流転の國 ネクロとシャドーレ
その日、ミノリは書庫での作業を進める為、会議に出席しなかった。「書物を読み解く者」である彼女の能力によって、流転の國の謎が解き明かされることを期待している主がそれを許したのだ。ミノリ自身も、ご主人様の役に立ちたいという強い信念の下、難しい書物と長時間に渡って向き合っている。
一方、今日の会議は特に難しい議題もなく、短時間でつつがなく終了した。
もしかして、もしかなくても、この城でまともに働いてるのはミノリだけじゃないか?
「シャドーレ殿、少しよろしいですかな…?」
会議が終わり、玉座の間を退出した所で、ネクロはシャドーレを呼び止める。
シャドーレは何事かと思いつつ、
「はい、ネクロ様。いかがなさいましたか?」
いつものように丁寧な言葉遣いで応じる。
「もしや、魔術訓練のお誘いですの…?」
シャドーレは外見こそ凛々しく美しい男装の麗人といった佇まいだが、内面は貴族の令嬢だった頃の面影を留めている。トーンの高い女性らしい声も相まって、シャドーレが自覚しているより遥かに、皆は彼女を魅力的な女性だと思っていた。桜色の都出身の彼女本人は女を捨てたと思っているのだが。
「い、いえ…。のちほど、私の部屋に来て下さったら嬉しい…と、思いましてな…」
いつになく歯切れの悪いネクロ。
表情は分からないが、とても言いづらい台詞を言っているような気がする。
「それは…女子会のお誘いでしょうか?」
(そういえば、この間の模擬戦の前にそんなお話をしていましたわね…!)
シャドーレは都合良く解釈する。
「はい…!まさしく、女子会にございます…!」
女子会。便利な言葉だ。
「ネクロ様にお誘い頂けるなんて嬉しいですわ。…お部屋に伺ってもよろしいのですか?」
「はい…!ぜひ、お越し下され」
「ありがとうございます。時間は…」
(珍しいな、二人が女子会とは)
彼女達の会話をなんとなく聞いていたルーリ。
「何してるの、ルーリ?君はまだ玉座の間で仕事があるだろう?」
ジェイに呼ばれて振り向くと、
「ああ。…ネクロとシャドーレが女子会をやるらしくてな、つい立ち聞きしてしまった」
「そうなんだ。君は行かなくていいの?」
「お前、女子会の意味が分かるのか?」
「一応ね。参加資格はないけどね」
「…そうか。さすがはマヤリィ様の側近だな」
ルーリはそう言うと、玉座の間に戻った。
「お邪魔致しますわ、ネクロ様」
その日の午後、シャドーレはブラックコーヒーを持ってネクロの部屋を訪れた。
「お気遣い感謝致します。これは…潮風の吹くカフェテラスのコーヒーですかな…?」
いつもと違う容器に入ったコーヒーを見て、ネクロは不思議そうに訊ねる。
「ええ。今日はテイクアウトしましたの。その他に、クッキーも持って参りましたわ」
「ていく…あうと…?」
ネクロさんにも分からない言葉がある。
「はい。容れ物は違いますが、いつもと同じコーヒーですので、ご安心下さいませ」
「有り難く頂戴致します、シャドーレ殿」
そんなこんなで二人の女子会が始まった。
「ネクロ様…!髪をお切りになったのですね」
『隠遁』のローブを脱いでコーヒーを飲むネクロを見て、シャドーレはときめいた。
(本当にマヤリィ様そっくりですわね…!)
「とてもお似合いですわ、ネクロ様。…もしやバリカンを使われたのでしょうか?」
興味津々に訊ねる。
さすがはバリカン好き女子。
「はい…!実は、ルーリ殿にカットしてもらいましてな…初めてバリカンを…」
目を輝かせるシャドーレを前にして、ネクロは照れたように笑う。
「いかがでしたか?私は…あの感触が好きで…髪が少し伸びる度に刈り上げていますの」
「今ならその気持ちがよく分かりますぞ…!ご、ご主人様もお気に召していらっしゃるとのことですが…」
「ええ。マヤリィ様は常にあの麗しい刈り上げベリーショートになさっておいでですもの」
そう言いつつ、シャドーレは目の前のネクロの姿が気になって仕方ない。
「ネクロ様は…本当にマヤリィ様に似ていらっしゃいますね…」
シャドーレでさえ見紛うほど似ている。
「マヤリィ様…いえ、ネクロ様。藍色の御髪がとても綺麗ですわ…」
この流れは危険だ。しかし、シャドーレは『魅惑』を使えない。
「シャドーレ殿にそう言って頂けるとは、嬉しいですな」
髪色を褒められて素直に照れるネクロ。
「あの…マヤリィ様……」
「!?」
「シャドーレは…貴女様を心からお慕い申し上げております…!」
そう言うと、シャドーレは愛おしそうにネクロを抱きしめる。なぜ、こうなる?
「シャドーレ殿!私はネクロにございますぞ」
「マヤリィ様…!第2会議室に…行ってはいけませんよね?申し訳ありません…」
「だ、第2会議室って…」
「されど、貴女様のお美しさを目の当たりにして冷静でいられる人間はおりませんわ…!」
「シャドーレ殿…!」
痩身だが力の強いシャドーレに押し倒され、ネクロは身動きが取れない。
ご主人様似の美女というのも疲れる。
(困りましたな…)
仕方なく、ネクロはシャドーレに超短時間の『忘却』魔術をかけると、すぐにローブを纏った。
「ネクロ様…?」
「はい、ネクロにございますぞ」
シャドーレは不思議そうにネクロを見ながら、
「私、何をしていたのかしら。申し訳ございません、ネクロ様。ご無礼をお許し下さい」
ご無礼の中身が何か分からない様子で謝る。
「お、お気になさらず…。シャドーレ殿がお持ち下さったコーヒーは格別に美味でございましたぞ。あっという間に飲んでしまいました」
「それはよかったですわ…。えっと…確か私達はバリカンのお話を…」
そこは覚えてるのね、シャドーレさん。
「はい…!私も髪を刈り上げましたゆえ、その気持ちよさが分かりますぞ…!」
(…今からでもご主人様をお招き…いや、それは我儘というもの…)
ネクロはとても疲れたが、シャドーレと女子会が出来たことを嬉しく思った。
「クッキーはいかがですか?ネクロ様」
シャドーレもネクロと仲良くなれて嬉しそうだ。
が。
ミノリのことをお忘れではありませんか、シャドーレさん?




