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馴れ初め話?

前回、タイトル選びを間違えましたが、面倒なのでこのまま行きます。

本編では触れる機会がなかったエピソードを、この機会にじゃんじゃんと暴露していく所存であります。

 その当時、巧はある事件を追っていた。

水谷葉太(みずたにようた)って人、ご存じですか?」

「ああ。カスミの旦那と、どこぞの女狐の間にできた娘を、娶った男だな」

「偶然なんですけど、葉太さんの双子の兄弟の草太(そうた)さんも、葉太さんの奥さんだった人の姉妹の女性と所帯を持ったんです。ですが、あの頃、刑事だった草太さんとご夫人は、非番の日に事故で……」

 その事故が、きな臭い陰謀の末の、口封じだった疑惑が、巧の中にはあった。

「数か月前のその事故から、その件を独自に洗っていたものの、行き詰ってしまってしまっていたんですが、急に解決したんです」

 原因は、あれだけ慎重な連中が、突然隙を見せたこと、だった。

「逮捕される数週前から、その組織だった犯罪者たちは、一様に浮足立っていて、色んなところに証拠を残し始めたんです。結局、不審者として通報された奴の車の中から、様々な犯罪の痕跡と、大金が見つかったのをきっかけに、芋づる式にその連中は逮捕されました」

 だが、水谷刑事夫妻の事故の件は、あと一歩のところで、決め手がなかった。

事故への関与を仄めかす奴もいたが、肝心の証拠を無くしてしまっていたのだ。

どうやら、街中で誰かに財布ごと掏られたようだ。

「勿論気づいたそいつは、掏ったであろう犯人を追ったが、その犯人は道路に飛び出した上にはねられてしまい騒動になったため、表ざたは不味いとその場から一旦逃げた。勿論、後で病院に運ばれたはずのスリを見つけようとしたが、見つからなかったと」

 その供述を聞いた巧は、ざまざまな方角からそのスリの存在を明らかにしようと奮闘したが、影も形も見つからなかった。

「で、わらにすがる思いで、塚本(つかもと)家に依頼したんです」

 仕事とは別な調査で、出来れば周囲には迷惑かけたくないと、巧は別件の聞き込みの合間に、そのスリが現れたと言う街中の、駅前で塚本の使い走りと会った。

 当時はまだ駆け出しの次代塚本当主が、前に会った時よりもやつれた様子で待っていた。

 池上(いけがみ)家次期当主との間に儲けた子供の一人を引き取って祖母夫妻に預け、腰を据えて勤勉に励んで大学を卒業した伊織(いおり)は、父親の事務所でしごかれつつも、着々と実力をつけ始めていたころだ。

(ひじり)を引き取った頃に会って以来、久しぶりに会ったんですが、生意気なのは変わらなかったですね」

 あの頃の伊織はまだ、二十代だった。

 再会の喜びもなく依頼内容を確認し、詳しく話しを詰めるべく、二人は目立たない場所へと移動を始めたのだが、そこで、一つのトラブルがあった。

「前から走ってきた子供が、オレに正面からぶつかって来たんです」

 す、すみませんっっ。

 よろけながらも、その子供は謝り、自分を見上げた。

 おう、気を付けろと言いながら見下ろした目を見て、巧は驚いた。

 まず、恐ろしく小さい子供だった。

「先の水谷さんの所のお子さんよりうんと小さくて、よくここまであんな勢いで走ってこれたなと、少し感心したくらいです」

 後で聞いたら、水谷刑事の子たちより、四つ年下だった。

 当時、水谷家の二卵性の兄妹とその従兄は、小学生に上がったばかりだったから、保育園に通っていても不思議ではない年齢だったと知り、驚いたものだった。

 そして、その小ささの驚きを、別な驚きがかき消してしまった。

「目の色が、日本人のそれじゃなかったんですよ」

 異国の人間は今では珍しくもないし、当時もそこまで驚く事案ではないが、左右の色が明確に違うのは、珍しかった。

 つい、あからさまに驚いてしまったが、既にその年齢でその反応には慣れていたのか、子供は申し訳なさそうに謝りながら、頭を下げる。

「何とか返事して、怪我はないかを呼び掛けて、無事なのも確かめてから解放したんですが、振り返った先の伊織が、呆れた顔をしているんです」

 眼鏡の縁を押し上げながら、溜息を吐いた伊織は、眉を寄せて睨む巧に言った。

「……懐に、何を入れていたんですか?」

「懐?」

 そう言われてハッとし、懐を探った。

 巧は職務中、真夏でもジャケットを羽織っていた。

 それは、見えないように武器を装備しているからだ。

 ただ、武器は体に装着しているから、探るまでもなく無事なのは分かる。

「財布も、スラックスのポケットに入っていたんで、無事でしたが……」

 警察手帳が、なくなっていた。

「……」

「いやあ、あの時は焦りより先に、怒りが一気に噴き出しましたよ」

 三十代と若かったことと、掏ったのが先の子供だと分かっていたこともあって、追いかけた先ですぐに走っていく背を見つけた。

 子供は土地勘が抜群にあるらしく、建物の間をすり抜けながら走り、その容姿には似合わぬ仕草で周囲を見回すと、一つの一軒家に入っていった。

 どうやら長く放置されている空き家のようで、その荒れた庭先に向かった子供は、そこで待っていた同年の子供の方へ駆け寄った。

「だ、大丈夫だったか?」

 おどおどと尋ねる子供と走ってきた子供は、先の子供と恐ろしいほど似た顔立ちをしていた。

「あの人、怒らすと怖そうな人だったぞ」

「怒らせる以前に、気づかせなかったから、大丈夫だよ。僕の手際の良さ、章も知ってるだろ?」

 安心させるように兄弟の名を呼び、子供が笑っていた。

「……ちょっと待って。掏りは、伸君の方っ?」

「あれ、知りませんでしたか? あいつ、昔から器用で、将来は素晴らしい執刀医になるだろうって、玲司にも目をかけられていたんですよ」

「その話は知ってるけどっ。器用の種類が違うでしょうっ」

 優が頭を抱え込んでいるのを、巧は笑いながら宥める。

「見た目の話をした時から、察してくれたと思ったのに。オッドアイなのは、伸の方だって言うのは、知っているでしょ?」

「それに、章君、ちょっと性格違わないっ?」

「それも、子供の時だけでしたよ。元々は、慎重な子だったんですけど、環境のせいでどんどん歪んでしまって。今では美人好きというより、人のいいとこ探しが趣味になっている子です」

 歪み切って、まともになったと思っていると、巧は笑った。

 そして、そういう事もあるかと、無言で相槌を打つ水月に頷き返し、続けた。

「そっと近づいてみると、子供二人が地面に掏ったものを置いて、開こうとしていました」

 何か、薄い財布だな。

 定期入れみたいだな、もしかして、貧しすぎてよからぬことをしてる奴かな?

 そんな失礼な会話をしつつ、二人はそれを開き、固まった。

 そこに、巧が声をかける。

「悪かったなあ? 財布じゃなくて。財布はもっと薄いぞ。札が数枚しか入っていないんだぞ」

 子供に掛ける声にしては、剣がこもり過ぎていたと、後に大いに反省したが、その時にはまだ、怒りの方が勝っていた。

 その声に飛び上がった二人は、振り返らずに走り出した。

 その背の一つを羽交い絞めにしようとした男の体に、横合いから体当たりしてくる。

「伸、先に行けっっ」

 叫ぶ子供をまず捕まえ、前に目を向けると、もう一人の子供は、空き家の門の前で立ち尽くしていた。

 伸と呼ばれた子供の前に、伊織が立ちふさがっている。

 もう一人の大人の存在に驚いたのか固まった子供を見下ろし、伊織は目を見開いている。

 不意に、その小さな体が蹲るように前のめりになった。

 完全に倒れ込む前に、伊織がその体を支え、すぐに抱き上げる。

「っ、伸っ? 離せっ。何処に連れて行くんだよっ。伸っっ。死ぬなあっっ」

 泣きわめく子供を抱え、無言で駆け出す伊織について空き家の門から出、病院へ駆け込んだのだった。

「いやあ、当時だから良かった案件ですよ、本当に。今は、警察関係者もほとんど入れ替わって、見知らぬ子供を昼間に抱えて走るなんて暴挙、逮捕されても文句言えないですから」

 その途中で、怪我のない子供を抱えた巧が、手を持ち替えて片手の脇に抱え込み、携帯機器で知り合いの医者に経緯を話して便宜を図ってもらったので、スムーズに病院の裏口から、診察室へと入ることができた。

「容姿から見て、もしかしたら戸籍に問題がある子じゃあって、疑っていたもので。あの辺り、そういう奴も多かったんで」

 今は取り締まりの強化で、治安も良くはなったが、あの頃のその地は、住民の性質も相まって、問題も沢山あった。

 闇医者のような者も存在していたが、巧たちはそんな所業を、金田家が運営している病院に課していた。

 その部分を受け持つのは、場慣れしてしまった大男の医師だ。

「野田医師に、伊織が状況を説明しているのを見て、肝が冷えましたよ。立ちふさがった時に、前に立っていた子供が、突然胸の辺りを抑えて倒れたって……どこかに、とんでもない病を持っていたのかって。実際は、違ったんでほっとしましたけど」

 手放しで安心はできなかった。

 ……あばら骨の数本に、無数の亀裂が走っていたことが判明したのだ。

 再び肝を冷やした刑事と検事の新人に、野田医師は首を傾げた。

「こんな状態で、走ったと? 本当に?」

 怪我人の兄と名乗った、子供の方ではなく?

 そんな疑いの言葉に、二人は声を揃えて力説した。

 とんでもなく似た二人だったが、目の色だけは間違いようがない。

 そんな二人の言葉に、野田医師があっさりと頷いたのは、そういうおかしな人種もいると、知っていたからだろう。

「とりあえず、応急処置は終えましたが、安静が必要ですし、このまま入院した方がいいです。保護者は? 連絡が取れましたか?」

「子供が、連絡先を知っていました。職場が遠いから遅くなるが、最速で来ると言って……」

 伊織が答える声に、盛大な足音が重なった。

 看護師が叱責する声に謝罪しながらも、廊下を走って来た長身の女。

 それが、増田リンだった。

「その血相を変えた青白い顔が、何故か綺麗に見てしまって。はい、見惚れました」

 ただ、そんな場合ではなかった。

 改めて、診察室で聞いた子供の症状が、本当に耳を疑うものだったのだ。

「どうやら、あばら骨にひびが入ったのは、一週間は前なんじゃないかという事だったんです。これには、母親も驚いていました」

 子供の方に事情を聞こうにも、本人は眠っている。

 兄の方は青ざめたまま口を閉ざしてしまい、初対面の強面相手では、打ち解けてはくれないだろう。

 リンは青ざめたまま呟いた。

「……いつかは、こんなことになるんじゃあって、思っていました」

「どういう意味ですか?」

 刑事が緊張する中、女はぽつりぽつりと話し始めた。

「章の方は普通なんですが、伸は少しだけその、鈍い子で……」

「おい、子供を卑下するのは……」

 言いにくそうに呟く母親に、巧は思わず苦言を吐くが、リンの言葉の意味は違った。

「怪我をしていても、何処でそうなったのか分からないくらいに、気づかない子なんですっ」

「ん?」

「周囲が、頭から血を流して歩いているのを指摘されて初めて、怪我をしていたと驚くくらいなんですっっ」

 ほう。

 と口だけその形を作って無表情で見守る野田医師に、リンは涙目で訴えた。

「しかも、指摘されても痛いとは感じないようで、感じるようになるのは数日たってからというくらい、鈍い子なんですっっ。病気なんでしょうかっ?」

「……何とも言えませんが、病院の検査で引っかかった経歴は、ありますか?」

「ないんです、それが。二人とも、定期検診では、健康児と太鼓判を貰っているほどですっ」

「……脳に異常があるのかもしれませんね。脳外科に回しましょうか」

 淡々と言い返す野田と、完全に母の顔で取り乱すリンを見守っていた伊織が、咳払いした。

「つまり、一週間も処置なしで、走り回っていたという事ですよね?」

 真面目に話を戻され、我に返った医師は頷いた。

「周りの肉が腫れ上がってしまって、内臓を圧迫してしまったために、気絶したんでしょう」

「……という事はまだ、痛みは来ていないのでは?」

「かも知れませんね。ただの酸欠ですから。あ、でも、酸欠を馬鹿にしてはいけませんよ。それこそ脳に、異常をもたらす原因になりますから」

 酸素供給と解熱対処の後、一応レントゲン検査を終え、今は眠って貰っていると、医師は言った。

「年齢が年齢なので、様子を見ながら腫れが引くのを待っている所です。一応、痛み止めも少し使いましたが、これ以上は保護者の方と相談の上、決めようと思って待っていました」

 解熱も氷嚢で冷やすと言う、原始的なやり方を取っていた医師は、改めて保護者である母親と今後の治療方針を相談し始めた。

 結局、そのまま入院となった伸と、そこに入り浸りになった章の話を聞けるようになったのは、一月後だった。

「オレの懐から手帳をすり取った手際と、怪我の経緯を聞いてもしやとは思っていたんですが、件の奴の証拠品をすり取ったのは、伸でした」

「出会った頃、拳銃から弾丸をすり取っていたな。元からあんなに器用なのか?」

「ええ。だから、心身の鈍さは、鋭さを頭脳と動作にとられた反動なのではと、リンともよく話しました」

 当時はまだ、章の方がまともに見えていた。

「本当に、大人しい子だったんですよ。恐ろしく目が肥えてはいましたが、見目に靡いてふらふらするような子じゃ、なかったんです」

 あの時は、伝え聞いた血縁上の父親の性質を、引き継いでしまったのかと恐れたものだったが、今ではその観察力を武器にしようと、巧の後を継ぐ決意を固めてくれている。

「……今の状況になるまでにも、修羅場は多かったんですけど」

 真倉夫妻との話し合いも、その一つであるし、子供たちの邂逅もそうだった。

 この後も、様々な問題が出てくるとは思うが、巧は現在気になっていることがある。

「……あの、伸から、何か聞いていませんか? 学園の元担任とのことを?」

「? いや?」

「そう、ですか」

 躊躇いがちな問いの後、溜息を吐いた元刑事を見つめ、水月は首を傾げた。

「学園の元担任と言うと、望月という、高校教師の事だな?」

「はい」

「少々おかしな気配の女だな。その理由は、最近知れたが。そう言えば、あの研修医と懇意にしているな」

 それこそ、恩師と教え子の間柄にしては、親密な方だ。

 速瀬伸の方がどういう心境で、あの教師の呼び出しに応じているのかは知らないが、あの若者の体質の一つを知るところとなり、望月千里側の心境は何となく分った。

「……恐らく、似た体質を保持しているお前の息子を、気にしてしまっているに過ぎないと思う」

 その割によく、学園に呼び込んでいるとは思うが、父親の一人として心配している男に、それを指摘する愚は犯さない。

「? どういう事ですか?」

 眉を寄せる巧に、水月は枕もとのチェストの引き出しから、古びた本の束を取り出した。

 その中で、一番古い物を選び、差し出す。

「これは?」

 風化のために、崩れそうな和紙の本を、おっかなびっくりで受け取った男に、水月は答えた。

「初代古谷家当主の、日記だ」

 物心ついたころには、山奥の古びた寺にいたと言う、当時古谷の御坊として知られた現古谷家の始祖が、幼少の頃から記していた日記の、初めの巻だ。

「その中に、その兄弟子が狸を救うために旅に出た時の事が、書かれていた。後に、その兄弟子から経緯を訊いて、憧れ交じりに記したようだ」

 殆ど漢語で記されたそれを、現代仮名に直しながら読む作業は、中々に時間がかかったが、暇を持て余していた水月は、早々に読み終えてしまった。

「兄弟子の僧侶に同行したのは浪人の二人で、腕の立つ武芸者だったそうだ。そして、うち一人は、女だった」

 ただの武芸者ではない。

 当時でかなりとうが立っていた兄弟子と、同年齢だと言う話なのに、女は恐ろしく若く見えた。

 もう一人は更に若く、十代の若者だ。

「……あ。もしかして、(れん)ちゃん? あら、女性ってまさかっ」

「違う。その女武芸者は寧ろ、その兄弟子と良い関係だった」

 目を輝かせた優を、従兄は無慈悲に切り落とす。

「女の正体は、天狗の娘だ。法力は引き継がれなかったが、身軽で腕が立ったらしい。で、その兄弟子も元は武将で、有名な武家の側近にまでなったようだが……」

 武士時代の名前も、そこには記されていたが、にわかに信じられなかった。

「……ここで、歴史を覆したくないから、その辺りは割愛するが。どうもな、武士としては有難い体質と、はた迷惑な体質を併せ持っていたらしい」

 だからこそ、狸を救うと言う、訳の分からない目的のために、旅に出ることになるのだが、日本史も頭に入っている水月には、その訳の分からない事態にも、戸惑いがあった。

「その兄弟子、小さな頃から獣の類に懐かれる傾向があった」

「へ」

「だからな、戦場には長く出れなかった。殿の横に控えているしか、なかったんだ。もう一つの体質は、出世するには長所でしかなかったと言うのに、惜しい話だ」

 当時の状況を想像し、同情してしまっている患者に、巧は顔を引きつらせた。

「……まさか」

「ああ。それこそ三日ほど経たないと、怪我の痛みが襲ってこない体質だったらしい」

 そんな兄弟子が、明確に好意を寄せていたのが、その天狗の娘だった。

「古谷の御坊は、その旅には同行していない。まだ十歳にも満たない小僧だったから、留守番だ。その頃、有名な東西の武将たちの戦の、最終戦が巻き起ころうとしている最中で、その山寺の和尚だった男が、その戦に一枚嚙もうとしていて、それに反対していた兄弟子を、引き離したのではないかと、後に推測して記している」

 その山寺の和尚が、何をやらかしたのかは知らない。

 だが兄弟子とその女は、殆ど邪魔なく旅を楽しんだに違いないと、詳細を聞く前の古谷の御坊の日記には、書かれていた。

「助けた狸は、ある事情で二人に分かれていて、兄弟子によって白銀、黄金と名付けられて、一緒に寺に戻って来た」

「……っ。それってっ」

「あの教師の傍にいる、あの半人前の妖怪どもだろうな」

 その二匹が傍にいるという事は、あの教師の正体は……。

「……伸は、その坊さんに、似ているんでしょうか?」

「どうだろな。史実のその兄弟子は、ある武将の小姓としても知られていた。同姓同名だの赤の他人と言う、可能性の方に賭けたいが。速瀬医師は、そこまで美少年でもなかっただろう?」

「そりゃあ、あんたや周囲を見れば、そうですけど……」

「どちらかというと、その望月っていう先生の方が、美形よね」

 だから、容姿ではなく、体質に引かれているのだろう。

「色恋ではない可能性が、高い」

「……もし、恋愛事情だとしても、了承できないですね、それは。伸はその兄弟子の、代わりってことでしょう?」

「そうとも言い切れないがな」

 苦い顔の見舞客に、水月は首を振った。

 天狗の娘の事情だけを追えば、答えはそこに至るのだが。

「……あの教師、二人の魂が入っている」

「?」

「融合せず、喧嘩もせずに、仲良く一つの体を共有しているようだ。不思議なことに」

「? ?」

 目を瞬く二人の見舞客に、患者の男は戸籍上の父から聞いた話を口にした。

「丁度、お前さんたちの子供たちが、顔を突き合わせた頃に、望月千里の中のもう一人の女の記憶も、明確に蘇り始めているのに、あの器には変化がない」

 勿論、いつまでもこのままにしては、おけないと律は言った。

 徐々に魂が形を戻し始めており、今まで主に動いていた人格に、支障をきたすようになる日も近い。

「だが、害意を持った支障を熾す気は、なさそうだと。だから、別な支障が来た時のために、協力を申し出ておいたそうだ」

「協力?」

「二つの魂を、器の方が重荷に思い始める兆しが出る前に、天狗の娘の魂を、双子の姉に引き渡せるよう、手筈を考えている」

 これは、引き渡すと言うより、姉が引っ張り出すことで、楽に実行できるだろう。

 問題は、器に残った魂が、天狗という異質な者に都合よく作り替えられた体を、一人で維持できるか、だ。

「あの教師側の事情は、まだ詳しくはない。が、どうやら、今年入学した高校生どもを卒業させたら、引退しようと考えているらしい。その後、実行する予定のようだ」

 曖昧なのは、はっきりとした情報を、雅にも確認できていないからだ。

 望月千里と雅は、友人と言えるほどの間柄らしい。

 下手に尋ねて、娘が初耳だったら、余計な火種を撒いてしまう事になりかねない。

 だから同じように手のかかる子供を持つ男を、少し安心させるために軽く、知っている情報を出した。

「お前の息子は、オレの三つ下だからな、まだまだ若い。もし色恋の兆しがあっても、立ち直れるだろう」

「そうならばいいですが……」

 もし、恋愛感情があっても、痛みが襲うのが遅いのならば、現在周囲が察することができているか、怪しいものだが。

 声に出さなかった続きを、巧は察しているのか、歯に物が挟まったような言葉を返し、溜息を吐いた。



現在の警察手帳は、どういうものなのでしょうか?

作中のそれは、二つ折りの中に写真が入っているものなのですが、時代遅れ?

最近、時代の流れに乗れていません。

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