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プロローグ きっかけ

久しぶりの投稿なのに、自然災害もどきの話が入るお話になってしまい、散々迷った末のお断りの前書き込みの投稿となります。

できるだけ、マイルドに書いておりますが、地震で被害に合われている方々が、読まれるような話ではないと思われます。

(地震ではありませんが、土砂が崩れる描写あります)

本来は、笑えるお話をお送りしたいのに、触り部分で失敗しているこのお話ですが、その後の展開からは飛ばしていく所存でありますので、斜め読み、もしくはこの部分だけ飛ばしてお読みいただければと思います。


 数日前、森口水月(もりぐちみづき)が仕事で調子に乗って大怪我をし、入院していたのを知った戸籍上の父親の怒りは、尋常なものではなかった。

 今の職場から近いこの病院から、森口家の近くの病院へ転院させる暴挙は、周囲の反対でとどまったが、代わりに入院中の動きを制限されることとなってしまったのだ。

「そりゃあ、バレるって。だって、休職願を出したでしょ? それを知ったあなたのお父さんが、心配しないわけないじゃん」

 何故バレたのかと、真顔で唸る森口水月に、見舞いに来た同僚に近い立場の同窓生が、気楽に笑った。

「届を受け取ってからすぐに、うちの職場に話を聞きに来てたよ」

 そこから、病院のここに行きつくまで、意外に時間がかかったのは、仕事に関わっていた者たちの隠匿によるものだ。

 それを知った森口(りつ)は、兎やその思惑に乗った幽霊、そして無傷だったエンを横並びに正座させ、一時間延々と説教したそうだ。

 それを聞いた時、まだ怪我人でよかったと思った。

 腹の怪我は塞がっているが、躓いた時に捻った足のお陰で、その雁首の仲間入りを免れていたのだ。

 怪我の功名とは、こういうものなのだなとその時は思ったのだが……。

 前代未聞の説教を繰り広げた後、初めてこの病室に見舞いに来た律は、固い顔で言った。

「いい機会ですから、全快するまで入院してください」

 そして、いつの間に味方につけたのか、病院の副院長である医師に合図を送り、水月の捻挫した足首を、しっかりとテーピングで固めてしまったのだった。

 文句を言う事も、拒否する事も出来なかった。

「何なら、ギブスをはめる立場に、なりますか?」

 恐ろしく冷たく言った戸籍上の父親が、見下ろしながら手指の骨を鳴らして見せたのだ。

 ギブスをはめるために、足をへし折る気だ。

 逃げようと思えば逃げられたのだが、そこまでの覚悟をしてここにいる律に、水月は折れた。

 折れるんじゃなかったと、今は後悔している。

 意識を取り戻して一週間もたたないうちに、暇を持て余し始めてしまったのだ。

 今迄、休みの日も何かしら活動していた身だ。

 病室とトイレ、診察室を行き来するだけの毎日は、苦痛でしかなかったのだ。

 付き添い兼監視のエンは、平日の昼間は元の職場に復帰していて、いない。

 その時間にこっそりと、散歩にでも出ようかと目論み始めた丁度その日、朝食を終えた水月の元に見舞客がやって来た。

「おお、本当に入院してる。患者さんだ」

「新鮮だ。暴れてるところしか見たことないから、こんなに大人しくしてるなんて、思わなかった」

 藤原浅黄(ふじわらあさぎ)萌葱(もえぎ)が、双子のように似た笑顔でそう感想を述べた。

 どちらかというと、母親の方に似たこの二人は、狐の妖しにしては弱い部類だ。

 オスの狐は希少で、恨みを買いやすいため、保護されたときに伯母に当たる藤原蘇芳の保護下に入ったのだ。

 獣の妖しと相対しても対処できる程度には力を付けたが、それ以上の力は望んでいないらしい。

 本来の性を取り戻すほどの力は得ているはずなのに、今も母親似の美女のままだ。

 特に浅黄の方は、学校でも意外に人気があり、男子にもよく告白されていたようだが、歯牙にもかけなかった。

 二足の草鞋に夢中で、色事に興味がないというのは、断る時の口実だそうだ。

 本当は……。

「気になる人は、いるんだよ」

 浅黄と萌葱は、こっそりと告白してくれた。

「でも、高嶺の花過ぎて、どうしようもないんだ」

「妥協する気はあるんだけど、あれを基準にした妥協じゃあ、ちょっとねえ」

 その時の二人は、同じ人物を思い浮かべているようだったが、誰かは全く分からなかった。

 見舞いにやって来た浅黄と萌葱は、ひとしきり無言の水月を揶揄ってから、本題に入った。

「そろそろ、暇を持て余し始めるころだから、何か持って行ってやれって、律さんに命令されました」

 敬礼しかねない姿勢で告げる二人を見上げ、水月はつい苦い顔になった。

 本当に、どこまで動きを把握されているのか。

 可愛い弟子の成長の賜物なのだろうが、素直に喜べない。

 苦い顔のままの男に、浅黄はボイスレコーダーを差し出した。

「?」

「看護婦さんでも、患者さんでもいいから、色恋話の収集を、お願いします」

 本業と、全く関係ない。

 どちらかというと、浅黄の副業の方に関係ありそうだ。

 そう漏らした水月に、同級生の一人だった女はあっさりと頷いた。

「下手に仕事の手伝いはさせられないでしょ? これなら、ちょっと移動するだけで済むし」

「患者全員が対象なら、この病院内全てを回るから、かなりの運動量だが?」

「その位なら、問題ないだろうと、担当医と律さんに許可をいただきました」

 そう言う手回しは、早い。

 感心した水月はすぐに承諾し、手土産を受け取ったのだった。


 承諾したはいいが、案外難しいと知ったのは、すぐ後だった。

 理由は、時代の変化が大部分を占める。

「露骨に訊くのは、駄目だな」

「駄目ですね。特に、あなたの病室の下の階は、小児科ですから。教育上、よろしくありません」

 集中治療室だった初めの病室から、遥かに離れた病室に移された理由は、子供好きによる、子供好きに対する対処だったらしい。

「要は、子供が多い場所で、変な修羅場にならないよう、入院患者であるあなたも注意するでしょうし、雅さんや律さんも、その理由で誤魔化せるのではという、数人の目論見ですね」

「……雅やオレは兎も角、律は全く誤魔化せないだろう、それは」

 実際、全く遠慮した様子はなかった。

 憮然とした水月に頷き、診察を終えた金田朔也(かねださくや)は、看護婦にカルテを渡しながら言った。

「兎に角、患者や病院関係者に恋バナは、難しいと思いますよ。特に、あなたが望むようなきわどい話は、出てこないです。お見舞いに来て下さる方々に、話を振ってみては?」

「それしかないか。ちなみに、お前さんは? 拗らせた恋バナは、持っていないのか?」

 言った傍から、と苦笑しつつも、朔也は答えた。

「普通の恋愛はしましたけど、拗れませんでしたよ」

「そうか」

「親父が生きていた頃ですから、相手ももう所帯持ちです」

「……それは本当に、普通の恋愛か?」

 聞きかじった話では、朔也の実父は英国の刑事で、今は故人だと言う。

 その、故人となった時の朔也の年齢は、不明だ。

 金田玲司と母親が再婚したのは、朔也が思春期になるかならないかの時だったと、聞いている。

「あ、今の親父と母の間には、恋愛感情は皆無です。だから、あの二人も、あなたのネタにはできませんよ」

「皆無? 本当にか? 一応、男と女の間柄だろう?」

 耳を疑った水月に、朔也は苦笑しながら答えた。

「互いの利害が一致したから、戸籍だけ夫婦になっているんですよ。多分、そういう関係にも、なっていないんじゃないかな」

 何故なら、一緒にいる所を見る事も、滅多にない。

「年末年始のどちらかと、盆に時々、一緒に食卓を囲みますけど、それだけです」

 世間ではおしどり夫婦と思われているのが不思議だが、どちらも年中忙しいものの、互いを立てているのは事実だから、こんなものだろうと朔也も思っていた。

 きっかけが、病人と医者の関係だったから、その延長線上なのだ。

「もし本当に、二人が思い合うようになるとしたら、二人が引退した後ですね」

 片や医者、片や有名女優。

 医者の方は、年齢を理由に引退できるが、母は死ぬまで役者を続けたいと思っているはずで、先どころか見込みがない。

「意外にないものだな」

 気楽な担当医の弁で納得し、水月は溜息を吐いて診察室を後にした。

 見舞客を詰問するにしても、目新しい客は見込めない。

 どうしたものかと思っていた矢先、思いもよらない見舞客を迎えることになった。


 その日の夕方、春日雅(かすがみやび)が学校帰りに立ち寄った時、一緒にやって来た客は、完全な新規だった。

「マリアと申します」

「……」

 しかも、完全な異形だった。

「……御免ね。入院生活が長くなってしまったせいか、女性を見ると目の色が……」

「そんなあほな理由で、黙っていたんじゃないんだが」

 優しく謝罪する娘を遮り、水月は紹介された女を、ベットの上に座った姿勢で見上げた。

「淫魔にしては、色がないな」

 第一印象を正直に口にすると、マリアと名乗った女は小さく声をたてて笑った。

「あからさまにそう見えては、警戒されるじゃないですか」

 雅の肩位の背丈の栗毛の女は、笑いを収めて言い放った。

「相手を定めたら、百発百中です、今の所」

「セイとエンには、狙いを定めたことが、ないそうです」

「……ちょっと、それを言ったら、一気に経歴の評価が下がっちゃうじゃないっ」

 さらりと付け足した雅の言葉に、マリアは暗に肯定しつつも、言い訳した。

「あの二人と今の私とは、同年代だから。母の代ならば、可愛い獲物だったんだけど」

 異形には、血を繋ぐと言う意識がない。

 長寿な種が多いから、無理につなぐ必要がないと言うのがその理由だが、生涯があまりに長いため、よその生き物に目を向け、良くも悪くも動いてしまう。

 その過程で、獣や時に人間と交わり、子孫を作ってしまうのだが、異形が男であれ女であれ、そこ子への執着を見せることは、ほぼない。

 逆に、通じた相手の意識を、己から逸らしてしまう存在は、嫉妬の対象と見られ、命を狙われることもある。

「獣にも、実の子供に嫉妬して牙をむいた例は、数あるけど……私たちは、分身を産み落とす感覚で、子を残してその子に記憶も移す」

 子を産み落とした淫魔の親は、すぐに消滅すると言われている。

 男女どちらの場合でも、子が世に出てきた途端、周囲が瞬きする間に消えるのだと、目撃した者たちは口をそろえた。

「私の父親は、人としてはクズな男だったから、女の子の私を持て余したみたいで、十歳前後の時にあの群れに置き去りにされた」

 既にカスミが出奔し、幼い少年が率いていた群れで、マリアは少年の幼馴染として、時を過ごした。

「私の方が、お姉さんだったんだけど、ジュリがいたからかな、幼馴染ポジションだったわ」

 懐かしい名前が出てきた。

 そう言えばと、水月は思う。

 ジュリの匂いをほのかに纏う男が、この病院にいる。

 あの男からも一度、深い話が聞きたいものだ。

 つい、考えをよそに向けている男を見つめ、マリアは雅へと目を向けた。

「そっか。これが、あなたの憧れの御父上かあ」

「ち、ちょっと、ここでそれは……」

「アコガレ? すまん、現代語は増える一方で、覚えるのが追い付かない。分かる言葉で言い直してくれるか? 憧れるの方しか、思い浮かばなかった」

 焦った娘の言葉に被せる様に問うと、マリアが盛大に噴き出した。

「マリア……」

「おかしいな。私、ランとジュラにも、あなたの事は、鋭い男だったって聞いていたのに……」

「……鈍らせているつもりは、ないんだが?」

 よく分からない笑い方をされ、つい眉を寄せる水月に、マリアは軽く手を振りながら答えた。

「勿論、鈍ってはいないと思いますよ。だって、私の正体を、初見で見極められたのは、セイだけだったんだから」

 最もセイの場合、異形と見抜いただけだが。

 まだ笑いを残したままそう言い、女は居心地悪そうな雅の背を軽く叩き、声を改めた。

「これの件について、報告に上がりました」

 言いながら、手にしたままだったA4大の茶封筒を、水月に差し出した。

「?」

「この国の滅亡の経緯を、あなたに説明してやって欲しいって、雅に頼まれましたもので。終わった仕事を他に漏らすのは、駄目なんですけど、まあ、一度あなたとはお会いしたかったし、この国に関わる会社のせいで、怪我をされたのなら、教えてもいいかなって」

 軽い言い訳だ。

 報告書は、かなり重い内容だと言うのに。

「……獣の依頼?」

「そう、あの国の周囲に住まう、ネコ科の獣です。その国とはこれまで、暗黙の了解で、餌場を共有していたのですが、最近は図に乗っていたらしく、野生の動物を無作為に狩り始めてしまったんです。その上、先月とうとう……」

 獣の里の娘を連れ去った。

「好き合って嫁に出すなら許していたけど、完全な騙し討ちの拉致行為だったものだから、アウトでした」

 少し前から、留学と称して一時出国した国民が、欲を露わにする事件はあった。

 これはそろそろ不味いねと、仲間たちとも話していた矢先だった。

「金銭への欲も、表ざたになっていないだけで、結構出て来ていたんです。周囲の国相手に」

「つまり、営利目的の、誘拐か?」

「はい。表ざたにできないのは、あそこが他国では国としてではなく、民族として認識されていたせいです。侵略は世間的にも、いい印象は持たれない」

 保守的な民族ならば、そんな周囲の思惑なども気にせず、生活を続けるだろうが、そこは違った。

 ここでも、完全に調子に乗ってしまった。

「件の獣が怒髪天を抜いたのは、その娘の拉致ですが、よその国々が完全に敵認定したのは、ある公開処刑です」

 里帰りしていた嫁と、それに付き添って、遅い里帰りも行っていた婿の母親、そして、生まれたばかりの赤子。

 天候が思わしくなく、予定よりも数日遅れて帰国した彼女らは即刻拘束され、弁解の余地なく処刑された。

「見せしめの意も、あったんでしょう。ですが、これが国内でも、不満が噴出する原因となりました」

 その動きの一つが、この国にやって来た二人の革命家だ。

「彼らの母も、国外から嫁入りした人です。里帰りすら満足にできない国に、不安を覚えたのは、仕方がないでしょう」

 その里帰りを理由に、母を郷に逃がしたうえで、あの取引に望んでいた。

「もう一つの目立った動きが、王を誑し込んだ娘、ですね。その辺りの事を、その報告書にはまとめてあります」

 その報告書を読みながら訊いていた水月は頷き、尋ねた。

「篭絡はお前さん方にかかれば簡単だろうが、山津波はどうやった?」

「雨が降る日を見計らって、関係者全員の体を借りて、その辺りの山を丸裸にしちゃいました」

 言い方が卑猥だ。

 だが、やっていることはどちらかというと残酷で、完全な計画だった。

 根元から木や草を伐採された裸の山に、大量の雨が降り注いだら、障害がない土は一気に斜面を流れていく。

 これまで、様々な災害に無縁だった土地の者は、危機管理能力は皆無に等しかっただろうから、抗う間もなかっただろうし、支援も届かない場所の上、外国との交流もほとんどない国だ。

 あの地の復興は、絶望的だったが……。

「当時の王のやり方に不満を持った国民は、既に他国へ逃げていましたので、余裕を持った計画でした」

 犠牲になったのは、その暴君と側近、彼らに同調していた住民だけだった。

 ただ、あの国の最期を惜しむ声は、多少あった。

 昔のあの国は、舅姑を立てる者が多く、女を国に連れて行くにしても、殆ど荒波は立たなかったのだ。

「何処かの国からの流れ者が、気に入った女を連れ去って、あの国に逃げ込むことがあったので、遺恨を持っている者の方が多かったんですけどね。私たちの間では、戦闘能力にたけた国だと有名だったので、それで惜しむ声があったわけです」

「それは、エンも言っていたな。それを聞いて、オレも少し惜しいと思ったわけだが」

「実際は、それほどでもなかったみたいですね。国の誕生も、敗北者と犯罪者の集まりが起源ですし、世間の目から逃げてきた者が、多かったはずですので」

 難民となった生き残りの国民たちは、故郷の消失に衝撃を隠せないようだが、自然の災害が相手では仕方がないと、受け入れ始めていると言う。

 真実は、闇に葬られる予定だ。

「余計な犠牲は、最小限にするのが、事を起こすときのお約束なので、今回の事を頼まれた時点で、精密な計画は立てていました」

「目を掛けていない時の犠牲は、防ぎようがないからな。上出来の方だろう」

「そう言っていただけると、少しだけ気が楽です」

 丁寧に頭を下げ、マリアが話を締めた。

「何か気になることがありましたら、お受けいたしますが」

「そうだな……」

 目を細めた水月は、優しく問いかけた。

「その山の獣とは? ネコ科とあるが、猫ではないんだろう?」

「はい。虎に近いですね、あれは」

 軽く驚いた父親に、雅が困ったように白状する。

石川(いしかわ)家の十二支が揃いそうだって、そう思ってしまいましたけど、色々と問題がありそうですよね」

「そうだな。その獣の方が、縄張りを出てまで、人間に仕えようとはしないだろう」

 一人行動が主の獣の上、種類が猛獣だ。

 日本での酷使は難しい。

(ほまれ)さんが、見掛け倒しとばれてしまう可能性もありますし、そうなったら、あの家の式神の形態ががらりと変わることになります」

「言うほど、見掛け倒しでもないはずだが……その獣共の力量が分からないから、そういう心配も必要だな」

 話は収まり、用件が済んだマリアだが、遠い国からわざわざやって来た女を、こんな短時間で返すのは惜しい。

 水月はさりげなく誘導し、昔の話を根掘り葉掘り聞きだし始めた。

 その手腕に内心舌を巻きつつ、マリアもその思惑に乗り、セイやランに初めて会った時の話や、エンの隠れた趣向などを、面白おかしく暴露することにした。

「エンの趣向って、生き物を見たら料理方法を考えることじゃないのか?」

「それだけじゃないんだよ、雅……気づいてない? あいつ、意外に髪フェチなところがあるんだよ」

「あ、ああ。そうだね。そう言えば、そうだ」

 そう言われて雅も思い当たり、つい水月を見てしまった。

 未だに散髪できていない父親は、無造作に一つにまとめた髪に触れながら、心底嫌そうな顔になっていた。

「これも、罰じゃあるまいな?」

「意図はしてませんでしたが、罰になりそうで、何よりです」

 そう言えば、群れを離れた時に渡されたセイの髪の束を、随分長い間大事に持っていたと聞いた気がする。

 遠い目をする雅の横で、マリアは少し眉を寄せた。

「成程ね、すれ違いや考え方の相違は、個々の問題だから仕方がないけど、これじゃあ、お父さんも二人の仲を、容易に許せないよね。男女問わず、髪の綺麗な人に吸い寄せられるのは、問題だもの」

「吸い寄せられてきたことは、ないが? どちらかというと、雅の髪の毛の方が、手入れされている分綺麗だ」

「男女の差もあるでしょうし、そんな差、エンが気にするとでも?」

 何で、よりによって、婿候補との不義を疑われているのだろうか、自分は。

 マリアにだけではなく、娘にまで反論されて憮然とした時、病室の扉を躊躇いがちに叩く音が響いた。

 気を取り直した患者が返事をすると、音と同じように躊躇いがちに、ゆっくりと扉が開き、男が顔だけのぞかせた。

「どうも、こんにちは。見舞いに来たんですが、出直しましょうか?」

 これも、珍しい客だった。

 医師ではあるが、個人経営の医院をしている男だ。

 軽く驚きながらも、水月は答えた。

「人数制限はないから、入ってくれ。一人か?」

「いえ、ユメも一緒です」

 夫婦でやって来たらしい。

 確か、息子の由良(ゆら)は、教師を目指して大学に通っていると聞いた。

 水月の言葉を受け、真倉良(まくらりょう)は先に入って妻を招き入れ、扉を閉めて前に向き直った。

「怪我をされたと聞いて、驚き……」

 セリフが途中で途切れた。

 声だけではなく、息すら途切れてしまったようで、口をパクパクと動かしたまま、動かなくなった。

「っ? どうした?」

 目を見張る水月の前で、扉を背に立つユメも目を見開き、すぐに旦那の様子を伺って動いた。

「リョウ、今日は、帰ろう」

「ええ、悪いよ。わざわざ来てもらったのに。ねえ?」

 慌てた声に、優しい声が答えた。

 その声にびくつくリョウに、声をかけた雅に話を振られた女が、にんまりと笑う。

「奥さんを心配させて、悪い人だね、相変わらず」

「ひっっ」

「ち、ちょっと二人ともっ。もういいじゃんっ。許してよっ」

 さらに焦ったユメに、二人の女は可愛らしく首を傾げて見せた。

「許すも何も、私たちはあれでチャラにしたよ」

「だから、リョウ君もユメさんも、あれでチャラにしてくれないと、ねえ?」

 仲がいい二人に、ユメが頭を抱える。

「私もチャラにしたけど、やられた方は、そうはいかないんだってばっ」

「ええー。自分でやって来たことを、返されただけなのに? どうして?」

 雅が不思議そうに首を傾げ、マリアが少し考えて手を打った。

「足りなかったんだわ、きっと」

「ひいっ?」

「丁度、お誂え向きにベットもあるし、のど元過ぎるまで、やっちゃう?」

「い、嫌だあっっっ」

 突然泣きの入った悲鳴を上げられ、水月は目を剝いて驚いてしまった。

 情けない悲鳴だったが、それ以上に情けないことは起こらなかった。

 女房にしがみついた良は、そのまま失神してしまったのだ。

「……あれ? 遣り過ぎた?」

「って言ったじゃんっ。どうするのさ、重くて連れて帰れないよっ」

 自動車免許を取得していないユメは、戸惑う二人の女に本気で怒っている。

「ご、御免。余りに取り乱されたもんで、つい……」

 マリアが慌てて謝る横で、雅は不思議そうに首を傾げた。

「今までここまで発狂しなかったのに、何で今更?」

「だからっ。あんたたち二人や、セイ個人で顔を合わせる分には、平気なのっ。まさか揃って顔を合わせるとは、思ってなかったからっっ」

「ああ……それは、すまなかった。君たちが、この人を見舞ってくれるとも、思ってなかったものだから」

 困ったように謝った雅は、その見舞っている相手がベットを降り、杖なしで移動して良の元へ寄るのを見た。

「御父上?」

「倒れている相手を、そのままにできるか」

 目を細めた娘に返しながら、水月はリョウの様子を伺い、自分のベットに運ぶべく、その体を起こす。

 それを見た雅が溜息を吐いて近づき、父親からそれより長身の男の体を奪い、抱き上げた。

 それを見たマリアがすかさず病室を見回し、簡易ベットの存在に気付き、折りたたまれたそれを開く。

マットレスを敷いたその上に、抱き上げて運んだ男を横たえた娘と、その友人のさりげない動きに、水月は思わず目を見開いたが、その二人が振り返ったところで我に返った。

 慌てて自分も、ベットに戻る。

 その時、雅が小さく舌打ちをしたように聞こえたのは、きっと幻聴だ。

 咳払いして、一度もここから動いていないとでもいうように、さりげなく問いかけた。

「何事だ?」

「お灸が、ちょっと強すぎたみたいです」

 答えは短い。

 ユメは反論したいが出来ないらしく、悔しそうに二人を睨んだ。

 その女の視線を受け、昔馴染み同士らしい二人は困ったように溜息を吐く。

「遣り過ぎたつもりは、ないんですけどねえ」

「分かってるよ、それは。あんたの仲間たちの獲物を、横取りしていたリョウが悪かったのも。その罰を、一対一で返して行ったって言うのも、知ってるよ」

 不味いなと、水月は思った。

 短い会話なのに、深い事情が見え隠れしていて、聞いているのがつらい。

 余計な想像をしてしまう前に、真相をぶちまけて貰う方が、良さそうだった。



このお話は、裏話を全て暴露してしまえと言う、試みの内容となっております。

おそらく、大人のお話が、次々と飛び交う事になると思われます。

R15で、引っかからないか心配です。


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