流転の國 午前11時
眠っているお顔も美しいマヤリィ様。
いつお目覚めになられるのでしょうか…?
「マヤリィ様、朝にございます」
珍しくルーリがマヤリィを起こす。
「畏れながら、お薬が効きすぎているのではないでしょうか…?」
マヤリィが睡眠薬を服用していると言っていたことを思い出したルーリは、なかなか目覚めない主を心配して声をかけたのだ。
因みに、ここはルーリの部屋。午前11時。もはや朝ではない。
「…今…起きるわ……」
そう言って目を開けるマヤリィ。
すごく眠そうだが、相変わらず反則級の美しさである。
「ああ…もうこんな時間なのね」
マヤリィはゆっくり起き上がると、ルーリを抱きしめる。
「マヤリィ様、今日も大変お美しいです…!」
ルーリはそう言いながらも不思議に思う。
(どうしたら化粧無しでこの肌艶になるのだろう…?)
普段からノーメイクのマヤリィは、起き抜けだろうと入浴後だろうと、変わらず美しい。
一部の配下達(主に元天使)は「畏れ多くもマヤリィ様のメイクを真似する会」を発足させているが、ルーリは敢えて何も言わない。
強いて言えば、玉座の間にいる時は威厳ある流転の國最高権力者の顔をしており、ルーリの部屋にいる時は可愛らしい恋人の顔をしているという違いくらいはある。
「今日の会議を午後からにしてよかったわ」
睡眠薬漬けのご主人様は流転の城の中で一番起きるのが遅い人物である。
自分の部屋で寝ている時はジェイが念話で起こすこともある。薬怖い。
「今日は皆に直接、第7会議室を見てもらう予定なの。どんな部屋が完成するか今から楽しみだわ」
最低限の設備は整っているが、内装はまだ発展途上の第7会議室。
ルーリのヘアメイク部屋はこれからどうなってゆくのだろうか。マヤリィだけでなく、皆が期待を寄せている。
「ご気分はいかがですか?マヤリィ様」
「…大丈夫よ」
顔色は良いとは言えないが、マヤリィはルーリの問いに微笑んで応じる。
「コーヒーをお淹れしましょうか?それとも別の…」
「貴女のコーヒーが飲みたいわ、ルーリ。…午後の会議までゆっくりするとしましょう」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
第7会議室の話が出ると、今も少し緊張するルーリ。それでも、会議の時間までマヤリィと過ごせる幸せを感じながら、コーヒーを淹れに行くのだった。
(本当に、貴女には心配をかけてばかりね…)
ルーリの後ろ姿を見つつ、マヤリィはアイテムボックスの中の薬を確認する。
(確かに、効きすぎているかもしれないわ。後で医学書をもう一度読み直す必要があるわね…)
桜色の都に突如として現れたという医学書は、奇しくもマヤリィやジェイが元いた世界、つまり日本から『異世界転移』した物体だった。当然、日本語で書かれているので、この世界の住人は読むことが出来ない。マヤリィは「日本語」と「宙色の魔力」を駆使して、睡眠薬や抗精神病薬を流転の國に顕現させた。しかし、適量までは分からない。ツキヨに相談しようにも彼の知識にも限界があるだろうし、桜色の都の現国王は流転の國の最高権力者が精神病であることさえ知らない。というのも、ツキヨはその事実を「機密事項」とし、誰にも知らせていないからだ。その為『写本』魔術によって完全な医学書を手に入れたマヤリィも、未だそれを扱いきれずにいる。
(言語の違う医学書の解析ともなればミノリにも難しいでしょうし、明日にでも、ジェイと二人で読み返してみるべきね)
「あ、あの…マヤリィ様…」
マヤリィが難しい顔をしているのを見て、ルーリが恐る恐る声をかける。
「こちらにコーヒーを置かせて頂きました。…お顔の色がすぐれませんが、もう少しお休みになられますか…?」
「大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけ」
マヤリィはそう言ってテーブルにつくと、
「ありがとう、ルーリ。心配しないで頂戴。私は大丈夫よ」
いつものように微笑む。
しかし、それはマヤリィが自分自身に言い聞かせる為の言葉だったのではないかと、ルーリは思うのだった。
(マヤリィ様…。私に何か出来ることはないのでしょうか……)
微笑みを崩さずにコーヒーを飲むマヤリィ。
その心の中は誰にも分からない。




