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流転の國 いつもの

美しい黒髪も彼女にとっては苦しみの象徴でしかない。

そして、哀しい女は今日も髪を切る…。

いつの間にか、マヤリィのヘアカット担当はルーリ、もしくはジェイになっていた。

最近のマヤリィはヘアメイク部屋に行きたがらないので、元々スタイリスト並みの腕を持つルーリか、マヤリィの為にヘアカットの技術を身に付けたジェイのどちらかが担当することになったのだ。

今回はルーリの番。いつものように、マヤリィの髪を整えていく。

「いつもの、で通じるようになっちゃったわね」

ベリーショートにしてからほとんどその形を変えていないマヤリィ。それでも、頻繁なヘアカットが必要なことに変わりはない。

「マヤリィ様、貴女様の御髪を整えさせて頂けますことは私の最高の喜びにございます」

鏡越しにルーリが頭を下げる。

少し伸びた髪が刈り上げられ、いつもの形に整えられていく。

「マヤリィ様、カラーはどうなさいますか?」

そういえば、ここ最近カラーはしていなかった。マヤリィは考える。

「そうね…久しぶりに染めたいけれど…」

何か気がかりなことでもあるのか、マヤリィは言い淀む。

かと思えば、

「貴女はどう思う?ルーリ」

一言間違えれば地雷を踏みかねない話題を振ってくる。

マヤリィに他意はないが、ルーリは慎重に言葉を選ぶ。

「畏れながら、マヤリィ様。私はどんな髪型の貴女様でも、どんな髪色の貴女様でも、そのお美しさに変わりはないと存じます。…その上で、私の個人的な意見を述べさせて頂けるなら、これまで通り私の知っているマヤリィ様でいて下さると嬉しく思います」

ルーリは黒髪のマヤリィを見たことがない。

今、少し伸びてきた根元が黒いのを見ると、元はミノリのような漆黒の髪の持ち主であったことが伺えるが、黒髪のマヤリィを想像することは難しい。

「そうね、やはり染めることにするわ。このまま黒髪に戻って、昔を思い出してしまうのも怖いし。…未だに不安なのよね」

マヤリィが言う。どんなに髪を短くしても、持って生まれた艶のある美しい黒髪は過去のつらかった時代を思い起こさせる。

(生まれつきの美しい御髪も…マヤリィ様にとっては苦しんだ日々の象徴なのだな…)

いつも触っているから分かる。

柔らかく、艶があり、手触りのいいサラサラのマヤリィ様の御髪。短くても、美しいことに変わりはない。しかし、決してそのことを口にしてはならない。

それは皆が知っている。

「怖いわ。昔の私の姿なんて見たくない」

そう言うとマヤリィは立ち上がり、ルーリにしがみつく。その身体は震えている。過呼吸を起こしかけている。

ルーリはマヤリィの目を見て、力強く語りかける。

「マヤリィ様、どうか私の言葉を聞いて下さいませ!人は誰しも昔に戻ることなど出来ません。今の貴女様は流転の國の最高権力者であり、宙色の大魔術師と謳われる御方であり、私が心から愛し申し上げている女性です。私は御髪を短くなさっている今現在の貴女様こそが本来あるべき姿なのではないかと思っております。…私のマヤリィ様、私は決して貴女様から離れません」

ルーリさん渾身の恋人発言。

マヤリィはルーリにしがみついたまま、

「ああ…ルーリ…私は変わったのよね?自由になれたのよね?」

「はっ。流転の國は自由の國でございます。そして、それは全てマヤリィ様のお力があってのこと。皆、どこまでも貴女様について参る所存です。皆、貴女様を慕っております」

「ルーリ……」

マヤリィはルーリの顔を見つめる。少し落ち着いたらしい。表情が穏やかになってきた。

ルーリはマヤリィを抱きしめながら、

(少し、落ち着かれただろうか…?パニック障害って怖いな…)

彼女の様子を見て、内心そう思う。

「…さぁ、マヤリィ様。貴女様の御髪を染めるお役目、この私に全てお任せ下さいませ。今の貴女様は流転の國の頂点に立つ御方。そして、私がこの世で一番愛し申し上げている御方です」

ルーリはもう一度、愛の言葉を繰り返す。

「ええ。私も貴女を愛してるわ…」

マヤリィはようやく鏡の前の椅子に座り直した。そして、鏡越しにルーリを見つめ、

「『魅惑』魔術は関係ないわ。ルーリがたとえ夢魔でなくても、人間でも、他の種族であったとしても、私は貴女を好きになったと思う。本当よ」

「っ…!嬉しいです!マヤリィ様!!」

ルーリは頬を染め、思わず叫んでしまう。

そう、ルーリは『魅惑』を専門とする夢魔であり、正確には悪魔種に属する。

しかし、ルーリ自身も極めて人間に近い今が本来の姿なのか、『夢魔変化』もしくはそれより恐ろしい『悪魔変化』した姿が本当の自分なのか分かっていない。ただ『悪魔変化』した時の自分の姿の禍々しさは自覚している。

「ルーリ、愛してるわ」

そう言って微笑むマヤリィの美しさを全身に感じながら、なぜ自分は普通の人間として顕現しなかったのだろうかと考えてしまうルーリであった。

珍しく悲観的なルーリさん。

次回『悪魔変化』します。

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