流転の國 誕生日はいつですか?
《こちらマヤリィ。ジェイ、私の部屋まで来て頂戴》
《こちらジェイ。畏まりました、姫。すぐに『転移』します》
その日、マヤリィの『念話』を受けたジェイは部屋の前に転移すると、ドアが開くのを待った。
そこへ、
「おはようございます、ジェイ様」
タンザナイトが現れた。
「おはよう、タンザナイト。…そうか、君の部屋はすぐ隣なんだったね」
『何かあったらいつでも対応出来るように』という名目でタンザナイトの新しい部屋はマヤリィの隣になったが、実際はマヤリィがナイトの傍にいたいのだ。
「ジェイ様も念話を受けて来られたのですか?」
「うん、そうだよ。姫の部屋に直接転移することは出来ないから、いつもここで『施錠解除』されるのを待ってるんだ」
「そうなのですか」
タンザナイトは相変わらずのポーカーフェイスだが、少しは打ち解けてくれたような気がする。
(また笑ってくれないかな…)
ジェイはそう思いながらタンザナイトを見る。
今日も彼女は白いスーツに白い革靴という格好をしていた。ライトブラウンの短い髪は艶々として柔らかそうで、少しマヤリィに似ている。
「…?何でしょうか?」
うっかり見つめすぎて、怪訝そうな顔をされた。
「ごめん、何でもない。ただ、君の髪が綺麗だと思って見とれてたんだ」
マヤリィには「髪が綺麗」だなんて言えないが、マヤリィの娘になら言える。
そして、ジェイは調子に乗って言う。
「触ってもいい?」
「構いませんよ」
「ありがとう」
断る理由もないので、タンザナイトは大人しくジェイに髪を撫でられた。
「本当に綺麗だね。柔らかくてサラサラしてて、姫の髪に似てる。…あ、似てるのは髪だけじゃないか」
ジェイがそう言うと、タンザナイトは以前シャドーレに言われたことを思い出す。
『「タンザナイト様はどこかマヤリィ様に似ていらっしゃいますわね」』
「ジェイ様、その件に関しては桜色の都のシャドーレ様にも言われました。やはり、僕は母上様に似ているのでしょうか?」
タンザナイトは聞く。以前、黒いスーツを着た時に自分でもそう感じたが、他の方々はどう思っているのだろう。
「うん、似てると思う」
ジェイは即答する。
「そもそも、姫は二番目のホムンクルスを造る時『日本人に近い容姿』にしようと決めていたらしいよ」
「日本人…?」
「うん。僕達が『元いた世界』における呼称で、大抵の日本人は黒い髪と黒い瞳を持っている。同じ人間種でも、いろんな人種があるんだ」
「人種ですか…」
「まぁ、この世界ではあまり関係ないみたいだけどね。僕や姫とは明らかに違うシャドーレとも同じ言語で話せるし」
ジェイの話を聞いたタンザナイトは少し考えてから、
「では、母上様も日本人なのですか?あの御髪は染めていらっしゃるのですよね?」
「うん、そうだよ。彼女も本当は黒髪だからね。…と言っても、元々茶色っぽい髪ではあったけど」
「そうでしたか。…僕は母上様と同じ人種なのですね」
心做しか嬉しそうな声だ。
そして、ジェイは調子に乗って言う。
「あ、僕も日本人だよ?髪も目も黒いでしょ?マヤリィ様や君と同じ」
「はい。分かっております。ジェイ様はどう見ても『日本人』です」
真顔で返される。
「あ、ありがと…。僕のことも見ててくれたんだね」
ルーリと同じく、ジェイも(タンザナイトと一緒にいると調子が狂うな…)と感じるが、話を戻して説明を続ける。
「君の設計図を見たわけじゃないけど、姫は無自覚のうちに自分に似たホムンクルスを造り出したんだと思う。日本人の中にも、当然いろんな顔があるからね」
ジェイがそう言うと、ナイトは首を傾げる。
「しかし、ジェイ様。母上様によれば、僕は元々男性のホムンクルスになる予定だったとのことでした。製造過程で何かが違ってしまい、女になったのではないかと伺っております」
その時、ジェイは『男子にしたつもりが女子になっていたの』とマヤリィが言っていたのを思い出す。
「そっか…。本当に無自覚だったなら…それも有り得るかもね…」
ジェイは一人で納得する。
以前、もしジェイとの間に子供が出来たらという話になった時、マヤリィは『万が一にも私と同じ苦しみを味わわせたくないから』という理由で男児を望んだ。でも、本当は女の子が欲しかったのかもしれない。
(『色々と迷走した結果、日本人に近い容姿に決めた』と姫は話していた。そして、男子にしたつもりが女子になっていた。これは…姫の深層心理の表れでは…?)
ジェイは深読みするが、あながち間違ってもいない。
事実、マヤリィはナイトのことを『娘』と呼んで可愛がっており、髪型の話になった際には『貴女の好きなように生きて、願いを叶えて、幸せでいて欲しいの』とまで言い聞かせていた。
それに、女子だと気付いてすぐに『衣装部屋に行って服装だけでも変えましょうか』と言うなど、タンザナイトを完全に19歳の女の子として扱っている。
(色々とすっ飛ばしたけど…姫は良いお母さんだな。むしろ、可愛がりすぎかも)
娘には、自分と同じ苦しみを味わわせたくない。若き日にしか叶わない願いを抑圧したくない。タンザナイト自身がどう思っているのかは不明だが、マヤリィは自分に与えられなかったものを娘には与えたいと望んでいる。
「ジェイ様、どうかなさいましたか?」
急に黙り込んだジェイを見て、タンザナイトが心配そうな顔をしている(気がする)。
(あれ?その顔、もしかして心配してくれてる?)
「いや…何でもないよ。何でもないけど、君にお礼を言いたくて」
そして、ジェイは調子に乗って言う。
「タンザナイト、マヤリィ様の心の支えになってくれてありがとう。彼女の婚約者として感謝するよ」
「勿体ないお言葉にございます、ジェイ様。…今、婚約者って言いました?」
「うん。言いました」
「婚約者って何です?ジェイ様が母上様の恋人であることは伺っていますが、ルーリ様もそうなのですよね?」
「確かにルーリの本命はマヤリィ様だけど…結婚する権利を持っているのは僕だけだよ」
「結婚する権利?」
「うん。もし僕が流転の國で正式に姫と結婚したら、父上様って呼んでね」
「よく分かりませんが…承知致しました」
二人が謎の会話を繰り広げていると、突然ドアが開いた。
「ごめんなさいね、二人とも。ベッドから『施錠解除』してそのまま二度寝してたわ」
そう言いながらマヤリィが姿を見せる。
部屋の中に直接『転移』することは出来なくても、ドアの外で待機中に『施錠解除』されれば中に入って良いということになっているのだが、ジェイはタンザナイトとの会話に夢中で鍵が開いたことに気付かなかった。一方、ナイトの方はこのシステムをまだ知らない。
「入ってきて起こしてくれれば良かったのに。二人して何も気付かずにドアの外で喋っていたの?」
「すみません、姫。タンザナイトと二人で話すことなんて滅多にないので、つい…」
ジェイがそう言うと、タンザナイトが頭を下げた。
「母上様、お部屋への訪問が遅くなりまして失礼致しました。一つお伺いしたいのですが、僕の父上様はジェイ様なのですか?」
《ジェイ、何の話してたのよ?》
《すみません…姫と結婚するかもって言っちゃいました》
《ああ、そういうことね》
いきなりすぎる質問に驚いたマヤリィはジェイの言葉を聞くと、あっさり納得した。
「そうね…。もし流転の國でジェイと私が正式に結婚したら、彼は貴女のお父さんということになるわね」
マヤリィは言う。
「35歳の夫婦に19歳の娘っていうのも不思議だけれど…そこはまぁ養女ってことで」
「お二人とも35歳なのですか?」
「ええ。ジェイと私は同い年なのよ」
「って言っても、姫はまだ34歳でしょう?一応、僕の方が誕生日早いんですよ」
「そういえばそうね」
マヤリィの部屋には、なぜか今も日本にいた頃のカレンダーが置かれている。しかも、それは月日の移ろいとともに勝手に頁がめくられていくから、マヤリィは現在も日本の暦とともに生きているようなものである。…実際はカレンダーなんてほとんど見ないけど。
「2025年…?これが暦にございますか?」
タンザナイトは不思議そうに頁をめくる。
「11月、12月、その次は2026年1月……?」
そのカレンダーはいつまでも『元いた世界』の暦を教え続ける。二人が日本に帰る日は永遠に来ないというのに。
「今日は何日だったかしら」
興味なさそうにマヤリィが言う。
「11月30日ですよ、姫」
「あら、明日から12月じゃない。今年もあと少しなのね」
「はい。…でも、その前に忘れてはいけない大切な日があるじゃないですか」
ジェイは真面目な顔で言う。
「姫の誕生日ですよ。忘れてないですよね?」
「忘れるところだったわ。けれど、別に私の誕生日なんてどうでもいいわよ」
そう言って話を終えようとするマヤリィに、タンザナイトが聞く。
「畏れながら、母上様。教えて下さいませんか?」
「えっ…?」
「貴女様がお生まれになった日を教えて下さい。とても大切な日なのでしょう?」
ナイトは優しい瞳で母親を見つめている。
「僕、お祝いしたいです。12月の何日が母上様のお誕生日ですか?」
流転の國の者は年齢という概念は持っていても、誕生日を祝うことは知らない。
しかし、ナイトはお祝いしたいと言う。
「…………」
一瞬マヤリィは『元いた世界』のことを思い出して躊躇したが、期待に満ちた眼差しで返事を待つ娘を見て、優しく微笑む。
そして、
「私の誕生日はこの日よ、ナイト。今年は月曜日みたいね」
マヤリィはそう言ってカレンダーを指さす。
それは、一年で一番夜が長い日だ。




