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流転の國 番外編全集  作者: 川口冬至夜


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流転の國 ジェイとマヤリィ

ジェイ…ずっと私の傍にいて……。

「マヤリィ様、どうかしましたか?」

珍しくジェイが名前呼び。

マヤリィは難しい顔をしている。

「私は断髪した。髪を脱色した。そして男性的とも言える服を着ている。…これは逃避かしら。…私は姿を変えただけで、病と向き合うこともなく、ただ逃げ続けているのか…」

「マヤリィ様、逃避もまた治療の一つです」

頭を抱えるマヤリィに、ジェイがそっと声をかける。

「確かに、貴女は変わられた。人知れず長年に渡って病を抱えて生きてきた貴女は、今とは全く違う姿でした。そののち、元いた世界で闘病生活を続けていた貴女は黒髪のショートボブを保っていた。しかし、貴女の心の箍は既に外れてしまっていたのでしょう。気付けば貴女は髪を短く刈り上げ、生まれ持った髪の色を捨てるように脱色し、華奢な身体を常に『正装』に包んでいる。…貴女がスーツ以外の服を選んでいる所は見たことがないと、先日ルーリから聞きました」

「だって…この髪に可愛い服は似合わないでしょう?もう、諦めちゃった。…かと言って、私は背が高くないからシャドーレのような格好も出来ない。今のままでいいのよ」

マヤリィは哀しそうに微笑む。

「…なのに、苦しいの」

そう言って、ジェイに抱きつく。

「どうしたら昔の望みを捨てられる?女として生まれた喜びを知ることが出来る?…手遅れだと分かっているのに、まだ心の奥ではそんな望みを諦めきれてないのよ」

「マヤリィ様…」

ジェイは愛しい女性をしっかりと抱きとめる。このまま彼が彼女を固く抱きしめたら、壊れてしまうかもしれない。そんな身体。

「…マヤリィ様はなぜ僕のような頼りない男を愛して下さるのですか?」

突然、質問される。

「美しい貴女の傍にいるべきなのは僕じゃないかもしれない。もっと力強く、貴女を全ての悲しみから守って差し上げられるような男性こそが貴女に相応しいんじゃないかって、何度考えたか知れません」

「何を言っているの、ジェイ」

マヤリィは優しく微笑んで、

「そんな心配はしないで頂戴。私は貴方じゃなきゃダメなの。私の傍にいてくれる男性は、ジェイ、貴方以外に考えられないわ」

その言葉を聞いて、ジェイも微笑む。

「ずっと私の傍にいて。一人で立っていられない不安定な私を支えていて」

「畏まりました、マヤリィ様。僕はどこまでも貴女と一緒です。…愛しています」

固く抱き合う二人。

「貴女の過去の悲しみも、今現在の苦しみも、一緒に背負っていきたい。僕に出来ることは多くありませんが、命の限り貴女を守りたい」

ジェイは真剣な顔でそう言った。


「姫…」

ジェイは昔からマヤリィをそう呼ぶ。

「美しいひと…。僕には、今の貴女が一番美しく見えます。いつの時代の貴女よりも」

優しい声がマヤリィを包む。

「この流転の國に君臨する貴女のなんて気高いことでしょう。短い髪にスーツ姿の貴女のなんて美しいことでしょう。そして、誰よりも可愛い女性。それが姫なんです」

病を患いながらも、つらい過去を背負いながらも、流転の國を率いる運命を受け入れ、常に配下達を思いやり、優しく接し、何があろうと誰も傷付けない選択をしてきた姫。

優しすぎるがゆえに病に堕ちた彼女は、今、その優しさと強大な宙色の魔力をもって、皆を守り続けている。

「ジェイ……」

姫はジェイの言葉を聞きながら、彼にもたれかかっている。

決して逞しいとは言えないものの、優しい腕が彼女の華奢な身体を抱きとめる。

「ジェイ…。もう少しこのままでいて」

可愛らしい声がジェイを包む。

「はい。いつまででも、僕はここにいますよ」

マヤリィは安心したように微笑みを浮かべると、『正装』のまま、彼に身体をあずけた。


そして、いつの間にか眠っていた。


それからもマヤリィは鬱状態のまま。

流転の國のことはひとまずルーリに任せて休養している。

時々ジェイを自分の部屋に呼び、彼にしか言えないことを話したりする。

「ジェイ……」

「大丈夫ですよ、姫。僕はここにいます」

「そうね…貴方がいてくれれば、大丈夫…」

疲れきった様子のマヤリィ。

(昨夜もよく眠れなかったのかな…)

顔色は悪くともマヤリィは相変わらず美しい。

「なんだか、つらいわ…。私、どうして髪を切ってしまうのかしら…」

今日もかなり悲観的。今でも髪を切ることに後ろめたさを感じているらしく、最近はずっとこんな調子だ。

ジェイはそっと姫の髪を撫でて、

「姫、髪を切るのは悪いことではありませんよ。貴女がそれをつらく思ってしまうのは病のせいです。…僕は時折、貴女を病気にさせた元の世界の人達を恨みたくなります」

彼女は元いた世界で縛られ、全てにおいて抑圧され続け、病に堕ちた。そして、今もその病は姫の心と身体を蝕み続けている。

「昔、欲しかった物…今は要らないと思うのになぜか忘れられないの…私、大人じゃない。全然、大人じゃない」

姫は言う。

「手に入れても虚しい。全ては空虚よ」

「姫…!」

ジェイは姫を抱きしめる。

彼女を縛るつもりはない。けれど、こうして抱きしめていないと彼女がどこか遠くへ連れて行かれそうで。

「苦しいですか?姫…」

ふいに彼女の呼吸が荒くなる。

過呼吸…!

「姫、大丈夫です。口を覆って下さい。姫、僕がここにいます。貴女を支えていますから、安心して下さい。お願いです、姫…!」

ジェイは必死で彼女を支えた。

「ジェイ…ごめんね……」

しばらくして、マヤリィの過呼吸はおさまったが、まだ少し苦しそうだ。

「……ジャケット…」

「預かりますよ」

姫は着ていたテーラードジャケットを脱ぐ。

こんな時まで彼女は『正装』なのだ。

…マヤリィ様、いつも何着て寝てるの?

ジェイはソファにもたれかかる姫を見て、

「サテンのシャツも似合いますね」

ようやく普通に話す。

美しい光沢が彼女を包んでいる。

「この間、ルーリが選んでくれたの」

たいてい、こういうのは彼女の仕業だ。

マヤリィもようやく普通に話し始める。

「私が探さなくても、ルーリが色々持ってきてくれるから助かるわ。それも、私が好みそうなものをね」

「では、最終的に決めているのは貴女ということですね?」

何を着たら良いのか分からないマヤリィでも、気に入らない服は着ないだろう。

ジェイは、頻繁に衣装部屋に出入りしている死神もといファッションコーディネーターに心の中で感謝した。

(ルーリ…君は恋敵だけど、共に姫を守るという点ではなくてはならない存在だ…)

マヤリィの病状を真に理解しているのは自分の他にはルーリだけだとジェイは思う。

「…ジェイ?何を考えているの?」

気付けばマヤリィがジェイを見つめながら首を傾げている。美しい瞳が説明を求めている。

「なんでもありませんよ。貴女が美しすぎて心ここに在らずでした」

マヤリィにこんな言い訳が通用しないことくらい分かってる。でも、彼女はそれ以上追及してくることはなかった。

「可愛いです、姫。僕の愛する人」

ジェイはマヤリィを愛おしげに見る。

「僕はルーリのようにお洒落じゃないし、見た目だって美しいとは言えない。…でも、姫を守るのは僕です。貴女を幸せにしたいんです」

ジェイの力強い言葉を聞いて、マヤリィは言う。

「いつだって貴方に守ってもらっているわ。…それに、貴方は気付いていないようだけれどジェイという男性はとてもカッコいいのよ?カッコよくて優しくて、最高の男性。そして今の所は私の恋人以上旦那未満」

マヤリィ様、それって遠回しなプロポーズではないですか?

「貴方は、どうして私の髪を優しく撫でてくれるの?こんなに短いのに…全然可愛くないのに…」

「可愛いの基準は僕が決めるんです。姫はいつだって可愛い。そして気高く美しい。…ていうか、姫、今、恋人以上とか言いました?」

「言ったかもしれない」

「流転の國に婚姻届はないんですかね?」

「たぶん、婚姻届も教会もないと思うわ。でも、私がジェイを愛する気持ちはどこにいたって変わらないのだから、これでいいのよ。…このままがいいのよ」

そう言うと、

「私には、ウェディングドレスに似合う髪もないしね」

少しだけ寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。

「私は流転の國の最高権力者。だから『正装』でいいの。私はもう悩みたくない」

ジェイは何も言わず、マヤリィを抱きしめる。

シャツの感触と一緒に、彼女の体温を感じる。

「似合っていますよ、本当に。…それと、姫はやっぱり短い髪でないと」

「そうね、私は二度とロングヘアにはしない。今もその気持ちは変わらないわ」

そう言って前髪をかきあげる。

「明日の朝は僕がセットしますよ。新しいヘアワックスを用意してあります」

「それは楽しみね。ふふっ」

マヤリィは嬉しそうに微笑んだ。

(姫、可愛い!!)

それを見て、ジェイも笑顔になった。

元の世界の話が分かるのはジェイだけ。

やはり、彼はマヤリィにとって特別な存在です。

そして恋人以上旦那未満。

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