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元刑事とシングルマザーの子供たち

中々に、間が空いての投稿になります。

その上、そこまで興味の湧く話にも、至っておりません。

話しの合間の出来事、と頭に置いて斜め読みしていただければと思います。

 入院して半月ほど、何事もなく過ぎた。

 腕だけ筋肉が戻りつつあるほどに、何事もなく……。

「……そろそろ、リハビリを許可しましょう」

 その日ベットの上で、腕立て伏せをしている水月を見た担当医が、ようやくそう言ってくれた。

 足を使う事を頑なに禁止され、やけ気味に上半身を鍛えているのが見て取れる患者を、見かねたのだ。

 そして昼食後に、リハビリ室へ案内してくれたのだった。

 水月の病室から遠い、病院の隅の棟の一階部分だ。

 最上階の病室からエレベーターで一階に下り、ロビーを抜けて廊下を渡り、ようやくたどり着くリハビリメインの部屋だった。

 一階部分だけなのに予想以上に広く、防音されているのか、足音も鈍く響く。

 様々な器具を見回した水月は、目を細めた。

「……何だ、この、ピリピリとした空気は?」

「分かりますか。未だ、浄化の最中なんです。人為的に霊道を作られてしまっていたので、それを塞ぐための」

 物騒な答えだったが、水月はああと納得した。

 ここは昔、養護施設だった。

 他の場所はそこまででもないが、この辺りは人の血に狂った異形たちによって、空気が澱んでいた。

「元々病院って、陰気な空気が澱む場所なんです。大体は大きく固まる前に消えてしまうから、人型に固まって見えたりするだけなんですよ。でもここは、消える前に次々と人の怨念みたいなのが溜まったらしくて、本当に、ここまで綺麗にするの、大変だったみたいです」

 しかもまだ、完全に綺麗にはなっていない。

「だから、壁の芯に、お経や呪文を書いてくれたんですよ」

 どおりで、肌がひりつくほどに、ピリピリとしているはずだ。

 術師の書く呪文と、僧侶が書くお経は、互いに反発することもあるため、距離を置いて書かれてある。

 それでも、勘のいい者はその空気を敏感に感じ取る。

 これならば、霊道が閉じることも間違いないが、獣や異形も敬遠するだろう。

「……緊張感が、中々に刺激的だ。こういうのも、悪くない」

「有難うございます」

 金田医師は、本日の深夜から、この部屋を解放すると言ってくれた。

「ただし、ここと病室を往復するときは、充分に注意してください。余計な怪談を作るのは、勘弁です」

 真顔での注意に首を傾げ、水月は問う。

「病院関係者に、断りを入れておけば、大丈夫じゃないのか?」

「何をおっしゃいますか。病院関係者だからこそ、忠告しているんです。新人ならばまだしも、熟練の関係者は、心霊現象を面白おかしく伝達するんですよ。正体を知っていても」

 近づけたくない場所に、あえて怪談話を作り出すのは、熟練者にはお手の物だと、医師は言い切った。

 実際、とある病院で、夜中になると男の泣き声が聞こえると言う、怪談話が出来た。

「その正体を、病院関係者の、特に産婦人科の看護師は承知していたのに、見舞客や患者に、それとなく広めて、その病院を廃れさせてしまったという話があります」

 正体は、ただの見舞客の迷子だ。

「見舞いに来た時は、誰かの案内を頼めても、帰りは一人だったその見舞客が、夜中になっても病院を出れなくて、半泣きで何処だ何処だと呟いていただけです」

「……」

「しかも、その約一年後には、子連れで迷っていて、男の泣き声と子供をあやす声が、病院内に響いたとかで、患者が激減したようです」

 そのため、院長が不評だったその病院は閉院したが、病院関係者と一部の患者からは、絶大な人気を誇った怪異だったらしいと、金田医師は軽く説明した。

 何となく、その裏事情を察した水月は頷き、話を戻した。

「余計な噂を作らないためには、エレベーターの使用は控えた方がいいな?」

 ちなみに今はまだ車椅子に乗り、エレベーターで一階まで降りてここにいた。

「ええ。ゆっくり、普通に上り下りしてくれるなら、階段の使用を許可します」

 慎重な言い分に、患者は天井を仰いだ。

「分かった。噂にならぬ程度にゆっくりと、階段を上り下りして、ここと病室の間を往復しよう」

「病院の松葉杖を貸し出しますので、それをうまく使って、退院までに問題なく動けるようになってくださいね。ただし、くれぐれも無茶はしないでください。後が怖いので」

 忠告する医師は何処までも気楽そうだが、内心は本当に慄いているようだ。

 その怯えは、水月の戸籍上の父親に対するものなのか、血縁上の娘に対するものなのか、そのどちらだとしても忠告に逆らう理由はない。

「分かった。無理はせず退院までに、完全に回復して見せよう」

 真剣に、そう誓ったのだった。


 病室の階でエレベーターを降りた二人に気づき、病室の前から廊下を小走りに突進してきた女がいた。

「ミズ兄さまっっ」

 その勢いにたじろぐ医師を、患者は庇う間がなかったが、庇う必要もなかった。

 車椅子に乗ったままの水月に、小柄な女は勢いよく飛びついたのだ。

 その煽りで、患者の耳元で綿が舞う。

「何て姿なのっ。こんなっ。兄さまが歩けないなんてっ。生えてくるのっ? 治るのっ?」

「落ち着け。医者がビビってるぞ」

「いやあっっ。髪の毛がっ、伸び放題じゃないっ。まさか、何かの呪いっ?」

(ゆう)

 耳元で絶叫され、かなりのダメージを受けた水月は、それでも優しく女の名を呼んだ。

「落ち着け。この階はオレだけだが、その音量では、下の階まで響く」

 静かに抑える患者の意を受け、その様子を目を真ん丸にして見守っていた医師が頷く。

「積もるお話は、病室に戻ってからにしてください。あ、車椅子、弁償してくださいね」 

 現実的な申し出に、女は車椅子から飛びのいた。

 車輪は無事だが、今の勢いと力で、背もたれに穴が開いていた。

「ホームセンターで買ってきても、いい?」

「構いませんけど、強度は考えてくださいね。それから一応、抗菌も」

 座り心地も考えて、綿が入っている車椅子なのだが、こういう弊害もあるようだと、医師は心に置きながらも、先の見舞客の詰問に答えた。

「それから御覧の通り、足はあります。わざわざ生えて来なくても、大丈夫です」

「あ……」

「問題なく、歩けるようになる見込みですので、ご安心ください」

 改めて患者を見下ろし、みるみる萎む女の後ろに、長身の男が近づいた。

「それに、その髪は、先の仕事のままなだけでしょう? あの節は、お疲れさまでした」

 水月は軽く目を丸くした。

 そんな患者の後ろで、医師も目を丸くして呼びかける。

(たくみ)さん。ご無沙汰です」

「ああ、朔也(さくや)も元気そうだな。さっき、玲司の方にも挨拶に行ってきたんだ」

 金田医師の義父の友人は、出来るだけ丁寧な言葉を使おうとして失敗しつつも、堅苦しい説明をした。

 優を気にしての事のようだが、医師の方はそんなことに構う様子はない。

「へえ、挨拶を軽くできるようになるまでには、和解できたんですか?」

「……嫌味は、山ほど貰ったが。まあ、何とか許してもらってはいる」

 河原巧、元刑事のこの男は、カ・コウヒの息子の一人だ。

 数年前のトラブルで、一度命を落としたが、父親の血が作用してしまい、完全に体の細胞が止まる前に、全ての細胞が再生してしまった。

 トラブルは、ごく軽いいざこざだったのだが、その軽いいざこざに対処できないほどに、当時の巧は体調不良だったらしい。

 体調不良は悪性の病からのものだったが、トラブルの対処を失敗した原因は、病を完治させるための薬の多量摂取による副作用だった。

 その薬を処方したのが、金田医師の義父で今はこの病院の医院長である金田玲司であったことが、事をより複雑にしていた。

 数年前まで、その医師の様子がおかしい事になり、周囲が心配していたことを、水月も人づてに聞いていたが、無事解決はしたらしいとも伝え聞いていた。

 だから、元刑事とその友人の子供の会話を聞き流しつつも考えていたことは、別なことだ。

 カ・コウヒは、ここにいる優と駆け落ちをするほどに思い合い、死に別れた間柄だ。

 その際できた娘は健在で、親を亡くした増田リンを拾い、成人するまで育てた。

 そしてそのリンと、コウヒの息子である巧が、夫婦として今は存在する。

「……」

 水月は血縁上、優の従兄に当たる。

 この場合、いまここにいる巧は、どの位置に当たるのだろうか?

 優の娘、ユズからみると伯父で、その婿に当たる巧にとっては大伯父に当たる。

 だが、婿側から見るとまた違う。

 コウヒは優の所謂元旦那で、巧から見るとユズは父親違いの姉となり、水月は伯父という事になるのだ。

 リンとユズは血の繋がりがないからこそ、まだましであるが、そうでなかったら複雑怪奇なことに巻き込まれるところだった。

 それ以前から、複雑怪奇ではあるのだが。

 診察に行くときはいつも、自分で車輪を回して移動していたが、本日は人出が多い。

 だからこそ、そんなくだらない事を考えつつも病室に戻り、優に呼び掛けられるまで車椅子に座ったままでいられた。

「ミズ兄さま?」

「あ、ああ。押してくれたのか。有難う」

 礼を言いつつも立ち上がり、ベットに座る水月を見守り、優は真面目な顔を作った。

「……(ひそか)から入院の事を聞くことになるなんて、思わなかったわ」

「そうか、そっち経由か。そっちの口留めは、考えなかったな」

「……一時は、意識がなかったって、エンちゃんを問い詰めて、聞き出してきたんだけど?」

 あの甘ったれ。

 思わず、舌打ちしてしまった。

 その様子にジト目になる従妹に、水月は優しい笑顔を向けた。

「つい眠ってしまっただけだ。意識不明云々の話とは、違う」

「本当に?」

「ああ」

 頷きながら、苦い事を思い出した。

 怪我をしたら、体が休眠を求める様に細工されてしまったと聞き、傷口の抜糸が済むまで、少し動くのにすら緊張してしまった。

 あの呪い、既に解かれてはいるのだが、何でああも簡単に掛けたり解いたりできるものなのかと、驚くとともに苦い感想を抱いた。

 正直者だから、解いたと言うからには、本当に解いてくれたのだろうが、いつまた気づぬうちに、訳の分からない呪いをかけられるか分からないと、あの若者を警戒するようになっていた。

 情けないと思いつつも、これも娘とその婿候補を幻滅させるには、丁度いい言い訳なのではと、思い始めてはいる。

「……真倉医師に、まだ入院していると聞いて、お見舞いに来ました」

 湿った空気になった女に慌て、巧がそう切り出した。

 こちらは、市原葵や蓮などから、話はちらほら聞いていたらしい。

「確か、ヒールの高い靴で、すっ転んだとか。災難でしたと言うべきか、仕事中のお遊びが過ぎますと言うべきか……」

「ああ。本当にな。あれさえなかったら、一撃で主犯を捕まえられたんだが。慢心は侮れんものだな」

「え。じゃあ、その足は……」

 それまで、座った従兄を痛々し気に見下ろしていた優が、顔を上げて医師を見上げると、それを受けた金田医師は頷いた。

「捻挫です」

「ね、捻挫? 捻挫で入院? ミズ兄さまが?」

「そう捻挫を馬鹿にするな。ちゃんと固定しておかないと、後から弊害があるそうなんだ。階段で足を踏み外して、患部が桃の半身位に腫れあがった二日後には、駆け込み乗車をしていた女が言っていたぞ。背が伸びなかったと」

「……その人当時すでに、二十過ぎてました。弊害とは関係ありません」

「それに、崖から落ちて捻挫してすぐ、山登りした子も言っていた。確かに背が伸びないと」

「……あの人も、本当は何歳か、分からないじゃないですか。というか、裏に控えている間の会話を、垂れ流さないでください」

 真面目に何を言っているのだと呆れつつ、金田医師は言い返し、気を取り直して医者の顔で言った。

「では、私はこれで。夕刻に杖と鍵を用意して、もう一度伺います」

「ああ、お疲れ様」

 それは、看護師に任せてもいいだろうと思うが、極秘にしたいのかもしれない。

 多くは聞かずに医師を見送り、水月は見舞客を見た。

「とりあえず、座ったらどうだ? 茶は確か、冷蔵庫に……」

「あ、やります」

 ベットを降りかかる水月を止め、巧が小型冷蔵庫の扉を開ける。

 予想通り、水が入っていた一リットルのペットボトルに、エンが緑茶を入れて持ってきてくれていた。

 それを、冷蔵庫の上に置かれた紙コップに注ぎ、巧は水月と優に手渡し、自分の分も持って、女の隣に据えられた椅子に座った。

 しばらくとりとめのない世間話をした後、不意に巧が切り出した。

「真倉医師が、改めて見舞いに伺いたいと言っていますけど、どういう暗号ですかね? 確実に、娘さんたちがいない時間帯を、教えてくださいとは?」

「教える必要もない位明確なんだが。今の時間帯、平日ならエンも雅もこない」

「ですよね。だから、何かの暗号ではと思ったんですけど」

 すぐに答えた患者に頷きつつ、友人の一人となったもう一人の医師の言動を不思議に思っているようだが、不思議でも何でもない。

「単に、先に来た時の恐怖で、不安が募っているだけだろう」

「? あの人が、不安? 珍しいな」

 すでに五十路に近いが、父方の血の影響で、三十代に見える男は、真倉医師と長く揉めていた。

 というより、子供たちの環境が恐ろしく複雑な状況にあり、それを解決するのに時間がかかってしまったのだ。

 今は、真倉姓、速瀬姓、河原姓それぞれの子供が仲良く行きかい、数年前に真倉家と河原家の間も、穏便になった。

 今では、金田玲司、塚本伊織と共に、真倉良は巧の数少ない友人の一人となっており、まだ短い間柄だが、性格もそれなりに把握していた。

 だから、周囲に振り回されて慌てることはあれど、明確な恐怖で不安を募らせる真倉医師、というのは珍しく、想像できなかった。

「と言うか、見舞いは十分だから、無理に来なくてもいいと伝えてくれ」

 意外そうな巧に、水月は苦笑してそう言伝た。

 そんな不安を募らせているのに、わざわざ見舞いに来たいなどと、どういう性癖を開花させてしまったのか。

 そんな思いが滲む言い分に、呆れた溜息を吐く優の隣で、巧は首を振って良の言い分を伝えた。

「何でも、あんな話を、自分の恋愛話として記憶して欲しくない、だそうです。相手にも、文句を言われたとか」

「……矢張り、一線は越えていたか」

 あの話を聞いたら、何処にその要素があるのかという話になるのだから、これは墓穴だ。

「不義を認めたことになるんだが、分っているのかね、あの二人は」

「不義? はっ、今更でしょう。(しょう)(しん)の話、聞き及んでいるんでしょう?」

 巧が地を出し、鼻で笑った。

 そう、詳しくは知らないが、その話は耳に入っていた。

「確か、真倉医師とお前の女房が、一夜限りの遊びでできた子供たち、だったな」

「ええ。しかも、リョウの言い分がクズ同然で。いつも遊ぶときは、もしものために男を選ぶらしいんですが、その時はうっかりリンと遊んでしまったと。どうせ生きてはいないだろうと思った女が、生きて傍で眠っていたもんだから、慌てたとか何とか」

「リョウちゃんも、一人子供が出来たんだから、去勢か断種するべきよね。もしくは、根元から落とすか」

 相槌を打つ優の言葉は、声音とは反対に恐ろしい。

 真顔になった水月は、真面目に反論した。

「……最後のは、お勧めしない。(しのぎ)の旦那のような真面目な男ならばいいが、大体の男はそれがついているか否かに拘るからな。切られることで逆に狂って嫉妬し、無差別に殺戮し始めるかもしれん」

「ああ、それは、機能が無くなっても、有り得る話のようですよ。オレは元々、子供は諦めていたので、大丈夫でしたが。ただ、良はどう出るかな」

 入り婿という立場もあり、家庭の外で何かやらかす程度なら、今でもやっているが、それが犯罪になってしまっては、目も当てられない。

「まあ、その辺りは、あちら側の親族が、何とかするだろう」

 意外にお人好しな巧の心配を、水月は優しく一蹴した。

 そして言う。

「そう聞いてみると、お前さんたちの馴れ初めも、面白そうだな」

「そうだわ」

 それにすかさず同意した優が、笑顔で手を打った。

「ユズも、その辺りの経緯を曖昧にするのよ。どういう事情で出会って、結婚に至ったの? 単に、一目惚れってだけじゃあ、ないんでしょう?」

「一目惚れだけ、ですよっ」

 顔を引きつらせて言い切った巧は、従兄妹同士の二人が同じように目を輝かせて見つめているのを見て、たじろいだ。

「ほ、本当ですって。会った瞬間、びびっと。……ただ」

 力説した後、躊躇って声を弱めた元刑事は、力なく続けた。

「……出会ったきっかけが、少し珍しい、かな」

 河原夫婦の馴れ初め、それは、妻の連れ子たちとの出会い、だった。



可愛いヒロイン系を目指して失敗した女……これは、家族と友人はどうやらおかしな人ばかりだったらしい投稿者と、その本人の性格のねじ曲がりにより、爆誕しました。


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