流転の國 死にたい夜
夜の12時を回った頃。
ドアをノックする音。
「すぐに行く!少し待っててくれ」
ルーリがそう言って鍵を開けると、ドアの外に立っていたのはマヤリィだった。
「大変失礼致しました、マヤリィ様。私の部屋ならば『空間転移』で直接お越し下さって構いませんのに、いかがなさいましたか?」
まさかマヤリィが外から来るとは思わなかったので、ルーリは慌てて跪き、頭を下げる。普段は『念話』を送ってから、直接部屋に転移してくるのだが。
「驚かせてごめんなさいね、ルーリ。城の中を歩き回っていたら貴女の部屋の近くまで来たから、顔を見たくなったのよ」
沈んだ顔でマヤリィが言う。
今にも消えてしまいそうな雰囲気を纏って。
「...ルーリ、抱きしめて頂戴」
「はっ」
ルーリは優しくマヤリィを包み込む。
「マヤリィ様、私はここにおります。貴女様の御為に、私は存在しているのです」
「ルーリ......」
「畏れながら、私にお聞かせ下さいませんか。貴女様のお苦しみをこのルーリに分けて頂きたく存じます」
話せば、もっとつらくなるかもしれない。それでも、ルーリは聞いた。今夜、マヤリィが何を思って城の中を彷徨っていたのか、知らなければならない気がした。
「ルーリ、ごめんなさい...。本当はこんなこと、口に出すべきではないと分かっているの。けれど、貴女の言葉に甘えさせて頂戴。......私、死にたい」
マヤリィは表情も変えずにそう言った。
「もう嫌なの。私の人生、早く終わらないかしら」
「マヤリィ様...」
予想はついていたが、いざ本人の口から告げられると動揺してしまう。
しかし、どこまでも沈んでゆくマヤリィの心に寄り添うだけの想いをルーリは持っていた。
「畏まりました、マヤリィ様。貴女様がそうおっしゃるなら、私もお供致します。...決して貴女様の傍を離れないとお約束しましたから」
ルーリは真っ直ぐにマヤリィを見る。
その目は本気だった。
「ルーリ...。私の言葉を否定しないの?」
「はい。マヤリィ様のお言葉を否定する理由はございません。何があろうと、私は貴女様について参ります。それが私の存在意義にございます」
泣かれるかと思った。
止められるかと思った。
しかし、ルーリは悲しみを押し隠して、マヤリィの言葉を肯定した。「死にたい」という言葉を肯定した。
マヤリィの心はその事実を前にして揺れていた。
その時、
「マヤリィ様。畏れながら、私の最期のお願いを聞いて頂けないでしょうか...?」
ルーリは跪き、マヤリィを見上げる。
「...言ってご覧なさい」
「ありがとうございます、マヤリィ様。...実は、今度いらっしゃった時にお出ししようと思っていたコーヒーがございまして...。最期に、貴女様に召し上がって頂きたいと思ったのです」
「...そうだったの」
マヤリィは淡白な返事をしたかと思うと、
「貴女の淹れたコーヒー、飲みたいわ」
少しだけ微笑みを見せた。
「一緒に、最期のひとときを過ごしましょう」
「はっ。有り難きお言葉にございます、マヤリィ様」
ルーリはそう言うと、すぐに準備に取りかかった。
(マヤリィ様、申し訳ございません...)
以前、ジェイから預かった眠り薬。
味も匂いもなく、身体の中で溶ければ何も残らない眠り薬。
ルーリはそれをカップに入れた。
「お待たせ致しました、マヤリィ様」
「ありがとう、ルーリ」
マヤリィはそう言って微笑む。
そして、
「私が気付かないとでも思っているのかしら」
先ほどとは全く違う表情でルーリを見る。
「貴女がこのコーヒーに混ぜたのは無味無臭なはずの睡眠薬。けれど、私には分かるの。僅かにコーヒーの香りを変えてしまっているわ」
「マヤリィ様...!」
「...とはいえ、おいしそうだからこのまま頂くわ。貴女は自分のカップにも同じ薬を入れたでしょうから、飲み終わったら一緒に寝ましょうか」
全てお見通しのマヤリィ様。
「...ねぇ、ルーリ?」
「はっ」
「朝を迎えても死にたい気分だったら、今度こそ私の自殺に付き合ってもらうわよ?」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
決して見えるはずのない薬を入れた場面。
なのに、マヤリィは僅かな香りの違いで『あの薬』を入れたのだと気付いてしまったのだ。そして、それがルーリ自身のカップにも入っていることを。
「...けれど、出来たら、明日の朝も貴女のコーヒーが飲みたいわ」
それを聞いたルーリがマヤリィの顔を見ると、彼女はいつものように微笑んでいた。
「マヤリィ様、私も同じ気持ちにございます」
夜は自死率が上がると言っていたジェイの言葉は正しかったと思いながら、ルーリはマヤリィの手を握った。
「改めてお願い申し上げます。...マヤリィ様、どこまでも貴女様についてゆくことをお許し下さいませ」
「ええ。貴女のこと、信じているわよ」
マヤリィはルーリの手を離さない。
気付けば、カップは空になっている。即効性の眠り薬がマヤリィの意識を朦朧とさせる。
「後は任せたわ、ルーリ。私を眠らせた責任を取って、ベッドまで運んで頂戴」
マヤリィはすぐに眠りに落ちた。
(本当に薬というものは恐ろしいな...)
ルーリはそう思いながら、マヤリィをベッドに寝かせ、柔らかい毛布をかける。
そして、自身も睡魔に襲われ、その場で眠ってしまうのだった。




