流転の國 マヤリィとシャドーレ
引き続き、マヤリィとシャドーレ二人きりの物語です。
「ここは第3会議室よ。…なかなか良い部屋でしょう?」
そう言ってマヤリィが招き入れたのはシャドーレ。
「はっ。とても素敵なお部屋にございますわ」
シャドーレは窓の外に広がる海を眺める。
「このような光景、初めて目に致します。湖…とも違うのでございますね…」
「ええ。これは海。カフェテラスでいつも感じる潮の匂いがあるでしょう?…この窓を開けたら同じように潮風が入ってくるわ」
桜色の都にはエアネ湖という美しい湖が存在するが、海はない。シャドーレは初めて見る海と砂浜に見入っている。
勿論、これはマヤリィが作り出したいわば幻であり、地図上に海があるわけではない。
「…マヤリィ様。畏れながら、申し上げます。私には、先ほどから貴女様が悲しそうにしていらっしゃるように見えますわ」
シャドーレは気付いていた。マヤリィがまたあの件で苦しんでいることに。
「…ありがとう。こんな時ばかり呼び出してしまってごめんなさいね」
「マヤリィ様、私などに謝らないで下さいませ。私の存在意義は貴女様のお役に立つことにございます。私に出来ることがございましたらどのようなことでも仰って下さいませ。私はマヤリィ様の幸せの為なら、何でも致しますわ。この命に代えても、貴女様をお守り致したく存じます」
シャドーレは跪き、頭を下げる。
「…私、苦しいの」
マヤリィはベッドに腰かける。
「どうしようもなく、苦しいのよ」
「マヤリィ様……」
「こっちに来て、シャドーレ。私の隣に座って頂戴。…私を支えていて」
そう言って隣に座るよう促す。
「はっ。失礼致します、マヤリィ様」
シャドーレがベッドに座ると、マヤリィは彼女に寄りかかった。
「…私、いつになったら解放されるのかしら…」
そう言いながら涙を流すマヤリィ。
「…マヤリィ様。貴女様が元いた世界という所に行く方法はないのでしょうか?」
アイテムボックスから取り出した、シルクのハンカチでマヤリィの涙を優しく受け止めながら、シャドーレが訊ねる。
「探してみたことはないけれど…。貴女、まさか私の元いた世界に行くと言うの?」
「はい。マヤリィ様を苦しめ、病に追い込んだ人々を許すことは出来ません。二度と戻って来られないとしても、貴女様の元いた世界に行くことが出来るならば、この私が貴女様の代わりに復讐したいと思います」
考えたこともなかった。
でも、シャドーレの目は真剣そのものだ。
「けれど…そんな方法があるのかどうか、全く分からないわ。探そうと思ったこともないし誰もこの世界から出たことがないのよ?」
「はい。存じ上げております。…されど、もしそんな方法があるとしたら、私は…」
その先をマヤリィは言わせなかった。
「シャドーレ、気持ちは嬉しいけれど、私の元いた世界は魔力の存在しない世界。あいつらに復讐するには、こちらから行くのではなく向こうから来なければ、満足に復讐が出来ないわ。…貴女のとっておきの黒魔術を味わわせてやるには、色々と大変なのよ」
「マヤリィ様…」
「私の元いた世界に行く方法も復讐する方法もないけれど、代わりに私のつまらない半生を聞いてくれる?…他人のことが羨ましくて仕方ないのにそんな素振りも見せない無駄に気位の高い馬鹿な女のくだらない人生の話を、聞いてくれるかしら」
マヤリィは自分で自分を嘲るように言う。
こんな彼女を見るのは初めてだ。
「マヤリィ様。貴女様のことでしたら、何でもお伺いしたいですわ。…どんな環境に置かれていたとしても貴女様が美しく魅力的な女性であることに変わりはないと存じます。どうか、ご自分を卑下なさらないで下さいませ。貴女様は今までに私が出会った中で最も麗しく最もお優しく最も素晴らしいお人にございますわ。…そのことをお忘れになっては嫌ですわよ?マヤリィ様」
シャドーレがそう言って微笑む。
「ありがとう、シャドーレ。貴女に会えて本当によかったわ」
マヤリィはシャドーレを抱きしめる。
そして、話し始める。
「…最初は、ほんの些細なことのはずだったのにね。私はいつ壊れてしまったのかしら…」
シャドーレは話を聞きながら、今もなお彼女の心の傷口から血が流れているのを感じた。
止まらない出血。塞がらない傷。
そんなの、苦しいに決まっている。
(マヤリィ様…私に、貴女様をお救い申し上げることは出来ないのでしょうか…)
涙ながらに話すマヤリィを抱きしめながら、彼女はその心に寄り添うことしか出来なかった。
病に苦しむマヤリィ。
そんな彼女にそっと寄り添うシャドーレ。
前回とは違ってシリアスな日常です。