流転の國 第7会議室④
「それじゃ、ネクロ。そこに座れ」
「はい。よろしくお願い致します、ルーリ殿」
(ネクロ、体格もマヤリィ様と変わらないんじゃないか…?)
見れば見るほど、マヤリィそっくりである。
(マヤリィ様が席を外して下さって助かった)
『転移』した後、自分が見ていては二人とも緊張するのではないかと考えたマヤリィは先に会議室を後にしたのだった。
「…で、どうする?どのくらい切る?」
「大変畏れ多いことにございますが、ご主人様のような髪型にしたいですな」
「ん、分かった。結構バッサリだな」
「はい。…正直な話、鬱陶しく感じておりましたゆえ」
「…そうか。前はショートだったしな。…私も纏め髪は苦手だが、短くする勇気はない」
それを聞いて、ずっと緊張していたネクロがようやく笑顔を見せる。
「ルーリ殿はサキュバスですからな、短い髪というのは想像出来ませぬ」
「しないでいいよ。…じゃ、始めるぞ」
ネクロは姿勢を正し、鏡越しにルーリを見て頷いた。その目は輝いているように見えた。
肩につく長さの髪を思いきりよく、それでいて丁寧に切っていくルーリ。
「耳…出していいんだよな?」
時々、確認する。
「はい。耳の上で切って下され」
ネクロの耳があらわになる。余計マヤリィに似てくる。
「なかなか気持ちがいいですな」
頭が軽くなっていくのを感じるネクロ。
「…マヤリィ様と同じようにするなら、後ろはバリカンで刈り上げるけど、どうする?」
一応、確認する。
「は、はいっ。ご、ご主人様のように…なりたいです…!」
少し頬を染め、ネクロは答える。
マヤリィならば絶対にしない表情だ。
(ネクロ、可愛いな…)
彼女もご主人様に憧れているのだろう。
「分かった。お前は頭の形もいいし、似合うだろうよ」
「っ…!」
ネクロはご主人様と同じヘアスタイルにしてもらえる喜びと、畏れ多い気持ちが混ざって真っ赤になった。
そして、ヴィーーーン……という音とともにネクロの後ろ髪が刈り上げられていく。
(き、気持ちがいい…!)
その時、ネクロはシャドーレの姿を思い出す。彼女も潔い刈り上げベリーショートだ。
(シャドーレ殿も…いつもこんな風に刈り上げておられるのですな…)
もう素顔は見せているわけだし、ヘアカットが終わったらシャドーレに新しい髪型を見せたいと思うネクロであった。
(完全にマヤリィ様だ、これは……)
一方、ルーリは平静を保つのに必死だった。
(いやしかし、これはネクロだ…。『魅惑』を使いたいが、許してくれるかな)
ベリーショートヘアのご主人様。
気高く美しく、そして可愛らしい御方。
(これはネクロ…だよな?)
考えすぎて逆に疑いたくなってきた。
しかし、手はいつも通り器用に仕事する。
「…出来たぞ」
ルーリはそう言って後ろ姿を見せる。
「っ…!最高にございます、ルーリ殿…!」
こっちはこっちで平静さを失いそうだ。
「頭が軽くなりました…!」
「それはよかった。思った通り、刈り上げベリーショートがよく似合ってる」
まぁ、ほぼマヤリィだから当然だが。
「ありがとうございます、ルーリ殿…!」
ネクロは立ち上がり、頭を下げる。
美しい顔立ち。華奢な身体。
マヤリィにしか見えなくなってきた。
「そ、それにしても、本当にマヤリィ様にそっくりだな、ネクロ…」
「私もなにゆえご主人様と似た姿で顕現したか分からぬのですが……って、ルーリ殿!?」
気付けば、魅惑の風が吹いている。
「ああ、マヤリィ様…!藍色の御髪もお似合いになりますね…!マヤリィ様ぁ…!」
ルーリでさえ見紛うほど似ている。
「ルーリ殿、冷静になって下され!私はネクロにございますぞ…!」
「いえ、貴女様はマヤリィ様にございます」
一応『魅惑』耐性は持っているが、マヤリィを前にしたルーリには敵わない。
いや、だからネクロですよ。
「マヤリィ様…!」
サキュバスは止まらない。
「んっ……」
慣れないキスに戸惑うネクロ。
しかし、ルーリの蠱惑的な美しさに惹かれているのもまた事実だった。
「ルーリ殿…私は……」
「大好きです、マヤリィ様」
完全にルーリの世界である。
「『シャットダウン』」
この場に現れると同時に発動した魔法によって『魅惑』が解ける。
「ルーリ、こちらへ来なさい」
そこに立っていたのはマヤリィだった。
「マヤリィ様…!」
「もう、ルーリったら。浮気しちゃダメよ?」
貴女がそれを言いますか。
「んっ……」
マヤリィはルーリの唇を奪う。
いつもの甘く激しい口づけ。
「マヤリィ様……」
唇に何か魔術が仕込まれていたのか、ルーリは意識を失う。
「…この部屋には、ソファも必要ね」
マヤリィはそう言うと、一瞬でソファを顕現させ、ルーリをその上に寝かせた。とてもじゃないが、マヤリィの細腕では長身のルーリを抱き上げられない。
「ご主人様…」
ようやくネクロが言葉を発する。
「すぐに『隠遁』のローブを着用するべきでございました…。申し訳ございません…」
マヤリィはその言葉には構わず、
「可愛いわ、ネクロ。随分と短く切ったのね。さっぱりしたでしょう?」
そう言ってネクロの髪を撫でる。
「ふふ、バリカンは気持ちよかった?」
「はっ!と、とても…」
刈り上げ部分も撫でられた。
「私と一緒ね。なんだか嬉しいわ」
「も、勿体ないお言葉にございます!…ご主人様、ネクロは…幸せです」
端から見れば双子のような二人。
でも。
主と配下。人間とネクロマンサー。
「貴女と私は本当に似ていると思うわ。だから…ルーリのこと、許してやって頂戴」
「はっ!ルーリ殿には本当にお世話になりましてございます。後日、改めてお礼を申さねばなりませぬ」
「そうね、そうして頂戴」
突然、マヤリィはネクロを抱きしめる。
「ご主人様…!?」
「普段はなかなか見られない貴女の素顔が見られてよかったわ。こんなに可愛らしい表情をすると言うのにいつもはローブで隠れて見えないから…。あ、これからは『隠遁』のローブを被らなくてもいいわよ?」
「そ、それは…ご勘弁下さいませ」
「あら、残念ね」
『眠り姫』の魔術をかけられた女神がソファで眠っている横で、身分違いの双子はしばらくの間、楽しそうに会話をするのだった。




