流転の國 セルフカット
ちょっと、ね…我慢出来なかったのよ……
「姫。これは一体どういうことなのか、説明してもらいますよ?」
いつになく困惑した表情で、ジェイが言う。
「これは…ちょっと、ね…我慢出来なくて…」
珍しくマヤリィが小さくなっている。
「ツーブロを整えようと思っただけなんだけどやってるうちに後ろも刈りたくなって…」
マヤリィは素直に白状する。
「バリカンで…やらかしちゃったの」
実際、姫の後ろ髪は耳上のラインで刈り揃えられ…というより刈り散らされ、その下は青々とした刈り上げになっている。
ジェイは頭を抱える。こんなに短くしてしまっては、他の髪型にすることも出来ない。
「でも…気持ちよかったわ」
可愛らしい声でそう言われて、ジェイは責めることも出来ない。
「まさか、貴女がセルフカットするなんて思いもよりませんでした。…ここの部分、失敗したんですか?」
「ふふ、そのうち伸びるわよ」
バリカン女子は揺らがない。
「…ねぇ、怒らないで?私、ここまでやるつもりはなかったのだけれど、やり始めたら止まらなくなって…。ごめんなさい」
「怒ってませんよ。ただ、貴女が髪を切る時って、たいてい落ち込んでる時ですから…心配なんです。何かありましたか?」
ジェイはそう言いながら、姫の髪を撫でる。
(こんなに短くしちゃって…。可愛いなぁ)
柔らかい髪がジェイの指をくすぐる。
「分からないわ。自分では分からないけれど、実は欲求不満だったのかしら。でも、切る前の髪だって気に入っていたのよ?それなのに急にやりたくなっちゃったのよね」
そう言うと、姫はため息をつく。
「貴女という人は全く…なんでそんなに可愛いんですか?」
「えっ…」
呆れられてると思ったら、抱きしめられた。
「もう、こんなに短くしちゃって。姫、可愛すぎます。貴女が可愛くて可愛くて、僕は一体どうしたらいいんでしょう?」
「ジェイ……」
抱きしめられ、短くなった髪をくしゃくしゃと撫でられ、姫は笑顔になる。
「ジェイ、貴方は…どんな私でも、受け入れてくれるのね」
「当たり前です。僕は貴女を心から愛してる。貴女がどんなに変わろうと、何をやらかそうと、僕の愛は変わりませんよ」
ジェイは姫が長い髪をしていた頃のことを知っている。美しい黒髪ロングの清楚な女子高校生だった姫は、既に苦しみの中にいた。
「…そうね。出会った頃と比べたら、私は別人のように変わったわね」
マヤリィもあの頃のことを思い出す。
「もはや僕達にも過去は存在しませんよ、姫」
ジェイはそう言ってマヤリィを抱きしめる。
「そうね、ジェイ…!」
二人は共に世界を超え、流転の國で再会した。
「マヤリィ様、もう貴女から離れません」
「ええ。私も貴方を離さないわ」
熱い口付けを交わす二人。
「それにしても、この髪で玉座の間に出たら、皆を驚かせてしまうかしら」
「今さらですよ、姫」
ジェイは流転の國の主の顔に戻りつつある姫を見る。心做しか威厳がある。
「まぁいいか。私が短髪を好んでいるのは皆が知っていることだし」
珍しく前向きなマヤリィ。
「すぐに伸びるしね。一ヶ月後にはきっとまた切りたくて堪らなくなってるわ」
そう言って、ジョリジョリと自分の後頭部を触るマヤリィ。
「ん〜、気持ちいい」
「貴女が嬉しそうで何よりです」
姫の笑顔を見て、ジェイは安堵する。
「姫が笑って下さるなら僕は何でもしますよ。貴女の笑顔が大好きなんです」
さらっとそういうことを言っちゃうジェイ。
「じゃあ…もう一度抱きしめて頂戴」
姫は可愛らしい声で抱擁を求める。
玉座の間に行く時間が迫っている。
「何度だって抱きしめますよ。愛しのマヤリィ様。僕はどこまでも貴女と一緒です」
ジェイは断髪の姫を優しく抱きしめる。
「ジェイ、ありがとう。大好きよ」
姫はそう言うと、優しく微笑むのだった。
セルフカットでやらかしたマヤリィ。
ジェイから見れば可愛い以外の何者でもないようです。




