スキー1
かくして球技大会、2学期期末テスト、思縁家の訪問が終わった。思縁という彼女が出来たり、忙しい日々であったが、良いことも悪いこともあったと思う。そうこうしている間にクリスマスのシーズンになった。恋人の季節というわけだ。しかし、思縁は別の宗教に入っているため、キリスト教の行事であるクリスマスはどういった態度で臨むのだろうか。難儀な話だ。
などと家で考えていると、思縁からクリスマスは用事で過ごせないけれど、年末年始は思縁の家族とスキーに行こうというメールが来た。
もちろん行くよっと。返信をする。
そして当日になった。
「もう遅いわよ、夏之夢」
「悪い、スキーなんて初めてで、準備に時間がかかった」
「しょうがないんだから」
「まあ、行くか」
「ええ。今日と明日は思いっきり楽しみましょう」
新幹線を乗り継いで3時間程でN県某市のスキー場にやってきた。
今日はここで年末を迎え、明日は午前滑って帰る予定だ。もちろん俺たちは未成年のため保護者として思縁の母親に同伴してもらう形ではある。
「うわあ、見てたくさん人がいるわ、夏之夢」
「年末のスキー場は特に混んでいるな。滑る場所があるだろうか」
「もう、心配性なんだから。大丈夫よ、きっと」
「そうか」
ひとまず予約したホテルに行き、装備を準備する。俺は今日半日はインストラクターに教わり、午後から思縁と滑ることとなっている。俺がインストラクターに教わる間、思縁は母親とともに滑るらしい。
「準備できたみたいだね」
「ああ」
「それじゃあ行こうか」
……。
お昼になり思縁たちと店で合流する。
と、なんと思縁たちは見知らぬ男性たちに囲まれていた。どうやらナンパされているようだった。
「すまない、彼女は俺の恋人なんだ」
そう言うと男たちは残念そうに去っていった。
「あはは、彼女は俺の恋人なんだ。ですって」
店でカレーライスを食べながら、思縁は母親とともに笑っていた。
「なんだよ、可笑しかったか」
「ううん、別に。さっきの人たち、悪い感じじゃなかったけど少ししつこかったから、夏之夢が来てくれてよかったわ。それに、ちょっぴり嬉しかった」
「そ、そうか」
そう言われると少し照れる。
「それよりどう、滑れるようになった? 」
「多少は」
「それじゃあ午後は一緒に滑ろっか」
「ああ」
「初めは初心者コースがいいかな」
「そうしてもらったほうがいいな」
「じゃあここで少し休んでから、たくさん滑るわよ」
「やる気十分だな」
「ええ、あたしはなんにでも全力で楽しむって決めているからね」
「そうか」
……。
午後一時になった。
思縁の母親は午前中で疲れてしまい、旅館で休憩しているため、二人きりの時間を過ごすこととなった。
「あはは、夏之夢まだまだ、たどたどしいわね」
「そうだな。なかなか氷や雪の上というのは、数時間ではなれないな。ブレーキをかけてばかりで、遅くてすまない」
「気にしないで。楽しみましょう。見て見て、雪なんて地元じゃあまり降らないから新鮮でしょう」
「ああ、そうだな。楽しもう」
スキー場は人も多く賑わっており、マスコットキャラクターや露店の存在も相まって大きなお祭りの様であった。お祭り好きの思縁は普段よりも高揚しているように見える。
と、思縁に追いつきたい余り不意にスピードが出すぎてしまった。慣れている人ならば大したことはないスピードだが、初心者の俺には想定外の出来事であったため、焦る。ブレーキを強めに踏めば間に合うスピードだが、思縁に軽くぶつかってしまった。
「おっと」
「夏之夢、大丈夫? 」
二人は倒れ込み、お互いの鼻息がゴーグルにかかるほど、接近していた。
「思縁が受け止めてくれたのか」
「まあ受け止めきれなかったんだけどね」
「ありがとうな。怪我はないか」
「うん、平気よ」
「それよりこの態勢、ドキドキするね」
思縁はにっと笑っていた。ゴーグルやマフラーで顔が一部しか見えなかったが、赤面しているように見えた。以前なら膝枕したくらいで恥ずかしがっていた思縁だったが、スキー場に来て他のカップルを目の当たりにし慣れてきたのか、それともお祭りの解放感からか、いつもより積極的なようにみえる。
「そうだな」
不意にゴーグル越しに目が合う。思縁の大きくて真っ黒な瞳をこんな風にまじまじと見るのは初めてかもしれない。いつまでも見ていたいと思い、次第に時を忘れていく。重装備の隙間からは思縁の甘い汗の匂いが微かに漏れてきていて、思縁の息と混ざって、俺の鼻を通じて体内を駆け巡る。すごくいい匂いがして、頭の中は雪のように真っ白に染まっていく。思縁は今どんな気持ちなのだろうか。思縁も俺と同じように、俺でどきどきしているのだろうか。そうだと嬉しい。もっとよく、近くで、思縁を見たい。自分のゴーグルを外し、また思縁の顔を覆っている装備を外すと、思縁は驚いたように瞳をさらに大きくさせて一瞬背けたが、数秒後にまた瞳をこちらに合わせて、
「もう」
とだけ一言言って静かになった。露になった思縁の瞳は一層黒く光り、白い肌は雪が反射した光に照らされ鮮明に艶やかな曲線をかたどっていた。思縁の整った顔は、まだやや幼さを残すものの十分に美しく、特に赤い唇がまるで純白の雪の中でルビーのように輝いて見える。周りは雪に囲まれ冷気がひりつくが、お互いの吐息が肌にかかり、温かい。俺も思縁も無言のまま、時が流れていく。まるで俺たち二人だけしかないような感覚になり、外の世界が遠くなっていく。外の世界が遠くなるほどに俺たちの距離は近く、時間は濃くなり、感覚は敏感になっていくのを感じる。一生、この時が続けばいいのにと思うほどに、白雪に囲まれながら魅力的な時間に思えた。
ほんの数十秒の出来事であったが、何倍にも長く、濃密な時間に感じられた。
「そろそろ起きようか。他の人の邪魔になっちゃう」
先に声を上げたのは、思縁だった。思縁は恥ずかしそうに瞳を背けて微笑していた。
「あ、ああ」
起き上がろうとするも、思縁が覆いかぶさっていて、また足のスキー板が邪魔で起き上がれそうもない。
「先に思縁から起きてくれ、俺が支えるから」
「ええ分かったわ」
といって思縁を下から支えるために肩を持つ。と、突然思縁はあっと言って、さらに赤面した。
「どうした? 変なところは触ってないぞ」
俺がそういうと、
「馬鹿。いまそういう気分だったんだから、場所どうこうじゃなくて男の人に触られるのは変な気分になっちゃうのよ」
「そうだったのか、いや、すまない」
「夏之夢なら別にいいけど」
と、思縁は小声で言って、少しむっとしたような、恥ずかしさを隠すような表情で立った。
数分後、俺も立った。
「さっきはびっくりしちゃったけど、楽しかったわ」
「俺も。思縁がいつもよりきれいに見えた」
「もう。ゲレンデマジックにすっかりはまっているわね」
「そうかもしれないな」
「さ、気を取り直して滑りましょう」
「おう」