浪人生の話
とある有名武将の死の、一つの見解であります。
名前をぼかすのは、臆病者だからであります。
有名過ぎて、色んな通説がある話ではありますが、自分のキャラたちと絡ませてしまうのが申し訳ないけれども、こういう話が出来上がってしまい、びくびくしているのであります。
退院が決まったからと、雅は学校帰りの見舞いに、セイも連れてきた。
先の仕事のために休んだ分、宿題を山盛り出された高校生は、あの日病室に来てからずっと、病室内での会話や笑い声をBGMに、真面目に宿題と向き合っていたのだ。
室内の喧騒を、騒がしいとは思っていなかったようだが、聞いてはいたようだ。
静まり返ったのに気づき、高校生の若者は振り返った。
「まさか、あそこまでとは思わなかった」
その時の事を思い出しながら、水月はしみじみと言う。
無事退院し、その足で理髪店に入り散髪した男は、翌日から職場復帰した。
今日は復帰後初めての休日で、招待されるままに蓮の住処の山へとやって来たところ、退院前日の話になって、素直な感想を発したところだった。
「シノギの旦那も、全くあの子の事に触れず、辞する直前にあの子を見て目を剝いていたんだ。本当に、気配が希薄なんだな」
廊下で愛弟子に興奮気味に、話しかけていた。
その愛弟子は、一心にテーブルに向かっているセイに声をかけていたから、師匠の思いもよらない失態に、驚き呆れていた事だろう。
「うちの祖父さんですら、行方を探れなかったくらいですから。それより、どういうことです?」
板間に胡坐をかいた水月に、茶を出しながら蓮は呆れ顔で尋ねた。
「あなたの息子さん二人は分かりますけど、何で、あいつと一緒に訪ねてきたはずの雅さんと、あんたと一緒にそれを迎えたはずのエンまで、驚いて動揺してたんですか」
「それだよな。大事な存在の割に、気遣いが大雑把だ」
大雑把の一言ですますかと、若者は苦笑してしまった。
「まあ、物は言いようですよ。隠れ過保護が、少し和らいでいるんだと、そう思ってやれば、まあ、納得できない事も、ないです」
恐ろしく苦しい、物は言いようだと思うが、当の蓮も、その希薄な存在の高校生に気付くのが、少しだけ遅れた。
あの日の水月の髪形が突飛すぎて、その他の存在に意識が向かなかったのが原因だ。
「……助かりました、本当に」
浅黄と萌葱の父親である水月に、その濡れ場を語ることには抵抗がないが、そうなるに至った原因に話すのは、抵抗があった蓮は、やんわりとした制止で室内を見回すと言う行動を促してくれた患者に、心底感謝していた。
「そんなに、すごい状況だったのか?」
「……まだ、日は高いんで、その話題は……」
「腰を据えて話すつもりで、勉強の手を止めたんじゃなかったのか?」
目を見張った男に、蓮は苦笑し続けながら首を振った。
「せっかく来ていただいたのに、何も出さないのもおかしいでしょうが」
勉強はひと段落し、少し休憩を挟もうと思っていたところだったから、丁度良かった。
「ゆっくりして行ってください。明日も休みなんでしょう?」
「ああ」
「例の話は、酒を入れた方が話しやすいので、その時に。代わりと言っては何ですが……」
蓮は言いながら、先程水月を迎え入れた時に走り書きしたメモを、差し出した。
「? 壱、弐、参……これは?」
「ある歴史上の人物の死に関する、一つの解釈として聞いていただければと。……重様が仕えていた、とある武将の今わの際の話です。その方を壱、その側近だった人を弐、記録係だった方を参として振り当てて、オレの目線から話してみたいんですが」
「……さてはお前さん、現在の日本史、進んでないな?」
その歯切れの悪い申し出に、水月は優しく微笑んだ。
自分と違って、長い時をこの国で過ごす若者は、偶に歴史の節目にも行き会っていたのだろう。
鋭い問いに、蓮は苦笑して頷いた。
「余りに自然に、捏造部分が正規となっている上に、家臣だった方々の話も面白おかしく広がっているのが分かったもので、混乱しているんです。捏造された歴史を覚えるのは簡単ですが、その前に吐き出したいと言いますか……」
「分かった。いいぞ。重の奴が、どんな武士として人に仕えていたのかにも、興味がある」
少しだけ目を見張った蓮は、何かが気になったようだが、それは後でと思い直したようだ。
水月の前に座り直し、記憶をたどるように口を開いた。
壱がその襲撃を知った時、そして、その敵襲の旗の紋を知った時、素っ頓狂な声で叫んだと言う。
「謀反だとっ? カサネがっ? いや、致し方がないが、軍を率いての謀反だとっ? そこまで儂は、カサネを怒らせる、何を口走ったのだっっ」
「落ち着いてください、殿っ。見る限り、カサネ殿の姿も、家臣の方の姿も見当たりませぬ。大体、あの方ならば、このような襲撃をいたしませぬ。殿への謁見時に、正々堂々と、首を刎ねに参りますっっ」
それでいいのかあ、儂っっ。
などと混乱しながらも、壱は弐とその兄弟と共に応戦し、応援が来るまで持ちこたえたのだが……。
「追い払って安心した矢先、後ろで庇っていた女官に、小刀で刺されたそうです。それはもう、深々と」
「……」
宿泊していた寺は焼かれ、近くの寺へとその身を移された壱は、瀕死だった。
自分に割り振られた軍の数が少ない事に気付いた重が、謀反を起こした軍を蹴散らして合流したのだが、壱はそこで安心してしまったのだ。
「……〇月□日。突如の謀反のため、急遽応戦。その際わが殿、背後より女官に害され、風前の灯火となりぬる」
「……参、待て」
「何たる無念。家臣が少ないところを突かれ、哀れな……」
「待てと言っておるだろうが、それ以上、恥の上塗りをするなあっ」
敷布の上に寝ていた壱が、起き上がりざまに叫び、血を吐く。
弐が全身の毛を逆立てるように肩を強張らせるのを見て、二人と同じように枕もとに座っていたカサネが、低く言った。
「恥であると分かっているのでしたら、何故に油断など? あの女官は、元々あなたが、没落させた家の者であったと、記憶しておりますが?」
「このような場で、晴らされる恨みではないだろうが」
「これほどの好機を、逃す者はおらんでしょう。私も同じ立場ならば、そうしております」
カサネの答えに、壱は目を剝いて叫んだ。
「ならば、お主が刺したことにいたそう。それならば、納得いく」
「……ほう」
恐ろしく静かに頷いたカサネは、そこで不意に壱の方に身を乗り出した。
「分かりました。そういう事に致しましょう。ですが、このように動かれては困ります。あの刀でも、体を二つに落とすくらいの力があると自負しております故、同胞に疑われてしまいます」
「か、カサネ殿っっ。お待ちください。それは既に使い物にはなりませぬ。これをお使いください」
慌てた参が差し出したのは、弐が持っていた薙刀だった。
「え、ちょっ、いつの間にっ?」
ひざ元に置いていたはずのそれが、いつの間にか参の手に渡っているのに気付き、弐は仰天しつつも二人を宥めた。
「お二人ともっ、いい加減に戯言はやめてくださいっ。殿はっ、本当に危ないのですよっ。他の家臣の方が参るまでは、持ちこたえていただかないとっっ」
大事の知らせを受け、カサネは先に走り出したせいで、その正規の軍が追い付いたのはその頃だった。
その間に、蓮と他の臣下たちは、自分の主の家紋を使った者の特定を進めつつ、周囲の警備を怠らなかった。
そして丁度その時、とある知らせを持った蓮が、その場にやって来たのだ。
「……カサネ様」
「何だ、後にせい。今、忙しい」
「でしたら、手は止めずにお聞きください。火急の知らせにございます」
「うむ、分かった」
しれっと返した若者に頷き、カサネは薙刀を振りかぶるが、弐が必死に立ちふさがった。
そして、蓮を睨む。
「蓮っっ。主の乱心を煽ってどうするのだっ?」
「今更止めてどうするんですか。どうせ、長くはないのでしょう?」
「そ、それは、そうだがっっ。そうなんだがっ」
「女官に後れを取ったと後世に伝わるより、ましじゃないですか」
そっけなく返すと、弐は頭を抱え込んでしまった。
殿の武士としての矜持と、忠誠心の間で葛藤している同年の武将を一瞥し、蓮は言った。
「近隣を探っていりましたところ、見慣れた者が家臣の方々への書を携えておりました」
板間に膝をついてその書を差し出すと、参が寄ってきて受け取っていく。
書を開き黙読すると、目を見開いた。
「カサネ殿。あなたの名がありますぞ」
「?」
とろとろと動き回り、薙刀から逃げる壱を追っていたカサネが、手を止めて振り返った。
そんな同士に参が言う。
「これは、四殿が交渉している城あてでございます。殿を討ち取ったと」
「……はあ?」
思わず蓮が声を出してしまった。
「味方を募る書ですね。このまま一気に、天下を取る気のようだ」
「下らん」
「いや。名案だ」
薙刀を引きながら鼻を鳴らした重は、壱の呟きを聞き逃さず、つい下を睨んだ。
「どうせならば、お主が、この謀反を起こしたことにしてはどうだ?」
「……戯れは、大概にしていただきたい」
「どの口が申すやら。お主、先程まで、儂を二つにする気であっただろう?」
「それこそ、戯れのつもりでありましたが?」
だろうなと頷き、壱は敷布の上に座る。
土気色の顔を上げ、重を見据えた。
「何もお主自身に事を起こせとは申しておらぬ。名を奴にくれてやるだけで、事足りるであろう」
「私に、兄の名と家を、捨てろと?」
「十は、それを一番望んでいた。病弱な妻や幼い子供たちのために、冬の安全な住まいが欲しかったから、家と名を使って儂に近づいた。そう申しておっただろう」
ならば、その願いを叶える言い訳が、出来るだろうと壱は笑った。
その後、秘かに集まった家臣一同に看取られて、壱さまは意外にも穏やかに息を引き取ったが、その場に重はいなかった。
謀反を起こした張本人を追い、討ち取るために離れざるを得なかったのだ。
「ご遺体は一時期、近くの寺に弔い、まずは謀反人の断罪のために動き始めました。重様にその謀反を教えたのは、謀反人の最側近で、すぐにその方を捕まえて事情を聞きだしました」
幼い子供がいるその男は、家族の今後の安寧と引き換えに、主君を売った。
どうやら、何者かの策略で、被害妄想が爆発してしまったらしく、突っ走った挙句の所業だった。
その話を聞いた家臣一同は、重がその謀反人を探し出し、討ち取っている間に、様々な話をでっち上げた。
「事実を盛り込みながら、大幅に捏造が入っているんですが、あれだけ壱様の性格にムラがあるとされては、そりゃあ今世ではあの謀反が謎になるでしょう。勉強してその歴史を覚える身としては、本当に、苦しい事態です」
壱と重の兄である十は、年は少し離れていたが、幼馴染だった。
「重様がうちの祖父から離れた後、拾ってくれた御仁の娘婿で、名前が似ていることから、呼び方をジュウから、カサネにしたと聞いています」
壱と十は、それこそくだらない事で喧嘩もする仲だったが、十の容姿を揶揄したあだ名をつけた際、最大の衝突があったと聞いたことがあった。
主従の関係となった二人は、時々そのあだ名を持ち出して小づきあいをしていたのだが、壱の死後、家臣の方々はそれをも、面白おかしく利用した。
「大体、主従と言っても、やむを得ずだったんです。冬の住まいの確保の後、本当にのんびりとその日暮らしをしていたのに、偶々、壱様と十様の標的が、一緒になってしまったばかりに……」
何故か住処を提供した壱と十の家が蜜月の関係だと、壱の家臣たちの間では広まっていた。
そのため、十は十で、その標的を滅することでの報酬を得ていたのに、壱からも多大な報酬をもらう羽目になったのだった。
「あれが、死期を早めたと、重様も苦い顔でした。大きな領地を貰ってしまって、責任が家族だけの時より重くなってしまって。壱様に返上しようと画策するも罰せられるのは、一緒に動いていた家臣の方ばかり。年も重ねておられたために心身共に弱られてしまい、正室様が亡くなる頃には完全に体を崩してしまって……」
壱は正室の後を追うように世を去ってしまった幼馴染を思い、その望みを叶えるために様々な難題を重に課し始めた。
そしてようやく、多大な領地を返上させることに成功し、多くなり過ぎた臣下の大多数を、他の家臣に割り振る作業も終えたところでの、あの謀反だった。
「謀反人を討った後、重様は四様にその身を引き渡し、表舞台から完全に姿を消しました。ようやく所帯を持って、これから子宝にも恵まれるのではと、そう思っていた矢先で、それだけは臣下としては、残念でした」
「所帯を持っていたのか、あいつが?」
黙って話を聞いていた水月が、心底意外そうに声を出した。
何でそこまで驚くのかと首を傾げると、今は自分より小柄になった男が言う。
「昔は、ただの朴念仁だった。あの里の人間にしては、禁欲的な男だったんだ。子宝云々という事は、作る行為も、問題なくできたんだろう?」
「はい。初めは消極的だった正室様が、初夜明けからべた惚れになるくらいですから、かなり床上手だったのではと」
「ほう、開花したのか。それは良かった。しかし、初夜で芽吹かないのは、問題だな。あいつの実の兄は、初夜で何度も種付けして、叔母に鏡月を芽吹かせたのに」
「そ、そうなんですか」
昼間の話題から完全に遠ざかっているのは感じていたが、蓮はついつい乗ってしまった。
それに頷いて、水月は更に言う。
「さてはあの旦那、あいつを作る時に、自分の都合のいい体に作り替えたな。随分小さく作り込んだものだと思ったが、中身まで作り変えるとは。執念だな」
「……」
蓮が不自然に黙り込み、突然立ち上がった。
「?」
土間の方に下り、何やら物を漁った後また戻ってくる。
その手には、一升瓶と湯呑二つを提げていた。
「蓮? まだ、日は昇ったばかりだぞ」
目を丸くする水月の前に、元の場所に胡坐をかいて座りながら一升瓶を床に置き、若者は真顔で男を見据えた。
「素面で訊ける話題じゃねえや。この際、先日の疑問も込みで、聞かせてもらいたい」
「ど、どうした、突然? 口調が完全に戻っているじゃないか」
「もう、取り繕う余裕がねえ」
突然、乱暴な口調に戻った蓮を、面白そうに見返していた水月は、いつもよりも意地の悪い笑顔で首を傾げた。
「何が訊きたいんだ? 可能な限り答えよう」
言質を取った蓮は、湯呑二つに一升瓶の中身を注ぎ、一つを水月に差し出した。
それを口にした客を見てから、一気に中身を煽る。
度の強い焼酎なのだが、この程度では酔えない蓮は、本当に勢いをつけるだけのために煽ったに過ぎない。
くらりともしないが、独特の刺激で覚悟が決まる。
「まず、ミヤからだ」
「ん?」
「あんたの初婚の相手は、誰だったのか、聞いてほしいと言われた」
「……」
思わず、言葉を失ってしまった水月だが、雅にその事実が垂れ流しになっている事への衝撃ではなく、それを受け止めたうえで疑問に思っているであろう、娘の精神の異常さを知ったことでの衝撃で、珍しくも言葉を詰まらせてしまった。
「だ、誰、とは?」
「女癖の悪さは、ミヤの母親にも知られていたんだろう? 再婚でも不思議ではないと、そう思っているみてえだ。なのに、母親からも寡夫だったと言う話は聞いていなかったと。つまり、知らなかったと言うのは、不自然だとさ。余程、知られたくない相手ならば、兎も角」
「……」
これは確かに、素面では無理だなと、水月も湯呑の中身を一気に煽った。
この程度で酔えないのは、自分も同じだ。
だが、苦い気持ちを和らげる役には立つ。
床に置いた湯呑に、蓮が再び焼酎を注ぐのを見ながら、静かに答えた。
「オレと叔母のいた里は、女族だった。成人の儀の時、子供の頃から決められた許嫁と競い、勝った方が女として主人の座を掴み、婿となった方は、とことん女主人を敬い、尽くすことで、代々血を紡いできていたが、それでは立ちいかなくなっていた。そこで、政略結婚を画策し始めた」
それが、水月の母親夫婦が主権を握る始めた頃から、活発になっていた。
「相手がいなくて、行き遅れになっていた叔母の葉月と、幼い頃に全盲になって将来絶望的になった子供を、厄介払いよろしく、遠い土地の部族へと嫁入りと婿入りという名目で送り出したのも、政略以外の何物でもなかったと思う」
そう一時期は、思っていた。
武に長けた葉月を妬んだ母と、自分の代わりにとその女房の妹に子供を託した父が、何故か当の子供を妬み始めているなど、その時には思ってもいなかったのだ。
「一番弟子として、期待に応えていたことで、叔母には可愛がってもらっていたからな。それが嫉妬に変わったんだろう。母の連れ合いではあったが、叔母に懸想していたと、父本人が言っていたからな」
そんな妬みも、外に出さなければ障りはなかったはずだった。
「手違いと思えるだけの話で、済ませていれば良かったんだ」
手違い。
叔母と向かった先で待っていた現実は、水月を混乱させるものだった。
「オレと叔母は、その里の首領の兄妹と添うつもりでやって来た。だが、向こうは、首領の正妻と妾を娶るつもりで待っていたんだ」
どうしてそうなったのだと、娶る側も娶られる側も混乱した。
「オレは当時まだ、成人前だったんだが、婿に入るという事で、一足早く故郷の地で儀式を終えて、男としてやってきていたから、妾としては完全に役に立たない。子を宿せないからな。これは、出戻るしかないと覚悟を決めた」
後に、父親からもそれを狙っての策だったと聞き、本当に夫婦まとめてぶつ切りにしてやろうかと思ったものだが、当時は成人するのを早まったと後悔し、先方に対しても両親に対しても、申し訳ない気持ちになった。
だが、そんな水月を見て、首領であるその男は、豪快に笑った。
「妾など、いなくても何とでもなる。葉月さえ手に入れば、子宝には困らないからな。お前はゆっくりと精進し、里の女と所帯を持てばいい」
これも後に聞いたのだが、叔母と叔父は、数年前にあった里同士の衝突で出会い、双方一目ぼれしていたのだそうだ。
だから、妾云々は嫁入りしてくる側の申し出で、惚れた女が手に入れば、誰がついてこようが構わなかったのだと、男は豪快に言い捨てた。
「それでいいのかと思ったが、叔母も残れと言うもんで、鏡月が生まれるまでの数年、精進しつつもその土地で過ごした」
その間に、首領の弟の重と出会い、兎とも親しくなり、天災により地盤が緩み、土地が崩れた直後に襲ってきた集団により、里が全滅するまで穏やかに時を過ごした。
「……つまり、婚姻には至らなかったと? じゃあ、初婚は初婚じゃないですか」
「そうとも言い難いんだ」
思ったよりも衝撃がない話だと、蓮は軽く感想を述べたのだが、焼酎をなめながら答える水月は、最大級の爆弾を放った。
「初夜は、普通に済ませたからな」
「……誰と?」
「旦那となるはずだった人と、だ」
全く抵抗なく答える水月に、別人を見る目を向けた蓮は、震えそうになる声を抑えて確認した。
「……あんた、同性との行為には、悪寒が走るタイプじゃ、ないのか?」
「走ってたぞ、同性になら。叔母が身籠った後は、あの絶倫叔父を相手に出来る女が、見つからなかったんだ。だから仕方なく、だったんだが」
幸い、故郷の里では幼い頃から、敵錯乱目的で男女どちらにも、着替え程度の速さで変わる術を身に着けるよう、仕込まれていた。
だから、叔母が安定期に入るまで、旦那の相手をしていたのだった。
「うん、あれはすごかったな。あれを経験したら、どんな男でも床下手に感じてしまう。オレも精進は怠るまいと心に誓った」
流石は、あの祖父さんの右腕だった男だ。
どんなことでも、強くなる糧にするのを、怠らない。
共感できない部分しかないが、尊敬は出来る。
「……重様とは、師弟的な間柄、だったのか?」
「いや?」
慎重な問いに短く答えた水月は、続けた。
「元々、正妻である叔母上が何人か子を産んだら、オレは弟に下賜されるはずだったんだ」
「……」
危ね。
これほど己の勘が鋭いのを、感謝したことは今までなかった。
先程隠し持ってきたボイスレコーダーの電源を、とっさにオフにした蓮は、無言で水月を見た。
今のは、消去するために編集で聞き直すのも、正直勘弁な話だった。
そんな若者を、男は優しい笑顔で見返す。
「何だ、もう吹き込まないのか?」
「娘が聞くかもしれないのに、いいのか?」
「構わんぞ。結局、それはなかった未来だからな。オレの心境としては、年上の弟、という感覚だ。お前と一緒だな」
全然違う。
そう思ったものの、先の衝撃が抜けず、言葉にはならなかった。
何やら混乱して言葉を探す若者を肴に、水月は手酌で焼酎を湯呑に注ぎ、ゆっくりと煽る。
そうしながらも、久しぶりに実物の重を見た時の事を思い出した。
いや、元々、姿は見たことがない。
だが、体格と声は、懐かしい当時のものだった。
天災の最中の襲撃で後れを取った里は、脆かった。
幼い鏡月と叔母を守りながら、故郷へと向かった水月には、領主とその弟の生死を祈って待つくらいしかできなかったが、彼らを見守り、可愛がっていた獣は違った。
兄の方の遺体は欠片も見つからなかったが、弟の体の一部を見つけ出すことには、成功していたのだ。
今回の件に夫婦役の男が必要と思った兎は、その一部の僅かな破片を使い、重が昔失った体を、再生して見せたのだった。
体格と声、匂いも同じで、水月も思わず感動したのだが……想像よりも、いい男ではなかった。
凌とほぼ同じくらいの体格と覚えていたからついつい、あのくらいの顔立ちを想像してしまっていたようだ。
「悪くはないんだが、これではカスミの旦那、迫力負けしていなかったか?」
「ああ。それが悔しかったんだろうな、あの子は。これを手渡そうとしたら、拒否された。恐らくは、初めから自分より小さく作り変える気だったんだ」
兎はそう言って呑気に笑っていたが、水月はぞっとした。
もし自分の遺体の一部でも、あの男の元に残っていたら、どんな形に変えられたか、想像したくもない。
絶対に、今後の対策は必要だと心に決めた。
数少ないファンが、激減したことでしょう。
幻滅した方、申し訳ないです。