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蒼は哀より出でて愛より青し

作者: あまたらし

寝てたら浮かびました。

この世界に生まれてはいけない命というものが、

残念ながら存在する。


その烙印を押されたのが、俺だった。


俺の名前はナザル=エルド。

かつて王都に仕える上級貴族の家に生まれながら、

生後すぐに「忌み子」として廃棄された過去を持つ。

理由は単純だった。


俺の両目が“蒼”だった。それだけの理由で。


この世界の宗教では、

蒼い瞳はアーネ・ルフという古代神の呪いの象徴。

特に王家直属の血脈においては、

蒼い瞳の子は不吉とされ、生きていてはならない。

俺は、生まれた瞬間から

“生きることを禁じられた存在”なのだ。


当然、名前など最初は与えられなかった。

本来、アーネ・ルフは生まれた瞬間に殺され、

跡形もなく燃やされる。

でも両親は俺を殺すことができず、

せめて生きてほしいがために、

王都から遠く離れた辺境へと運び、

無人の廃村に投げ捨てた。

両親なりの愛があったのだろう。最初で、最後の愛を。


そこからの生き残りの記録は、誰にも語る価値はない。 死に損ないの獣に噛まれ、凍った川で飢えを紛らわせ、

時には人の骨を火にくべて暖をとったこともある。


奇跡的に、俺は死ななかった。

何のために生きているのかもわからぬまま、

それでも生き延びられた。


そして十七の冬、俺はその子と出会った。


辺境の森。雪解け前の湿った風が吹くなか、

獣の匂いを追っていたときだった。


ふと、木々の間から、小さな気配を感じた。


それは、少女だった。


白銀の髪。腰まで届くほど長い髪が、

冷たい風にたなびいている。

顔は泥と血で汚れていたが、その肌は陶器のように

白く、なによりも印象的だったのは――その瞳。


鮮やかなあおだった。青とも緑ともつかぬ、

吸い込まれそうな蒼。


その瞬間、俺は理解した。


この子も、俺と同じだ。世界から否定され、

禁じられた生。


雪に埋もれている少女は、息も絶え絶えだった。

布のように薄い服を着て、裸足で、頬には指の跡が

くっきりと残っている。


正体を両親が隠したが、ばれたのだろう。

そして、虐げられ、追放された。村での扱いは、

火を見るより明らかだった。


俺は彼女に近づき、そっと問いかけた。


「……お前、生きたいか?」


少女はしばらく答えなかった。


だが、瞳だけが、はっきりと俺を見据えていた。

言葉ではなく、その眼差しが叫んでいたのだ。


――生きたい。もっと、生きていたい。


その静かな声を、俺は確かに聞いた。


「なら、立て。これ以上、地面に伏すな。

お前の命を拾ってやる」


そう言って手を差し伸べると、

少女は震える手でそれを握った。

細くて、今にも折れそうな手。

だけど、温度があった。生きている証だった。


俺は彼女を背負い、自分の住処へと連れ帰った。


そこから、俺と少女の奇妙な生活が始まった。


◆ ◆ ◆


彼女は名前を持っていなかった。自分で語れる過去も、 記憶も、ほとんどないらしい。ならば、俺が与えよう。


「アウリアってのはどうだ?」


「……アウリア……?」


「意味は“蒼の祈り”。お前の瞳にふさわしい」


少女――アウリアは、その名を何度か口の中で

転がしたあと、嬉しそうに小さく微笑んだ。


その微笑みを見たとき、

俺の胸に、なにか熱いものがこみ上げた。


忘れかけていた感情だった。守りたい、と思った。


それからの生活は、静かで、穏やかで、

しかし厳しいものだった。


アウリアには生き残る術をすべて叩き込んだ。


狩りの技術。罠の仕掛け方。火の起こし方。

毒の見分け。薬草の調合。魔力の制御。


俺の知るすべてを、惜しみなく注ぎ込んだ。


だが、驚くべきことに、

彼女はそれをすべて即座に吸収した。

俺よりもはるかに早く、深く、正確に。


魔力の制御。通常は“感覚”をつかむまでに数か月かかる

ものだが、アウリアはたった三日でそれを習得し、

さらに上級召喚術である「火の精霊」の召喚さえ

成功させた。何十年修行を積んでもこの術を

習得できない者がいるというのに。


剣の構え。小柄な身体にもかかわらず、

一週間で猪を一人で仕留めるほどになった。

人間相手でも、素人なら簡単にねじ伏せることが

できるだろう。


「師匠、次は何を教えてくれるの?」


いつの間にか、アウリアは俺を“師匠”と呼ぶように

なっていた。


その声が、妙に心地よかった。


彼女は、俺に似ていた。いや、それ以上に、

俺がなりたかったものになっていく。


――だからこそ、いつか教えなければならない。

独りで生きる方法を。


けれどそのときの俺はまだ、知らなかった。


アウリアの瞳に宿る、純粋すぎる“想い”が、

やがてどれほど恐ろしいものに変貌するのかを。


***


アウリアを拾ってから季節はめぐり、

いつしか六年の歳月が流れていた。


辺境の廃村はもはや、かつての廃墟ではなかった。

俺とアウリアが協力して修復した小屋が並び、

獣の侵入を防ぐための結界が森の外縁を包んでいた。

小さな菜園が広がり、木製の柵に囲まれた牧場には

数匹の家畜が飼われていた。


二人だけの小さな世界。だが、

俺にとっては何よりもかけがえのない楽園だった。


アウリアは成長とともに驚くほど美しくなった。

銀色の髪は輝きを増し、太陽に照らされるとまるで

月の光を宿しているかのように眩しい。

碧の瞳はますます深い色を帯び、

覗き込めば魂をも吸い込まれそうなほど澄んでいた。

細くしなやかな身体つきに、

どこか神秘的な儚さが漂う。


時折、彼女を見るたびに胸がざわつくのを感じた。

それが何であるのか、俺は自分自身にも言い聞かせる

ようにして否定した。


「師匠、今日はなにをしようか?」


毎朝決まったように、

アウリアはそんな問いを投げかける。

もう俺が教えることなど何一つ残っていないという

のに、彼女はあえてそれを口にしなかった。


なぜならアウリアにとって、俺と過ごす日々

そのものが、生きる目的になっていたからだ。


俺もまた、その事実を薄々感じながら、

敢えて目を逸らしていた。


そんな平穏な日々に陰りが差したのは、

ある夏の終わりだった。


珍しく俺は一人、隣村へ物資を仕入れに出ていた。

その村の商人は辺境の俺たちにも偏見を持たず、

密かに交流を続けてくれる数少ない知人だった。


「ナザル、最近は大丈夫なのか?」


「ああ、相変わらずだ。特に何も問題はない」


そう返事をしながらも、商人が俺を見る目に微かな

不安を感じた。


「実はな、近頃この辺境で妙な噂が流れているんだ」


「噂?」


「そうだ。東の集落が突然消えたとか、

近隣で謎の怪死事件が頻発しているとか、

そんな類の話さ」


「初耳だな。詳しく教えてくれないか」


商人は声を潜め、深刻な表情で続けた。


「お前のところから東に半日ほどの村だ。

突然住人が全員消えてな、

跡には人影一つ残っていなかったらしい」


「消えた、だと……?」


「ああ。しかも、それだけじゃない。

その村の跡地には、地面に奇妙な模様が

焼きつけられていた。呪術か何かだという噂だが、

どんな術式かは誰にも分からんらしい」


「それは本当か?」


「ああ。俺もこの目で確認したわけじゃないが、

噂は確かだ。お前も気をつけた方がいいぞ」


「ああ、ありがとう。用心する」


物資を受け取って帰途に就いたが、その道中、

俺の心には言いようのない不安が渦巻いていた。


寒気を感じた。


村へ戻ると、いつもと変わらぬ笑顔でアウリアが

迎えてくれた。だが、俺にはその笑顔すらどこか不自然に映った。


「師匠、おかえりなさい」


「ああ、ただいま」


彼女の様子を注意深く観察したが、

表面的には何の変化もない。しかし、

俺が出かけた日に限って彼女の瞳に一層強い光が

宿っているような気がして、疑念は消えなかった。


ある晩、俺は深夜にふと目が覚めた。

ベッドの隣にはアウリアが寝ているはずだが、

なぜかその姿が見えない。不審に思った俺は外へ出た。


月明かりが廃村を照らし出している。

その冷たい光の下に、アウリアの姿があった。

彼女は小屋の裏で何かを呟きながら、

空中に複雑な術式を描いている。


「アウリア……?」


俺が声をかけると、彼女は驚いて振り返った。

その瞬間、術式が崩れて消える。


「師匠……どうしてここに?」


「それは俺の台詞だ。一体何をしていた?」


アウリアは慌てて術式の痕跡を消そうとしたが、

それは俺の目には明らかに『禁忌の魔法陣』だった。


「その術式は、お前、まさか……」


アウリアはしばらく沈黙した後、静かな、

しかし決意に満ちた口調で答えた。


「師匠、怒らないで。私はただ、

師匠を守りたかっただけ」


「守る……? 何からだ?」


「師匠を傷つけるかもしれない世界からよ」


俺は背筋が凍った。その言葉には狂気じみた確信が

宿っていたからだ。


「私はこの世界が嫌い。師匠を忌み子だと蔑み、

私を傷つけ、排除しようとする世界なんて

――消えてしまえばいい」


「それ以上するなら俺は――」


「大丈夫よ、師匠。私は強くなったの。

あなたを悲しませるすべてを消す力を、

もう手に入れているわ」


「いや、いくらアウリアでもその能力は看過できない」


「…師匠には、私は止められない」


俺は咄嗟に腰の剣を抜き、

彼女の術式を止めようと一歩踏み出した。

しかし次の瞬間、俺の身体は突然重力を失ったように

宙に浮き、そのまま背後の壁に叩きつけられた。


「がっ……!?」


呼吸が一瞬止まり、視界が歪んだ。

何が起きたのか理解できずにいる俺に、

アウリアはゆっくりと近づいてきた。


「師匠、ごめんなさい。でも邪魔はしないで。

これは師匠のためなんだから」


彼女が指を軽く動かすだけで、俺の身体は再び強い力で

押さえつけられ、全く動けなくなった。

魔力が空気を満たし、

圧倒的な力の差を実感させられる。


「アウリア……お前、いつの間にここまで……」


アウリアは静かな笑みを浮かべ、

俺の頬を優しく撫でた。その指先は震えていたが、彼女の眼差しには狂気じみた愛情だけが燃え上がっていた。


「言ったでしょう? 私は強くなったのよ。

師匠を守るためなら、どんな力だって手に入れる」


そう言って彼女は術式を再び展開し始める。

その様子を、俺は無力に眺めることしかできなかった。


アウリアが禁忌魔法に手を染めていることを知った

その日から、俺はほとんど眠れなくなった。


アウリアの術式は明らかに

絶対消去ブラックアウト〉と呼ばれるもので、

術者の望む対象をこの世界から完全に消し去ることが

できるという、恐ろしい禁忌魔法だった。

その代償は術者自身の生命力を削るという、

代償の大きすぎる呪法である。


なぜ彼女がそんな危険な魔法を身につけたのか。

俺は自問自答を繰り返し、

心を落ち着けることができない日々を過ごした。


一方、アウリアはまるで何事もなかったかのように

日常を続けていた。笑顔も声も仕草もいつも通り。

俺に見せる表情には微塵の狂気も見られない。


だからこそ、俺はなおさら恐ろしかった。


◆ ◆ ◆


その日、東の空は禍々しい赤色に染まった。

燃えるような夕焼けだったが、

同時に異様な熱気と魔力の残滓を帯びていた。


隣村から慌ただしく商人が駆けつけてきたのはその

直後のことだ。彼は恐怖に顔を歪ませ、

震える声で告げた。


「ナザル、東の村が消えた! 噂に聞いた通り、

一瞬で跡形もなくなったんだ!」


「……」


「魔法だよ! 禁忌魔法に違いない。

現場には前と同じ、

不気味な模様が残っていたんだ……」


俺はその瞬間、視界が歪むのを感じた。

商人の言葉が耳に届く前に、俺は理解してしまった。


(アウリアがやったのか――)


胸の奥がひどく痛む。彼女がそこまで狂ってしまった

原因が俺にあるのなら、それを止めるのも俺の責任だ。


「悪いが、もう帰ってくれ」


俺は冷淡に言い放った。商人は戸惑ったが、

俺の尋常ならざる雰囲気に気圧され、

慌てて去っていった。


◆ ◆ ◆


夕闇が村を包む頃、俺はアウリアを呼び出した。


彼女は穏やかな微笑みを浮かべて現れ、

俺の心はさらに深い混乱に陥った。


「師匠、どうしたの?」


「……東の村が消えたらしい」


その言葉に、アウリアの瞳が一瞬揺れた。

だが、すぐに表情は穏やかな笑みに戻った。


「そう、消えたのね」


「アウリア、こんな事もう、辞めないか?」


俺の問いかけに、彼女は微笑んだまま沈黙を保った。

その沈黙が、何よりも恐ろしい返答だった。


「なぜだ、アウリア。無関係な人間を傷つけて

何になる?」


「無関係じゃないよ、師匠」


彼女の声音は静かだが、確信に満ちていた。


「あの村は、私たちを捨てた世界の一部だから。

あそこにいる人たちも、いずれ私たちを傷つける。

だから私が先に消したの」


「……それは、お前の勝手な思い込みだ」


「いいえ、思い込みじゃない」


アウリアは静かに、だが圧倒的な意思を込めて言った。


「私は師匠以外の人間を、もう信じられない。

あなたと私以外のすべてが敵に見えるの。

私たちを否定する世界は、最初から要らなかった。

だから、私が全部消すの。師匠を傷つける前に」


「アウリア……!」


俺はその異常なまでの想いに背筋が凍りついた。

彼女の瞳には、もはや人としての迷いも躊躇も

なかった。ただ、ひたすらに純粋なまでの執着が

あるだけだった。


「師匠、怖がらないで。

私は師匠だけは絶対に傷つけないよ。

むしろ、あなたを守るために私は存在しているの」


「違う、アウリア。それは間違いだ」


俺の言葉を彼女は聞いていなかった。

その代わり、胸元から静かに一枚の古びた紙片を

取り出し、俺に見せた。


「これは、あなたの家族があなたを忌み子として

捨てた時の記録。あなたが何度も泣きながら

眠っているのを、私はずっと知っていた」


その紙片を見た瞬間、俺は目を見開いた。

それは俺がずっと隠してきた

忌まわしい記憶の記録だった。


「お前……これをどこで……」


「あなたの過去の全てを知るためなら、

どんなことでもした。

あなたを傷つけた者たちを、私は絶対に許さない」


アウリアの瞳は異様なまでに澄み切り、

狂気を孕んでいた。


「私にとって、あなたは世界そのものよ。

あなた以外はもう何もいらない。

私はこの世界をあなたのためだけの場所にする」


彼女がそう告げると同時に、

俺の背後で凄まじい魔力が炸裂した。


振り返ると、遥か西の空が蒼く染まり、

轟音とともに遠くの村が消えていく様が見えた。

アウリアの禁忌魔法が世界を喰らい始めた瞬間だった。


「やめろ、アウリア!」


「遅いよ、師匠。私の魔法はもう止められない」


そのとき俺は悟った。


彼女の蒼い狂愛は、

もはやこの世界の誰にも止められないのだと。


俺自身が、彼女の狂気を育ててしまったのだと。


***


その夜、世界は静かな絶望に覆われた。


蒼い魔力が夜空を支配し、

幾つもの村や町が無慈悲に飲み込まれ、消えていった。

その様は、まるで神々が与えた罰のようだった。


だが、これは神の裁きなどではない。


ただ、ひとりの少女の純粋な愛情が引き起こした

悲劇だった。


俺は目の前の現実を前に、

なす術もなく立ち尽くしたまま、

全てを飲み込む蒼い魔力の中心に立つアウリアを

ただ見つめるしかない。


「アウリア、もうやめろ……!」


俺の悲痛な声にも、彼女はまったく耳を貸さなかった。

彼女は魔力の中心で、銀色の髪を蒼い光に染め、

何かの呪文を呟き続けていた。


「アウリア!」


再び叫んだ俺の声に、

ようやく彼女がゆっくりと振り向いた。


その瞳はかつて見たこともないほど蒼く深く輝き、

底知れぬ狂気と悲哀を宿していた。


「師匠……怖がらないで」


アウリアは優しく微笑んだ。

その笑顔は、俺がこれまで守ってきた、

か弱い少女のそれと何も変わらなかった。


だからこそ、俺の心は深く揺さぶられた。


「なぜこんなことを……

お前はこんなことを望んでいなかったはずだ」


「望んでいるよ。最初からずっと、

私はこれを望んでいた」


「違う……!」


「違わないよ。あなたが私を拾ったあの日から、

私にとって世界はあなた一人だった。

あなたがいるから生きていける。

あなたがいるから、この世界は意味を持つの。

あなたがいなければ、私はもう生きる意味がない」


「だからといって、世界を破壊するのか!?」


「違うよ、師匠。私は世界を“再構築”するだけ。

師匠と私だけの世界にね」


彼女はうっとりとした瞳で俺を見つめながら続けた。


「ねぇ、師匠もそう思ったことはない?

世界なんてくだらない。

私たちを傷つけ、裏切り、排除するだけ。

だったら、そんな世界はなくていい。

あなたと私だけが生きられれば、それで充分だと」


俺は言葉を失った。


確かに、俺にもその感情がなかったとは言えない。

世界に対して、絶望と憎悪を抱いたこともあった。


しかしそれでも俺は、この少女に出会い、

生きる喜びを知り、

彼女を育てる中で生きる意味を再び取り戻していた。

俺にとっての希望は、確かにアウリアだった。


だが彼女は俺に執着するあまり、

世界を敵視するようになってしまった。


――その狂気は、俺自身が生んだものだった。


「師匠、見て」


アウリアが手をかざすと、蒼い魔力がさらに広がり、

天と地が反転するほどの衝撃とともに、

世界が再び震えた。


もはや、ここ以外の世界は消滅寸前だった。

俺たちが暮らした辺境の小屋だけが、

唯一残された場所となった。


「これで邪魔は全部消えたわ。

あとは二人だけで静かに生きられる。

ずっと一緒よ、師匠」


アウリアが微笑む。狂気と愛情が入り混じった、

無垢なまでの笑顔。


しかしその背後では、膨大な蒼の魔力が不穏なうねりを

見せていた。あれほどの禁忌魔法を制御し続ける

ことは、彼女自身にも限界が訪れている証拠だ。


「アウリア、やめろ! これ以上魔法を使えばお前が

死ぬ!」


「……死んでもいいのよ、師匠」


彼女は儚く笑った。その言葉は、

俺の胸を容赦なく貫いた。


「なにを……?」


「だって、私の命は最初からあなたのものだから。

あなたのためなら、どんなことだってできる。

あなたが生きられる世界のためなら、

私は命すら惜しくない」


俺は初めて悟った。彼女の愛情はもはや狂気を超え、

俺自身すらも凌駕するほど純粋だったのだと。


「馬鹿野郎……そんなこと望んでない!」


「分かってる。でも、これが私の愛し方なの。

あなたに生きてほしいから、私が消えるしかない」


彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

狂気に支配された少女は、

最後にただの少女に戻っていた。


「ごめんね、師匠。でも、あなたに救われて、

私は本当に幸せだった」


「アウリア……!」


俺は無我夢中で彼女に駆け寄った。

しかし既に遅かった。


蒼い光は彼女の身体を包み込み、

その美しい姿を徐々に透明に変えてゆく。


「愛してるよ、師匠。誰よりも、何よりも……ずっと」


その言葉を最後に、アウリアの姿が光の粒子となり、

俺の腕の中で儚く消えていった。


◆ ◆ ◆


全てが消え去った世界で、

俺は独り呆然と立ち尽くした。


狂気に支配された少女の愛情は、最後に自らの命を奪い、

世界を滅ぼし――そして俺だけを残した。


胸に残ったのは、ただ悲しみだけではなかった。


あまりにも純粋で、狂おしいほどの愛情。

それを俺は彼女から確かに受け取ったのだ。


蒼い空の下、俺は拳を握りしめ、独りつぶやいた。


「俺も、愛してたよ……アウリア」


世界よりも深く蒼く、哀より生まれしその愛は、

胸の中でいつまでも消えずに燃え続けた。


「もちろん、私も愛しているわ」


「え…?」


たった今、世界は”再構築”された。

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