を開けていいわよ」
目を開けると顔を真っ赤にした思縁がいた。
「色々ありがとうな、思縁。今年もよろしく頼む」
「ええ、よろしくね」
イルミネーションも終わり、俺たちはホテルに戻って就寝した。
翌日は疲れからか筋肉痛になったため、午前中は旅館でゆっくりした後で地元であるA市に帰った。
その後も冬休みは遊んだり、春になると思縁の弓道部の大会を見に行ったり、充実した日々のうちにあっという間に時が過ぎていった。
「……」