流転の國 嫉妬
『魅惑』魔術を使わなくても人を魅了してやまない。
……それがマヤリィ様。
「姫…!一体貴女に何があったと言うんですか!?どうしたんですか…!?」
ジェイは困惑する。
だって、目の前のマヤリィが………
「ちょっと色々考えさせてもらっていいですか?」
頭を抱えるジェイ。
しかし、そんな彼に向かって、
「あら、ジェイ。これは単なる気分転換よ」
マヤリィは何事もなかったかのように微笑む。
「あ、貴女は……長い髪が嫌いだったはずでは?」
目の前のマヤリィが………ロングヘアになっているのだ。
「ジェイ、そんなに動揺するな。…今朝、第7会議室のことを考えながら衣装部屋に行ったら、なぜか目に付くものはウィッグばかりだった。それで、せっかくだからマヤリィ様に色々なヘアスタイルを楽しんで頂きたいと思って、持ってきたんだ」
部屋の奥からルーリが姿を見せる。
やっぱりこの人の仕業か。
今のマヤリィは、腰まで届く金髪のロングヘアにウェーブをかけた華やかなヘアスタイル。
「でも、似合わない気がするわ。私はアジア人だし。…プラチナブロンドといえばやはりシャドーレよね」
(確かに、あんまりしっくりこない…)
「ジェイ、黙っていないで正直にしっくりこないと言いなさい」
「僕の心を読まないで下さい、姫」
ルーリだけは笑顔でマヤリィの姿を見ている。
「マヤリィ様とシャドーレは目の色が違いますゆえ、同じ髪色でも雰囲気が違って見えますね。…次は何に致しましょうか?」
「そうね…やはりもう少し暗めの色の方が…」
完全にルーリの着せ替え人形(?)と化しているマヤリィ。
「ところで、マヤリィ様。アジアジンとは何でございましょうか?」
(出たっ!ルーリに通じない言葉!)
「…それは、私が元いた世界にある民族の名よ。アジア系の人々は基本的に黒髪に黒目。ルーリは金髪碧眼で色白だから白人ってところね」
「マヤリィ様はアジアジンで私はハクジンにございますか…」
「あまり気にしないでいいわ。同じ人間よ」
「っ…!畏れながら、マヤリィ様。私は人間ではございません」
ここは流転の國。ルーリは人間種ではなく悪魔種に属する。
「その程度の違いなんて私は気にしていないわ。…貴女も私も同じ。そうでしょう?」
「はっ。有り難きお言葉にございます」
確かに、ルーリは魔術を使わない限り、人間にしか見えない姿をしている。
(その程度、って言うには違いすぎるような…)
ジェイは内心そう思うが、黙っている。
マヤリィはもう一度鏡を見ると目を逸らして、
「シャドーレには悪いけれど、この髪型は彼女にこそしてみて欲しいわね」
シャドーレの髪は天然のプラチナブロンド。
北欧系の彼女に似合わないわけがない。
「…でも、やめておきましょう」
マヤリィは急に真面目な顔になる。
「彼女も、私と変わらないのだから…」
ロングヘアを厭い、断髪したシャドーレ。
彼女につらい記憶を思い出させるわけにはいかない。
「…あ、私は面白かったわよ?ウィッグにも色々とバリエーションがあるのね」
「はっ。マヤリィ様のお望みとあらば、どのようなヘアスタイルでもご用意致します」
「ありがとう。またお願いするわ、ルーリ」
マヤリィはそう言うと、
「それにしても、今日は随分と大人しいのね、ジェイ」
ウィッグを外し、黙り込んでいる彼に話しかける。
「私がこんなことするとは思わなかったかしら」
「いえ…。ただ、少し驚いただけです」
ジェイはそう言って目を逸らす。
いつになく沈んだ表情をしている。
「そんな顔しないで。私の顔を見て頂戴。…ねぇ、ジェイ?」
マヤリィはジェイに近付く。
「私、貴方に何かした?」
「…何も。貴女は何もしてませんよ」
そっけなく答えるが、彼女の美しい瞳に見つめられ、テンションの低いジェイもさすがに心が動く。
「黒い瞳…。綺麗ですね…」
「だって日本人だもの。貴方だって、綺麗な目をしているわ」
甘く優しい声でささやくマヤリィ。
「ねぇ、ジェイ…。どうしたら貴方は笑ってくれるの?」
これじゃいつもと正反対だ。
いつもはジェイがマヤリィの笑顔を見たくて仕方ないのに。
「…まぁ、いいわ。無理に笑ってくれなくても」
マヤリィはあっさり諦めると、唐突にジェイに口付けした。
「んっ……姫……!?」
この場にはルーリもいるのに。
…いや、いなかった。正確には、消えてた。
(完全に下がるタイミングを逃したな…。とりあえず『透明化』したが、これからどうすりゃいいんだ?ご挨拶もなしに帰るのも失礼だし…)
マヤリィだってルーリがいることは承知のはずだが、それでもジェイにキスをする。
「つれないわね、ジェイ。私がルーリとばかり一緒にいるから拗ねているの?」
「拗ねてません!…もう、貴女ってひとは…!」
ジェイはそう言うと、今度は自分からマヤリィにキスをする。
「どうしてそんなに可愛いんですか…!どうしてこんなに僕を翻弄するんですか…!」
「翻弄しているつもりはないのだけれど。…大好きよ、ジェイ」
マヤリィはジェイを抱きしめる。
ジェイは華奢な身体を抱きとめる。
「今夜は…僕の部屋ですよ?」
「分かっているわよ。約束する」
「真っ昼間からシャドーレを襲っちゃダメですよ?」
「…気をつけるわ」
微笑みながら頷くマヤリィ。
結局、その日は珍しくマヤリィがジェイの機嫌をとり、ひとまず自分の部屋に帰したのだった。
「ルーリ、待たせたわね。そこにいるんでしょう?」
「はっ」
マヤリィが何もない空間に呼びかけると、『透明化』していたルーリがピンポイントで姿を現す。
「気を遣わせて悪かったわ、ルーリ」
「滅相もございません、マヤリィ様。むしろ、この場に留まってしまい申し訳ないことにございました」
ルーリは跪いて頭を下げるが、
「今夜は…ジェイの部屋にございますか…」
少しばかりジェイに嫉妬する。
「あら、貴女までそんな顔するなんて。…私を罪な女にしないで頂戴、ルーリ」
甘い声でささやきかける女。それがマヤリィ様です。
「畏れながら、マヤリィ様。貴女様には私以上にサキュバスの適性があるように思われるのですが、ご自覚はおありでしょうか?」
「…そうね、どうかしら…」
確かに『魅惑』が使える。でも、それは宙色の魔力を持っているからでは…?
「否定なさらないのですね」
「色々と身に覚えがあるのよ。貴女に嘘はつかないわ、ルーリ」
「…もう、貴女という御方は…!」
どうやら今日はこういう日らしい。
結局、明日の夜はルーリの部屋に行くと約束するマヤリィであった。
珍しく二人して互いに嫉妬してるジェイとルーリ。
案外、次の日にはマヤリィを囲んで三人仲良くカフェテラスにいる気がする。




